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キルトに寄せて 〜そんな日のあたしのアーカイブ〜

♡おんなたちの旅

友人のキルト展で、見事に並んだパッチワークキルトの大作を眺めながら、それに費やされた時間を思った。それに向き合うおんなのひとの気持ちを思った。

完成するまでの長い長い時間、日々は明け暮れ、晴れた日ばかりでなく、額が曇る日もあったにちがいない。

こころ晴れやかな日、その単純な作業の繰り返しのなかで、どんな光景を思い出していたろうか。頬に笑みなど浮かべたろうか。

沈みがちの日に思いはどんなふうにめぐったのだろう。細い糸とともにつらい思いも布に縫いこめらていたのだろうか。

手仕事は手仕事でありながら、時にこころをここではないどこかに旅立たせてくれることがある。展示場の一枚一枚にそれぞれの旅の話を聞いていた。

♡つくるということ。

まいった!と思った。そう思ったとたん、鳥肌がたった。展示された一枚のキルトの前で唸ってしまった。


「インターナショナルキルトウィーク横浜二〇〇二」である。国内外から集められた数えきれないほどの作品を前にして、布選びやパターンの組み合わせのセンスの良さにため息をつき、おのおの凝らされた技の冴えに舌を巻きつつも、その数ゆえに一枚一枚の印象は分散してしまうなと感じていた。

だが、「高桑道子」という名のついた作品のまえで、私はなんという細かさだ!と唸った。彼女の作品はどれも六角形のパターンを繋いでできている。その六角形の大きさときたら、直径一センチの円から作ったような小ささなのだ。それを縫い合わせて二メートル四方の作品に仕上げるのだ。その数を思うと気が遠くなる。

しかも、印象派の点描のようにして、その小さな六角形で大きな花が浮き出るよう色をえらんである。できあがりの絵柄を常に意識して四万枚にものぼるピースを繋いでいく。なんという根気の良さだろう。

このひとはいったいどんなひとなのだろう。色が変わるとはいえ、同じ形のものを延々と繋ぎ続ける作業だ。飽きていやになってしまったり、放り出したくなったりはしなかったのだろうか。

ふっと、草間弥生さんの作品が浮かんできた。空間を埋め尽す球体のイメージ。私がそこに感じたのは不安だった。この作品にも、どこかに危うさのようなものも滲んでいるように感じられたのだ。

展示場内の作品はいずれも「私を見て!」と言っている。ほら、私、こんなに素敵でしょ?こんなに可愛いでしょう?渋いでしょ?個性的でしょ?そう気づいてみるとうるさいいくらいに、おのおのの主張が目から飛びこんで頭のなかに響く。

高桑さんの作品も「どう?私ってすごいでしょ?こんなこと他のひとにできる?」といい続ける。その細かな技術、根気を持ちつづけられるひとはそうそうはいないだろうと思う。だからこそ、鳥肌がたつくらい圧倒されるのだ。

と同時に、鳥肌がたつくらいこわくもあったのだ。いったいどれくらいの時間をかけてこれを作ったのだろう。

このひとのことはほとんど知らないのだが、何年か連続してこのキルト展に出品し、何度も優秀賞を取ったことがある、と記憶している。暮しのなかの多くの時間をただただ六角形を繋ぐためにつかったのだろうか。どんな思いを巡らせながら針を進めていったのだろう。見も知らぬひとの暮しのかたちがどこか私をこわがらせるのだ。

高桑さんの作品の前にたくさんのひとが群がり、ひときわ高く聞こえる「まあ、すごーい!細かいわあ」という言葉を聞きながら、私はだんだん切なくなっていた。



♡東京国際キルトフェスティバル

東京ドームで開催されている「東京国際キルトフェスティバル」へ足を運んだ。

東京ドーム。普段は野球を生業とする大きな男たちが駆け回るフィールドに、女たちの静かな時間の結晶、渾身のキルトが色とりどりに満ちていた。

アメリカニューヨーク州のフェニモア美術館所蔵の18~19世紀に作られたキルトやそれと同時代にフランスプロヴァンスで作られた「ブティ」「ピケ」を見た。キルトは文化であると、きちんと評価されているのだと感じ入る。

それでも、歴史の向こう側でたくさんの名もない女のひとたちが、家族や友人を思いながら、あるいは自分のなにかを証明するために一針一針縫い続けた作品が、暮らしのなかでそれぞれの用をなしながら、長い時間を経て、ここに至っているそのめぐり合わせを、私は単純に喜んでいる。

