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ティールブルージャケット無印【姑獲鳥狩り】

【宣伝行為ここから】ーーーーーー
無数の銃弾: VOL.5 (ユダン・ナラナイ・パブリッシャ)
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 遙か南洋の人工島嶼に設置された発電設備と、その周辺に接続された巨大な電源船の上に、人口40万ほどの地方都市ができてしばらく経つ。
 発電所に程近い、テロによる破損を補修した空き地の所有権を買い取り、小さな家を建てて住んでいる薬師ルリコは、今日は職場である警備会社に出社する前、寄る場所があった。
 家と会社の間、船体中央部に近いところに、行きつけかついつの間にか会社と取引を再開していた小比類巻銃砲店の倉庫がある。
 ここに依頼しているメンテナンス済みの武装をまとめて回収して出社する。車は、車輌課夜番のヨシムラが別件で配送に出していたトラックを使うという。迎えに寄るが、車体がでかくて僻地の奥に入るのが面倒なので、公道まで出ておいてほしいと連絡があった。
「じゃ教授、留守は頼みました」
『外の畑ボットの給水タイマーを設置し直しておけばいいのね? 地下のガラスケースは処理済み』
 ブーツを履く薬師の頭の上から声がする。
「そうです。後は宅配が夕方に来るんで、もし私帰れてなかったら宅配ボックスに入れられる筈なんで、貰っといてください。ついた荷物の中のおやつ、好きなの食べていいですからね。ひとり分残しておいて」
 つい最近店子兼半同居人として暮らし始めた“教授”と名乗る少女の声が、家のあちこちをうろつく、ラインストーンで飾られた蠍型小型警備ボットのスピーカーから聞こえてくる。蠍型なのは教授の趣味だ。
 薬師と彼女は実際の付き合いは大変長く、ふたりともいつしか船の三分の一から半分を占めるあけぼの会各種法人に職を得てしまった。
 同居している少女は人体ではなく教授の端末、即ち一種のロボットだという。世間体が楽しみたいので飯が食えるとかいう雑な説明を受けた。
 真偽はさておき、薬師はこの少女が普段食べているものしか把握していない。本体である不動桜ハナ教授が毎日何を食っていつ寝て生きているかは知らない。ワーカホリックで毎日何らかの仕事はしており、大学の研究所では何かしらスペースが足りないので、薬師宅の地下ガレージ部分に間借りしてきたから店子として扱っている。長い人生、契約書と登記書類で大体の正体はお互いばれているので、余計な詮索は必要なければしないのだ。
 警備用の大型犬ボットの頭を撫で、いってきますと言って、薬師は、コーヒー入りのステンレスマグがふたつ入った手提げを提げて家を出た。あ、そうだと声が追ってくる。
『薬師、何かサーカスの動物が逃げたから見たら死ねって街警の夜番してた文法のおかしい子が通知回してきてるわよ。可能そうなら動物捕まえておくけど』 
「見たよ。警備部で認識してるなら手を出さなくていいのでは? ウチかマンションの敷地に侵入したら車で轢いといて」
 了解の旨が、視界の隅にスタンプでポップアップし、消える。
 薬師はひとつ大きな欠伸をして、敷地から出て環状線へ歩いて向かった。
 公道に出た所で、丁度良く社用の四トントラックが寄せてきた。あけぼの会警備部と控えめに荷台に書かれている。何を運んだんだろうと思って立ち止まると、非常にぴったりいいところで停まり、誰もいない助手席のドアがすうっと開いた。自動にしているか、ヨシムラが繋がっているので開けられるかどちらかで、まあ何にせよ上手い。
 薬師は乗り込みながら運転手に挨拶をした。
「おはよう。すごい正確だね」
「オハヨー、ベビーカーから戦車まで何でも扱います☆ヨシムラオートです☆ドローンもやってるよ」
 無理矢理甲高い作り声で実家の家業の宣伝文句を喋った、顔の平たい男が運転席で会釈した。車輌課のヨシムラだ。
