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【叔父の遺言】完成版:猫配膳ロボットと甥は頑張ってひと仕事して気がついたらイブ過ぎてた #パルプアドベントカレンダー2023

 マットカラーステルス塗装を施された、角張った平たく巨大な島の上で、骨董品の猫配膳ロボットは掠れた声で笑った。腹部最下段に置かれたダイヤル式ラジオから聞こえる合成音声は、来訪者の有無を気にしていた。
 猫配膳ロボットは、かわいい笑顔グラフィックをモニタに浮かべ、低く悪そうな男の声をあげた。
「来なきゃ国庫に入って、設備が死んだ頃にオークションに出るだけよ。どこぞの金持ちあたりが買うんだろうさ、俺の腐った死体つきで」
『それも困りますね…』
「冗談だよ。俺は一応まだ生きてるからな。甥が来なけりゃ全部反故にしてこのネコチャンで復帰する猶予がある」
『えっ、人間で復帰じゃないの』
「二足歩行の外面が必要か? 端末がかわいすぎて上司が気絶すんならさせたら」
 ラジオの奥で、いやあともええともつかない困り声が上がった。ぼくが上司です、と声は呟き話を変えた。
『甥っ子さん学生さんでしょ。社長業できるの』
「できないから教えるんだよ。出来はいいんだ。ところでお前、俺のこと本当に早めにボケた挙げ句に早く死んだ人で片づけるの?」
『ええ。無力に死んどけば、法以外は追及もし辛いので』
 猫配膳ロボットは、ラジオを否定しなかった。
 二台は、しばらく無言で海の向こうを眺めていたが、やがてラジオから声が上がった。
『来ましたね。本当に太鼓叩かせるの?』
「叩いて貰わなきゃ困る。あの遺言を真に受けなきゃ、渡す物なんざ何もねえ」
『何考えて…』
「ニャン?」
『何でもありません。戻りましょう。事が終わったら出迎えるんでしょ』
「まあな。人工落雷しくじったら、救急頼んだぜ」
 ラジオがハイハイと音を立てる。猫配膳ロボットはまわれ右をし、背後にぽっかり空いたスロープ穴へ進んだ。
『落ちないでくださいね』
「落ちな……あ」
 骨董品の猫配膳ロボットは、滑り止めをなめた底面ゴムキャスターを滑らせ、結構なスピードでスロープを滑降していった。

☆★☆

 当日早朝、叔父の遺品である金属製の太鼓が入った大きな四角い鞄を背負い、鈴木千照(スズキチアキ)は係留桟橋を歩いていた。
 叔父の鈴木真魚(スズキマオ)は、四十万程度の人口を数える大きめの地方都市を搭載した、人工浮島のようないわゆる船街(ふなまち)に住んでおり、千照はここを訪れるのは三度目だ。
 この桟橋を端まで歩くと、叔父の経営していた会社にたどり着く。
 叔父から日時指定便で届いたメール添付の資料、【たのしい業務引継書】の冒頭録画メッセージで指定されていた日時より少しだけ早く到着する予定だ。
 
