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第61回 これからの仏教② 無我から非我へ!

 現行仏教の教えが理解し難く、又、複雑化している原因の一つに、人間を構成している二大要素、物質的な肉体と非物質的なアートマン(我)のうち、アートマン(我)は無いとする「無我の思想」があります。

 サンスクリット語で「アナートマン」と表現されている主要仏教用語を、「アートマン(我)は無い=無我」と解釈し翻訳してしまったために、苦の連鎖である「輪廻」の流れから脱却(=解脱)する人間の主体は何なのか、又、釈尊が証得した「悟り」の真実・真相とは何かが、全く分からなくなってしまっているのです。

 過去に、東洋を代表する仏教学者の中村元氏が、「無我」ではなく「アートマン(我)では無い=非我」と解釈・翻訳すべきだと主張されたそうですが、仏教学会の主流学説とはならず、未だに仏教界では「無我」を仏教の基本概念としています。

 釈尊がプラジュニャーパーラミタ(拙訳で到彼岸瞑想行)と名付けられた瞑想修行法を実践して実体験した、肉体から分離・離脱してニルヴァーナ(涅槃)に到達する意識(心・魂)の正体が、非物質的なアートマン(我)であると認めることで、釈尊が証得し弟子達に伝授した「仏教」の真髄は、単純明快に理解できるようになります。

 「無我の思想」こそが、釈尊が説いた「原初の仏教」の理解を妨げ、八万四千の法門と称されるくらいに複雑化した、仏教混迷の最大の原因になっているのです。
 仏教の復元は、「無我の思想」を否定し、「非我の思想」に基づく釈尊仏教の再解釈抜きには考えられません。

 キリスト教では、長い間、太陽が地球の周りを回っているという、天動説を絶対的な教義として信奉してきました。異を唱えるものは、異端者として死刑にしてきたのです。

 それが、科学技術や測定機器の発達に伴い、ケプラー・コペルニクス・ガリレオ等の先駆的な科学者が精密な天体観測をしたことにより、地球が太陽の周りを回っていることが明らかになりました。
 今では、太陽が地球の周りを回っていると信じる人など誰もいません。

 アートマン(我)は、肉眼では見ることができない非物質的な存在であり、物質を観測対象とする現在の科学では、その存在を直接検証することは出来ません。

 しかし、退行催眠や脳への直接電気刺激による事例の収集等により、悟り体験や臨死体験・トリップ体験等全てのスピリチュアル関連の不思議体験が、同一の主体(アートマン)により引き起こされる現象であることが、間接的に明らかになる日は必ず来ると思います。

 釈尊は、言ってみれば偉大なスピリチュアリストであり、心身を損なうことなく、安全且つ自由自在に体外離脱を実現する手法を確立した先駆者なのです。

 これまで各現象ごとにバラバラに研究されてきた不思議体験の実態は、アートマン(我)という人間存在の基盤をなす主体を実在のものとして認識・確立することにより統合的に理解されるようになり、全ての世界宗教は、アートマン(我)の存在を前提にして創られたものであることが明らかになると思います。

 「アートマンは無い=無我」のではなく、「アートマンでは無い=非我」と解釈・理解することが、「釈尊が説いた仏教」を正しく継承する第一歩なのです。

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