 普段はこの顔を女性に寄せたメイクで、すごい美人の顔をしているのだが、今日は何かの事情があって顔を作っていない。夜番が忙しかったのだろう。
「ヨシムラ君、声辛いだろそれ」
「まあ地声がこれですんでね。あの広告俺の声だけ吹き替えてる。出しますよ」
 素の野太い低音音声に戻って、ヨシムラはトラックを出し、上手に車の流れに乗せた。
「昨日の晩に街警の夜番から通知来ました? サーカスやってるこども動物園から動物逃げたって」
「来たよ。でもあそこ、普通に四足動物なのサイバーヒグマだけのはずだ。熊逃げたんなら追跡できるだろ。逃げたの何? ライオンも虎も生活実態ある成人だよ、逃げるほどの何かがあったのか」
「ライオンと虎、えっ」
「ネコ科になりたかった奴が入ってる、へんしんボディ。猫が小さすぎて猫になれなかったって」
 まじで……と運転席で驚愕を抑えた声が上がる。
「存在は知ってたけど、ほんとに入っちゃう奴居るんですね」
「まあ世の中にはいろんな人が居るんだよ。猛獣にするにはだいぶ温厚な人達だよ」
 昔、同僚になる前のベータの顔面X攻撃で噛みつかれた右腕を少しさすり、薬師は気を取り直して、持ってきたステンレスマグをひとつ取り出して蓋をずらし、運転席側のカップホルダーに挿した。
「今日なんか変わった物運ぶ予定できたとか無いですね?」
「特にはない。いつもの装備引き取り」
「いやほら、じいさんの時のあのアレがあるので……」
「あのじいさんボケてたんだよ。壁までぶっ飛ばして黙らすわけにもいかんから、社長と小僧でだいぶ苦労してたんだ。もうじいさん死んで代替わりして軌道に乗せてだいぶ経つんだから、言ってやるな」
「小僧かわいそうに。今店長でしょ」
 あっ、と口をつぐんだ薬師をちらりと横目で見て、ヨシムラはふへへと笑った。
「じじいの件だいぶトラウマってますな」
「応援で不眠不休の作業三週間とか勘弁してほしいわ。さすがにあれは命以外全部死んだ。朝顔先生にめっちゃ怒られたわ……」
「もう死んでんだから言ってやるな。年経ってますよ」
 うにゃ、とへたれ声をあげて、薬師は自分の分のコーヒーを啜った。半分飲む頃には到着だ。
 
        ☆★☆
 
 装備入替の受け渡しを滞りなく済ませ、ふたりはそのまま会社に向けて出社した。到着後トラックをまるごと装備課に引き渡す。
 今日は朝から、逃げた動物をできれば生きたまま回収する仕事があるはずだ。
 装備課倉庫でトラック引渡しを終え、そのまま社屋の通路に出た薬師は、視界の隅にポップアップした特警三課の通知を開いた。
『皆さんおはようございます。昨晩のハルピュイアシェルによる窃盗の件ですが、南洋署生活安全課から捜査派遣の依頼がありました。窃盗で追跡されている飛行能力を持つ犯人の捕獲が要件です。設備部地上建設二課、車輌部飛行物係、特殊装備警備部三課、市街警備部二課は人員装備の選定拠出を急いでください。当該のハルピュイアはコスプレ生活外殻であり、戦闘装備はありませんが、爪と嘴が殺傷能力を持つ特注品に換装されており、暴れられたら誰かしら怪我すると思います。警察の応援は相変わらず人員不足を理由にありません。国会で小芝居してないでさっさと予算つけろやクソが。秘書室の春日井でした。健闘を祈ります』
 警察からやる気の無い依頼が突如降ってきた時の、春日井室長激おこの長文であった。本音が書いてある。
 ハルピュイアシェル、という聞き覚えの無い表現に、薬師は『これ何』と上司の渋川に質問を投げた。即答で『へんしんボディのオバケ枠』という回答がある。
「即座にウチに頼んできたってことは、井筒さん不在かい」
『うん、不在だから、即座に頼むことになってるって。何か別件の用あるか? 無ければ俺とベータ、お前を拠出する。ADDは今日は休みで、安浦は定時巡回を脱けられなかった』
 うぇーす、とやる気があるんだかないんだか判らない呻きの様な返事をして、薬師はその足で特警三課装備室に向かった。途中、総務の女性社員とキャッキャと世間話に興じていたベータが合流してくる。
「るりっちおっはよ」