 会社の建物は、一階が釣り堀カフェ(釣り堀は外)、二階が貸し船屋の事務所で、叔父の事務所は三階の小さな部屋だった。彼はそこで、ひとつを除いてほぼ全ての仕事をこなしていたという。
 彼の仕事にはどうしても本人がしなければならない部分がひとつあり、それはこのオフィスではできない。内容は――「家賃の計上❤」といつも冗談交じりに言っていた。しかしいざ遺言書を開くと、若干の不労所得や現金化を期待した親族一同が一斉に相続から手を引いた原因となった。
 叔父の本業は電子戦業者だった。
 親族一同にこの業務を引き継げる者がおらず、一部分でも相続するためには業務を丸ごと引き継ぐ指示がされており、十分な能力を持つのが千照しかいなかった。
 叔父がこの街に本拠を置いたのは、船主の会社が電子戦に弱く、また特殊公務員も人手不足で期待薄だったため、彼を丸抱えで外注したからであった。
 最近は、個人の戦力には限界があるという理由で、警備会社に当該部門を作る為にコンサル業もしていたという。他にも釣りが割と好きだったらしいが、下手の横好きというやつだ。
 千照は、たまに「ヒマか?」とオンライン飲みと称して世間話をしにくる叔父のアイコン、骨董品の猫配膳ロボットを少し思い出した。やれ早く引退したいの、釣りして暮らしたいの、海にお化けが出るだの、院出て仕事なかったら俺んとこに来いのと低い悪そうな声で喋るかわいいアイコンだった。
 ふと、叔父の会社のある方角から、屋外掃除用ブロアをマニピュレーターで構えた猫配膳ロボットがやってくるのが見えた。細いいくつかの補助チューブ腕がブロアを支えている。
 彼はこのマニピュレーターが猫配膳ロボットについているのが嫌いだった。曰く、邪道だという。手持ちのロボットには、業務内容上やむを得ない場合だけつけていたが、自分の端末体につかっている機体には頑として使わなかった。
 ブロアを持った猫配膳ロボットとすれ違い、社屋の一階の釣り堀カフェを覗く。時間が早くて客は誰もおらず、どこが掘かは不明であった。
 社屋の向かいに、船の間に大きな鯨の置物があるはずだが、あるべき場所にぽっかりと空間があいている。撤去してしまったかなと横目に過ぎて、約束の時間よりほんの少し早く、待ち合わせのクルーザーの前に着いた。桟橋に塗装された足形の上に立つと、視界の隅に手描きの猫配膳ロボットアイコンがポップする。
 猫の鳴き声を模した合成音と、かわいらしい合成音声で喋りだした。
 『まいど! 貸し船屋鈴木のクルーザー003でっす。予約済みですのでお客様の認証情報を拝見しニャス♪ お持ちのダルブッカも指定のものかどうか確認いたしますニャ』
 太鼓の名称がダルブッカというのを今知った。「アルミ鋳物でできた、プラヘッド貼ってある、殴ったら相手にダメージのいく太鼓」という説明を頼りに持ち出してきたが、叔父は正式名称については何も言っていなかった。
 千照の視界の隅に、人間の各種認証情報と実体を確認したログと、同時に叔父の私物管理番号と思しき数桁の英数字が流れていった。太鼓に何かチップ等がついていた気配もないので、おそらく、下から本体―ヘッド―リムと重なる造作を固定する金属のボルト自体が認証チップ代わりだと思われる。
 このクルーザー003に乗って今から行く場所で、この太鼓を正確に叩けという指示が引継書の中にあった。通り一遍の楽譜と曲データの他に、音源周波数全部と義肢(左目・両肩~両腕・左脚)の制御ソースが入っていた。生身の人間なら前者を使うのだろうが、千照は実家に住んでいた頃、熊に襲われて大怪我をし、身体の各所が機械に換装されている。当然ながら正確に叩くなら必要なのは後者だった。今や千照は、寝ていても叩ける横着仕様になっている。
 船に乗り込むと、頭上にあるクルーザーの操縦席と思しきIDから通話が着信し、叔父の声が放たれた。
『ハロー、千照久しぶり。時間通りで感心だ。客席へどうぞ。世話んなるぜ』
 千照は梯子を少し上がって、操縦席を覗き込んだ。肉声に近い音がする。
「あらやだ覗き。えっち」
 操縦席があるはずの場所にはめ込まれた円筒形の棚が、くるりと顔を背後に向けた。改造された猫配膳ロボット、グラフィックモニタの頬に❤マークを浮かべる奴は叔父の端末体だ。
「船出すから座ってろ。揺れるぞ」
 うぇ~いともは~いともつかない唸り声を上げた千照は、猫配膳ロボットの背後にあぐらをかいて座った。
「いやん見つめないで☆……何だよ、お前、どうした」
 クルーザーは問題無く係留桟橋を離れ、凄まじい異音を立てて動く古びた係留池ゲートに通過シグナルを送り始めた。
「あの……千照? ちあきちゃん? その、指を脳天に突き立てるの止めてくれない? お前その腕どこで換装したんだ、戦闘用じゃねえか。かわいい猫の頭が指の形に抉れる。やめてくれ」
「お久しぶりです、叔父さん。引継書に書いてない事態が今まさに発生したのでお伺いします。このクルーザーに乗るまではいいです。でもどうして貴方が操縦しているんですか。ちょっと今どういう状況で何がどうなっているのか、できる限りわかりやすく教えてください」
 千照のよそ行きの静かな声に、グラフィックモニタに焦りの表情を浮かべた猫配膳ロボットは、少しだけきしんでたわんだ頭部を気にしはじめた。
「ハゲる。やめたまえ」
「話を逸らさないでください。秘密にしておきたければ地獄の底まで持って行きますが、あなた亡くなっているんですよ?」
「すまん、すまんすみません、壊れるからやめて。話す、話すから」
 千照の手が離れると、猫配膳ロボットは安堵の表情を瞬かせた。
 やっぱ怒るよなと独りごちる声を聞き流し、千照は叔父の反応を待った。
「口で説明すると説明しづらい。なにぶん全てが急な話で、俺も未だに現在進行形だから、ちょっと辛ぇんだ。読んでくれると幸いです」
 千照は、目の前の猫配膳ロボットから送られてきたテキストファイルを開き、箇条書きにまとめたつもりでまるでまとまっていない感情的な文章を読み始めた。
 
