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何故、研究者が中国に渡るのか?

11月3日の23時に放送されたNews23にインタビュー出演しました。動画はこちらから見ることができます。

何故、研究者が中国に渡るのか?という特集でのインタビューでした。

テレビ出演ということもあり、私の周囲での反響は大きかったです。また、リンク先youtube動画へのコメントも11月7日現在400件以上のコメントが寄せられており、ある程度の注目を集めたのだと思います。

コメントの大部分は、「頭脳流出」が起きている日本の科学技術政策に対する批判で、我々研究者が常々抱いている、日本の科学技術政策に対する思いを一般の方とある程度共有できたのではないかと思っています。しかし、その一方で、事前に予想した通り、動画に対しては「売国奴」「中共に魂を売っている」などのコメントもありました。それらに対して簡潔にではありますが、自分の思いを綴っていきたいと思います。

・何故、中国なのか?

まず、私自身は「中国にどうしても行きたいから中国を選んだ」というわけではないです。私のアカデミックキャリアですが、2016年3月に名古屋大学で博士号を取得した後、2016年4月から2018年3月までの二年間をフランスのパリ天文台にてポスドク研究員として過ごしました。ポスドク研究員とは何かを説明しますと、博士号を取得した後の研究者としての修行期間で、通常、2,3年くらいの任期です。この任期が切れたらどうするか?また次のポスト(職)を探します。ポスドク期間は大学教員と異なり、研究だけに専念できる期間であり、この期間に業績を上げてキャリアのステップアップを目指します。

私はパリ天文台での2年間のポスドク期間の後、2018年4月から2019年12月まで次は北京の清華大学でポスドクをしました。これが中国での研究生活の始まりです。ちなみに、清華大学を選んだ理由は「ポスドクポジションのオファーをくれたから」です。ポスドクポジションは「働きたいです!」といって働けるものではありません。、まずは公募が出ないと始まりません。自分の興味のあるポスドクポジションの公募が出たら、これまでの研究業績や研究計画書を応募して、書類審査の後、面接を経て採用というプロセスです。私の場合、中国を含めアメリカやヨーロッパなどいくつかの国のポスドク公募に応募しました。

一般的にはポスドクを数回経験したら、大学教員あるいは研究所のポジションを目指します。大学教員とポスドクの最大の違いは任期の有無です。ポスドクの場合は、2,3年で任期が切れます。ストレートな表現でいうとクビになります。そのため、「クビになる→次の就職先を目指す」というのがポスドク時の就職活動です。その一方で大学教員は任期がありません(注釈:最近の日本大学教員は任期付き教員が増えています。大学教員ですら任期付というのは色々と考えさせられるし、日本の科学技術関連予算の低下の影響だと思いますが、今回は便宜上、理想的な状態としての任期無し大学教員を想定します)。つまり確実に任期が切れて次のポジションを探さないといけないポスドクと異なり、安定した職です(もちろん、なにか問題を起こしたら解雇されますが)。

さて、本題ですが、日本ではこの「大学教員になる」というのがとても難しいです。その理由は簡単で、ポジションが全然足りていないからです。天文学の場合だと、大学教員のポストが1つ空くと、その椅子を巡って数十倍から高い場合だと100倍程度の倍率で競争が繰り広げられます。何故、そんなにポジションが足りないのか?色々理由はあると思いますが、大きな理由としては日本政府の科学技術・教育に対する予算が低いことにあると思います。大学教員を雇う(他にも大学運営)ため大学に交付される予算のことを運営費交付金といいますが、これは年々減少しています。そんな状態では大学の運営は厳しくなり、新しく教員を雇う余裕がなくなります。そのため、大学教員になれず、任期付きのポスドクを転々と繰り返し、30代後半、40代になっても安定しないポジションというのは珍しくありませんし、ポスドクに区切りをつけて民間企業に転職するというケースも多いです。

この様に、日本で研究を続けていくというのは厳しい状況の中で、中国は国として科学技術政策に力を入れていく方針を取っており、大学教員のポストが増加しています。特に天文学分野は中国が現在力を入れている分野の一つで、2012年以前は天文学を学べる大学は4つしかありませんでしたが、この10年弱でその数は16にまで伸びています。

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それに伴い、天文学の大学教員は増えており、清華大学、北京大学、上海交通大学など中国トップの大学では毎年、教員の募集がかかるくらいです。そんな状況の中で、私は現職である云南大学の大学教員ポストに運良く採用されて現在に至っています。(どの様なプロセスを経て、現職に採用されたかの体験はこちらから読めます)

•私は売国奴なのか?

