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池江璃花子選手について

池江璃花子選手は、個人的に、東京オリンピックで1番応援していた選手です。

同じ2000年生まれ
同じ日本大学の学生
っていうだけで、オリンピック選手の中では共通点が多いと思います。

しかし、半年前まで特別、池江璃花子選手を応援していたわけではありませんでした。

特に強い思い入れを持ったのは、ちょうど私の病気が発覚した時です。
当時、最初に大学から紹介をされていった、千葉県済生会習志野病院の医師から池江璃花子選手の名前を出されました。
またそのご紹介を受けた、国立がん研究センター中央病院の医師からも池江璃花子選手の名前を出されました。

現時点でも各種検査による間接的、暫定的評価では、私の病気は「がん」ではないだろう、ということになっています。
しかし、仮にも私が各種検査の時点で「がん」の診断を受けていたら、もう私は崩壊していたに違いありません。

私には、池江璃花子選手の気持ちはわからない。でも、勝手ながら、ほんの少しだけ人よりも彼女の思いがわかるような気がします。

2019年、当時高校3年の時に「急性リンパ性白血病」=「がん」の診断を受けた彼女がどんな想いでこの3年間を過ごしたか。。

2021年4月にオリンピック代表選考を兼ねた競泳日本選手権で優勝した時のインタビューで涙ながらに、

「まさか、100(メートル)で優勝できると思ってなかったですし、5年前のオリンピック選考会よりも、ずっと自信もなかったし、自分が勝てるのは、ずっと先のことだと思ってたんですけど。勝つための練習もしっかりやってきましたし、最後は『ただいま』っていう気持ちでこのレースに入場してきたので、自分がすごくつらくてしんどくても、努力は必ず報われるんだなんていうふうに思いました

と答えていて、ちょうどそのインタビュー始まる直前に「NHKニュース速報」で「白血病から復帰の池江璃花子選手 東京五輪に内定」と報じられる。そのシーンは、本当に見るたびに私まで涙が出るし、本当に尊敬です。


2021年8月1日の400メートルメドレーリレー決勝後のインタビューでは、

「この数年間は本当につらかったし、人生のどん底に突き落とされてここまで戻ってくるのはすごく大変だった。1度は諦めかけた東京オリンピックだったけど、リレーメンバーとして決勝の舞台で泳ぐことができてすごく幸せだなと思った」

「この試合が終わった後、自分がどう過ごしていくかが次のパリ大会につながる。いまはタイムが速いわけでもないし、自信があるわけでもない。ただ未来は自分で変えていくものだと思っている。1日1日、悔いの無いようにトレーニングをして自信をつけて、また次のオリンピックの舞台に立てるようにしたい」


本当の本当にすごい強いと、思います。
私も自分なりにちゃんと生きなければいけない、と思います。私的には、1番の金メダルは、池江璃花子だと思います。

東京大会前には、
「SK-II広告のインタビューで答えてたように、応援してくれる人、周りの人の為ではなく、自分の為に泳いでください。勝手に応援してます!」って池江璃花子選手のホームページにメッセージ送らせていただきました。

ちなみに、日大法学部の教務課に日本競泳チームのコーチいるみたいなので、池江璃花子選手に会ってみたいです。会わせてください。

あと、私の住む習志野市にある水泳場で競泳の大会あるみたいなので、不思議と親近感も湧いてます。

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