【オーブンの炎石】 #01 火刑台の燃えかす

 姉の家のオーブンが壊れた。
 
 ぼくが遅く起きたその朝、姉は珍しく朝から起きていて、外の古いパン窯の扉を開け小難しい顔をしていた。
 彼女は腕組みをし、喉の奥で軽く唸っている。起きてきたぼくには気づかないようで、自分の朝食の用意すらしていない。
 正確に言うと、ふたり分の朝食の用意をしようとして、それを焼く直前で終わっているようなのだ。
 どうやらオーブンで一気にやろうとしたらしいが、いつも使っている台所のオーブンが壊れてしまったのだろうか。
 作ろうとしているものが、鋳物のスキレットに蓋をされて入ったままオーブンの中に突っ込んである。見たところふたり分。
「ねえさん、何やってるの」
「あ、ああおはよう……オーブンの石がやられちゃったみたいで、炭もないしどうしたもんかなと思って」
 オーブンの石。近年燃料や氷の代わりに利用されるようになった、いわゆる『まほうの石』というやつで、動力源に足りる処理済みの石を然るべき細工をした場所にはめ込むと、本来の動力源と同じ働きをし、尚長持ちするという、便利な道具というやつだ。
 姉の家にはオーブンしか無いが、物持ちの家や金持ちの家にはもっと何がしかある。しかし、石がいきなり壊れてしまうというのも聞いたことがない。そういうものか、と問うと、彼女は、お手上げの時にする表情で肩をすくめてかぶりを振った。
「いきなり壊れるわけないでしょ。石拾いが言うんだから間違いありません。忽然と消えてるから、空き巣が入ったかもね。ひとんちのオーブンに石入ってるの知ってる奴。それは後にして、パンと卵が焼きたいのにどうしよう」
 ぼくは、頭一つ背の低い姉の広い額にちょっとキスをして、冬の部屋着姿の背中を軽く叩いてあげた。
「ここんち薪はあるよね。まあ、おまかせ。お茶でも飲んで待ってなね」
 姉の仕事場の外にある石組みの焚き火台で火をおこして、鉄網を乗せ、その上にスキレットふたつを載せる。少し時間はかかるが、これで焼けるはずだ。
 姉の仕事場は、長いことかけて各種の石と一緒に拾ってきた透明な石や宝石、ガラス片をちまちまと埋め込んだモザイクのドーム型をしており、盗人避けから簒奪者へののろいまで知る限りの護符が風景画代わりに飾られていて、その意味が判れば気持ち悪くて踏み込むこともできないような、それはそれは美しい色をしている。ぼくはその部屋を見るのも恐ろしいので、なるべく見ないように目をそらしながら料理の様子をみた。
 石拾い。姉の仕事は、『まほうの石』と呼ばれるものを拾ってくる事。もちろんこれだけでは食えない。普通の人はどこぞに勤めて働くが、姉は元々飾り物職人だったので、本業をそちらにして石拾いを副業にし、時折旅の人に便利な護身道具として売りつけている。彼女は石の暴走禁止処理と目標設定を自分でできるので、それなりに安定した働きをするものが作れるらしく、姉と連絡を取り合いながら、わざわざ遠くからそれだけを買いに来る人も居るくらいだ。
 その後どこぞで何らかの改良を施したと便りをくれる人もあって、姉はちまちまと小遣いを貯めて、石の処理を学びに遠くの街に出たりするようになった。多少、飾り物職人の手は遅くなるが、まほうの石を売ったあがりで遠くの街で珍しいものを仕入れる事ができるので、それなりにやっている。
 卵とベーコンとパンの焼けてくる匂いを嗅ぎつけ、玄関から母屋を抜けて直接仕事場にあがった姉も、しばらく仕事場で、どうやって喉から出すのか、ぼくにはどうしても出来なかった薄気味悪い声を色々たてて歩き回っていたが、やがて終わったらしく外に出てきた。
「わあ、よかった。まだ氷室が作れてないから、卵とお肉ほっとくわけにもいかなかったんだよね」
「お役に立ててなによりです。ねえさん、氷室の石ってどんななの」
 伸びて整っていない長いくせ毛をまとめて束ねながら、姉は火の加減を覗き込んで答えた。
「分厚い氷の張る池ってわかる? 冬場にそういうものがある土地に行って、寒ぅい中を冷たい水に潜って取ってくるんだって。そんな場所見当もつかないから買うしかないんだけど、質もあるんだろうね、考えてたより桁がふたつみっつ違ったよ。禁止処理してても素手で触ると手が石にくっついて離れなくなるし、ガチガチに凍っちゃうから触るなって」
