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キスがうまいだけの男。〜一路〜

【前回までのあらすじ】

 ある日僕は、一緒に住んでいたカノジョに“キスがうまいだけでないもできない男”というレッテルを貼られた上にフラれてアパートを追い出されてしまった。

 社会経験ゼロの僕には絶対絶命のピンチかと思われたが、持ち前のキスのうまさと運の良さでなんとかかんとか生活していたが、ついにできる仕事がなくなってしまう……。

 そんな逆境をはね退けるかのように逆転の発想で起業。『株式会社キスがうまいだけの男』を立ち上げ、最初の依頼を待っていると、なんと瀬戸内海の漁港からの依頼が舞い込む。海水温の上昇によってキスしか獲れなくなってしまったらしい。なんとかすることになり、いざ瀬戸内海へ。

 ところが、手持ち資金のない僕はいきなりヒッチハイクからのスタートとなってしまい、止まってくれたデコトラの赤髪トラックガールさんとの珍道中をスタートさせたのであった……。

もう、陽は完全に落ちた。本日の高速道路の流れは順調みたいだ。

デコトラに乗ってると、慣れないせいか、なんとなく屋台にいる気分になる。

とはいえ、僕はこんな大きいトラックに乗るのは初めてだ。年上の派手なトラガールさんもさすがはプロドライバー、法定速度でしっかり運転している。

もっとガンガン音楽とかかけるのかと思ったけど、そうでもなかった。

だけどその分、関西のノリでの話は多めだ。

ト「あんたさー、瀬戸内海に行くのに手ぶらで大丈夫なん?」

僕「あ、まあ、一応、現地で必要なものは調達するので……」

あまり細かいことは話したくない。こっちはお客様の守秘義務とかもあるし。

ト「あ、ほんまは、あれなんちゃうん?カノジョにフラれて、追い出されたとかちゃうん?」

僕「違いますよ、それになんで追い出されて瀬戸内海行くんですか」

大筋で当たってるのが悔しい。その通りだ。僕は追い出されてなんだかんだで瀬戸内海へゆくのだ。

ト「まあ、深くは聞かんわ、いろいろあるやろからなー、でも、ウチも手ぶらやで」

僕「え?手ぶらってなんですか?」

ト「ほら、手ぶらやろ?」

トラガールさんはそう言ってすべての運転動作をやめてしまった。なんだったら運転席でヨガのアーサナみたいなポーズ決めてる……。

僕「あ、危ないっすよ。ふざけないでちゃんと運転してくださいよ」

ト「大丈夫やて、だってこれもともと自動運転の車やもん」

僕「え!?そうなんですか!?」

ト「自動運転レベル5やで」

僕「あれ?さっきまで運転してませんでした?」

ト「ああ、なんか手持ち無沙汰なるからオプションでつけてもらったんねん。全く走行には影響してへんけどな」

僕「やっぱそういうもんなんですねー。でもレベル5ってすごいですよね。そんなの日本にあるんですね、しかもデコトラで」

ト「まだこれ一台ちゃうかなー、試験運転みたいなもんやからな。こっち座ってもええよ席替わる?」

いったいなぜ彼女はヨガの体勢のままなんだろう。

僕「えー、やっぱ怖いんで助手席でいいですよー。でも、そんなすごいトラックに乗れるなんてラッキーだなー、メーカーはどこなんですか?国産ですか外国産でですか?」

ト「そういうのは考えたことないねんけど、サンデーサイレンス産駒や思うよ」

僕「……」

ト「だって距離適性ハンパないもん。長距離いけるやろ、で、コンビニもいけるやろ、そんなんSS産駒やん」

僕「んー」

これは関西のノリだからツッコめということなのか、マジなのかがわからないのが関西のノリだ。ボケをかましまくる人って意外とツッコミに対するガードも堅かったりするから恐ろしい。

