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ふびんや 3「あずとひな Ⅲ」

母娘は藤村家の墓にむかった。お彼岸も過ぎた平日の午前中である。人影はない。あずが墓の敷石に紫の袱紗をひろげ、その上に持参した線香立てを置く。藤村家のひとに知られぬためにいつもそんな配慮をする。ひなが線香に火を付け、立てる。線香から細い煙がたちのぼり、ふたりの鼻腔をくすぐる。

ひなが懐紙を敷いてお供えの和菓子を置く。岡村栄泉の豆大福。花は矢車草。どちらも恵吾が好んだものだ。ふたりがお彼岸や祥月命日にここに来ることはない。その一週間か十日のちに人知れずこの墓に参る。正式に認められていないということはそういうことだ。

「父はこの大福がすきだったよね。いつもヒゲに白い粉つけて食べてたよね。こどもみたいだった」
「あのひと、あまいもんもすきやったけどお酒もすきやった」

「あっちもこっちもって、ほんとよくばりなんだよね」
「ほんまやな。そやさかいに、はよ死んでしまわはったんかもしれへんなあ」そういいながらあずとひなは数珠を手に合掌する。

六年前、恵吾は品川駅構内でくも膜下出血で倒れ、救急で高輪の病院に運ばれ、そこで死んだ。まだ五十の半ばだった。「ふびんや」へ向っていたのだと思うと、その店名が不吉なものに見えて、店を畳んでしまおうかと思ったこともあった。それでも店は恵吾が自分たちに遺したものだと思うと、また不憫がわいて、続けることにしたのだった。

帰り道でひなが思い出したように言った。
「ねえ、知ってた? あかねちゃんね、彼氏ができたんだって」
「へー、初耳やねえ。どんな子?」

「なんかね、外国のひとなんだって。アルゼンチンっていったかなあ」
「まー、そんなん地球の裏側やんか。そら摂さんも心配やわー」
「摂おばさん、それで血圧があがったのかもしれないよね」と、ひなはまた摂を案じる。

「そうかもしれへんなあ。そやけど、あかねちゃん、あきらめたらあかんわ。自分がすきになったんやったら親がなんといおうと貫かんとあかんわ」

「もうー、わかったわかった。それは母の恋愛哲学でしょう? それで大変な思いもしてきたんだからね、あかねちゃんをそそのかすようなこと言っちゃだめだよ」

「そうかて、あかねちゃん、そのひとのこと、すきやねんやろ?」
「すきだけじゃ、うまくいかないことだってあるよ」
「そんなことないわ」

「でも、母だって父のことすきだったけど、父の家庭を壊さなかったじゃない」
「それは……そんなことしたらご迷惑かかるし……」

「母ってへんなところで律儀なのね。父をすきになったことで、むこうさんにはもうご迷惑かけてるじゃないの」
「そんなこというたかて……そら申し訳ないけど、すきはすきやもん。ままならんところをなんとか折り合いつけて、そうするしかなかったんや」

「わかってるよ。それが母の来た道だから、いいんだけど、あかねちゃんのことはあかねちゃん自身が考えなきゃいけないんじゃないの?」
「まあ、そらそやな」

「摂おばさんにこんなに心配かけてもいっしょになりたいっていうんだったら、それなりの覚悟がいると思うしね。外野が無責任にエール送ったりしちゃいけないんだよ」

「あんた、えらいしっかりしたこというなあ」
「だてに苦労はしてません」

「そうかあ。あんたえらいなあ。うちの自慢の娘やわ」
「だいすきな父の面影があるからでしょ?」
「ようわかったな」

「……ね、どっかよって帰る?」
「大井町線に乗って。自由が丘でもどうや」
「いいね。でも骨董、買っちゃだめよ。お金ないんだから」
「買わへんわ。けど、骨董の由来くらい聞いてもええやろ」
「母はほんとにそんな話がすきね」
あずはにっこりしてゆっくりうなづく。

ふびんや」には「これで洋服を作ってちょうだい」と自前の着物地を持ち込んでくる常連客もいるが、それ以外の商品には古着を利用する。

それを小耳にはさんだ近所のひとが、「うちの亡くなったおばあちゃんの着物で古いんだけど、ものはいいのよ。使えるところがあったら供養だと思って使ってちょうだいな」などといいながら、たとうしに包まれたままの着物を寄付してくれることがある。

そんなとき、あずは、そのおばあさんの話を聞く。長火鉢の引き出しから飴を出してくれただとか、よく顎の外れるひとだったとか、そんな何気ないひとふでがきのような思い出があずをあたたかくする。

持ち込まれた着物や帯をありがたく頂戴していると、今度は、うちにこんなものがあった、と古い道具を持ち込むひとが現れた。

「こいつを店の飾りにどうだい? 死んだじいさんがいつも縁側で関東大震災の話とかしながらこいつをふかしていたもんだ。あの日は関西のやつらと野球の交流試合があったんだけど、地震で帰れなくなっちゃんだんだよ、なんてことを言ってたぜ。つかってくれたらじいさんがあの世でよろこぶさ」なんていいながら畳屋のおじいさんは煙草盆と煙管をもってきた。いささかふるびているが粋な品物だった。

「あんたにやるからさ、うちの姫鏡台を取りに来ておくれ」と、あずを呼びつけた老婦人もいた。それは江戸指物のいい品だった。話を聞いてみるとその品物は昔、言い交わしたひとの作ったもので、そのひとは腕のいい職人さんだったのに、結核で亡くなったのだと言った。そんな話に涙して、預かって帰ったその三ヶ月後に老婦人は亡くなった。末期ガンだったのだと後で知った。

そんな話がひとづてにひろまり、まるで「ふびんや」という店名に導かれるかのように逝ったひとが残していったもの、捨てるに忍びないのだけれど、今の暮らしでは使えないものが次第にあずの手元にあつまるようになった。

あつまるのはものだけではなく、それにまつわる話や思い出もついてきた。ひとの思いも成仏させんならん、とあずはますます強く思うようになった。

「父がいたらそんな由来をおもしろい話にして書いてくれたかもしれないのにね」
「そやね、小説家になるのんが夢やったっていうたはったもんな」
「ほんと、父は嘘つくの上手かったからねー」
「そんなことないわー。おもしろうして言うたはっただけや」
「だって、嘘つかなきゃ、母に会えなかったじゃない」
「ああ、言われてみたら、そらそやわ」
「でしょう?」

「な、あんたが書いたらどうえ?」
「なにを?」
「ふびんやに集まるお道具の由来ばなしやがな」
「へー、わたしが?」
「おもしろうして書いてえな。あんたやったらできるて」
「父の娘だから?」
「そのとおりや」
「わかった。いつかね。できたらいいね」
「永遠の努力目標みたいにいわんといて」
「ふふ、わかった。がんばってみる」
「よろしい」

あずはあつまったものをただ古道具として店に置くのではなく、現役のオブジェにして復活させる。使い込まれてくたびれはて、どこか傷ついてそのまま捨て置かれた道具は、あずの手のなかで再び目覚め、癒され清められ磨かれる。

道具たちは今一度注がれた愛情に応え、あずが用意した指定席、ふわりと置かれた一枚の布の上で、季節の花を添えられてどれも生き生きと人目を引く。そんな品々を「まあ、素敵」とため息をもらして買っていくひとも少なくない。

古道具のあらたな嫁入りにひなの書いた「ふびんやものがたり」が添えられたら、そんなうれしいことはない、とあずは思う。


読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️