「いやおっかない。どうやってそんなもの見せてもらったの」
「一番わかりやすい方法でよ。氷細工あるじゃない、高い料理屋さんの料理人のひとがするみたいなやつ。あれの大きなレリーフをしつらえて、石を触れないような形で囲んで真ん中に据えて、真夏のカンカン照りの中に出してあるのよ。みんな涼みにきたし、冷たいおやつをもらったよ」
「あ、あーわかりやすい」
「涼しかった……あの石欲しかったなあ……」
 ぼくは軽く首を傾げて、ちょっと違うのではと思った。家にふたり、ふたりともに家族ができたとして、万が一、一緒に暮らしてもそこまでの数ではないところに、大きな氷室を作ったとしてもそんな強烈な石は要らないのではなかろうか。
「ねえさん、単に石がきれいすぎて欲しかっただけでは」
「バレたか」
 姉は軽く舌を出して笑った。
「ウチの大きさ的に運用は無理なのよね。人間が増えて大きい氷室作っても、あんな強烈なの使ったら、中で死んじゃうのではと思って、やめた」
 棺桶くらいのサイズに合う石で丁度良いのでは、と、あまり人聞きの良くない物言いをして、姉は火ばさみと耐火手袋を取り上げた。そろそろいろんなものが焼けてきた頃だ。
「ぼくがするよ」
「そっち側のやつお願いします」
 あっちっちと言いながら、火からスキレットを下ろして、石のモザイク風に作った鍋敷きの上に置く。
 ぼくらはやっと、遅い朝食にありついた。
 日は高くなりつつあり、これを食べ終わったらオーブンの石の状態を見たり、犯人の痕跡を調べたり、何なら追跡に入らなければならない。
 姉が言うには、空き巣はこの仕事場が何だか判っているらしく、部屋に入らなかったか、部屋のほぼ一切に手を着けていないという。ただ一枚だけ、嫌がらせで大きめに作って立派に額装した「どこに居ても貴様を見出そう」の護符を持って行った。
 あの護符は見た目が大変美しいので、たまに市場の高額商品向けの値札や、金持ちの奥方どもにペンダント大で作らされることがあり、大体盗難追跡か旦那の浮気調査に使われているのを彼女は知っている。然るべき手段で、護符の行き先がわかる。
 額装護符がどこかの古道具屋に売られればそこまでだが、古道具屋がそういうことを知らないとも思えない。知らない顔をしている古道具屋なら、追跡を想定された追跡煽り行為をとられ、多少面倒な事になってもおかしくない。
「可能性として追跡煽りだったとしても、ひとんちのオーブンから石持ってく奴があるかしら」
「行きがけの駄賃ってことはあるかもよ。ねえさん、護符の行き先だけ押さえて、先に新しいオーブンの石を解決しよう」
 姉は、言い難そうに押し黙り、少しして口を開いた。
「……それなんだけどね……」
 火がしょっちゅう燃えている所に行かなければならない。今までは街に出て、風呂屋や料理屋、鍛冶屋などに行っていろいろな石を分けて貰っていたが、道具が便利になると実体の火が起こらなくなるせいか、ある程度以上の火のまほうの石がなかなか発生しないのだという。
 冬場なら冬じゅう焚いている家の薪ストーブの奥を探ればあるのだが、残念ながら今は春先で、今年できた石はまさにその持って行かれたオーブンの石だった。
 こうなると、「小火力でもずっと燃えているか、細切れでも大火力で燃やす目的でしつらえられた場所」へ行く必要があるらしい。しかし、大火力の場所を「山なら焼きもの窯、炭焼き小屋、ごみの焼却場、火葬場、街なら火刑台」としれっと口にされた日には、ぼくはさすがに姉を止めざるを得なかった。炭焼き小屋や焼きもの窯ならいざ知らず、他の所から持ってこられた石で焼かれた飯が食いたいかというと、いらない。
「そうよねえ。石専用のストーブとか用意しようかな。仕事場も中途半端に寒いし」
「外のパン窯にずっと火をいれとく事も考えとかないとね」
 そんなわけで、ことは穏便には収まらず、最も穏便に市中でことを済ますために、オーブンの石を盗んだ盗人を追いかける必要が出てしまった。もし良い感じの石が安く手に入るとしても、山に分け入ったり、ひとの怨嗟の残る場所の探索をするのは最後の手段にしておきたい。
 ぼくらは、ことが長丁場に及ぶことも考えて、戸締まりをし、少しの旅装を整え、身分証明にある名前を確認、暗誦する必要があった。
 
