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中ライスくん

ひとを観察するのは面白い。
見てて飽きることがない。
暇になることもない。

だから自然と、
ひとに目がいく。


空っ風がふく9月。
木枯らしにはまだ早いでしょうよ、
外の天気をモロに受けるこの店のバイトは、
ナマアシなんかぁ、出せるワケない。

「鎌田さーん、この海苔弁、追加で並べといてー」
「あ、カマちゃん、これも一緒に」

奥から威勢のいいオバちゃんたちの声が響く。

「はぁーい、」

この店で若いのはあたしだけ。
だからチョコチョコと小間使いにつかわれる。

暇が大嫌いなあたしにとっては、
かなりいい扱いだ。

オバちゃんたちは売り場にはほとんど出ず
厨房で色とりどりのお惣菜を作る。

「みんなすごいですよねー、
 どうやってそんなレシピ覚えられるんですかぁー?」

「主婦の腕よ~、
 もう何年こればっかしやってると思って!」

アハハと作り笑いし
万年、家の召使いにはなりたくないと、心でつぶやく。

カチカチと音を立てる秒針が真上にあがり、
時計が12時を指す。

「カマちゃん、お客さん来だすからレジにいてちょうだい」

「はぁーい!」

さぁ~、今日も頑張りますかぁ。
2時までの短期決戦。
学生は休んでる暇なんてないのだ。

ぐぅーっと伸びをしながら気合いを入れつつも
まだ客は来ない。

ふっと視線を下にやると、
レジ台のビニールシートの下には
店のチラシが折り重なって並んでいる。

日替わりメニュー
おすすめメニュー
定番メニュー

きっちり端から並べればいいのに。
誰だろう、次から次へと押し込むのは。

橋本さんか?
見るからに溜め込みそうなタイプだもんな、
エプロンのポケット、いつもモリモリだもの。

弁当屋の路面店は、そう珍しくもない。
だからいつも、常連の客しか来ないから
メニューを見られることはほとんどない。

新商品とか、あんまり興味はないんだろうか?
飽きないのか?
男の胃袋はよく分からない。

ブォォォォォ・・・・

砂埃が厨房に入りそうな勢いで
いかついトラックが前向きで入る。

「きたきたぁ!」

小さな声でそうつぶやくと、

「唐揚げ1セット、中ライス1つお願いしまーす!」

オーダーを受ける前に、
厨房に向かって声を張り上げる。

「今日は早いねぇ、中ライスくん!」
「ちょっとその名前やめなさいって、」

おばちゃんたちはケタケタと笑い
あたしもつられてにやけてしまう。

厨房の出来上がりを待つ前に
ビニール袋と箸とおしぼりをセットする。

準備は万端だ。

「さっ、出来たよ!」
「早い~!ありがとうございますー」

揚げたての唐揚げと、中盛のライス。
詰めたばかりでプラスチックの容器が溶けてしまいそう。

袋に詰め、ニマニマと“彼”の到着を待つ。

「ちーっす」
「あ!いらっしゃいませー!」

午前中は現場で働いてきたんだろう、
泥がところどころについたニッカボッカ(だっけ?)
首にかかってるタオルは、まぁ沢山汗をお吸いになってる感じね。

「おー、カマちゃん、今日は寒いね~」
「ね~、まだ9月だっつのー!」

「ちょ!カマちゃん、言葉遣い!」
裏から小声なのか大声なのか、オバちゃんの注意が飛ぶ。

「あっ、ごめんなさーい」
全く反省っけのない返しは、いつも通りすぎる。

「今日も面白いねー、ほんとアンタ最高だよ」
「うそー、ありがとうございますぅー」

キャバクラとやらで働いたら
あたし結構稼げんじゃね?笑

「えーと、唐揚げと中ライスね」

キタキタと内心のガッツポーズをひた隠しにし
さっと用意していた弁当を差し出す。

「はぁーい、唐揚げと中ライスですね、
いつもありがとうございますぅー」

「カマちゃん、相変わらずさすがだね~」

代金を言わずとも、100円玉4枚、10円玉3枚をレジ台のビニールシートの上にビタッと置く。

あんたも相変わらず毎度あり~だよ。

「そいじゃぁまたねー」
「はーい!午後も頑張ってくださいねー」

メニューを見ないも何も、
この客の注文は毎回同じ。

あたしがバイトで働きはじめて1ヵ月毎日
別なメニューを頼まれたことはない。

滞在時間、ものの2分。

お客様をお待たせしないよう、
誰が何を求めているか瞬時に判断できるのは
生まれ持った特性なんだろうか。

それとも。


「いらっしゃいませー」

トラック4台、常連の団体様だ。

厨房に(いつもの!団体!)のアイコンタクトを送り
レジ台のチラシを指さしながら日替わり弁当の説明を流す。

この団体は男のくせに気分屋が多くて注文が読めない。
お客様を待たせてしまうのは申し訳ないと思いつつ、
ヤマカンで動いちゃロスになっちゃうから
確実に注文を受けて伝えるだけ。

あぁ、もどかしい。

みんながみんな、中ライスくんみたいだったらいいのに。


ーーー

サァァァァァ…

9月の雨は地味にきつい。
昨日の風のほうがまだマシだ。

「おはようございまーす、さむっ」

思わず声が漏れる。
半袖着てこなくてマジ大正解だわ。

「ちょっと、カマちゃん」

早番で厨房に入ってる橋本さんが、手招きをする。

「ね、いつもの中ライスくん、
 大ライスとか勧めてみてよ」

「・・・はい?」

またも漏れる声。

「いやー、いつもみんなで話してるのよ、
あのガタイで中ライスはちょっと可愛すぎるのよねぇ~、
大とか特盛とか頼むキャラでしょアレは~」

「いやいやいや、
そんな、彼の事情もあるでしょうにー」

オバちゃんたちの面白がり具合に、
ちょっとだけ引く自分がいた。

「いーじゃない、勧めるだけよ~、
断られたらさっ、いつもの中ライスいけばいいじゃない。
カマちゃんのトーク力なら間違いないって~」

「えぇー・・・」

中ライスくんって面白がって呼んじゃってるけど
彼が求めるものを提供してるのであって。

いつも同じメニューなのには事情があるかもしれないのにさ、
そこに変な仕掛けをするのは違くないか?

・・・いや、
私がされたら絶対イヤだし!

「えー、あたしできませんよー・・・」

目ん玉まんっまるにした橋本オバちゃんが
あたしの顔をまじまじと覗きこむ。

「やっだ、カマちゃん、
面白くない!」

一瞬眉間に寄ったしわがバレないよう
がんばっておでこに力を入れた。

あたし、面白さで仕事してるわけじゃないし!

開店までの、オバちゃんたちとの仕込み時間が
なんだか長く感じた。

のどにつかえたモヤモヤを
どこに吐き出していいか分からなかった。





つづく

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