布を選び、デザインを考え、出来上がった作品を思い描きながら、忍耐強く縫い続ける。300年という時間の流れを超えて、同じ思いがこのフィールドに満ちている。それがうれしい。

ウズベクスタンの伝統の手刺繍「スザニ」というものをはじめてみた。宇宙や人生を現すデザインもいいし、なによりその手仕事のもつ素朴なあったかさに胸が熱くなった。婚礼のお祝いにと作られた刺繍の針目を見ながら、それが使われたシーンや暮らしを思った。

田川啓二さんのゴージャスで緻密なビーズ刺繍に目を見張った。ビーズの前であこがれと賞賛のため息が繰り返し聞こえた。その作り主はまことにハンサムな若い男性だった。

こういう大きな展示会では個々の作品の印象は散漫になる。たくさん見たから、たくさん忘れてしまう。作った人への礼儀、そこに費やされた時間と労力に対する敬意やねぎらいの思いを欠いてしまいそうな気がしてならない。

そんな展示場で、キルト作家、松浦香苗さんの作品を見つけた。懐かしい。私がパッチワークに心惹かれ始めたのはこの人の作品集を見たからだ。

技巧を凝らした作品が溢れる中で、香苗さんの作品はシンプルな四角つなぎだった。明るい色、かわいい絵柄、その一枚一枚の布を香苗さんは大好きなんだなと分かる。

キルト界のはやりすたりなんかとは関係なく、自分が大好きな布を生かすためのそのなんでもないデザインが、うれしかった。

休憩場所になっている三塁側の観客席、普段は応援の声が響く場所で、会場全体を眺める。展示場やショップに人が沸いて出るように溢れている。そこにいるのは、おおむね中高年の女性だ。

ショップをのぞいていたひとが手荷物をもって観客席の階段を上がってくる。何を買ったのだろう。布だろうか、かばんのもち手だろうか。大きな産業なのだなと改めて思う。ちっぽけな布切れが縫い合わさって大きなキルトになっていくように、この産業も大きくなっていったのだろうなあ。

山葡萄のかごを買おうか買うまいか迷っていたら、店員さんがおまけしますと言ってくれた。2千円もまけてもらってうれしくて、その2千円で水牛の角のブレスレットを買った。そう、もう金輪際布は買わんぞ!と引越しの時に誓ったのだから・・・。

♡冬の日に

硝子越しの冬の陽射しがカーテンのプリーツの谷間を埋めている。そのカーテンをスクリーンにしてベランダのゴムの木の葉陰が歪んで映る。

それをぼんやりと眺めていると、これはいつか見た場面だという感じがしてくる。

その日和の心地よさにのびをしながらも、どこかでチクっと痛むものがある。その痛みもまたなじみのものだと思う。

想いが帰っていくのは遠い日の縁側でもあるし、10年前の退院直後の日々のソファでもある。

座布団にぺたんと座って縫い物をしている母の姿であり、ソファに凭れてキルトをする自分でもある、人の気配を感じる。

せっせと手を動かす。縫い直しや繕い物をしていた背の曲がった母。母の髪は白く、庭先に植えられた南天の実は赤かった。

布と向かい合いながらなにを思っていただろう。浮き沈みした来し方のうねうねとした時間を辿っていたのだろうか。

母が死んだのは1月だった。その息子の名が書かれた過去帳の一月のページに、いつも深い喪失感とともに開いたそのページに母の名が並んだ。

たくさんのものを失いながら、欠けているものを抱きながら、それでもひとは生きる。生きて生きてまた自分もまた死ぬ。

片頬になったばかりのわたしはひとの視線が疎ましく出かけることもなく日がな一日布とすごしていた。残されている時間が計れなかった。

小さなハギレをつないで大きく仕立てる。そこに自分の時間を閉じ込める。そんなふうに自分がそこに舞い戻った意味を探していた。

いつまで続く命であるのか、自分の未来がどこへ繋がっていくのか、わからなかった。そのときの不安と焦燥が痛みになって甦ってくる。

それでも小さな布をつなぎながら未来を思った。DNAが螺旋を描きながら繋がっていくように、今自分の手のなかにあるものが未来で待つ人の手に届きますようにと願った。

生きているということ、いつまでもは生きてはいられないのだということ、誰にも終わりがあるということ、当たり前でありながらひりひりとしたそんな思いはいつもこんな冬の陽射しのなかからわきだす。



読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️