留守番

ただ崩れ落ちるのを待っているかのような、築100年近くになるんじゃないかという文化住宅の階段をあがる。住人はたいてい建物と同じくらいの年齢の老人で、孤独な暮らしを想像して勝手に気が滅入ってくる。暗い廊下を進むと、目当ての部屋の前が明るく輝いているように見えた。ドア横に置かれている鉢から、ちょうど人の背丈くらいの高さまで柔らかい緑の葉が茂っていて、大ぶりな白い花がいくつも咲いている。花そのものが光っているんじゃないかと思うほど鮮やかな白だ。バニラのような甘い香りも漂ってくる。丹精して植物を育ていている人がいるんだなと思うと気分も明るくなった。
花を見つめていると、この部屋の住人は不在だとわかった。この植木が直接脳に話しかけて教えてくれるのだ。遺伝子改変された植物で、バイオAIとか呼ばれている。住人の代わりに訪問者の対応をしたり、留守の時はメッセージを預かったりしてくれる。
花の種類によってぶっきらぼうだったり親切だったり性格が違う気がする。
たまにあきらかに病気のように見える植木もあって、そういうのに頭を探られるとあとで気分が悪くなることがある。
深刻な健康被害はなかったらしいが、バイオAIはしばらくして回収されることになった。
しかし、草が伸び放題になっている空地などに野生化したバイオAIが混じっていて、横を通ると、たまに話しかけてくることがある。何を言っているのかは理解できないのだけど。

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