「はよん」
「大体把握した? サーカスって、あれ食っていけるの?」
「普段はこども動物園だし、何なら自分で興行打ってるし。あとの仕事は自分で発生させるらしいぞ」
「ふーん」
「うちらマッチポンプ出来ない商売だから。したらそこら辺えらいことになるから。それとは真逆の話よ」
「でもよく潰れないよね。サイバーヒグマでいつも揉めてるでしょ」
「どこぞの福利厚生に組み込まれて久しいんだと。死人出さなきゃ潰れねえよ」
 装備室に集合する前に、五分前までに判明した委細が流れてきた。
 最近入ったハルピュイア型コスプレ生活外殻のバイトが、何やらおそろしく大切で高価な社長の私物を持って飛んで逃げた。卒倒してしまった社長と妻はまだ回復していないので、何だか判明し次第連絡する。
 飛んで逃げた、と聞いて、薬師は耳を疑い、渋川に「飛ぶのか」と問い合わせた。
『飛ぶんだよ。飛ぶから事故って死ぬ。それで生産中止になったんだ』
「まあ人間飛ばれないからな……」
『中には上手く飛ぶ奴もいて、まあ上手いことそれで飯を食ってた奴だ』
「給料ちゃんと出てたのか」
『出てた。お前だってうちの契約額より高い仕事まれにやってるだろ』
「あー、もしかしてそれが筋悪だったかもっていう話ね」
『そ。ただ何を持って行ったのか未だわからないけど、1歳の子供が行方不明。朝の支度して保育所に送迎するシッターが自宅の方に来て、居ないのが判明したってさ……名前がルビーちゃん。状況的に持って逃げたわよねってのがつい、今しがた、固まりました』
「なんたる不運。じゃ敵影確認だ、安浦さんの小型編隊使わないならウチから蜂を出す」
『安浦な、今日定時巡回から逃げられなかったんだわ。車輌課の子が引き継いでたけど、安浦ほど沢山機体出せないから蜂も頼むわ』
「うぇーす」
 自宅で留守番の教授に、カメラ蜂市中巡回セットのスタンバイを尋ねると、どうせ使うと思っていたと返事が返ってきて、視界の隅に発射カウントダウンが三十秒表示される。交代機・煙幕専用機・充電電池がセットされた空飛ぶ巣箱と一緒に出て、巡回と急速充電を繰り返しながら進む。
 警備部では、各課が使用するマップに閲覧制限がかけられており、把握できる船体全景に課ごとの限度がある。
 これだけを使って定時報告に載ってくる現場の状況と、続報で切れ切れに表示される目撃情報を便りに仕事はできないので、以前から薬師が暇なときはドライブやツーリングを兼ねて偵察機を出し、船内外全景の把握に努め、必要時に各課で共有している。船体構造部への立入制限がかかっているため設備部関連だけが古いデータのままだが、それも時間の問題としてある。
 この些細な努力の賜物で、大体の尋ね人・捜し物は、船に居る限り爆速で発見できる。
 装備室で標準A装備(ごく普通の市中巡回用)を受け取っていると、視界の隅に、車輌課が送ってきたドローンの接敵動画がポップアップした。無職のハルピュイアふたりの巣が見つかったのだという。ふたりに増えているとは聞いていないとコメントをつけた薬師は、動画を特三・街二の課員全員に回覧して、再生した。
 市中の建造物は、地表パネルの強度の都合で6階建てのマンションが限度で、同程度の高さのある建物は数える程しかない。そのため人間がそんなに詰め込めず人口数は伸びない。
 その、六階建てマンションと同程度の高さのテナントビル屋上にそれはあった。
 大家がプレハブのペントハウスもどきを作った残骸のような掘っ立て小屋が置いてあり、そこに二羽のハルピュイアが子供を六人遊ばせている。
 噂のルビーちゃんの姿もそこにあった。
 子供達は特に抵抗もせずに言うことを聞いている。しかしそこに付加された続報に全員が戦慄した。
 ――帰りたいと泣いた子供を宙づりにして黙らせた。どういうわけか近所の人間からは通報もなくだんまりだ。視界に入って故意に無視しているわけでないなら、地域住民の視界から有意に消されている可能性もある。そんな芸当の出来る奴がどこに居るのかわからないが、居るなら外部(船外、外国等)でなく船体内部にいるだろう。何らかのやりとりはしていたが、音声までは採取できなかった。万が一がある。――
