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語源譚(2) Biscuit

キーワード:語源譚。ごげんよもやまばなし。その2。上の画像は「いらすとや」。

ビスケットの歌を覚えている人は多い。そう、「ポケットの中には・・」という例の歌である。叩けば、粉々になるじゃん!と子供心に思っていた。「ビスケット」という曲名かと思いきや、実は「ふしぎなポケット」という曲名だというオチ付きだが、今日はこのBiscuitについて。

ナビスコとビスコ

ビスケットといえば、さらに2つのことを連想する方も多いかもしれない。そう、ナビスコとビスコである。ナビスコの社名がそもそも問題である。いや、問題ではないが、なんとNational Biscuit Companyの頭文字を取ってナビスコという(出典Wikipedia)。これ、1971年までこの社名だったとされているので、50年ぐらい前は、ナビスコは「国家ビスケット会社」という東インド会社にも相通ずるかしないかという(?)名称だったことが分かる。
では、「おいしくてつよくなる」で有名なビスコはBiscuit Companyか!と刮目して思う人もいるだろうが、そう興奮する必要はない(そもそも社名はグリコである)。ビスコは、酵母ビスケットの略だ。誕生は1933年とかなり歴史のあるビスコ。グリコのサイトにも以下のように説明がある。

当時、栄養効果が注目されていた酵母の入ったお菓子としてビスコは生まれました。商品名は「酵母ビスケット」の略称「コービス」から「ビスコ」となりました。

https://cp.glico.com/bisco/about/history.html

以上のことから、ナビスコとビスコは今でこそほぼ1字しか違わないため類似性が注目されるが、語源を追うと、実はかなり異なることが分かる。

Biscuitの語源

と、ここまで書いてなんだが、今日はBiscuitの語源譚であった。早速、みんな大好きEtymolineで検索する。

Latin (panis) bis coctus "(bread) twice-baked;" see bis- + cook (v.). Originally a kind of hard, dry bread baked in thin cakes; U.S. sense of "small, round soft bun" is recorded from 1818.

https://www.etymonline.com/search?q=biscuit

これを見ると、あれ?と思う方もいると思うが、そう、「二度焼き」である。bis-はbicycleやbinaryからも連想されるように2を意味する。もともと印欧祖語dwo-がdvisやdisになり、dがbに変化してbisとなったのではないかと考えられ、そもそもdがtになればtwoなので、bis-はtwoとも遠からずとも近からずという関係だ。

また、さらに、後半部分にはアメリカの「小さく、丸くやわらかいバン」の言及がある。英語を学ぶ人には割と有名だが、実はイギリスとアメリカでは、Biscuitの意味は異なる。イギリスでは、Cookie等をBiscuitと呼ぶのに対して、アメリカでは、KFCのスコーンのようなものをBiscuitと呼ぶ。なぜ二つの国で違いが生まれたのか疑問が残る。これを考えるには、そもそもなぜ二度焼きしたのかから考えるといいのではないか。

二度焼きの理由

では、なぜわざわざ2回焼いたのか。理由は1つ、長持ちさせたかったからである。1回焼いただけでは、水分が完全に飛ばないため、腐りやすくなる。
では、なぜ長持ちさせたかったのか。答えは長旅である。歴史上、交通機関が発達していない昔には、移動は長旅となった。例えば、戦争。例えば、船旅。日持ちのする食料が必要である。そのため、水分を乾燥させて腐りにくくする「二度焼き」が必要だった訳であり、人類の歴史を考えれば、かなり古の時からある食べ物と考えてもいいと思われる。実際、現在長持ちが必須の非常用食料としてよく用いられる「乾パン」のWikipediaでも次のように説明されている。

乾パン(かんパン)は、保存、携帯の目的で固く焼き締めたビスケットの一種。軍隊用の保存食であるハードタック(堅パン)に分類されており、日本人の嗜好に合せて作られている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E3%83%91%E3%83%B3

ちなみに、日本軍も乾パンを用いたようだが、最初は「重焼」とそのままビスケットの意味を漢字にした名前で呼ばれていたようだが、「重傷」を連想させるため、「乾パン」に落ち着いたとのこと。