そのままその話は終わる。

いくつかのSAを通り過ぎる。もう静岡県に入っただろうか。

僕の悪い癖でSAを通りすぎたあたりでいつもおしっこしたくなってしまうのだ。

気まずいなー。トラガールさん眉毛描いてるし……。邪魔したら悪いしなー。でも漏れそうだしな……。

「あの、すいません、ちょっとトイレ行きたくなっちゃって」

「あーそうなんや、わかった」

「次のサービスエリアってけっこう先ですよね……」

ト「うん、でも大丈夫やで、サービスエリアにしちゃうから」

ぺこちゃんのペロリの舌みたいな表情で自信ありげだ。

僕「しちゃうってなんですか?」

ト「あ、言ってなかったっけ?このトラックな、サービスエリアになんねん」

“ちょっと何言ってるかわかんないんですけど”ってこういう時に使えばいいんだろうか。きっといいんだろう。

僕「なる、と言われても……」

ト「ほんまやて、そのSのボタン押してみて」

僕「あ、はい」

ぽち。

すると不思議や不思議、この大型トラックがウイングボディの拡大版の動きで左右に大きく開いて、広い空き地みたいに広がった。

僕とトラガールさんはピクニックしてるみたいにぽつんとトラックの広場の中に座ってる感じだ。

ト「あの端っこのとこにトイレあるから。あれはこの状態の時しか入れへんねん」

僕「すごいですねー、自分でSAになっちゃうトラックって」

僕が感心している間に、別のトラックがこのトラック内に2台くらい駐車した。カオスもここまで来ると逆に受け入れやすい。

素早くトイレをすます。

そのあとで、トラガールさんも僕もなぜか体育座りで休憩した。キャビンも筐体は開いてしまっている。インストルメントパネルの部分だけが立っている感じだ。見た目はゲーセンのカーレーシングのやつに近い。夜空には星。

ト「ちょっと、加熱式タバコ吸ってもええ?」

僕「あ、いいですよ、全然」

すると、「うまい?うまい?」と聞きながら、シガーソケットからトラックに吸わせ出すトラガールさん。

要ツッコミなんだろうか。

休憩中だし、今回はツッコんでみることにした。

「トラックに吸わせてどうすんねん」と、僕は爽やか学生漫才風にやってみた。

え!?めちゃびっくりされてる。

やっぱツッコんじゃダメなやつだったのか……。

ト「あんた、できるやん!もしかしてNSC行ってた?2期生?」

腕あるね、みたいに腕をパシパシ叩いている。加熱式タバコも吸ってる。

僕「いや、全然行ってないですね」

2期生て……。

ト「なかなか素人さんだとツッコまれへんで、今のとこは」

僕「そうですかね……」

早く休憩終わんないだろうか。関西のノリが増し増しタイムはちときつい。

しかしながら他のトラックが行ってくれないと、このトラックが元の形に戻れないというカオスが重くのしかかる。

なんとか休憩を終え、再び高速道路を走り出す。

トラガールさんは、ばりばりハンドルを握って、ギアを変えまくっている。

なぜにレベル5の自動運転にそこまで抗うんだろう。

ト「ウチな、この仕事の前はタクシードライバーやっててん」

急にノンフィクションものみたいな横顔の雰囲気で語り出すトラガールさん。

僕「へーそうなんですかーちょっと意外ですねー」

ト「でも、新規参入とかライドシェアとかいろいろ入ってきて、これじゃあかんておもて新サービス始めたんねん」

僕「えーすごいじゃないですかー」

ト「忖タク言うねんけどな」

僕「ほぅ」

終わりまで聞くべきだろか。それとも、流れゆく外の景色に意識を集中させるべきだろか。

ト「忖度と掛けてるんやけどな、斬新やろ」

僕「ですね」

── ですね。

そのあとはあまりちゃんと聞いてなかったけど、全部お客さんに忖度してもらおうとしてダメだったみたいなこと言ってた。そりゃそうだろう。

ト「でもな、ウチは今のこのトラックドライバーが天職やと思ってんねん」

そしてノンフィクションものを再構築してくる。

僕「似合ってますよ。かっこいいすよ」

ト「自動運転やけどな」

NSC行きたいのかなー……。

そんな感じでかなり長い時間トラックに揺られたあと、事件が起きた。

それは突然だった。

彼女が大きな声で「やべー、止まった。またやわー」と言ってハンドルを打った。

少し眠くてうとうとしだしていた僕は一気に目が覚める。何事だろう。

確かにトラックはその動きを止めている。電気系統だろうか、エンジン系統だろうか。素人の僕にはよくわからない。

あたりは暗い。

カーナビの位置表示だと岐阜県のあたりだ。

ト「とりあえず、高速から飛んで降りるからしっかり捕まっててな、説明はそのあとや」

僕「え!飛んで降りる?」

いわゆる戦闘機とかの射出脱出装置みたいなのがトラック本体についているらしく、起動させると、トラックごと飛んで高速から降りれるらしい。

いる?それ?

