マガジンのカバー画像

|ROOM 3C|YAYACO YONEYAMA

15
サロン「香水談話室」を主催するイラストレーター・ヨネヤマヤヤコの小部屋。
運営しているクリエイター

記事一覧

YAYACO YONEYAMA & 金田アツ子|菫模様のカルトン《2》|ぬくもりの十字架

 待降節を迎えたモーヴ街にあかりを灯してくれるような作品が届きました。金田アツ子様が描く静謐な気品漂う十字架を大切に育まれた植物たちが取り囲んでいます。  可憐な純白の野薔薇と赤い実のコントラストがクリスマス気分を惹き立ててくれます。花言葉は「詩」。パルメット文様が施された銀いろの十字架はあなたの元へと辿りつくまでの物語を語りかけてくれそうです。 *  ビザンチンスタイルの意匠が美しい十字架のまわりにはヤドリギが施されています。寒々しい冬木立に青々と葉を茂らせ、真珠によ

YAYACO YONEYAMA|倫敦都市香水

Textヨネヤマヤヤコ  菫色連盟潜入取材として参戦したサロン・ド・パルファンでのことです。香りの坩堝に飲み込まれ時折溺れそうになっていた我々を待ち受けていたのはゲラン帝国でした。  目に留まったのはメゾンの象徴である蜂をあしらった深い深い菫色のビーボトル。その美しい佇まいはまるでアメジストの神殿のようです。霧とリボンのために用意されたとしか思えないその香水の名は。秒で購入されたノール様のご相伴に預かりムエットをいただくと疲れ果てた脳に柑橘類とルバーブがとても爽やかで、乾い

YAYACO YONEYAMA & 横井まい子|菫模様のカルトン《1》|菫の街へ

 カルトンとはフランス語で厚紙のことです。画板や紙挟みとも呼ばれています。菫模様のカルトンをそっと開き、作家様がモーヴ街イベントのテーマにあわせて制作してくださった作品を香りのムエットをお渡しするようにご紹介させていただきます。  横井まい子様の描く《菫の街へ》ようこそ。  ちょうどこちらの街では菫が花開いたばかり。かぐわしい香りに誘われて少女達が目を覚ましたところです。眠りから覚めた少女達の鼓動がさざなみのように伝わってまいります。  花を摘む喜びに満ちた少女、花を髪に

YAYACO YONEYAMA|甘蜜香水《1》香りのアフタヌーンティーメニュー

 甘い蜜を引き立てるのは熟した果実や香ばしいナッツや芳しいスパイスや花々の香り。  バニラは開花の後にできる「さや」を蒸し、発酵と乾燥を何度もくり返して作られます。杏仁は杏の種から取り出される「さね」で、アミグダリンを有し「毒のある薬味」と呼ばれます。一匹の蜜蜂が生涯でとれる蜜の量は僅かティースプーンに一杯です。  甘言蜜語。甘い毒や甘い罠や甘い悪巧みもまた蜜の味。心惑わす香りをご紹介しましょう。  イギリスの上流階級を舞台にした物語をテーマにしたペンハリガン「ポートレート

YAYACO YONEYAMA|フランスガム|今日ここに来りぬ

 身を切るように凛烈でおまけに霧まで出ていたモーヴ街。  
潜伏していたブライオニー荘にふと月明かりが差し込んで参りました。  今日は満月だったでしょうか?
  いいえ。
  濃菫色の闇夜に黄金色のリボンを煌めかせながら
クリスマスの亡霊が舞い降りてきたようです。  フランスガム様が届けてくださったのはディケンズ『クリスマス・キャロル』から着想を得た連作。シリウス紙にフランスガム様特有のけぶるような筆致で描かれた神聖なるクリスマスの亡霊の絵姿です。  頭のてっぺんから豊

YAYACO YONEYAMA|両性具有香水《3》男装の麗人アイリーン・アドラー

 2019年11月2日。パリ滞在中のノール様がちょうど居合わせたセリーヌ オートパフューマリー開店初日。世界最速で持ち帰ってくださった7種類のムエットの中で惹かれた香りはイヴニングラインのレプティールとブラック・タイでした。 セリーヌブラック・タイ   CELINE|BLACK TIE ホワイト アイリスバター・シダー・ツリーモス・バニラ・ムスク  ブラック・タイはエディ・スリマン自身のテーラードシルエット、クチュリエとしての香水。彼自身と彼のクリエイションの核であ

YAYACO YONEYAMA|両性具有香水《2》劇場の中の両性具有

 2018年衝撃を受けた出会いは宝塚歌劇花組公演『ポーの一族』でした。 ライブビューイングとはいえ萩尾望都先生のペン先からそのまま抜け出たような主演のふたり、はじめて目の当たりにするその艶麗繊巧な世界に心捕まれ惹き込まれ、それからはもう宝塚歌劇に夢中になってしまったのです。  エドガーを演じた明日海りお様の過去作を辿るうちに黄泉の帝王トート閣下のような人外からコケティッシュな娘役や花魁までも演じる姿に衝撃を受けました。宝塚歌劇では男役/娘役ときっぱり分かれているものだと思い

