ジョングクくん【3D】、否の現象を分析してみる
こんにちは!パクチーです。
わたしね、最近、広島県安芸高田氏の、石丸市長と市議会議員との会議のようすだとか、市長の記者インタビューの動画だとかを、とても興味深く見てたんですよ。そこで見る大人同士の会話のあまりの噛み合わなさに、不思議な感動を、わなわなと覚えておりました。
その後、サトマイさんという方の、詭弁論理等を優しく解説してくれる動画を見つけて、
まー!
そしたら!
分かる、会話の中に何が起きているか、分かるわ…!!
わたくしのnote、いつも100%個人の主観でのみ書かれています。が、ロジカルシンキング、つまり人様の考えた理論を使う、ということの有益性に初めて気付いて、むちゃくちゃ感動した訳です。
さらにですね。
「この方法論は、今起きている【3D】の分析と、すごく通じるものがあるのでは…」というように思いました。
今、ジョングクくんの【3D】は、素晴らしいストリーミング記録を打ち立てますが、抗議活動もあったりして、賛否が「二極化している」、というのが現状なのかなと思います。
それらはそれぞれ「分かり合えないんだろーなー」と、わたしは一見、思ってしまう。互いに自分のポリシーを信じて、安定している状態だから、あえて交わらせなければならない理由はありません。
でも、「断固、賛だよ」「断固、否だよ」と、己のスタイルが確立している人はそれで良いのですが、狭間で、「ジョングクくんが大好きなのに、心理的に賛同できない」となっている人はどうしたら良いのでしょう。自分の中の「賛」と「否」の間で葛藤して、ぐらぐらしながら引き裂かれるのは、とても苦しい事です。
わたしは、そういう方が、もしも自分の心を解決する糸口を見つけることができるなら、その人の心には、未来において分立を統合する希望がある、と思いました。
そこで今回は、
否定派の主張は一見正しそうに思えるけど、何かすっきりしない。
曲を聴いてもやもやするけど、何にもやもやするのか分からない。
そういう方を対象に、わたくしの付け焼き刃で得たロジカルシンキングを駆使して、少しでも、自分の中のバランスを良いところを見つけるための、現状の分析の参考にしていただければと思います。いや、わたしには、本当に役に立ったんですよ!
これから書く内容は3つです。
【3D】は、「メタ認知」の低さが売りである
【3D】の表現が「差別的・女性蔑視」であるという評は適当か
【3D】の「否」の正体は何か
それでは行ってみましょう。あ、でもここで得た知識を、他人を論破することに使ってはだめですよ。あくまで自己分析に利用してくださいね!
1.【3D】は「メタ認知」の低さが売りである
この楽曲はジョングクくんパートと、ジャック・ハーロウさんによるラップのパートに分かれています。
ジョングクくんパートの内容は、「会おうよ・会おうよ・会おうよ(やろうよ)」に要約できると思います。
一方ジャックさんのパートには、
という歌詞があり、ここが一番問題視されている部分でもあります。ABGsの意味は各々でサーチして頂くとして、どうやって理解するか。日本でも「詐欺メイク」「骨格メイク」みたいなのって、出始めた当時はかなり衝撃的に受け取られていました。でも現在は随分定着して実際に浸透していると思います。わたしは男性のメイク動画が好きですが、すっぴんとフルメイクの差異に、技術と情熱に感動こそすれ、違和感は感じなくなってきています。慣れたんです。このあたり、西洋圏のもともと彫りが深い人種からしたら、とても脅威的な技術に感じられるとともに、あんまり理解しにくい熱量であると思います。このトピックは、今時事問題としてホットなトピックで、そういう今っぽいネタを取り入れて、「よく理解できないけど感嘆する」、と、そういう心情だと理解しました。
これらの部分から、以下のような心理が読み取れます。
会おうよ・会おうよ・会おうよ(やろうよ)
→『僕はそう思うから、君もそう思うよね』
アジア系の女子が原型が分からないくらい可愛くメイクする
→『俺のために可愛くしている』
これらは、実際には事実でないかもしれないことを、情緒的な理由づけで断定する現象が起きています。自分の感情が、現実を正確に表している、とい認識している状態、これを、
「認知のゆがみ」
