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バスドライバー

のどかな昼下がりのことだった。客のまばらなバスに黒いジャンパー姿のどこか落ち着かない感じのする中年の男が乗ってきた。

サンダル履きで、手入れされていない長めの髪が痩せた顔を縁取っていた。

前のりのワンマンバスだった。タラップの上でこの男が見せた定期ではこの系統のバスには乗れないと気づいた運転手が「お客さん」と声をかけたが、男は知らん顔して乗りこみ、一番後ろの座席に腰を下ろした。

まだ若い運転手がルームミラーで後ろを見ながら、マイクで「一番後ろのお客さん、その定期ではこのバスは乗れません」と再三注意する。

しかし、その男は知らん顔を決めこむ。何度注意を繰り返しても答えない。

運転手は運行中なので席を立つわけにいかないから、ほおっておくのかと思われたが、次の停留所から「降車ドアをあけられませんので、ご協力ください」と言って、乗客を前の乗車ドアから降ろし始めた。

こうして誰もが、前のドアから出入りをした。誰もがこの関所を通らないと降りられなくなってしまい、キセル犯人はバス内に閉じ込められてしまったのだった。

ようやくそれに気付いた男はまた知らん顔をして降りようとする。

乗車口に立つ男に向かって、運転手は「お客さん、その定期じゃだめです。これはキセルですから、営業所まできてもらって、罰金払ってもらって、その定期を没収させてもらうことになります」と整った顔を険しくして注意した。

「降ろせよ!知らなかったんだよ。なんで乗った時に注意しねえんだよ」と男も気色ばんで応答する。

そこまで聞いて、そのあとが気になりつつも、目的の停留所に着いたので私は降りた。山場でコマーシャルの気分。というか続きが見たかった

バス停を少し離れてバスを振り返るとキセル犯人がタラップを降りるところだった。

運転手が憮然たる表情でサイドミラーを睨んでいた。

読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️