YAYACO YONEYAMA|苦艾酒香水《2》ルタンスの文法

上写真セルジュ・ルタンス スペシャル リミテッド〈ドミノ〉(霧とリボン所蔵/Photo: Mistress Noohl) セルジュ・ルタンスドゥースアメール アブサン(ニガヨモギ)、シナモン、ティアレ、マリーゴールド  ドゥースアメールのパウダリックな質感はモロッコの石灰を塗った粉白壁のよう。斬りつけるような強烈な日差しから濃く影を落とす館に逃げ込む。回廊を巡り古びた調度品と書物が無限に並ぶ書斎に誘われる。ひんやりと薄暗い部屋には煙草の残り香も漂う。埃にまみれた古い本

YAYACO YONEYAMA|苦艾酒香水《1》緑色の血

アブサン時間5時半をすぎた頃に始まり七時半をすぎる頃には終わる 丘の上では終わりを見ない(H.P.ヒュー)  エデンの園から追放された蛇が通った小道に生えていたニガヨモギ。 長い歴史の中では強壮食欲増進効果や解熱、虫下しなどに処方される地味な薬草でした。スイスに自生していたアルテミシア・アブシンチウム(学名)を発見したフランス人医師により、霊薬とされる薬草136種を配合したアブサンが誕生したのは1792年。元々は自分用に処方万能薬として評判になり「緑の妖精」と呼ばれ親しまれ

YAYACO YONEYAMA|両性具有香水《1》曖昧なジェンダー

 かつての「ユニセックス」から「ジェンダーレス」に。  「ノンバイナリー」も含めた「アンドロギュノス」へ。  プラトン『饗宴』にある第三の性としてのアンドロギュノス。  男と女がくっついた完全体を目指せたら。  男でもなく、女でもない、あるいは、男でもあり、女でもあるそんな思いを込めて第2回目の香水談話室(2019年12月15日開催)では「両性具有香水」をテーマに掲げました。  アンドロギュノスとはギリシャ語で男性を意味する「アンドロ」と、女性を意味する「ギュノス」からつく

YAYACO YONEYAMA|献香香水

主はまた、モーセに言われた、「あなたは香料、すなわち蘇合香、シケレテ香、楓子香、純粋の乳香の香料を取りなさい。おのおの同じ量でなければならない。 あなたはこれをもって香、すなわち香料をつくるわざにしたがって薫香を造り、塩を加え、純にして聖なる物としなさい。 また、その幾ぶんを細かに砕き、わたしがあなたと会う会見の幕屋にある、あかしの箱の前にこれを供えなければならない。これはあなたがたに最も聖なるものである。 『旧約聖書 出エジプト記』  降誕祭ミサへの誘いをしたかったの

YAYACO YONEYAMA|菫色香水《3》パリの女王 ミシア・セール

 シャネル に「唯一の友」と言わしめたミシア・セールの名を冠した香水があります。  ミシア・セール。旧姓ゴドブスカ。  ポーランドに生まれ幼い頃リストの膝の上でピアノを引いていたやんちゃな少女はピアニストとなり、フランス新聞王の妻となり、前衛芸術家たちのパトロンとなりました。  ミシアの最初の夫であるタデ・ナタンソンは芸術雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』を創刊した気鋭の編集者。ミシアは雑誌の表紙を飾っていただけではなく原稿にも目を通し、毎晩のように展覧会やコンサートに出

YAYACO YONEYAMA|菫色香水《2》香水をつけるときは、リボンをつけるように

 菫色の小部屋に伺う時はいつも〈アニック・グタール〉ラ ヴィオレットをつけていきました。わたしなりの菫色のドレスコードのつもりでした。 アニック グタール ラ ヴィオレット ヴァイオレット・ヴァイオレットリーフ(葉)・ヴァイオレットステム(茎)・トルコローズ  アニック時代の香水瓶は金色のイメージ。ころんと丸みを帯びたゴールドのキャップにプリーツが施された紡錘体の硝子瓶にほぼ統一されていましたが、それぞれの香りのイメージによって色と質感が違っていたのです。リボンも基

YAYACO YONEYAMA|菫色香水《1》グランヴィル『花の幻想』

 2019年8月に開催した《香水談話室》第1回目のテーマは菫色香水。脳裏に浮かんでいたイメージはグランヴィルの描いた菫です。菫は太い地下茎を伸ばしコロニーを形成しながら広がって育ちます。密やかに組織網を広げていくかんじがして菫色連盟にぴったりだと思っておりました。  菫の花言葉は「modesty(謙虚)」「faithfulness(誠実)」。ギリシャ神話ではアポロンに見初められた慎ましやかな乙女が求愛を拒むために菫の姿に変えてもらった、あるいはゼウスが思いを寄せる少女イ