話数単位で選ぶ、2018年TVアニメ10選

▼【作品一覧(放映日順)】

●『ポプテピピック POP TEAM EPIC』#10 「銀座ホステス探偵」他(3/11)
●『宇宙よりも遠い場所』#11「STAGE11 ドラム缶でぶっ飛ばせ!」 (3/13)
●『僕のヒーローアカデミア[第3期]』#42 「僕のヒーロー」(4/28)
●『HUGっと! プリキュア』#15 「迷コンビ…? えみるとルールーのとある一日」(5/13)
●『OVERLORD III』#1 「Chapter 1 支配者の憂鬱」(7/10)
●『BORUTO NARUTO NEXT GENERATIONS』#65 「父と子」(7/19)
●『ゲゲゲの鬼太郎[第6期]』#23 「妖怪アパート秘話」(9/2)
●『Steins;Gate 0 シュタインズ・ゲート・ゼロ』#21 「結像のリナシメント」(9/13)
●『SSSS. GRIDMAN』#1 「―第1回― 覚・醒」(10/7)
●『ブラック・クローバー』#63 「ページ 63 何でも無い」(12/18)
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★(番外)『DEVILMAN crybaby』#8 「VIII オレはオレを 知らなくては ならない」(1/5)(※配信アニメにつき、ランキングには含まれない)

▼【コメント】

 TVアニメを「話数単位で選ぶ」ことは、シリーズ全体をひとつの作品と考えるよりも、複数の人間が集まって作られるからこそ発生する各話ごとの異なる個性、それを「不揃いな凹凸」ではなく豊かさとして肯定しようということだと思う。
 作品タイトル単位でではなく、エピソードごとという単位で個別に発せられている輝き。それを思い返しながら選んでいて、でも同時にそれら個別に輝いているエピソードは、全体との――それは場合によっては作品タイトルとも違う、もっと別の「全体」だったりもする――繋がりのなかで輝いているということが、むしろ意識されたりもした。

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【『僕のヒーローアカデミア[第3期]』#42 「僕のヒーロー」(4/28)】

 ヒーロー志願の主人公が男の子を護るため、悪いやつ(ヴィラン)を殴り返す話。……要約してみればこんなシンプルで直線的な話もないぶん、そこに乗っけられた作り手の力量やセンスや培った技術や熱意は、まっすぐにヴィランを撃ち抜き画面をぶち抜いてこっちの涙腺を貫いてくる。こういう瞬間に出会うためにアニメを見ているんだなあ、みたいなことをつくづく思う。
 力の描写ということでは、

【『ブラック・クローバー』#63 「ページ 63 何でも無い」(12/18)】

で繰り広げられる、目で追いきれないほどの速度で移動しながら圧倒的な力で相手のみならず大地や森を根こそぎ引っぺがしていく光景は、画面の粒子がとつぜんぎゅっと細密になったような描線でこれでもかと畳みかけてくる。人の域を超えた力のぶつかりあい、というものを、こんなふうにビジュアルでねじ伏せられるように納得させてもらえる幸福にひたりながら、夏に放映された同じStudioぴえろ作品である、

【『BORUTO NARUTO NEXT GENERATIONS』#65 「父と子」(7/19)】

のアクションシーンもとんでもない充実ぶりだったことを思い出していた。劇場作品『BORUTO NARUTO THE MOVIE』(2015)と同じストーリーを、新たにTVシリーズとして語り直してきた、そのクライマックスにあたるエピソード。素晴らしかった劇場版とほぼ同じ結末に向かう新しい映像作品が、遜色ない腕力をまたも見せつけてくれたといううれしさがあった。それはそのまま、『NARUTO』を含め何度となく繰り返し目撃してきた、ぴえろ作品への信頼感へと、新たに追加されることになる。
 スタジオへの信頼感があれば、何度も繰り返しアニメ化されてきたタイトルへの信頼感というものもある。第1作放映開始から50年を経て6度目のアニメ化となった

【『ゲゲゲの鬼太郎[第6期]』#23 「妖怪アパート秘話」(9/2)】

は、その「繰り返しアニメ化されてきた歴史」をストーリーの内部へ取り込んだ異色回だ。
 1968年・1971年・1985年と『鬼太郎』のTVアニメが放映開始した年ごとに、当時の世相を織り交ぜながら回想される古アパートの過去。玄関に鎮座した古時計が象徴する、アパートに積み重なった時間は、『鬼太郎』というタイトルが蓄積してきた時間でもある。そしてそのトリッキーな舞台装置は、かつての大家夫婦の孫娘が、隠れた住人であった妖怪たちとの間にあった繋がりを、最後に浮かび上がらせる。TVアニメの1挿話として完結していつつ、50週年を迎えたシリーズの過去へと時間をとびこえて結びつく、そんな分厚さのあるエピソードだった。
 他方、同じ「時間をとびこえて結びつく」といっても、

【『ポプテピピック POP TEAM EPIC』#10 「銀座ホステス探偵」他(3/11)】

の出だしは、趣がずいぶんと異なる。始まるやいなや『柳生一族の陰謀』(1978)の成田三樹夫であろうと思われる公家が登場するという、時間をとびこえたパロディ精神。原作にあるこれをアニメ化するにあたって、タッチを『かぐや姫の物語』(2013)ふうにするというパロディの上乗せ感。『名探偵コナン』ネタを随所にちりばめたサスペンスドラマ風味のエピソードでは茶風林、小山力也、高木渉をキャスティングするという念の入れよう。そして、この回のみならずシリーズを通して一度のはずれもなく異様だったAC部の素晴しさ……。TVアニメのもつ、バラエティ番組としての側面を最大限に活用した本作のなかでも、ひときわ気に入っている回だ。