 これはまずい。ちんたら市中巡回がてら出ていたら、近隣住民が不意なり無視する中、あの中の子供の誰かが死んで、責任問題がこっちに来る。薬師は脅迫テキストをあっという間に書きまとめ、渋川は「勘」という最も迷惑な理由で、装備変更内容と社内直行コンテナ便の使用を、春日井経由で警備本部長に要求した。
 最短であの場所に行くのは実は車道やトラムではなく、あけぼの会各法人を社内便が往き来する直行コンテナ便のレーンであった。系列の実験用品卸が当該テナントビルの近くに小さめの拠点倉庫を置いており、そこで積み下ろしができる。
 薬師が安浦の操縦で空中砲台代わりに使う軽貨物用ドローンと、砲兵(自分)を運ぶために勝手に使っていたのを新任のコンテナ便担当者に咎められて以来、設備利用申請に渋川と薬師の「勘と経験」という雑な理由を付記した書類が飛び交っている。
 慇懃かつ簡潔な文章には、常に、「とにかくお前がうんと言わなければそのひと言がないだけで人が死んで、私は知らん」という良心の呵責もない内容が記されている。数分して勝手にしてくださいと了承チェックが通っていく。
「嫌われてるな。機械に大物運ばせる電気代が嫌かな」
「互いに失礼だからだよ。無駄な仕事が増える気がするんだろ。好かれようとも思わねえな」
 そんな理由で、社内便コンテナに積んだ軽貨物用ドローンをひとりで運べる自動台車で出し入れしている薬師は、装備室で受け取った装備を変更した後、渋川・ベータと別れ、車輌課に立ち寄ってその自動台車ごとドローンを受け取り、貨物のエレベーターに乗せて地下のコンテナレーンに向かった。
 コンテナレーンの着荷場は、朝の第一便が終わっていたので閑散としていた。だがそろそろ次が来て、物流拠点三個を挟んで現地に到着する。この時間帯の荷物はあまりなく、拠点で他の荷物の積み下ろしを手伝いながら行っても、十分に間に合う。 
 コンテナに台車ごと乗せて出発すると、現場に近づくにつれ蜂の続報が切れ切れに表示されるようになった。出動した会社の車が若干の渋滞に捕まりながらも包囲の形に移動している。
 ヘルメットよし、滑空スーツよし、着陸用パラシュートよし、銃火器なし、シースナイフよし。
 拠点二個目通過で定時巡回から解放された安浦のスタンバイが完了した。電源よし、状態よし、固定具よし。
 投網射出筒は予備含め三個。車隊も可能な限り捕獲具を持って行ってはいるが、飛行物と同じ高さで移動しながら何かが撃てるのは今のところこのなんちゃって砲台だけだ。専用機は高いせいで購入に難色を示されている。性能が劣るのは仕方ない。
 薬師は自動台車に乗って、貨物用エレベーターに乗り込み地上に上がり、外に出て指定のスタート地点に到着した。
 台車設置位置よし、砲台砲身固定よし、予備よし、人間固定よし。片膝をついて機体に蹲った薬師を乗せて、軽貨物用ドローンは浮上した。
 
        ☆★☆
 
 切れ切れだった蜂の続報が切れなくなってきた。未だ掘っ立て小屋では襲撃に気づく事がなく、ほのぼのと子供を遊ばせているように見える。しかし子供とは放っておけばそれなりに遊びはするもので、そもそも子供達は無職のハルピュイアふたりが誘拐して集めたと思しき、行方不明のよその子である。
 接近しすぎると、空気の動きやローター音、排気音、方向微調整の噴出空気の音で気づかれる。安浦が渋川に指定された待機場所にドローンを停めた。
 薬師は被っていたヘルメットのバイザー奥の眼鏡のレンズ面に、射撃補助に使えそうな人体操作アプリを呼び出した。投網射出用狩猟補助。それを起動すると、社屋側でチェックしているバイタル管理画面が文字化けしたらしく、春日井が割り込んできた。
『あなた変な物使ってるわね』
「投網用の砲撃アプリです。前に一回だけ使ったことがあって。身体が動く筈ですが、まずいですかね」
