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醜形恐怖症でも生きてる!

毎日鏡を見て思う

「なんて自分はぶさいくなんだろう。
右にいる子、左にいる子、前にいる子、後ろにいる子、どの子にも勝てない、スタイルも、顔も、社交性も性格も何もかも」

思春期だから悩むんじゃないのって、確かにそうかもしれない。勉強して頭磨いたら?とか、大人になったら気にならなくなるよとかスタイルだよ痩せなとか言われる。確かに痩せる努力をしない自分は、悪いと思う。けどそんな簡単に痩せれるわけもないし、痩せたら可愛くなれる保証なんてどこにもない。後、どうしても周りと比べてしまう。、こんな自分がどうしようもなく情けなくて惨めで毎日泣きそうになる。なんでこんなことで悩まないといけないんだ。、痩せやすくて可愛く生まれてきたあの子は、、いいなぁと思う。生まれてきて容姿に悩んだことなんてないんだろうなって、比べても卑屈になっても意味のないことだっていうのは自分でもわかってる。けど、どうしても不安で無性に自分の顔が気になって、鏡を見ては安心する。鏡の中の自分は現実より幾分かは可愛いのだ。けれども写真はそうはいかない。キラキラした女子高校生は苦手だ。彼女らはいつでもどこでも写真を撮りたがる。勝手に公共の場で写真撮るなよ、嫌な人もいるんだからとかなんのために撮るんだよ、と思う。だがしかしそれは自分がカメラに映る勇気もない言い訳の裏返しで、本当は自分の顔に自信をもてるあの子が死ぬほど憎たらしくて羨ましい。自分はそのような機会になる度に不細工な自分が映ってはいけない。醜いブスが生きてちゃいけないんだ、周りに不細工って思われてるなどという過度な被害妄想などもしてしまう。だから家族に当たり散らかして、数時間おきに私かわいい?などと聞いてしまう。、それが如何に無駄で愚かで無神経な言葉なのかはわかってる。、けどやめられない。不安で不安でしょうがないのだ。どうしようもできない、顔なんて、整形すればいいじゃんってそんな簡単に顔にメスを入れることなんてできるわけない。昔は自分の容姿に悩んだことなどなかった。なぜならその時は知らなかったからだ、私はどんなけ化粧してスタイルよくして頑張ってもあの子のすっぴんには勝てないのだ、ということに。私はイケメンや美女が嫌いだ。彼らは生まれつき得してるからだ。ずるいじゃん。どうして?なんで私は不細工なの?どうしてこんなどうしようもないことで悩まなくてはいけないの?と思ってしまう。こんなクッソどうでもいいことつらつら綴っていても何も変わらないのはわかってる。変わりたい。自分を認めてあげたい。だから私は決めた。毎日こんな惨めで可哀想な自分に言ってやろって

「君はかわいいよ」

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