梅雨明けでおわかれ

色々あって、今後人生を続けていこうという気が完全に失せてしまいました(正確に言えば、おそらくもうすぐ失せる)。
生きていくのが辛いのはもうここ十数年変わらないとしても、この先への望みややりたいことを完全に無くしてしまったのが痛いです。これまで好きだったことも、嫌いになったとまでは言いませんが最近は楽しさを感じられなくなってきました。

考え方を変えるなり、然るべき医療機関などに通えば確かに現状は改善されるのかもしれません。しかし、いくら自分が変わってもこれまでに起きた出来事、事実、結果は変わらないわけで、その上また今と同じ地点に戻ってきてしまうかもしれない、と考えると「改善」に果たしていかほどの意味があるのでしょうか?
僕もそれなりに行動して死にたい気持ちを抑えることに成功していた時期も少しですがありました。ただ、その度その度何かよからぬ事象が発生し、結局ここに戻ってきてしまうわけです。漸く前に進めたか、と思ってからのふりだしに戻るは、最初ふりだしにいた頃よりも辛さが数段上です。
賽の河原やシシュポスの岩に近いような徒労感があるわけで、死を選んでしまうのも致し方ない気がします。

僕が死を選ぶことで、一族の血が途絶えてしまうこと(どうせ生きてても結婚→子育てという道は歩まないでしょうから一緒ですが)は数少ない懸念材料でした。
しかし、先日父方の実家に行った際諸事情あっておそらく途絶えず続いていくであろうことが発覚し、この懸念は消滅しました。
親より先に死んでしまうことへの申し訳なさもありましたが、「独身男性の平均寿命は約68歳」というデータのおかげで、自殺をしなかったところで寿命が平均に達せなかった場合親より先に死ぬ可能性が少なくないとわかり、どうせそうなるかもしれないなら…と多少罪悪感も薄れました。

ということで、後はいつ死ぬのか、という話だけです。個人的にはあまり他人に迷惑や妙な感情を与えたくないので、知り合いや職場の方々に自殺したことがバレないようにするための準備期間が必要とも思ってます。
取り急ぎこのアカウントを知ってる方々は僕のリアルについてご存じない方が大半だと思うので、しばらく(年単位とか?)で更新がなくなってたら「こいつやったな」と思ってくだされば大体その読みは当たっているはずです。

あー、やっぱり本格的に死にたくなった10年前の夏(丁度10年って今気付いてびっくりしました)に死んどくのが一番マシだったなー。当時損切りという概念についてもっと学んでおけば…

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