見出し画像

ひとかげ

「ひとかげ」という本を探しに八重洲へ行った。東京駅を突っ切ってブックセンターへ向う。

駅構内はいつものようにアナウンスと人のざわめきで満ちる。これから行くひともいれば帰ってきたひともいる。いずれ通り過ぎていくひとたち。

中央出口の交番では、おまわりさんが地図を指差し丁寧に道順を教え、地方から出張に来たらしいサラリーマンは丁寧にお礼を言う。その言葉のイントネーションが耳慣れない。

どこかから関西弁も聞こえてくる。

「そらよろしおましたな」

如才ない受け答え。やわらかな武装。本心がどこにあるかはわからない。

タクシーに並ぶ行列。きちんと背広を着た男たちが、仕事の出来そうな顔つきで順番を待つ。これから大きな商談でもありそうだ。

東京みやげを抱えてバスを待つひとの列もある。行く先はここからはずいぶん遠い。

小さな荷物を二つ、身のそばに置いて、遠い目をするおばあさんもその列にならぶ。首筋に派手なスカーフがのぞいている。

その視線の先にあるのは丈高いビルばかりだ。こころはここではないところへ飛んでいく。そこはきっともっと空のひろいところにちがいない。

バスのターミナルの柵に、家のないひとの荷物がヒモでくくりつけてある。持ち主はいない。

だれにも手出しさせぬよう厳重にしばりつけたその荷物のなかに、いったいなにがはいっているのだろう。家なきひとがそこで生きていくにはいったいなにが必要なのだろう。

その柵の向こう側に置かれた椅子に座る老人は、杖の支えにして、眠りこけている。

いや、ただ目を瞑っているだけなのかもしれない。時間がその足元を掠めていく。一日は長い。

通りがかるひとは近づきまた遠ざかっていく。待ち合わせているひとは待ち人がくれば去って行く。

老人はぴくりとも動かず背中を丸めてそこにいる。そのそばで待ち合わせた若者が笑いあう。

そのさきのご案内「くつみがき500円」
紳士の身だしなみ。客は新聞を読み、靴磨きはしずかに靴を磨く。

八重洲のひとかげを見つけていた。



読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️