 全ての発端は、周囲に一切の船舶が居ない状態での船舶火災だった。
 その日珍しく出かける気になった真魚は、ひとりで船を出して星空を見ていたところ、エンジン火災が発生した。運良く近くにあった岩礁にたどり着き、救難信号を出していたが、警備会社がそれを拾う前に海賊のようなものに拾われた。
 更衣兵の襲撃だと気がついた時には既に遅く、彼は重傷を負った。警備会社に救出されたものの、岩礁から街は遠く、折悪しく市内で起きた爆発テロのせいで病院への受け入れは不可能だった。
 幸か不幸か近隣で唯一使えるのは、彼が道楽で買った小さな島を覆うように作り、ぼちぼち整備していた自前の人工島嶼に設置された電源だった。
 やむを得ず島に生命維持装置を設置して今に至る。到底日常生活に戻って仕事などできる状態ではない。真魚自身の身体は全身が機械系の人工身体なので、換装自体は問題無いが、とにかく仕事を誰かに引き継がせなければならない。
 などとあまりにも強固に仕事仕事と言い張るため、担当した主治医が「じゃあ鈴木真魚氏は脳がやられてボケて死んだことにしよう。同業者もないのにひとり親方稼業を引き継ぐアテがあるなら最速はおそらく相続だ。違うか。ボケて死ぬ前に身辺整理をしておけ、身体と身分をこっちで用意する」と、一見して荒唐無稽な話をしたが、真魚はそれで十分だとゴーサインを出した。
 身体はさておき身分ってどこからか拾ってこれるのかという周囲の不安には一切答えず、最速で千照に全てを相続させ、どうやら調達できたらしい身分と、生体部品で組み上げられた、電子戦のできる最新の身体が準備完了となったのだが――
 ――今度は島に不法占拠が発生し、発電機のコントロール室に何者かが入り込み、電子機器を満載に詰め込んだ端末体のがらくたを接続し、いつでもコントロール室を占拠できる状態で残し、船舶・潜水艇の接舷設備を破壊・封印していった。十重二十重に嫌な状況が発生した。
 下手人の心当たりがありすぎて、端末体のがらくたを回収して検分しても判らない可能性がある。工事をしようにも誰にどんな依頼をするべきか。生命維持装置に接続されている状態の真魚は、相続以外の重要な判断を一切したくなかった。
 ここでしくじったら発電機が主機も予備も止まる。彼は判断を外部、すなわちコンサル先の警備会社に投げた。
 バラしたコントロール室を少しずつ運んで、ぎりぎり内部にもうひとつコントロール室を作って予備機に接続し、生命維持装置の電源を確保、可及的速やかに何らかの手段で侵入者?と主コントロール室を遮断して破壊。
 破壊手段は爆薬が望ましいが、依頼主が天災に偽装したいと主張して憚らないので、警備会社側では破壊までは請け負わなかった。その代わり、年に一度この島に落雷が直撃する日が近いため、それを使ってはどうかと言ってきた。依頼主が天災に偽装したいなどと素っ頓狂な事を言い出すのは、それが理由だと判断したためだ。
 主コントロール室に落雷を直撃させ、設備を丸ごと破壊する。どのみち壊す設備なのだから遠慮もいらない――
 