と言います。リスナーは、ふたりの情緒的な主観に基づいて展開するストーリーを、「それ、本当に状況を的確に説明してるのかな?」ということが判断できないまま、一方的な話をとりあえず聴く、ということになります。
また、ジャックさんのパートに
1、2、3、4…と性関係にある女性を数字で並べる描写があります。「これを言われた女性は、どう思うと思うの?」、と、想像力と配慮に欠けている、と言われて仕方のないパートです。
「認知のゆがみ」はなぜ起きるのか。そして、「相手の立場に立って想像力する」ということは、どうして出来なかったのでしょうか。
それは、「メタ認知」という、脳の発達に関係しています。
「メタ認知」は、自分の気持ちや考えを客観視し、冷静に分析する能力のことです。思春期の頃から段々に育ち始め、25歳〜30歳にかけて、徐々に上手にできるようになっていきます。
「自分がこう言ったら相手はどう思うかな」「自分の行動は、周囲にどういう影響を与えるかな」「自分はこうしたいと思っているけど、相手はどういう状況かな」、というのは、自分を客観視して、冷静に分析できている状態において可能です。他者に対して、配慮し、想像力や共感力を持って理解するのは、25歳までは、脳の発達的に難しいことなのです。
では、「メタ認知」が低いのはいけない事なのでしょうか。
これは良いとかいけないとか以前に、そういうものだから仕方がない、人間の発達に段階があるのは、もう当たり前の仕方のない事なので、25歳前後のジョングクくんとジャックくんが、「メタ認知」の低い歌詞を書いて、実際仮にそうだったとしても、現実として受け入れざるを得ない、それはもう仕様がないことです。
ただ、そうではなく、あえて「メタ認知」の低い内容の歌詞を書いている、という場合、これは25歳以下の若者たちにとって、誠実な内容であると言えます。若者の感じる体感について、嘘をついていない、綺麗事を述べていない、正直な態度です。正直であるからこそ共感できるというリスナー層がいて、そこにアピールする作品、と言えるのではないでしょうか。
けれど、事実として、想像力と配慮が欠けていた故に傷ついた人がいるのも確かです。
【3D】の表現が「差別的・女性蔑視」であるという評は適当か
【3D】に対して否定的な意見を持つ人々のうち、最も鋭角な主張が、作品の一部に「人種差別的」「女性蔑視」と受け取れる部分がある、というところです。
ところで、「差別」や「蔑視」には、定義があるのでしょうか。
実はパクチー、そのあたりは調べてません。ただ、この作品が始めから、英語の歌詞で、マーケットをグローバルに設定しているところで、国際的なコンプライアンスは充分審議されたであろう、ということが推測できます。当然人種問題、男女のフェミニズム問題に関しても、専門家が審議して、訴訟が起きない、問題が起きないというボーダーをクリアしているはずです。
その上で、【3D】の歌詞が人種差別を歌っているとする場合、その根拠に相当する部分は、
の一節のみになります。この一節だけを、「ジャック・ハーロウさんが人種差別を主義している」という根拠にするなら、判断材料が少なすぎるため、断定は恐らく無理でしょう。「人種差別をしている」という意訳もできますが、「していない」という訳も可能だからです。本人が「してないよ」で終わりです。作品の内容を「差別的だ」として批評するならば、ジャック・ハーロウさん自身が「人種差別者である」、あるいは「作品の中で人種差別をしている」という、明確な根拠が必要です。事務所側の審議を通ったものを、専門家でない一般人が、国際的な法に則って、差別のあることを証明できるならば、主張は適切だ、ということになります。が、それは可能か?というと非現実的だと思いました。
また、「こういう内容を容認すると、一般社会の差別を助長する」「悪影響を与える」という主張もあります。これを証明するのは、かなり難しいです。それを主張する場合、根拠となる事例を出さなくてはなりませんが、一般的に社会への悪影響というのは、ひとつの要素だけではなくて、複数の要素が相互に影響していますから、ここでひとつ「音楽だけ」の影響を抜き出して語る、というのは、現実的には不可能だと思います。
女性蔑視と受け取られる部分については、MVの演出も影響していると思いました。
これな…!