 我々姉弟には、ひとに教えてよい名前はないのだ。
 
 

 額装の護符の行き先は、やはり最寄りの街の古道具屋で止まっていた。
 幸い、この古道具屋は別に飾り物屋も営んでおり、姉は飾り物屋に作品を卸していた。店主夫妻は彼女とは長い付き合いになる。
 街への道すがら、着いたらすぐに店に行くか、休憩するかで少しぼくらは揉めたが、街に着くなり入り口付近で店の使いの少年に呼び止められ、「休憩するなら店で休憩しましょう」とあっという間に飾り物屋のほうに連れて来られてしまった。
 店に着くと、店の女将の方が出てきて、使いにポチ袋を渡すと、姉の手を引いて奥にひっこんでしまった。ぼくは少しの間取り残されてしまったが、今度は旦那の方が奥からぼくを手招きしてきた。
 何をそんなに慌てるのかと思いはしたが、先に姉のしている話を途中から聞いたところ、額装の護符を売りに来た者の素姓があまりよくないのだという。ゴロツキどもとどこで揉めたと聞かれていたが、どこで揉めたも何も空き巣に入られ、オーブンの石を持って行かれたと答えると、夫妻と使いの少年は、天(井)を仰いで途方に暮れた顔をした。
 夫妻のあの顔を見るのは、飾り物屋を始めとして、ここらの店に無差別に強盗が入った時以来だ。この時も、ぼくと姉は、盗難品の値札につけていた護符で追跡して下手人を捕まえ、真犯人である地主のところに町内会と商工会で夜襲をかけた。
「追跡煽りの心当たり、その位しかありませんね。なんですか、チンピラどもに恩赦でも下りましたか」
 姉は、平然とした声で問うたが、眉間にしわを寄せ、口がへの字になっていて、内心相当憤慨しているのが察せられた。だが、家でなら「だから殲滅しておこうとあれほど」と続くところを、彼女は我慢した。そうできない理由が世の中にはあるし、あったのだ。
「でな、その、額装護符を売りに来た奴なんだが」
 旦那のほうが、言い難そうに口をひらいて、ぼくの方を見て言った。
「地主の片目をどこからともなく矢の一本でぶち抜いた、でかい男を連れてこいと……女の方はいらん」
「ぼくじゃないですか」
 旦那は腕組みをして首を傾げ、ぼくと姉は顔を見合わせた。
「うん。お前さん何かああいうものに好かれる事とかある? あまりよくないと思うんだが」
「良いわけないでしょう。ぼくは自分でしたことをちゃんと覚えていますが、着いていったところでせいぜい暗殺稼業をやらされるだけです。食いっぱぐれた軍務経験者だとでも思われましたか。失礼な。徴兵はされましたしちゃんとおつとめもしましたけど、今食いっぱぐれてはいません」
「お前さん仕事なんだっけ」
「家の事を全般やる他は、姉の細工物の行商人ですんで、そういう仕事で受け取るとかいう程度の稼ぎは……」
 ぼくの隣で、姉は小さくなって「あまり稼げるものが作れなくてすみません」と呟いた。
 そういう話じゃねえ、とぼくと旦那は同時に言った。
「ウチの客層の問題になっちまうじゃねえか、藪蛇だ」
「ぼくは家に居るのがいいからいいんだ。そっとしといてほしい」