 投網など人生に何度もやるものではない。砲撃用アプリに無理を言わせてやってもよかったが、無理せずできるものと探したらこれしか無かったやつだ。今でも市井にこれしかなく、さりとて素の状態で投網を百発百中するような自信も無い。
「堂々と実弾撃てればよかったんですがね」
『そうもいかないのよ。残念!』
「教授の煙幕蜂は使えますよね?」
『大丈夫。渋川くんから申請受理してます』
 二ブロック前で包囲形で停車した数台の社用車のから数人が離れ船体構造物に入り、ビル内部から直接侵入する。定期周回顔のドローンがビルを包囲し、蜂と一緒に煙幕を張って二体の飛行を妨害する。
 薬師はそれでも無理矢理飛んだ奴を捕獲するのが仕事だ。そもそものメインは子供の奪還であるので、犯人逮捕の手伝いをついでにやるようなものである。
 突入して一匹に網をかけ、後は追跡後滑空して捕獲できればする。どっちか/どっちもダメならドローン係が後を引き継ぐという流れになっている。
 教授の偵察蜂に予備で付属している煙幕蜂が起動され、接近していた。定期巡回顔のドローンが周囲の偵察を終え、煙幕が張られると同時に作業開始だ。
 煙幕の中から脱けて補助付きで投網を射つのは大変楽な仕事で、薬師は綺麗に一体捕獲完了した。ところが何を血迷ったかもう一体はなりふり構わず飛び降り、滑空して逃げようとする。薬師は投網筒を一本外してもち、ドローンに追跡をさせ高い方から飛び降りて滑空を始めた。
 しかし相手は鳥よろしく上手に飛ぶ。結局、追いつきしがみついて一緒に落ちることができず、射った投網も外してしまい、銃もないもの射殺も出来ず、負傷ぎりぎりの位置でパラシュートを開かざるを得なかった。
 回収車が追いつかず、着陸場所も大してなかったため平屋一戸建て民家居酒屋の屋上に着地してしまった薬師は、降りるのに安浦を待たなければならなかった。その間、向こうのテナントビルからばっちり複数人の端末カメラを向けられているものに軽く会釈して、パラシュートを畳んでいたが、畳んでから汗で蒸れたヘルメットを外した時、若干の視線を感じたものを、野次馬だろうと気にしなかった。
 本隊は無事子供達を保護したという。今日の仕事はもうこれで終わりたかったが、朝イチでこれだったのでまだ色々とやることが残っている。
 追いついてきたドローンにパラシュートと射出後の投網筒を押し込み、ヘルメットを被り直して屋根から飛び降りて、薬師は角を曲がって停まった回収車に乗り込んだ。街警三課の若者が、次はこのまま外来番をよろしく、と告げる。なんでも三課の、あけぼの会病院外来当番がひとり風邪で休んだのだとか。私物と必要な装備品は送られているので、それと交換で持っていった物を返送するわけだ。
 あけぼの会病院に到着後、外来番の支度を終えスタッフ通路を配置場所に向かっていると、緑色のネットでものすごく厳重にぐるぐる巻きになったストレッチャーの上の何かと、それを押して歩くベータらとすれ違った。
『おー、ベータおつかれ。捕まえたやつかい』
『るりっちおつ。なんか連絡不徹底で警察病院棟まで持ってけって言われてさ。何、今度は外来番?』
『人間足りないっていうからね。何も無ければお家帰りたかったんだが』
『今日会社戻ってくる?』
『方向逆だし面倒臭いから直帰の申請出したんだが、渋川さん見たかな』
『もうすぐ着くっぽいし帰ったら見ると思うよ。どっか寄るの?』
『風呂屋寄って帰る』
 体内回線の個人通話で無駄話をし、飯抜きして挑戦するほどデカいパフェを食べに行く約束をし、薬師はその後大して何事もなく外来警備を終えた。
 
        ☆★☆ 
 
 丁度帰り道途中にあるホテルの大浴場に日帰り入浴して帰ろうと思っていた薬師だが、突如思い立ったので、送られてきた私物の中には当然着替えの用意は無い。どうするのかというと、道々割とどうでもいい安さの着替えと最低限のおふろツール、見苦しくない袋を手に入れて行くのだ。
 タオルセットは貸してくれるし、生体部品で出来た身体は可能な限り生身に近いが頑丈すぎるほど頑丈で、スキンケアに悩む程繊細にはできていないから、適当なやつでいい。気は心というやつだ。 