イギリスとアメリカでのBiscuitが異なる理由

で、時は大航海時代である。15世紀半ばから17世紀頃。船旅は当然長くなるため、人々はビスケットもまた貴重な食料として使用していた。しかし船旅だろうがなんだろうが、ビスケットには最大の弱点があった。何か。そう、食べると喉が乾くのである。保存食のために含水率が低いので当然である。だから、スープに浸して柔らかくして食べるのが流行する。現在の上記のWikipediaの乾パンの説明には、日本陸軍の乾パンについても詳細な説明がついているが、自衛隊では水分用としてオレンジスプレッドがついている。
で、大航海時代に話を戻す。WikidediaのBiscuitの項目から話をまとめると、当時は、ビスケットにGravyソース(肉汁)をつけることが流行っていた。ビスケットは1588年に携行食とされたらしく、17世紀にはアメリカには渡っていたのでないかと書かれている。で、アメリカでも、同じように小麦粉を焼いたものに肉汁をつける食事がよく出ていたらしい。
アメリカで現在のBiscuitとして広く出現するのは、もう少し時間を経た19世紀初頭とされている(単語としては上のEtymonlineにあるように1818年出現である)。イースト菌を使わず、手間をかけて叩き、空気を含ませて焼いたようで、やはり、Gravyソースと合わせて食事として出したようだ。パンに比べて硬く、ソースをつけても形が崩れない利点があったと書かれている。

で、実は同じような柔らかいビスケットはスコットランドなどでもあることが料理ライターとして有名なElizabeth Davidが語っている。上記Wikipediaから和訳して引用。

スコットランドやガーンジー島では柔らかいビスケットが一般的であり、柔らかい製品に適用されるビスケットという用語がこれらの場所やアメリカで残っていたのに対し、イギリスでは完全に消滅してしまったことは興味深い

https://en.wikipedia.org/wiki/Biscuit_(bread)

つまり、まとめると以下のような流れかもしれない。
(1)イギリスでは、固焼きビスケットと同じく柔らかビスケットも混在。
(2)大航海時代では、肉汁等につけて固焼きビスケットを食べていた。
(3)アメリカでも、肉汁等につけて、小麦粉に空気を含めて膨らましたものを焼いたのを食べていた。肉汁等につけるものって言えば、ビスケットだよねと考える。
(4)移住した家庭によっては、柔らかいビスケットに対しても、ああ、それうちではビスケットと呼んでるよとなる。
(5)これはビスケットだ!
(6)対して、イギリスでは、固焼きビスケットだけがビスケットとして呼ばれ、柔らかビスケットはアメリカと同じようにベーキングパウダーなども使用されるようになり、スコーンと呼ばれるようになる。

とかこんな感じかなと思う。

追記

山口ももさんの「スコーンについて語る【歴史編】」では、スコーンについては以下のように掲載されていました(イラスト付きで丁寧に説明されているとてもいいnoteです)。

「スコーン」というお菓子は、1860年頃にはソーダ・ケーキと呼ばれていて、1900年初め頃にスコーンとなった可能性が高い。と言う事になります。

山口ももさん「スコーンについて語る【歴史編】」

ふしぎなポケット

で、話は最初の「ビスケットを叩くと・・・」の歌に戻る。固焼きビスケットか、柔らかビスケットかそれが問題だ(Soft or hard, that's the question.)。まず固焼きビスケットだった場合は、叩いても簡単には割れたりしない。だから、2つになることはない。2つになるとしたら、まさにふしぎなポケットの効果だと考えられる。対して、柔らかビスケットだった場合=KFCでよくみるタイプのビスケットは、叩けば粉々である。そもそも小学生のポケットに入るのか。そして、この場合は2個になったとは過小表現に過ぎるだろう。実はアメリカ英語には、"That's the way the cookie crumbles."(人生なんてそんなものだよ)というイディオムがある。叩いてポケットの中で粉々になったビスケットを悲しむ少年の姿が目に浮かぶ。

というわけで、biscuitについてまたつらつらと書いたが、さらにはBiscuitとCookieとの違いとは、など言及すべきことはいろいろとあるような気もするが、実は英語的には、イギリスのお土産としてもらうことの多い、ShortbreadのShortとは何か。そして、shortningとは!?という話題もある。が、それは別項に分けることとする。

以上、biscuitに関する語源譚でした。ではでは。

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