見出し画像

第二話 当て読み

 芝居の世界には、あらかじめ役者を想定して脚本を書く「当て書き」なるものがあります。

 その伝でゆきますと、源氏物語を読む楽しみのひとつが「当て読み」であるのは衆目の一致するところでしょう。

 四百人を越える登場人物すべてを「当て読み」する酔狂な人はまずいないでしょうが、主要人物だけでも百人余を数えますので、勢い印象深い興味を持った人物ということになります。

 何を隠そう私は根っからの悪役好き。「海のトリトン」もポセイドン族に大いに肩入れしましたし、ベルク・カッツェ、シスタージル、ドロンジョ様、デスラー総統、レクター博士、北の湖、アブドラザブッチャーetc.と、アニメも映画も格闘技も悪役の活躍暗躍を見たいがために画面に齧りついていたようなものです。
そんな私がまず誰を当て読みするかと云えば、当然、源氏物語中ほぼ唯一の悪役弘徽殿女御ということになります。振り返るに、弘徽殿女御がいなければ源氏物語を読み進めることは出来なかったでしょう。私はそもそも優柔不断な主人公(源氏本人もそう自己分析しています)が苦手ですからね。

 源氏物語の登場人物には何人か実在のモデルがいるそうですが、当時いたんでしょうねぇ、こういう女性が(もちろん現代にも間違いなくいます)。殊に創作ではいいとこのお嬢さんはおっとりしているか妙にお転婆と相場が決まっているようですけど、右大臣家に生まれ女御となりお世継ぎまで設けながらまだ誰かに嫉妬し憎悪を滾らせるあのどす黒いエネルギーは、一体何処から湧いて出てくるのでしょう。まったくもって痛快……、いやいや恐れ入ります。

 二十歳の年に初めて源氏物語を通読した時は浅丘ルリ子を、不惑の年に再読した際には夏木マリを「当て読み」していました。浅丘ルリ子も夏木マリも何より声が好きでしたので、それはそれで充分楽しめました。ただ、浅丘ルリ子も夏木マリも、ヒステリックで妖艶という点ではまったく問題ないのですが、肝心のいいとこのお嬢さんぽさが出ないんですよね。根っからの気位の高さと云うか高貴さが。そこには不満が残りました。

で、この度還暦で現代語訳をものすにあたり、誰を当て読みしているかと云うと、中村七之助なんですね。

いやぁ、ぴったりですよ。怖いくらいです。実際に怖い人なんですけど。ちらっと出てきただけで鮮烈でおどろおどろしい印象を残し、後々には政治的手腕まで発揮しますからね(そこが前回前々回読んだ時には今一つ響いていなかったのです)、いや、何も女性が政治的に動けないと云いたいわけではありませんが、当時にしては極めてめずらしい男性的側面を兼ね備えているとくれば、これはもう歌舞伎か宝塚からご出馬願うしかありません。そういう意味では麻美れいさんもいいんですけどね、ま、そこは私が七之助を今の歌舞伎で一押ししているということで。

皆さんもぜひお好きな登場人物を「当て読み」なさってみてくださいね。