本当は恐ろしい「イーハトーヴォ」と『雨ニモマケズ』

第4巻
p.14
駐在の仕事を聞いて呆れる国木田。
国木田「誰かが犯罪を犯したら?」
賢治「犯人縛って崖から棄てます」

このやりとりを見て、ほのぼのギャグだと思ったあなたは、田舎の真実を知らないのかもしれない。

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
鉄管ニモ
短刀ニモ
金属打棒ニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
サフイフモノニ……

そんな賢治が本気で怒ったらどうなるか、最新23巻を購入された方はご存知だろう。
第23巻
p.23
「扶けなきゃ扶けなきゃ扶けなきゃ扶けなきゃ」

そう、あのモードの登場である。
「昔、東北のある地方(恐らくは岩手県)で洪水が起こり——
巨人が千切り取ったかの如くに、山麓が消えていた」
賢治が素手で山の形を変えたからである。
「賢治の異能は、怒り荒ぶる大自然の力。それをあの温厚な性が抑え込んでいるのだ」
「噴火を手で止められる人間など存在するか?」

ふむ、それって荒覇吐とは違うんですかね。興味は尽きないが。
今回は「イーハトーヴォ」の話なので割愛。

山村の片田舎では、自然こそが神である。
荒ぶる神々に対抗する手段は唯一、他の人間と協力することだけである。
では、それができない場合はどうなるのか——。

「村八分」という言葉をご存知だろうか。
村における共同生活の交際十種のうち、八分(八種)を省く、つまり交際を拒絶する、という意味である。
例外は主に二つとされる。
Wikipediaによれば、「地域の生活における十の共同行為のうち、葬式の世話と火事の消火活動という、放置すると他の人間に迷惑のかかる場合以外の一切の交流を絶つこと」であるから、葬式と火事だけは別である。

しかし、これすらもまだ甘いと思わせるのが、真の田舎暮らしである。
僕の知るとある田舎では、この二分すらも省かれてしまう、つまり、村八分どころか「村十分」である。
葬式の世話は、腐敗した遺体による感染症の蔓延を防ぐため。
火事の消化活動は、延焼を防ぐため。
ところが、これらをしなくても被害を受けない方法が一つ、あるのである。

「強制移住」

村の外れ、人の住まない(住めない)ところに強制的に追いやるのである。
火事が起きたらどうするのか。
延焼の恐れがないので放置して焼き殺す。
死者が出たらどうするのか。
感染症蔓延の恐れがないので放置して遺族をも病死させる。
もちろん、墓場や入会地など共同の場所を使わせることはしない。
薪も拾えず、山林の恵みを得ることも叶わず、ただ衰弱死するだけ——。

なぜ、かように苛烈な制裁が課されるのか。
それは、冒頭に答えた通りだ。
自然こそが神なのである。全員、心を一つにまとめて一致団結し、自然に対抗せねば生き残れないのである。
そのような中で、結束の輪を乱し、不義理を働くような存在はどうなるか。
助けにならないどころではなく、害悪である。
つまり、「村八分」は言葉を変えると犯罪者に対する「私刑」であり、「処刑」である。
村八分でも収まりがつかない時は、雁字搦めに縛り上げた上で、橋の上から川に突き落としたそうである。
明治の世、村に派遣された巡査や駐在が、何人も不慮の死を遂げたり行方不明になっているのだとか。
そのような村は、公権力を歓迎しない——。

イーハトーヴォは空想の村であるが、僕の知る村と似ているのではないだろうか。
村八分を受ける基準を聞いてみたことがある。
とにかく「不義理」を働く者に課せられるのだ。

莫大な利益を得ているにもかかわらず、村の神社に寄付、寄進を行わない。
盗みを行う。
村人として課せられた義務を果たさない……。

もちろん、例外はある。
子供が畑の作物を泥棒するにしても、親が頭を下げて損害を補填すれば許される。
家族が重病に倒れて生活がままならず、助けを求めてもどうにもならずに盗みに手を染める。
そんな時には、「本家」が顔を出して「分家」がすまないことをした、これで手打ちにしてくれ、と金銭を握らせる。このような場合も村八分には至らない。
このような、止むに止まれぬ事情は考慮されて互助の対象になり、お互い様、という素敵な風習に助けられることになる。

しかし、そうでない、人情のかけらも持ち合わせぬような、非道な行いをしたものには——村八分である。
イーハトーヴォでいう「犯罪」とは、概ね前項で僕が述べたようなことなのだろう。
イーハトーヴォの共同体を乱し、結束を崩すもの……そんなものを、縛り上げて崖から棄てる、つまり「処刑」するのだ。

はっきり断ずる。
宮沢賢治は間違いなく「人殺し」である。
法の手続きによらない「処刑」「私刑」を行う、前時代的な村人その1である。
都会の概念がわからないことの例として、貨幣の概念がわからないと述べていたが、本当は罪刑法定主義こそが賢治にとって理解できないものの筆頭ではなかろうか。
害悪になるのであれば、即座に処刑すべし……宮沢家の家訓に書かれていても不思議はないのだ。

武装探偵社員(の少なくとも調査員)は恐らく全員「人殺し」だろう。
異能開業許可証がなくてはならないことも傍証になるのではないか。
せめて乱歩や谷崎が綺麗であれば良いのだが、その期待、……この物語では望み薄、である。

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