すごい衝撃と共にいったん一般道へ避難した。下手なアトラクションよりはずっと死ぬやつだ。

まだ心臓がバクバクしているけど、トラガールさんは故障の説明を始めた。頭を抱えている。なにやら、いわく付きなことみたいだ。

ト「関ヶ原あかんねん」

僕「え!?関ヶ原ってなんかあるんですか?」

ト「関ヶ原は自動運転車には鬼門やねん」

僕「そんなの聞いたことないですよー」

ト「レベル5になってから分かったことやねん。毎回関ヶ原で謎の故障すんねん。トラッカーの言い伝えでは昔の侍の怨念やねん」

窓を割る器具を持って刀を振り回す素振りのトラガールさん。シンプルに危ない。

僕「えー、侍って関ヶ原の合戦とかのやつですか??」

トラッカーの言い伝えって、結構歴史浅いなー。

ト「そうやねん。関ヶ原で最後に裏切った騎馬隊が自動運転やってん。それで西軍の武将の霊が自動運転車に取り憑くようになってまったらしいねん」

いったいこのお方は何からツッコまれたいんだろうか。

でもとにかくトラックが故障してしまったことは事実だ。

ライトを持ちハシゴを伝って降りて点検を開始する。

あたりは何もないエリアで真っ暗だ。

トラガールさんはライトで自分の顔を下から照らしてお化け顔をしたりしてはしゃいでいる。危機感という言葉を知っているんだろうか。

一通りチェックして回るも、やはり原因はわからない。

その時、不意に僕のキスホが鳴った。

ト「スマホがやワナワナ言ってるで」

僕「すいません、ちょっと電話してきます」

キスホの着メロが『キッスは目にして』の“ワナワナ”のとこで固定されていて鳴ったとき困る。着信は依頼人様からだ。到着予定の確認だろう。僕がキスがうまいだけの男だということがトラガールさんにバレたら何を言われるかわからないので、離れたところで話すべく移動。

暗がりの中で彷徨っていたら知らない間にキス口になってしまっていたらしく、口先が何かの壁に当たった。

あれ?こんなとこに壁?おかしいなー。

おそらく、キスの口じゃないと気づかなかった見えない壁を発見。

手探りでその壁をいじっているうちに、スライドして開いた。

おやおや?

その先になんと、ぽっかりとした入り口が姿を現した。地下へと続いているのがわかる。

──ダンジョン。でもなんでこんなところにダンジョン??

様子を伺っていた僕の背後から誰かが肩を叩いた。

驚いて振り向く。

そこには甲冑姿の武士たちが。

武「かたじけない」

そう言って彼らは唖然とする僕に一礼すると、その入り口からダンジョンへと降りていった。

そうか!彼らは『ダンジョン武士』だったんだ。

つまり、この入り口が塞がっていて、そのことを知らせたくて今まで車を止めていたんだ。

「おーい」と、トラガールさんが向こうから駆けてくる声がする。「トラック動いたぞーい」。

「あ、今いきまーす」

急いで電話を終え、トラックの場所へと戻り、経緯を説明。

ト「あんたすごいやん。国交省から表彰されるで。これで自動運転は安泰や」

僕「は、はぁ……」

もう関係各省とかは懲りた。

イカ釣りできそうなくらいのデコトラの煌々とした明かりでまたあたりは明るくなった。

再びの乗車。

いざ、瀬戸内海へ。

仕方ないことだけど、

2人ともすっかりこの一件で疲れてしまい、仮眠することに。

僕「でも起きて自動運転を見張ってなくても大丈夫なんですか?」

ト「あんな、これを装着してれば大丈夫やねん」

トラガールさんが持ち出したデバイスは、説明によると、寝ていても、夢の中で運転状況を見れるトラッカー用に開発された脳インプラントらしい。

もはや驚く体力もないくらい眠かったので、そのまま寝てしまった……。

どれくらい寝ただろう……。

トラガールさんに身体をゆすられて起こされた。

「ついたで」

目を擦ってから起き上がった僕の目に飛び込んできたのは、

眩しいほどの朝陽に輝く、美しい瀬戸内の海だった。

係留されたたくさんの漁船も見える。

目的地の漁港だ。

ありゃ?

横断幕が掲げられている。

歓迎 キスがうまい先生さま

大切なニ文字が抜けている。

僕は

キスがうまい

だけ

なのだ。



                    つづく

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