 歩いていると、まれに露骨に彼女の顔を覗き込む人がいる。以前はどこかで数回話した程度の知り合いかなとも思っていたが、どうも出動時に一般市民に撮られた動画のせいらしい。昔の元の顔と比べて、顔認識で誤認されない程度に地味に随所が変わっている顔面だが、比較的新しい動画は新しい顔で映っているので、その辺は関係ない。もう、誰だったかなと思いながら会釈するのも面倒臭い。不躾な奴だと思って無視している。
 多少の視線を感じたが、そういった不躾な輩だと思って、薬師は知らん顔を決め込んだ。あんまり気にするとストレスになる。
 道すがら、留守番中の教授からテキストメッセージが投げて寄越された。
 タイトルに「空飛ぶ小玉スイカ泥棒追跡の経過報告」とある。どうやら、家で緑のカーテンでネットに括って栽培している小玉スイカの、良い感じに実ったやつを持って行った空飛ぶ何かがいるらしい。
 このタイミングで想像するにハルピュイアの逃がした奴か、そうでなければ図々しいドローン泥棒だ。
 そろそろ目的地に到着する。風呂に入りながら読むとして、薬師はメッセージにしおりをつけた。
 受付後、ロッカーに使用順にきれいに衣類やタオル、鞄を押し込んで、薬師は慣れた感じでおふろセットを持って入った。普通に身体と髪を洗って、のんびりでかいお風呂に浸かって、何ならあまり人が居ない時間帯なので、少し位湯船で寝ていても大丈夫。おふろセットの泡立てネットが増えすぎてどうにかしろとまた教授に言われそうだが、そこはまあ……暇なときにどうにかする……
 このホテルの大浴場は六階部分にあり、なんちゃって露天風呂が外から見えない位置に設置されている。薬師はここの、壺湯(ひとり用浴槽)が実は大好きで、誰も居ないときは浸かりながら半分寝ている。
 その壺湯に浸かりながら泥棒の報告を読んでいるが、結局腹を減らしたハルピュイアが、どこで知ったか家のスイカを盗んだものらしい。
 追跡のために発信器代わりの蝿を一匹随行させたという。仕事が終わったら連絡すること――
 ――風呂屋から連絡寄越したらびっくりするだろうか。薬師はちょっと考えて、まあいいやと現在位置と既読の旨を連絡した。
 と、返す刀で蝿の現在位置が送信されてくる。信じられないことにほぼ同じ場所だ。信じたくなくて、薬師は半分寝たふりをした。
 寝たふりをしたからって、見てもいない夢は醒めない。
 生欠伸をして頭を起こし、周囲をそれとなく見回すと、壁面の人工木のオブジェ、斜め上のあたりに、そこだけ切り取った様な強烈な気配を感じた。
 いる。いるのだ。特注で殺傷力のある嘴と爪を持ち、生身の人間の鼓膜位ならぶち破る悲鳴を上げる鳥っぽいやつがそこにいて、こちらを凝視している。
 対するこちらはいかに頑丈としても素っ裸。
 できれば気づかないふりで通したいが、世の中そうもいかなかった。
 知らん顔で壺湯の湯船から出て、内湯と露天の間の強化ガラスの引き戸を開けようとした薬師は、引き戸に鍵がかかっていることに気づいた。内湯側にちょうど居た客のひとりが、ちょっとまって、とか何か言いながら脱衣場に上がっていく。
 これは、客の誰かがハルピュイアを見つけ、店員が鍵をかけたものの、外から見えない位置の壺湯で寝ていた彼女には誰も気づかなかったというやつだ。
 薬師は肩越しに敵の位置を見た。まだ何も動きはないが、こちらを凝視している。得物は湿ったフェイスタオル一本。あの嘴と爪で身体を毟られれば怪我をするだろうが、残念ながら服も装備もない。
 彼女は腹を括った。掴まれなければ、突かれなければ問題無い。
 人工木から耳障りな甲高い声と翼の音がした。飛び上がりいい角度から迫る爪をタオルで絡め取り、肌触りのいい羽根を肩に感じてそれをぶん投げた。
 鈍くて硬い大きな音がする。打ち所が悪くてどこか断線するのを狙ったが、まだ大丈夫とみえる。
 薬師は手元に無事残ったタオルを掴み直し、床から飛び上がり掴みかかる猛禽の爪に掴ませ、爪を掴んで脚ももげよと床に叩きつけようとしたが、振りほどいて逃げられた。