 ――経緯の感情的な説明はそこで終わっていた。千照は数度かぶりを振って、困ったなと言いたげな表情を猫配膳ロボットに向けた。
「あのね、叔父さん……それと島の表層で太鼓叩き続けるの何か関係あるんですか?」
「あるよある。おおありよ。その、主コントロール室に鎮座してるガラクタな。とにかくどうにかならないかって虫型の小さい偵察機入れて、物理直結何回目かにほんの少しデータ取れたんだけど」
 通常の端末体や機械体によくある緊急停止スティックを至近距離から挿して停止させるような力技ではなく、数段階にわけて徐々に機能停止させるシグナルが設定されていた。
 使用するのは、これから千照が叩きに行く太鼓の曲。曲を流すにつれどんどん止まっていき、最後に完全に停止するという。
「どんだけ舐められてるかな。完全にこっちが何も知らないと思って設定していやがる」
「途中まで止めて、曲が停止したらどうなるんですか」
「途中で止まったままさ。最後に爆発でもするんなら問題だが、今回だと聞かせれば聞かせるほどただの木偶の坊になって終了」
 落雷を使わなくても、爆薬を使うか、斧で力一杯何度も殴れば分解するが、破壊に時間がかかったり、壊し残しがあると、今度は標的を変えて襲ってくる可能性が無くもない。
 その後の警備が少ししんどくなって面倒だと、猫配膳ロボットは首を左右に回して見せた。
 
 千照は、島の上で太鼓を叩けという指示があったとき、ぼけた叔父が今際の際を迎えておかしくなったと思ったが、案外荒唐無稽な話でもなかった。
 彼は猫配膳ロボットの背後で立ち上がり、じゃあ、やりますかとだけ言って、荷物だけが置かれた客席に戻った。 
 
☆★☆

 現地に到着してみると、岩礁のような場所から歩いて島嶼表層に行けるようになっている。
 島嶼表層は、靴の裏に沿って起伏を変える。細い鉄筋様の物質に覆われている感じがした。
 千照がふと顔を上げると、海沿いの端のほうに、えらく長い柱のようなものが表層から生えている。
 あれに落雷を狙うとか随分大ばくちだなと思いながら、彼はそちらへ向かおうとした。
 と、背後で硬いものが擦れる音がして、ダイヤル式ラジオが現れ、合成音声を発した。
『こんにちは。鈴木千照さんですね。すみません真魚さんが無理を言いまして』
 立ち止まった千照は、振り向いてアナクロなラジオを見やり、「あ、ああ……どちら様ですか」とだけ呟いた。くぐもった呻き声を綺麗に拾ったラジオは、綺麗な声で返した。
『失礼。医者と公安、今は公安です』
「それ以上は聞きたくないですね」
『いずれこちらからお伺いします。で、ここで太鼓叩くんですか』
 千照は軽く狼狽えた。
「え、だめなんですか」
『落雷しますよ。やめましょう。向こうにしましょう。私マイクも兼ねています。運んで、向こうへ』
「あーはい……」
 これら機材の問題は手足が無いことだ。顔グラフィックがてへぺろしながらそう言った叔父を思い出しながら、彼はラジオの持ち手を掴み、その音声の誘導に従った。 
 前方で、パイプ状の細い床材がスッと沈みこみ、窪みが元に戻ると同時に地上には畳んだパイプ椅子が現れた。
 そこにたどり着いた千照はパイプ椅子を広げて座り、左の腿に太鼓のくびれを載せ、左手をリムにかけ、ひとつ息を吐いた。――さて、やりますか。