 あの片目、そういえばなんかの石で出来た義眼だったな、と旦那が呟くと、小さくなっていた姉がさらに小さくなったように見えた。実際にはそこまで縮まないので、恐縮したというところか。
「あの、後日現場に行って、その石拾っちゃいまして……」
 ええ、と声をあげて、旦那は姉に詰問する口調を作った。
「何だった。面倒なやつか。あんた持ってるのか今」
 姉は、観念した顔で、いつも担いでいる鞄の底に隠した小さな汚い石を取り出した。
「これです、ものすごく面倒臭い石で、あまり長時間無防備に側に置くと人間が悪くなります」
「それ、どういう石かね」
「人間の肝にできるやつですね。万が一、人ブッコロして肝から取って義眼にしてはめるなんて真似したら、因業かなんかで命なくすやつです。よくこんなもん義眼に細工して目に入れようと思いましたね、よくわからないんですが、親の形見かなんかなんでしょうか」
 姉は石をさっと袋にしまいこみ、鞄の底に隠した。
 三人で腕組みして渋い顔を向け合っていると、女将がやってきて、良い香りのするお茶を出してくれた。
 まれにその石が金運を持ってくるという信仰を持った金持ちはいる、と彼女から聞いて、姉は、ああとかううとか唸りながら頷いた。
「たかだかオーブンの石と交換できるような代物ではないですが、おそらく弟がだめなら今度はこっちをよこせと言うのでは……ここまで想像通りに事が進むとなると、ねえ」
 ぼくは少し悪戯心が出て、ちょっとふざけて訊いてみた。
「姉さん、ぼくを渡さないと助からないとかだったら、どうする?」
 姉は、ぼくを悪天候を見る目で睨んだ。
「末代までの身代まるごと差し出してくる福の神とかいたら、あんた渡してもいいかもね」
 はいはい冗談はさておき、と旦那が割り込んでくる。
「弟がだめなら石をよこせって言ってきたら、空き巣で持ってったオーブンの石と引き換えだって言ったらどうだ。あんたの弟はオーブンの石にあまりあるし、俺だったら因業じみたキワモノのほうを金払ってでも持って帰ってほしい」
「まあ、そうですね。ウチで不自由してるの、オーブンの石だし」
「欲のない事で」
 ぼくはうっかり、いつも家でしているように、姉に向かってひとこと余計な口をきいた。と、姉と旦那の双方から反撃をうけてしまった。
「他人の因業背負ったまんまじゃ商売あがったりよ。常人の倍の速度で死んじゃうからイヤ」
「こんな小汚い、棄てちまっても気づかないような土塊、ウチじゃすぐさま売れねえんだよ。貧乏神かよ」
 そんなぼくらを、女将さんは困った笑顔で眺めていた。
 そんなわけでこの件は、指定された取引場所で、ぼく以外なら代わりに何が欲しいかまず問い合わせ、肝の石だと言えば盗んだオーブンの石と引き換えにすればよし、ぼく以外は要らないと言われたら、囲みを破って逃げ、深入りはしない。
 相手は地元のゴロツキでしかないもの、街の市場に逃げ込めば商工会がぼくらを庇ってくれるということだった。
 ぼくらは、旦那に預けてある(忘れ物の)武装を受取り、旅装を預けて、石拾いではなく狩りの姿をし、取引場所へ向かった。