【『SSSS. GRIDMAN』#1 「―第1回― 覚・醒」(10/7)】

 霧につつまれた街のなか、主人公がふと見上げると、そこには身じろぎひとつせず立ちつくしている巨大な怪獣。この素晴らしいカットひとつだけでも10選に入れる理由になる。特撮TV番組『電光超人グリッドマン』(1993)を、日本アニメ(ーター)見本市で発表された『電光超人グリッドマン boys invent great hero』(2015)を経てTVアニメ化した本作、つい先だって放映された最終回のラストカットもきわめつきに印象深いものだった。過去のさまざまな作品との共鳴関係のなかで『SSSS. GRIDMAN』を位置づけたくなる、そんなカットだった。そんな幕切れを見終えてから改めてこの第1話を見返すと、上に挙げたシーンを筆頭に、予感に満ちたビジュアルが随所にちりばめられていて、物語の語りはじめはこうでなくっちゃあ、と嬉しくなってしまう。
 そんなことを考えつつ、今年見たTVアニメのなかでわたしが最も好きな「第1話」は

【『OVERLORD III』#1 「Chapter 1 支配者の憂鬱」(7/10)】

だ。シリーズ第3期の第1話、途中でもあり幕開けでもあるそういう微妙で扱いのむつかしいエピソードであるにもかかわらず、登場人物たちの紹介、物語と世界観の説明、そしてこれから起こるであろう悪意の胎動と波乱の予感……そんな多すぎる注文を全て詰め込んで間然とするところがなく、なおかつ体裁としてはナザリックの面々の日常を閑話休題的に描いた、コメディ仕立ての逸品となっている。
 コメディ仕立てということでは、

【『HUGっと! プリキュア』#15 「迷コンビ…? えみるとルールーのとある一日」(5/13)】

を外すことはできないだろう。スタイリッシュなカメラワークをテンションの熱で煮詰めてハイスピードに加速したスラップスティック人情喜劇。映像作品としてのシャープな完成度は何度見ても楽しい。特売の卵を買いに行くルールー(後のプリキュア・その1)が、人助けへの異様な情熱に突き動かされるえみる(後のプリキュア・その2)と繰り広げるドタバタした一日のてんまつは、ルールーとえみるがプリキュアになっていく道筋にあって外すことのできないステップを形づくっている。

【『宇宙よりも遠い場所』#11 「STAGE11 ドラム缶でぶっ飛ばせ!」(3/13)】

 全13話のどの回を選んでもよかった……というより、ある話数だけを抜き出して『よりもい』を語ることに抵抗をぬぐいきれない。では各エピソードの終わり方が次回へ続く的な切れ方をしたりしているのかというと、基本的には最後、登場人物たちの大きな感情の隆起が描かれるという展開が多く、その意味では各話ごとに訪れる区切りのニュアンスはむしろ強い。いわば、毎回の最後に爆発が用意されていて、その「爆発の連鎖」が彼女たちをどこへ連れて行くか、それを見届けることが『よりもい』を見ることなのだ。
 日向が高校を中退した原因となったかつての同級生。南極とのテレビ電話中継の相手として現れた彼女たちに対し、きっぱりとした拒絶を宣言したのは、日向ではなく報瀬だった。締めくくりに投げつけた「ざけんなよ」という台詞とともに、画面から決壊してあふれ、見ているこちらもろとも押し流していく感情。そのすがすがしい「拒絶」への共感を理由にこのエピソードを選ぶこととした。

【『Steins;Gate 0 シュタインズ・ゲート・ゼロ』#21 「結像のリナシメント」(9/13)】

 ダルに殴られて起き上がった岡部が哄笑し、"鳳凰院凶真"の「名乗りを上げる」シーンのために選んだ。
 聞いているほうが恥ずかしくなるような笑い方、絵に描いたような「厨二病」の言動、感動して涙ぐむダルと、すっかり引いている真帆……。この回までのほとんどを、バッドエンドから抜け出せない苦悩の姿でいた岡部というキャラクターが、滑稽な、イタい、恥かしい、様子のおかしい、ポジティブなかつての姿へとひっくり返る瞬間。
 「こういう瞬間に出会うためにアニメを見ているんだなあ」と心から思える、そういうシーンだった。

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 最後に、配信アニメであるためTV作品の選からは外した

【『DEVILMAN crybaby』#8 「VIII オレはオレを 知らなくては ならない」(1/5)】

について。
 デーモン化し、見ようによってはほとんど「ゆるキャラ」のようでさえある姿となった美樹の弟・太郎が、再会した父親の目の前で行っていたこと。あの場面には、『DEVILMAN crybaby』がまぎれもない『デビルマン』であることの理由が凝縮していると思った。目をそむけたくなる場面だが、いま『デビルマン』を見るというのは「これ」を見ることだ、そう思った。
 ことアクチュアリティという点において、2018年に初めて『デビルマン』に出会う誰かのことを想像したとき、『DEVILMAN crybaby』以上のものを求めようという気はまったくない。……比喩的な言いかたをするなら、『DEVILMAN crybaby』は、『デビルマン』から、バトンを受けとって走る走者、なんだと思う。リレーの走者は全員が同じである必要はないけど、同じ目的をもって同じ円環を回るように走っている。『crybaby』はそういう走者なんだと、9話のあの光景を思い出しながら。

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