 地上で順調に演奏が始まり、がらくた端末体の動作停止想定ゲージが減っていくのを横目に、猫配膳ロボットは、予備コントロール室と予備電源の接続の仕上げと、感電処理用の配線を虫型ロボットにさせている作業の残りをこなすことに余念がなかった。
 警備に割ける人手はなく、また、島内各所をうろちょろしている数台の作業用猫配膳ロボットに戦闘能力と手(物理)がない事は承知の上だった。
 無線だとどうにも作業が通信速度に左右される。作業用機体にはマニピュレーターと直結端子をつけようと思ったその時だった。 
 島内に、千照以外の二足歩行する何者かが存在するアラートが表示された。 
 生命維持装置に繋がれる前の自分の姿をしている。しかも、前の身体はほぼ機械だというのに、どうやらこいつは生身であるという。 
 顔だけ変えた生身の何者かだ。死んだら外見がフリー素材になるのは一体どこの国なのか、ほうぼうに問い合わせなければならないな、と思いながら、真魚は火災対策用の封鎖シャッターを複数下ろした。このシャッターを破ってくるようなお化けなら、今千照にさせている作業を止めて、彼だけでも避難させなければならない。 
 数分したが幸いそういうことはなかった。気の毒に、顔だけ弄られたホームレスか何かだろう。飢えるか窒息、火災で死ぬ前に助けてやらねばなるまいが、今はそれどころではない。三日まて。
 
☆★☆ 

 主コントロール室の周辺を、ありったけの虫ロボットで壁やドア、配管の隙間を固める作業が完了した。
 これで出てこようというならこちらも爆撃要請を――そういえば死んでいるから口座が動かせないな。なぁ千照、出世払いで爆撃してくれないか――
 そう呟いて、ラジオと甥に同時にツッコミを入れられた真魚に、もうこれ以上できることは思いつかなかった。
 猫配膳ロボットは、予備コントロール室の監視カメラモニタで外を眺めた。
 白い曇天が一点にわかにかき曇り、黒い雲が膨れ上がっていくのが観察できる。
 ガラクタ端末体の想定停止ゲージもあと三分。雲がこちらにかかるまで五分。二分あれば千照も島内に入られるだろう。もたもたするなら落とし穴でも作って誘導してやればいい。戦闘用義肢がついているんだから少し位の衝撃も問題ないだろう。
 あとは落雷見物をして、消火作業だ。
 と、背後のドアが不吉な音をたてて歪んだ。予備コントロール室には誰も近づいて居ないはずなのに、何かが外でドアを殴りつけている。
 思い当たるものがひとつだけある。島内の猫配膳ロボットには手が無いのに所々に置いてある脱出用の斧、マスターキーだ。
 慌てて見やった監視カメラには、新手の「同じ顔の男」が現れて斧を振るっている。
「いやだなあ気が狂いそう」
『叔父さんどうしたの』
「俺が予備室のドア壊してる」
 と、全てをゆるがす轟音と震動、紫色の光が視界を埋め尽くした。落雷したのだ。
 ドアの外の男は、それでも斧を振るい続けた。空調からひどく焦げた臭いが漂い、主発電機の消火設備と隔壁が作動しているというのに、その男は全く今回の話と関係がない。
 これはちょっとピンチかもしれない。猫配膳ロボットのモニタが軽く焦る表情を浮かべた。
 