 
 
 取引場所、街外れの刑場へ行くと、律儀に時間前からひとがたむろしていた。火刑台から離れた所に十人ほど居る、屈強だったり柳のように細かったりする男達。姉が足を止め、暗闇の様な顔をした。因縁だけなら山ほどあるのだ。ぼくは少し彼女の前に出た。
 ぼくの目には、あの図体でどいつもこいつも、何も居ない火刑台が大して恐ろしいように見えた。何も居なければただのでかい杭と燃えかすだ。あの燃えかすの下に握り拳大の石でもあれば、姉なら刑場ごと吹き飛ばして一撃で終わることができるだろう。
 背後に立つ姉の位置から、木櫛の歯を弾くような声がした。彼女の喉から絞り出される音とともに、周囲の春の風向きが少し変わる。風の吹く石を使うのか。ぼくも背に括った石斧の柄に手をかけた。石だけで削り出されたほとんど鈍器の斧。余程強烈な武器とカチ合いでもしない限り崩れない頑丈なやつだ。
「姉さん、向こうの声を聞く気がないね」
「んー。聞こえんな」
 こちらの要求を呑まないなら、丁度良いから殺してしまえ。姉がそう呟くのが聞こえた。余程何かあった感じだが、ぼくから訊くのは多分、憚られることだ。
 ぼくらの姿を認めて、柳のように細い男が周囲を制し、こちらへ向き直った。あれが交渉役だ。
「おや、おひとり? かわいいおねえさんは?」
 気がつくと、姉の気配が消えていた。この際初めから居ないことにしてもいいだろう。
「ぼくに用があると聞いたから、ぼくだけではだめかい」
「いいけど、足りないな。おねえさんの持ってる、義眼の石も一緒に欲しい」
 一緒にときたか。ぼくは若干たじろいだ。
「義眼の石だけじゃだめなのか。ぼくらはオーブンの石さえ返して貰えれば、大人しく家に帰る」
 今度は細い男が意外そうな顔をして、背後の集団を見やった。
「おい誰だ、オーブンの石なんて余計なもんくすねやがったのは」
「俺。かあちゃんがオーブンの石が欲しいって言ってたから……」
 誰かが無造作に手を挙げた。細い男はその誰かを馬鹿野郎と怒鳴り飛ばし、話に戻ってきた。
「余計なことしやがる……義眼の石がなければ、おねえさんとお前さんのセットでもいいよ?」
 ぼくの視界の端で、何かオレンジに近い光が一瞬瞬いた。姉が何かしている。知らん顔を決め込んで、ぼくはかぶりを振った。
「それは困る。ぼくらは静かに暮らさなければならない。そう決めているからだ」
「その割には徴兵されたり、あちこち行商にいったり、きれいな飾り物を売りに来たり忙しいねえ」
 本題から話が逸れていく。ぼくは少しだけ苛立った。と、背後に姉の気配が帰ってきた。
「そりゃあしょうがねえな、静かに暮らすのと生きてかねえのは違うからよ」
 普段絶対しないがらっぱちな口調をつくり、姉は姿を現した。
「オーブンの石、お袋さんが黙って食っちまったってんなら、大好物をもういっぺん食らわしてやろうか?」
 姉が手袋をはめた手に光る塊を持っている。あれは火を噴く石、火刑台の石だ。オーブンの石のもとを処理無く使ってもああはなるが、火刑台の石は怨念や因業のせいで元から炎がきわめて強い。
「義眼の石が欲しけりゃくれてやるが、弟は渡さねえ。どっちがどのくらい欲しいのかわからんのでは、こっちもあんたらに直接訊くしかないぞ」
 元々使っている風の吹く石と、火刑台の石の効果が混ざって、ぼくらの周囲を熱風が廻り始めた。もたもたしたりやりすぎるとこっちがオーブンで焼かれる肉になる。
「ねえさん、煽るのも程々にしてくれ。ぼくらが焼ける」
「わかってる、わかってるって。私も熱い」
 火力が強すぎて、姉も若干焦っているらしい。声が上擦っているがやることはひとつだ。
 熱風と一緒に突っ込み、何人か、何なら全員なぎ倒してあの細いのを石斧で殴る。
 細い男が、姉の様子を見て心底狼狽えた声を上げた。
「ちょっと、そんな、俺達あんたのねえさんを怒らせるようなことしたか?!」
「盗みに入った時点で怒髪天だわ!」
 ぼくの頭上を、でかい火球が飛び出していった。姉が熱すぎて我慢できなくなり、ことを急いたのだ。
 ぼくも、ゴロツキ集団の真ん中に突っ込んでいった火球の後を追って飛び込み、熱さから逃れ得て気を取り直して襲ってくる男どもと武器を片っ端から叩き落とし、細い男を追った。
 姉はというと、火を噴きながら、ギブアップする男達を追い回していたので、あれはほっといても平気だ。
 細い男、訳知り顔の交渉役なら、どういう理由で何をどれだけ欲しいかの条件を聞いているはずだ。
 オーブンの石は返ってこなくても後で何とかなるが、条件そのものは今後の安寧にかかわる。
「待て! 逃げ回ると義眼の石を返さないぞ」
「そのおっかない斧を引っ込めろ! それからだ」
 ぼくは立ち止まって斧をおさめた。ぼくと細い男の脇を、姉がぶっ放した火球が擦り、地面に当たって熱風をたてて消えた。
「あちち。なんだって、義眼の石だけでいいって?」
 散々火を噴いて落ち着きを取り戻した姉が、ぼくに駆け寄ってきた。火刑台の石を握る手袋が、そろそろ白い煙を噴いている。本来なら処理作業をしてから手にするものだ。そろそろ、最低でも石組みの焚き火台につっこんでおかなければ、姉の手が焼けてしまう。 
「ねえさん、あの小汚い石を早く。手が焼ける」
 姉は空いている方の手で、慌てて鞄に手を突っ込み、底から小石の袋を剥ぎ取り、ぼくに渡した。
 続いて、鞄の中から不燃の文様を描いた布が出てくる。ここまできたら、ほっといても平気だ。
 ぼくは小石の袋を持って細い男に歩み寄り、その襟首を掴んで歩いた。こいつを連れて市場に戻り、ゆっくり事情を訊く必要がある。すこし明るいところでやりたい。
 これをオーブンの石にしよう、という姉に、火刑台の石はやめてと言いながら、ぼくらは市場への帰途についた。
 
 【続く】

(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)