このシーンの問題点は、女性をオブジェクティファイ(物のように扱う)しているように感じさせる点です。しかし、これも、「明らかにオブジェクティファイしている」ということの証明は、非常に難しいです。
これで、女子達がベルトコンベアーに乗って段ボールにでも入れられていたら明らかに別ですが…。同じ服装であることに違和感はありますが、多分それぞれが別々の衣装を着ていても、このシーンの心情に与えるインパクトは、それほどには変わらないと思います。
このシーンは、ジャックさん演じるジャックさんの、これまで関係を持った女性達、というキャリアの中で、「君が一番最新のストーリーになる」ということを象徴しています。「そういう意図の演出です」と言われたら、それで納得出来てしまう。
また、
の一節中で、「女性に対して、判断を促している」と受け取れる一節があります。「今までどれだけの女性と関係したか知りたい?」。それは「本気で訊かれれば答える」用意があるとも取れるし、問わなかったとして、ハーロウ氏と関係を持つかどうかは、「女性自身で決定している」。つまり女性の選択を尊重しているので、ハーロウ氏が一方的にモノのように扱っているということには当たらない、と判断できます。
であるので、ジャックさんが本当に「女性蔑視」をしているかどうか。それは、肉体関係を持った女子達に「あなたはハーロウ氏と性的関係を持って、尊厳を損なわれましたか?」と、聴いて回るしか、証明する方法はないのではないでしょうか。
「差別」「蔑視」などの強い言葉で他者の行動を規制しようとする場合、その事実を裏付ける根拠を用意することが必要です。「自分は作品によって心情を傷つけられた」という場合、その損害が、作品と明らかな因果関係があることを、国際的な説得力のある形で証明して見せることはできるでしょうか。ここまでしないと、作品に対する強い否定的な主張というのを、継続的に、持続的に持ち続けるのは、無理であると思います。
だけど、仮に「差別」「蔑視」でなかったとしても、傷ついた人がいるのは事実じゃないか。ひどいんじゃない?擁護側に寄りすぎてない?
いえ。そんなことないです。1番の問題点はそこで、それが本題です。
それでは、この作品に「傷ついた」と感じた人が、一体何に心情を痛めたのかを、検証します。
3.【3D】の「否」の正体はなにか
【3D】で心情を害された人たちが、作品の曲のどの要素を否定的に捉えているか、というと
ラップの内容にアジア人蔑視が含まれる。
MVの中に、女性をオブジェクティファイ(物のように扱う)しているように感じられる描写がある。
それらの思想を、ジョングクくんが容認しているのではないか。
の3つに要約できると思います。
ところで。そもそも、人間が最も恐れるものとは何でしょう。
死です。
人間が無意識的な死の恐怖と直面すると、
逃げる
闘う
の、どちらかの行動を取ります。これを、「逃走闘争反応」と呼びます。
そして、その「逃走闘争反応」は、ネガティブな感情をシグナルにして生じます。人間はネガティブな感情を持った時に、それを「生命の危機が迫っている」と捉え、身体を「非常時モード」に切り替えて備えるのです。胃腸の血流量を減らして筋肉に送り込み、心拍を上げ、排便を促すなどして、「逃走」あるいは「闘争」に対応できるようにするのです。
ネガティブな感情の例
恐怖
怒り
悲しみ
不安
恥
嫉妬
劣等感
しかし、これらのネガティブな感情を抱く度に「生命の危機」を感じて「非常時モード」になっては心身にダメージを負ってしまいます。そのため、日常感じるネガティブに対しては、人間はそれを「マイルド」にして対応しようとします。それを「コーピング(意図的な対処)」と呼びます。
そしてその中に(あるいは並列して)、
「防衛規制」
と呼ばれる機能があります。
「防衛規制」は人間の無意識的な反応で、ネガティブな感情から心を守るために機能しています。心が傷つかないように守っているのです。
それでは、人間の心が最も傷つくのは、例えばどんな時でしょう。
それは「自己評価」が下がる時です。
「自己評価」とは
自分が自分に対して持っている、他者や条件によらない、安心感や充足感が「自己肯定感」です。それに対して、他者からの愛情、評価、信頼、尊重、地位、収入などが「他者からの肯定」になります。「自己評価」は、自分自身と、客観的な評価の、ふたつを合わせて、自分に行います。
なぜ、人間は「自己評価」が下がることを恐れるのでしょうか。それは、人間が集団で生活するようになったことに遡ります。
