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歯医者で驚いたこと

朝起きると、驚くほど歯が痛んでいた。
普段、6ヶ月ごとに1度、かかりつけの歯医者さんに検診でお世話になっており、久しく虫歯には縁がなかった。

おかしい。
突然これほど歯が痛むのは尋常ではない。
急に何がどうしたというのか。
毎日頑張って歯を磨いていたつもりだったのに……と様々な思いがよぎったが、そうだ、急いで歯医者に行かなければ、と我に返った。

お世話になっている歯医者さんは、大変丁寧で人気があり、いつも混み合っている。検診が終わると、半年後の次回検診の予約をすぐ入れておかなければ、予約がとりづらくなるほどだ。
これから普通に予約を取ろうとしたら、何か月後に診てもらえるかわからない。もはや「緊急・予約なし・飛び込み」で診療してもらう他ない。
ただでさえ大忙しの先生方に、さらに患者をねじ込む事態を引き起こしてしまい、本当に申し訳ないが、背に腹はかえられない。
意を決して電話をかけ、事情を説明したところ、
「待ち時間がどれくらいになるかわからないが、それでもよければ」
ということで、診ていただけることとなった。

歯医者に行くにあたり、家族に事情を説明した。
すると家族は、予約もないのに緊急で無理やり診てもらおうというのだから、もっと真剣に痛がったほうがよいのではないか、と言い始めた。

おかしい、こちらは既に真剣である。
現在進行形でこんなに痛んでいるのに……と反論しようとした。
しかし、もしも自分の伝え方が不十分で、
「それほど痛くないようでしたら、後日また改めて予約を取って来てください」と診療を断られでもしたら、非常に困ったことになる。
確かに、家族の言うことにも一理ある。
こうして、歯医者に向かう前に、「いかに歯が痛いか、真剣に伝える」練習をすることとなった。

「何やら突然、歯が痛み始めまして……」
「うぅ、痛い……」
「今朝起きたら歯が……あいたたた……」
等、いろいろなパターンを試してみた。

「真剣さが足りない」「わざとらしい」「全く伝わらない」
と、家族からは容赦なく却下される。

「うん、それならまぁ、なんとか」
と家族からようやく合格をもらえたときには、こちらは歯の痛みと度重なる練習で、もうぐったりしていた。
しかし、これからが本番である。
気を取り直して歯医者へ急いだ。

受付を済ませ、どのくらい待ち続けただろうか。

とうとう自分の名前が呼ばれるのが聞こえた。
診察台に案内されながら、(今こそ練習の成果を発揮するとき!)と
私はひそかに気合を入れた。

「今朝起きたときから……歯がとても痛むのです……」

精一杯の神妙な顔(をしたつもりだった)で、片手で頬のあたりを押さえる念の入れようである。

ところが、これといった反応がないまま、先生はさらりと「では診てみますねー」と告げたかと思うと、同時にさっさと診察を始めてしまった。
いたって普段通りの対応である。
練習、いらなかったのでは……と思いながら、しばらく口を開けたまま大人しくしていたところ、唐突に「これは骨です」と告げられた。

「コレハホネデス」……?

なぜか英語の授業の「This is a pen.」をふと思い出した。

骨?骨ってなんだ?今は骨じゃなくて歯の話をしていたはず……と、こちらは大混乱である。
「骨、ですか?」かろうじて聞き返せた。
すると先生は、
「これも骨隆起ですね。上あごにあるのと同じです」と解説してくれた。

私は上あごの真ん中にかなり大きな出っ張りがあり、それは「骨隆起」と呼ばれる、骨が過剰発達したものだと、以前この歯医者で教わっていた。
ちなみに、そのときまで、まさかこれが骨隆起という特殊な状態だとは夢にも思わず、「人間は全員、上あごに出っ張りがある」ものと思い込んで生きていた。
上あごに出っ張りがない人がいる、むしろある人のほうが少ない、と知ったときの衝撃といったら、それこそあごが外れるほど驚愕した。

今回、下の歯茎の骨がかなり出てきており、そこに力がかかって痛んだのだろう、といったような説明を聞いた気がする。
「これは骨です」宣言以降、呆然としてしまったため、実はよく覚えていない。

ちなみに骨隆起は、大体の場合、すぐに治療が必要なものでもないらしい。
歯ぎしりや食いしばりが原因で起きることが多いらしく、ひどくなる場合はマウスピースを作って対処することもできる、とのことだった。
家族に聞いてみたところ、寝ている間に歯ぎしりはしていないようだ、と確認がとれた。しかし、無意識に歯を食いしばる癖はあるかもしれない。
歯に余計な力がかからないよう、普段からかなり気をつけねばならないらしい。

とにもかくにも、痛みの原因は虫歯ではなく、それどころか、痛んでいる箇所が歯ですらなかったのだ。
決して嘘をついたわけではなく、本当に「歯が痛んでいる」と思い込んでいたのだが、渾身の演技までして「歯が痛い」と全力で訴えてしまったことを思い出し、いたたまれなくなった。

今回は様子見で大丈夫、とのことで、特に処置もなくそのまま帰宅することとなった。
先生の見立て通り、あれだけ痛んでいたはずの歯(骨)が、その後まったく痛まなくなった。

次回、検診の際には、できるだけ小さくなりながら、控えめに来院しようと考えている。


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