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たまゆら

 1-1

新学期

 さくらの花びらが校庭に吹いています。今日から山吹中学校の一年生になる弓田早月は、新しいクラスメイトたちに囲まれて、とても緊張していました。松江は人口が少なくて、ほとんどは小学校の頃からの顔なじみの生徒たちです。それでも、いくらかはじめて見る顔の人たちがいて、さつきはあたりをキョロキョロと見渡していました。
 ガラガラと扉が開いて、担任の武藤先生が入ってきました。武藤先生は背が高くて、さつきの倍ほどもあるように、さつきにはときどき思えるのです。
「みなさん、おはようございます。今日からみんな、中学一年生だね。中学生になったら、もうおとなとしてのせきにん感が問われることも多くなります。」
先生は、みんなをおどかすように言いました。そう言われて、さつきも心が引き締まる思いでした。
「麻生美優さん。」
「はい。」
「稲村正樹くん。」
「はい。」
「大野潤一くん。」
「はい。」
次々に、クラスメイトたちの名前が呼ばれていきます。さつきのいるB組は、男の子が十四人、女の子が十六人で、三十人の生徒たちです。ちょうど、六十の瞳が武藤先生を見つめています。山吹中学校はそれぞれ学年ごとに二組ずつ、二百人の生徒がいて、その中に寮から通っているのが七十人ほど、残りはみんなお家から通っていて、さつきもお家から通っています。
「弓田早月さん。」
「はい。」
さつきは元気よく返事をしました。武藤先生がほほえみました。武藤先生はハンサムで、生徒にとても人気にある先生です。けれど、さつきは知っています。武藤先生は、おっちょこちょいでも有名で、よくシャツの裏表を逆に着たりするのです。
「横山まゆ子さん。」
「はい。」
鳥のさえずりのように愛らしい声が教室に響いて、さつきは声のする方を向きました。隣の席に座る横山まゆ子でした。まゆ子は、さつきと目が合うときれいな眦が垂れて、やわらかいほほえみでした。さつきもつられてほほえみました。前を向いたまゆ子の横顔を見ていると、その頬の線がなめらかに美しいので、さつきはうっとりしました。お嬢さまの物腰で、優雅に座るまゆ子は、花やかで、匂いまで花のようでした。
 さつきは、まゆ子と仲良くなりたいと思って、一時間目の授業のとき、ずっとまゆ子のことばかり見ていました。ちらりとまゆ子を盗み見て、まゆ子はそれに気付くと、にっこりとほほえみかえしました。
 午前の授業が終わって、お弁当箱を鞄から取り出すと、さつきの肩をちょんちょんとなにかがつつきます。横を見ると、まゆ子がほほえんで、お弁当箱を両手に抱えています。「弓田さん、いっしょに食べない?」
さつきは慌ててなんども頷きました。まゆ子はにこにことほほえんで、自分の机をさつきの机とくっつけます。二人は向かい合って、お弁当を食べました。ちょうど二人の席は出席番号順で最後のほうですから、うしろの窓際です。窓際で向かい合って、それぞれお弁当箱を広げると、まゆ子の顔が華やぎました。
「わぁ、弓田さん、とってもおいしそうなたまごやきね。」
「お母さんに作ってもらったの。私、料理はへたなのよ。でも、横山さん、とってもきれいで美味しそうなお弁当ね。」
まゆ子のお弁当箱には、可愛らしいタコさんウィンナーに、ポテトサラダ、ピーマンの肉詰めが入っていて、にんじんの花びらが彩っています。
「わたしは寮だから、自分で作るの。お料理は好きなのよ。」
「すごいわ。私、料理が作れないから、本当に尊敬するわ。」
さつきは目を輝かせてほほえみました。そのほほえみに、まゆ子は照れて赤い花です。
「食べてみる?」
まゆ子はおはしで肉詰めをつまむと、それをさつきの口元に運びました。さつきは口を開けてそれを受け取ると、片手でお口を隠しながら食べました。美味しい牛肉の味が口の中に広がって、さつきは自然とほほえみました。
「美味しい。すごいなぁ、横山さん。」
「それじゃあ今度、私の部屋に遊びに来てよ。歓迎するわ。料理も、教えてあげるわ。」
「ほんとう?嬉しい。」
ふたりはほほえみあって、互いにお弁当のおかずを交換しました。そうしてふたりは、いつのまにか、さつきちゃん、まゆ子ちゃんと、下の名前で呼び合うようになりました。ふたりが特別ななかよしになるのに、ほんとうに時間はいりませんでした。ちょうど、窓が開いていたから、にんじんの花びらの横に、さくらの花びらがおちて、橙と桃色が美しくお弁当箱を飾りました。

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