落とし穴

友達と二人で穴を掘ったのだが、腰くらいの深さまで掘ったところでへとへとになってしまった。もう一人の友達を落とすための落とし穴だ。穴を段ボールでふさいで土と砂をかける。ちょっと見には穴があるとはわからない。穴のそばに立って友達を呼んだ。にやにやしそうになるのをがまんしながら、こちらにやって来るのを待つ。あと3歩、2歩、1歩。ざざざっと音を立てて穴に落ちた。と思った。穴から上半身だけ出した間抜けな友達の姿があるはずのところには、なにもなかった。そんなはずはないけど、完全に穴に埋まってしまったのかと思って、あわてて手で掘りかえそうとした。あたりを探っても固い地面があるだけだ。まるでマジシャンの人間消失イリュージョンみたいだった。
「なにしてるんだ?」いっしょに穴を掘った友達が、けげんそうな顔をしてこちらを見ている。穴に落ちたはずの友達が種明かしに現れる気配もない。落とし穴を掘ったことも、そこに落ちた友達のことも、訊ねてもそんなことはしていない、そんなやつは知らないという答えしか返ってこない。友達の友達にも聞いて回ったけど、誰も、彼のことを知っている、覚えているという人はいなかった。行方不明事件にさえならない。誰も警察に届けなかったんだろう。世界中で彼のことを覚えてるのが自分だけなのか、きっとどこかに彼が存在していた証拠があるんじゃないかと探し続けているが、いまだに見つけられずにいる。

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