我々の祖先は、集団で生活し、役割分担をしながら円滑にコミュニケーションをとり、それが優れた集団だけが自然淘汰で生き残ってきいました。なので、集団において役割を見つけ、コミュニケーションを円滑に図ろうとすることを優先順位の上位に位置づけることが、生き残った集団のDNAに組み込まれていて、現代を生きるわたし達にはそれが優位に受け継がれている訳です。
「自己評価」で認識している自分が、集団の中で実際どのくらいの貢献度があると感じられるか、というのが「自己重要感」です。「自己重要感」が高い状態というのは、自分は集団の役に立っている、感謝されている、大切にされている、という実感で、「自分は大切にされるに足る存在だ」という感覚をもたらします。それは、「安心してこの先も生きていける」という体感になります。
一方、「自己重要感」が低い状態は、「自分は集団に対して貢献度が低い」「大切にされていない」「尊重されていない」という感覚を持ちます。「不安で不快」であるため、「その環境から去りたい」と感じます。
集団の中で存在価値の低い存在や、裏切り行為を働く人間は、排除される方向に進化圧が働きます。自分よりも有能な人間を見ると、「自分が排除されるのではないか」という脅威を感じます。一説によると、日本は戦前までは生贄という名の口減らしがあったそうです。どういう人間が集団から排除されるか。それは、「集団にとって重要度が低い人間」ということになります。「自己重要感」は、集団にとっての自分の価値を測る自己認識的感覚ですので、「自己重要感」が下がること=「死の恐怖」に直結します。「自己重要感」が下がっている状態を知らせるシグナルは、「恥」「嫉妬」「劣等感」というネガティブ感情です。これらの感情を、人間が集団生活をするようになってから獲得した感覚であるために、「社会的感情」と呼びます。
【3D】の作品に戻ると、
ラップの内容にアジア人蔑視が含まれる
と感じた人においては、楽曲を聴いて、
恐怖
怒り
悲しみ
不安
劣等感
嫉妬
などを感じたと推測できます。それらのネガティブ感情は、「自己重要感」が下がることのシグナルになります。一部のリスナーが、歌詞中で「アジア系アメリカンの女子」が揶揄されているように感じ、「アジア系」というところで自分と紐づけて、「自分は大切に扱われるに足る存在だ」、という「自己重要感」を損なった、と考える事ができます。
その中には、
「アジア系」と特筆された事で、アジア系が他の人種から区別して、「特に下げられた」と感じられた。
他の人種について取り上げていないので、他の人種の方が上位であると思われているように受け取った。
等々の、「他者からの評価」、すなわちグローバル視点で見て、自分という存在は価値が低いのではないか、軽くあしらわれるのが適当だと思われているのではないか、という、評価の認識を下げる、ということが起きたといえます。結果「自己評価」が下がり、それによって、自分が社会にとって価値があると思われているかどうかの「自己重要感」が下がったのです。
前述の通り、「自己重要感」が下がると、「安心してこの先も生きていける」という実感を損ないます。「不安で不快」「その場から去りたい(その曲は聞きたくない)」という精神状態になります。
そして、ネガティブ感情がシグナルになって、その状態を「生命の危機」であると認識し、「逃走闘争反応」が起きる、つまり
逃げる
闘う
のどちらかの反応を起こすわけです。
MVの中に、女性をオブジェクティファイ(物のように扱う)しているように感じられる描写がある
についても同様です。例えば、かつて、自分の意見が聞き入れてもらえず、男性から一方的に主張を押し付けられ、尊厳が傷つけられた体験をした人がいるかもしれません。ここでも、「他者からの評価」が下がった事で「自己評価」を下げ、それが「安心してこの先も生きていける」という「自己重要感」を奪っています。
また、
それらの思想を、ジョングクくんが容認しているのではないか
について、「ジョングクくん」という存在そのものを心の拠り所、セーフティゾーンに設定している人の場合、安心であるつもりの場所が、突如自分にとってネガティブ感情を感じる場所に変わってしまった、ということが起きました。そこで感じる「不安」「悲しみ」が、「生命の危機」のシグナルになったと言えます。
あるいは、突然自分は裏切られたのではないか、という「怒り」。自分のようなファンは、彼にとって重要視されていないのではないか?という「劣等感」なども、同様に「この先も安心で生きていける」という実感を奪われた、「生命の危機」のシグナルになります。