 空中に逃げられると埒があかない。何度か飛来する塊を躱すが、四度目くらいに左腕を掴まれ持ち上げられ、リゾート椅子三脚の真ん中に落っことされた。暴れた薬師が若干重かったせいもある。大人の体重は持ち上がらないようだ。椅子の真上に落ちて着地しそびれ、椅子を壊しながら床に落ちた薬師は、痛覚カットが働かない程度の痛みに「いって!」と悲鳴を上げた。
 丁度良く壊れた椅子脚を一本逆手に持ち、薬師は次の攻撃を待っているらしい空中の猛禽を撃ち落とすべく構えた。
 高所から滑空して迫る嘴を躱しきれず肩口をえぐったが、痛覚カットが自動で働く。そのまま羽毛っぽいものを生やした表皮を掴み、逆手に持った椅子脚を翼の根元に突き立て、力任せに突っ込んだ。
 戦闘外殻並とは言わないが、生身の人間よりは余程頑丈で大出力の身体だ。コスプレ生活外殻程度の強度ならそれなりにぶち抜ける。
 猛禽も飛べなければ、痛い突起のついた芋虫と大した変わりはない。この勝負勝った。
 すっと冷たい風が吹き、薬師はふと我に返った。
 素っ裸で仁王立ちになっている肩越しに、人の視線を感じてものすごく気まずくなったが、どうしたらいいかわからないから助けてほしい。
『るりっちおつー!』
 聞き覚えのある声が課内通話のチャンネルからしてきた。ベータだ。
『この状況どうにかしてほしいんですが、どうしたらいいですか……』
『きゃーって言ってしゃがみ込んだらいいと思うよ☆今タオル持って行くね』
 引き戸が開く音がして、スリッパの足音がする。
 足音の主はもぞもぞと蠢いて首を上げるハルピュイアに無造作に近づき、がつんとそれを踏みつけ、薬師の肩に大判のバスタオルをかけた。
「おつかれさまでーす、姑獲鳥狩りです」
「あ、ありがと……何人来てる?」
「フロントの前に街警の夜番と来てる。状況諸々処理してくれてるよ。どうする、このまま病院行く?」
「……あ、そいや……」
 すっと眼前が暗くなった気がして、薬師は素足で踏みとどまった。
 痛覚カットが働いているから何も感じていないが、怪我をしたのだ。
「行くのも戻るのもしんどいわ……止血だけ、できれば明日……」
「じゃあたしが連れていくね。なら行くね? 朝顔先生待ってるから」
 薬師はギブアップして、行きますと答えた。――超能力者か? 
 何にせよどのみち服は着なければならなかったし、行かないというのも頼んでないのに残業して待っているという主治医に悪い。すぐ治るならそれに超したことはない。
 止血処理をして服を着、荷物をまとめて出てきた薬師は、入れ違いに入っていった街警二課の女性課員らにちょっと会釈して、靴を取りに行った。
 後をベータがついてきてくれるので、倒れてもどうにかはなる。
 災難だったね、と労ってくれる声に頷きながら、薬師は小さく溜息をついた。本当に災難だ。彼女はふと思い出して、ベータに動画とテキストをひとまとめ送った。教授が送ってきた、スイカ泥棒に関する報告だった。
「あの鳥頭に余罪つかねーかな。これ。窃盗」
「つくつく。じゃんじゃんつけちゃおう!」
「いや、うちはそれだけなんだけど」
「傷害とかつくじゃん」
 ベータが無駄話をする陰で送ってきた内緒話によると、ハルピュイア無職カップルの誘拐した子供は、全員が大学関係者の子だという。金持ちかどうかはさておき、割といいとこの子というわけだ。誘拐事件になるから、余罪をもっと寄越せと警察から言ってきた。
「じゃ傷害と不法占拠と器物損壊もつけとけばいいよ」
 薬師は何となく違和感のある肩を気にしながら、元気のない声を出した。
「るりっち、病院済んだら肉食いにいかない? 災難会で」
「焼き鳥沢山食えるとこがいい」
 ベータはけたけた笑いながら靴を履いた。
「よーし顔が元気出た。焼き鳥、いこう。良いとこ知ってるよ!」

【了】

(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)