 ドアの外で新しい鈍い音がして、数度の金属音の後重い物が倒れる気配がして、外は静かになった。
 
☆★☆

 外にたどり着いていた千照にドアを外させ、真魚は予備コントロール室の外に出て、猫配膳ロボットにどの表情を浮かべさせていいかわからず、ルーレットのように表情差分を切り替えてみせた。
「……俺の太鼓……」
 首と胴が不自然かつ中途半端に曲がっている男を金属製の太鼓でぶちのめしたらしい千照は、しまったと言いたげな表情を猫配膳ロボットに向け、ひきつった笑みを浮かべてみせた。
 ひしゃげた太鼓をどうしていいかわからず、床に転がしたままでいる。
「ご、ごめんなさい……さすがに千切れて生命維持装置に繋がってる筈の人が五体満足で待ち合わせ場所のドアぶっ壊してるのおかしいし」
「みなまで言うな、間一髪だ。助かったぜ。有能な甥を持ってよかった。太鼓なんかまた新調しりゃいいよ。お前せっかくだから習いに行け。先生紹介するから」
 嬉々とした表情を浮かべる猫配膳ロボットは、予備電源と生命維持装置の動作状況をチェックした。おおむね良好、ただし、ここから先は――
「千照、そのラジオここに載せてくんない?」
 配膳ロボットの棚の最下段に載せられたダイヤル式ラジオから、先程とは違った、少し寝ぼけた男の声がし始めた。
「おう先生、おはよう」
「いやー公安野郎やっと帰ったよ。例の件片付いたんだね」
「ウチの甥っ子が大活躍だ。社長業だけじゃなくて電子戦稼業も引き継いでほしいな。俺らはそうさな。次は公安野郎をどうやって放逐するかだな」
「その前に自分の身体の心配してよ。そこから運び出して移植手術しないとならないんだから」
「移動ラボ使えば少しは何とかならねえ? 俺とこは一応天災でもどうにかしてくれる保険はかけてるんだがなあ……払いがいつになるか……」
 ラジオとロボットの呑気な会話に、咳払いをして介入した千照は、ふたりに釘を刺した。
「叔父さん。保険は今、対外的にはぼくが管理するところだと思うんですよ」
 猫配膳ロボットは押し黙り、数秒の間、スピーカーのさあっという音が空間に響いた。
「そういや俺死んでたわ、社会的に」
「早く生きてる身体に戻ろうね」
 今日これからどうしたらいいかわからない、という鈴木真魚渾身の困惑の呟きが、予備コントロール室のスピーカーから漏れ出した。
 ダイヤル式ラジオを腹に積んだ猫配膳ロボットと千照は、軽く顔を見合わせた。

「ぼくは腹が減りました、よく働いた気がしますけど」
「……今日何月何日だっけ……死んでるから気にしてなかったな」
「あれやだ、当直開けたらクリスマス当日じゃん。まおちゃん、ちょっと船出してくれよ。なんか適当なデパ地下飯とケーキでよければ買って私本体がいくから。あと寝床くれ」
 はいよ、と猫配膳ロボットはくるりと首と胴を逆回転させた。

 メリークリスマス、ハッピーホリデイ。来年に向けてやる事は山積みだが、最大懸念が解決した。
 
 【了】

ドーモ皆さん、毎年恒例パルプアドベントカレンダー、12月16日分、ぎりぎり出航です。冷や冷やさせました、昨日にはできて予約してたはずだったんだがな…いったいなぜ…(吐血

気を取り直して、
次回12月17日は、森戸 麻子さん、
『オーバーライト・トレジャー・ランド』!
まだまだ続くよ!よろしくね



 
 
  
 
 
 
 

(軽い気持ちで投げ銭をお勧めします。おいしいコーヒーをありがとう)