これらの全ての要素が、ネガティブ感情を通じて、作品をを否定的に感じる人たちの「逃走闘争反応」を起こします。
この反応は、作品が実際に「差別的か」「蔑視的であるか」に関わらず起きています。ですので、
「作品によって心的ダメージを負った人がいる」
というところまでは事実
ですが、それが「差別」「蔑視」と言えるかどうかは、司法が扱う範囲である、というのがわたしの考えです。
「否」の内訳…「逃げる」と「闘う」
それでは、「逃走闘争反応」の例を順に見ていきます。
「逃げる」=「防衛規制」
ネガティブ感情から心理的な安定を保つため、無意識で機能しているのが「防衛規制」であると前述しました。「防衛規制」の例には以下のようなものがあります。
・逃避
物理的にも心情的にも距離をとる。
⇒楽曲を聞かない。この問題について考えない。あるいは楽観的な空想をしてそれを信じる。
・置き換え
問題を別のものに置き換えて、それを解決の対象にする。
⇒アーティストのグッズを手放す、など。
・合理化・正当化
自分が納得できるように認知を修正する。
⇒きっと始めから、ファンのことなどどうでもいいと考える人物だったんだろう、など。
・昇華
ネガティブな感情をきっかけに、前向きな行動を取る
⇒アーティストの過去の言動を客観的に知ろうとする、差別や蔑視の実態について勉強する、など。
などがあります。「防衛規制」には、「成熟した防衛規制」と、「未熟な防衛規制」があります。「未熟な防衛規制」は、短期的には有効なこともありますが、長期的に続けると、生活の質を悪化させるという問題があります。上記の例では、「昇華」が「成熟した防衛規制」に当たります。
「闘う」=脅威への攻撃
「闘う」とは、「自己重要感」を取り戻し、「安心してこの先も生きていける」という体感を得られる状態にするために、ネガティブ感情を感じさせる脅威を取り除こうとする無意識的な行動です。
今回、「自己重要感」は「他者からの評価」が下がった事でもたらされたことを前述しました。すると、「評価を下げた他者」が、脅威の対象になります。ですが、どうやって、その他人からの評価を、正しく認識する事ができるでしょうか。
「他者からの評価」とは、他者が自分に対して与える物ですから、他人がどう考えているか、本当のところは実際には分かりません。推測するしかありません。そして、他者の評価を受け取るところに、自身の思い込みや適切でない思想が入っていると、事実を捻じ曲げて解釈してしまいます。
例えば、
私は傷ついている。だからあなたは私に酷いことをしたに違いない。
ここで取り上げている対象は私のことだ。このアーティストは私の自己評価を下げてくる脅威だ。
私が傷ついたのは、彼らが人間的に未熟なせいである。だから私が彼らを成熟させる必要がある。
女性関係の多い男性は、女性を蔑視しているに違いない。
などは、自分の感情が、現実を正確に表しているという、典型的な「認知のゆがみ」に相当します。「認知のゆがみ」は、心理的安定を保つ「防衛規制」の一種に当たりますが、認知が歪んでいると、事実と解釈をうまく分ける事ができずに、生きづらさを感じる原因となってしまいます。
他者が聞いて、認知がゆがんでいるにも関わらず、「正当性がある」と主張する場合、本人にその意識はありませんが、詭弁が使われています。他人が聞いて、一見正しそうだけど、どこか違和感を感じる場合、詭弁が使われていると考えて良いでしょう。
それでは詭弁の種類を4つご紹介します。
・早まった一般化
少ないサンプルで現実を断定する。チェリーピッキングとも。
⇒これまで私に「ABGs」を使った人物は、全員差別的な態度だった。だから「ABGs」という言葉には必ず差別的な意図がある、など。
・論点のすり替え
今テーマになっている議題から別の問題を持ち出して、そちらの方の重要性が高いと主張する
⇒「だったら、差別・蔑視を歌った歌を子供が聞くのは良いことなんですか?」など。
・藁人形論法
相手が主張していないことを、自分の都合の良いように表現し直して、さも相手が言ったかのように取り上げて、それに釘を刺す。
⇒この作品を支持するならば、アジア系女性が差別され、女性が蔑視されたままの世界でいいと言ってることと同じで、それは社会悪を助長する態度だ、など。
・トートロジー(同語反復)
同じ内容を、接続詞で繰り返す。詩的に感情に訴えるレトリック。
⇒彼のことが大好きなんです。だから、彼のことが大好きだと思いたいんです。など。
さあ!このパクチーのnoteもやっといよいよ終盤です。いかがでしたでしょう。TwitterもといXでよく見るやつ、色々あったのではないでしょうか!