上述の通り、日本で大学ポジションを得ることは難しく、研究を続けていくためには日本のみに限らず、海外の大学・研究所の大学教員にも目を向けていく必要があります。そんな中で私が選んだのはたまたま中国という選択でした。すると、中国で働いているという理由で「売国奴」と口汚く罵る人が出てきます。しかし、研究者だって人間です。生活があります。霞を食って生きているわけではありません生きていくためにはにはまずは経済的安定が必要です。それをたまたま中国が提供してくれるから海を渡っただけです。それを「売国奴」と言う人々は、研究者の生活についてどの様に考えているのかお聞きしたいものです。あるいは、「やりたいことをやるために、(彼らが嫌いな)中国という国に行く姿に対して、『研究者は自分本意だ』と苦々しく思っている」のかもしれません。ですが、自分のやりたいことを続けるために努力して実現することの何が悪いのでしょうか?もしかしたら、そういった批判をする人の中には生きていく上で自分のやりたいことを妥協した人がいるかもしれません。しかし、自分がやりたいことを諦めたからといって、他人の生き方にまで口を出す権利は無いと思います。海を渡る研究者個人を批判する前に、まずは日本の科学技術現場の疲弊に注目し、根本的問題について考えてほしいと思います。

•高い報酬に釣られて中国に渡っている?

中国に渡る研究者に対する批判として、高い報酬につられて中国に渡っている「売国奴」という批判もあります。しかし、ここまで散々述べてきた通り、日本ではポストが無い。生活ができないのです。そんな中で中国には職がある、給料が出る。だから中国に渡りました。高い報酬云々のレベルではありません。生きるか路頭に迷うかレベルの話です。実際に私の給料は日本の大学教員ポストの給料と比べると、同じくらいかちょっと低い程度です(中国の大学教員の年収は日本円で450−750万円程度)。もちろん、物価の違いはあるので、中国では余裕のある生活を過ごすことができますが、決して高い報酬という額ではないです。(参考:中国の大学に移った日本人研究者が明かす「海外流出」の事情

•研究成果が中国のものになる?

「中国での研究成果は中国の物になるので技術流出ではないか?」という批判があります。これに対する答えとしてはイエスでありノーです。

「中国のものになる」というのはどういう意味でしょうか?我々、研究者、特に天文学のような基礎科学の研究者の成果は論文という形で発表されます。そして論文は、世界中どこの国からもアクセスできるものであり、中国が一国で抱えられるものではありません。そういった意味では先の質問への答えはNoです。

では、中国で書いた論文はどこの業績になるのか?それは所属している機関の業績になるので、私の場合ですと私が書いた論文は云南大学の業績となります。そういった意味では、私の業績が中国に帰属するということで、先の質問への答えはYesです。しかし、これはごく当たり前のことで、給料を出して雇用してくれるところの業績になるのは何らおかしい話ではありません。大学の評価軸の一つは論文をどれだけ出せるかであり、そのために人材にお金を投資するわけです。近年、中国の論文数や引用数が伸びているというニュースが話題になりましたが、これはそれだけ中国がお金を出して人材を確保しているわけです。日本でも同様に人材にお金を出し、論文を書いてもらい、大学の評価を高めれば良いだけの話です。

•軍事研究に関係している?

多く寄せられる批判的コメントの一つが、「日本人が中国で軍事研究に携わっている」というものです。

確かに、中国企業と共同で研究している日本企業の場合ではその懸念もあるかもしれません。しかし、その様な企業間の技術交流に関しては法律で定められた範囲内で行われています。(追記:参考リンク参考リンク2

そして何より重要なのですが、基礎科学の研究はそもそも軍事研究への転用は難しいということです。「軍事研究は行われない」と断定的な言い方をすることはできませんが、可能性は低いと思います。

私の研究は宇宙最初の星や銀河が誕生した時代を携帯電話よりも遥かに弱い電波を使って探る話なので軍事転用の可能性は極めて低いです。むしろ検出できなくて困っています。そもそも基礎科学は、日本人ノーベル賞が出た時に話題になりますが、その際にノーベル賞受賞者に「その研究は何の役に立ちますか?」と質問することが度々あります。そんな何の役に立つか分からない基礎研究が、中国で行うとなった途端に「軍事転用の可能性がある」と言われると、困惑します。

また、そもそも軍事研究のような国防の国家機密レベルの内容に外国人が携わることは不可能です。

いかがでしたでしょうか。よく寄せられる批判的コメントに対して私なりの見解を書いてみました。ご参考になれば幸いです。

科学は一国にとどまらない人類の営みなので、中国で研究・教育を行うことは人類の知に貢献できると思っています。しかし、私は日本で教育を受けてきましたし、可能ならば自分の得た知識を日本に還元したいと思っています。しかし、日本ではその場所が無い。今後、日本が科学技術や人材を軽視しない国なることを強く願っています。

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