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あのたび -モニの三色湖と泥棒宿-

 ルテンからバジャワ(BAJAWA)へ25000Rp+ベモで市内へ2000Rp。宿を探すが1軒目は閉鎖、2軒目は満室、3軒目のHotel Camberaが30000Rp。なぜか熱烈歓迎を受ける。

 同じ宿に泊まっているインドネシア人のおっさんに声をかけられる。「君のスティックを見せてくれ。見るだけでいいんだ」と謎の発言。おそらくゲイでそっちの趣味があるのだろうが、怖いので断る。若い青年が好きなのだろう。

 翌朝、朝食パンにフルーツ盛り合わせをいただき、ホテルを出たところでエンデ(Ende)行きのバスを捕まえる。20000Rp。エンデでナシイカン+コロッケ7000Rp旨い。宿を探し1軒目のPersudaは35000Rpと言われ、2軒目のNurjaya Hotelで1泊15000Rp安い。

 次のティモール島への移動が目的で、国営船会社ペルニ(Pelni)のオフィスへ行く。が船が出るのは木曜の午前1時だと言われ、チケットが買えるのは水曜とのこと。今は月曜日だから2日後の夜遅くに出発ということになる。

 ペルニはインドネシア全土を周回している大型船会社。だがその航行周期が二週間単位という非常に予定が立てにくい。1便逃すと次は2週間後ということになる。ここエンデで2泊してもいいが隣の町へ行って帰ってくることにした。

 翌日、モニ(Moni)へバスで10000Rp。ベモで村中心部へ2000Rp。モニには近くの山に世にも珍しい三色湖がある。年代によってその色も変化しているという。

 モニは小さな村で、小さい安宿が何軒も並んでいた。3~4軒値段を尋ねて、他は同じ値段だが一軒だけ多少安い宿に泊まることにした。そんな田舎の村にも日本人の青年が一人いた。

 彼は長く世界のいろいろな所を旅しているらしく、一番驚いたのは『水を買ったことがない』ということだ。「普通に飲めますよ、インドネシアの水は」と言い、蛇口から出る水を持参のボトルに注いで飲んでいるのだ。ボクは買った水でも腹を壊すのに、よほど強い腸なのだろう、うらやましい。

 それから、一食2000Rp(≒28円)くらいで済ましているというのも驚きだった。ボクの場合だいたい店に行ってナシゴレンを食べると5000Rp~10000Rpはかかるのが相場であった。彼は、市場とか地元民向けのマーケットを見つけ、そこでおにぎりのようなものを買うと1個1000Rpとかで食えるという。

 さらにボクはせっかくモニへ来たのだからケリムトゥ山の三色湖を明日見に行こうと思うというと、彼は別にまたいつか来れるだろうし焦って行く必要もないという。こんなインドネシアの田舎まで2度来ることがあるだろうか。とにかく悟ったような僧侶のような穏やかな青年だった。

 入り口の外の椅子に座って長く話し込んでいたため、重い荷物はお互い宿の受付の近く置いたままだった。

 そこで悲劇が起きた。

 彼のカバンがら80$が抜かれていた。いつもはこんな油断することはないのだが、つい久しぶりの日本人に会ったことでお互い気が緩んでいた。受付のおばちゃんに言っても知らないというし、どんなに詰め寄っても証拠は出ないだろう。ボクのカバンも確かめると、おそらく100$札が抜かれていた。くそ、ここのおばちゃん目つきが悪いし胡散臭い。

 改めて考えると、ほぼ同じ形式の小さい安宿が何軒も並んでいて、ここだけ安いというのがおかしいのだ。安物買いの銭失いとはこのことだ。おそらくこれまでもこのおばちゃんは同じ作戦で宿代は安くし、例えば宿泊客がツアーで部屋を出ている隙に、金目のものを奪うということを繰り返しているのだろう。いわゆる泥棒宿である。
 令和の現代では、グーグルマップの評価システムがあるから成立しないだろうが、20年前はスマホもネットもまだ無かった。

 翌日の朝、心配ではあるが、40000Rpのバイクツアーでケリムトゥ山の三色湖を見に行った。少し寒い。近くに温泉も湧き出てて顔を洗うのが気持ちよかった。三色湖の色は、黒・黒・青とそれほど冴えない色であった。かつては赤色のこともあったようだ。

 ツアーから戻ると荷物は無事だった。さすがに怪しまれている状況で同じ宿泊者から盗むという愚行は繰り返さないだろう。前日180$も手に入れたんだからしばらくは何もしなくても暮らせるのだし。

インドネシアルート

(つづく)


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