それでは結論です。
終章
パクチーがロジカルシンキングで分析した結果、【3D】が「共感力・配慮に欠ける」という作品であったのは、事実だったと思います。そして、それを受容するかしないかは、個々人の「メタ認知」によります。
成人してからの知能の発達段階を表した、「成人発達理論」というのがあります。この理論では、成人してからの知能の成長に、3つの段あります。
・環境順応型知性
周囲の考え方に敏感。周囲に合わせ、自分自身のみで仕事の決定ができない。
・自己主導型知性
周囲に意見を言われても、自分なりの考えを持ちながら仕事を進められる。
・自己変容型知性
社会と自分のバランスを柔軟に対応できる。そもそも完璧なものなどないことを知っており、矛盾を受け入れる度量を持ち、都度学ぶことができる。
この成長段階は、自身の「メタ認知」と関わりがあります。人も社会も完璧な状態で存在しているのじゃなくて、成熟していく過程にいる訳で、自分の下す「現状に対する認識」というのは、絶対な物ではなく、自分の知性が上がれば変化します。
今回の作品に関して言えば、まず自分の反応が、何に準ずる物だったか、それはどういった要因で引き起こされたか、という理解が最初に必要だと考えます。そして、それを「個人の話」としてそれぞれが語る、というのが次のプロセスではないかと思いました。作品からネガティブ感情を感じる場合、それをネガティブに捉える体験などが過去にあって、それが要因になっている場合があるでしょう。それについて、語れる用意のある人は、語るなど。そのことによって、制作側は今回の作品が与えたインパクト、想起させた情景、感情を理解することができ、真に楽曲の影響について理解することが出来ると思います。そして次作に反映することができると考えます。
そして、もし仮に、この作品によって語られる個々のストーリーが、若者の対面する性や人種の問題で、互いに「メタ認知」の未熟な故に受けたトラウマのようなものを、皆んなが互いに愛情を持って共感し、癒そうとするならば、社会的にものすごく意味のあることになるだろうと思いました。
というわけで!
長文お疲れ様でした!
内容に関してはどぎつく感じられる方もおられたかもしれません…ロジカルナイフ…ごめんね…参考例文は【3D】で作りましたが、基本のところは既にロジックとして一般化している理論で、パクチーの推測や、わたしのオリジナルではありません。
しかし、今回のnoteで紹介したロジックを実装すれば、TwtterもといX上の、半分くらいの主義主張について、「これは妥当」「これは詭弁」「これは認知のゆがみ」「これは逃避」など、情緒的な影響を受けずに分析できるのではないかと思いました。とても…とても有用ですよ…!そう思いませんか…!感動…わなわな。でも、「あなたそれ詭弁ですよ」とか言わないでくださいね。言われた方は攻撃とみなしますからね…。共に、愛を持ってその人と伴走する覚悟があるなら別ですが…。しかし、そもそも、人間が「自己重要感」を確認するために、噂で周囲の関心事を把握し、意図的に自分に有利でライバルに不利な噂を流す、などは、生き残るために必要だったわけです。通りで。人間がSNSから離れられないわけだ。
最下部に参考動画紹介しておきます。動画のタイトルはかなーりエッジが聴いてますけど、内容は実に冷静で分析的です。シンプルでスマート。1本で得られる分量が素晴らしすぎでした…。ご覧いただくと、パクチーがどれだけ丸写しているのか、バレると思います。
蛇足ですが、ジャック・ハーロウさんが歌詞のような人物そのものだとして、古い記憶を思い返してみると…そういう人物って魅力があるんだよな…というのが個人的な感想です。蛇足か。能力も高くて、男性内のヒエラルキーで上位で、コミュニケーション能力が無茶苦茶高く、偉そうでなく、ウィットもあり、サービス精神もあり、観察眼に優れ、気が利いて、レディファーストでしょうな。オブジェクティファイしているのは女性でなく、わたしの体感としては、むしろ彼自身の方だと思います。余計なお世話ですか…。それからジョングクくんの楽曲は、【Dynamite】で到達して【Butter】で破ろうとした壁を突破する、そっちの路線を踏襲するものなんだな、という気もしました。そして成功しているんだろうと思います。その成果がチームに還元されるというモチベーションも、本人にも、制作側にも、またあるのかな、と、今回書いててそういう気がしました。蛇足…。
それでは、また!
参考動画
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