#27 今の僕ら

僕の妹に何やら不思議な力があるのを僕はもう認めていたが、ショーはそれをまやかしだと言ってなかなか認めて居なかった。お祖母ちゃまの葬式で何かその思いに変化があったようだけれど、それを決定づけたのはその翌週に叔母の家で妹が叔母さんと叔父さんに録音して貰ったテープを聴いていた時だった。叔父と叔母は隣の祖父母の家に来たお客さんの相手をしにいってしまっていて家には僕ら三人だけだった。隣からは賑やかな音楽と笑い声が聞こえていた。

妹は生意気そうな顔をしてカセットを僕とショーの目の前でラジオ付きのカセットプレーヤーに入れると再生のスイッチを押した。「よく聞いてよね?」妹は腕を組み自分が作曲したかのような偉そうな態度で流れ出す音楽に僕らが集中するようにさせた。それは、バッハの「ブランデンブルク協奏曲」だった。一通り聞いた後で妹はショーに「どうだった?」と聞いた。ショーは「わからないよ。似てるような気もするけど、違うような気もする」と答えた。妹はショー達の泊まっていたホテルで流れていた曲を「キャッチ」し、それを叔母さんと何百とある曲の中から探し当てたんだと言い張り、ショーは嘘に違いない、偶然だ、どれも同じに聞こえる、「これはフェアじゃないね」と妹の能力をまた否定した。「君たちは音楽一家だし、俺はクラッシックなんてどれも同じに聞こえるし。一週間以上前に聞いた音楽なんて忘れちゃったしね」とショーは言った。妹は明らかにふて腐れていたが、この件については諦めたようだ。テーブルの席に戻り、拡げられていた野球カードをまた一枚一枚手に取り調べていたが、暫くしてカードを放りだすと冷蔵庫に行ってオレンジジュースを手に戻ってくるとソファの上にあぐらをかいて僕たち、出来損ないの助手を情けなさそうに眺めた。
「それは違うわ」妹は言った。「それに近いんだけど、それじゃないわ」妹はなんで分からないのよ?と小さく苛立っていた。ショーと僕には何が何だかわからなかった。

「ねえ、他に何か貰わなかった?」妹はショーに聞いた。「だから、何回も言っているけど、そのカード以外には何も貰ってないよ。さっきも言ったけど、後はおばあちゃん達にもらった飴とかゼリーだよ」ショーは答えた。
「ふーん」妹は何か考えながら野球カードを指先で、叩きながら睨んでいた。「違うのよね…。これな感じなんだけど、これじゃない…」

その様子にショーが目玉をぐるりと回して僕を見た。(おいおい、またお前の妹が超能力者ぶってるぞ!!探偵にでもなったつもりかよ!?)ショーの目がそう話していた。
(やめろよ!)僕はショーに念じたが無理だった。ショーは妹が真剣になればなる程、顔を真っ赤にするほど笑い転げる癖があった。

やれやれ。こうなるとショーと妹はまたつかみ合いの喧嘩を始めかねない。妹は力をバカにされるのが大嫌いなのだ。けれど、僕は一応、ショーの味方につくことにした。妹は確かに何か「出来る」ことがあるけれど、それがいつもじゃないことを僕はわかっていた。やって欲しいことがあっても、妹はそれを注文通りに出来るわけじゃないし、普段の僕らなら(力のない)妹よりも出来ることは沢山あった。妹は時々、僕らと競い勝つ為に「力」による悪い予知をして僕らを降伏させたいのじゃないか?と疑いたくもなるようなことが今まで山ほどあったのだ。仕方ない。
「お前は超能力番組にでも出たいのか?あまり、変な事を言いふらしてるとバカに思われるぞ」僕は妹の逆鱗に触れないように、野球カードを重ねながら言った。妹の目は一切見ないのがコツなのだ。
「似てるような…これじゃない」妹はぶつぶつ言いながら、またノートを開くとショーに尋問をはじめた。妹の主張によれば、ショーの祖母の葬式の中で、ショーたち親子は人生を変えるような特大の幸運とピンチに襲われる「予感」があったらしく、妹によればその「予感」は「百発百中」並にあたる真実に近いビジョンだったらしい。

(ビジョン…?)ショーは妹の大袈裟な言い回しにまた噴き出しそうになっていた。(真…実…!?)笑いを堪えて死にかけの虫のように震えが止まらなくなっていた。(本当にこいつは年々おかしくなってるけど大丈夫か?学校にも霊が見えるとか人のオーラが見えるとか妖精が見えると言い出す奴らがひと学年に一人や三人や四人は必ずいる。けど、奴らは「わかってて」やってる。それに、比べてこいつは自分の世界に入り込み過ぎていて、役を演じて楽しませることと現実の区別が付いていない。まあ、いいか、お金持ちはこれから世の中に出て苦労しなきゃならない運命なわけじゃないんだし)と、ショーは思っていた。笑いを堪えすぎて小便を漏らしそうであった。

妹はその思考を読めたのだろうか?単に、ショーに笑われていることに我慢ならなくなったのだろうか?僕にはわからないけれど、妹はキレた。「あんたの為にやってるのよ?ショー!!少しは真面目にやってよね!!?」妹は怒鳴った。隣のお祖母ちゃまの家には聞こえない程度のフルボリュームで叫んだ。「何かが手渡される筈だったのよ!!?このバカ!!」妹はショーにがなった。これが、ショーを決壊させた。ショーは妹の口真似をしながら腹を抱えてソファにのたうち回って笑った。
「な、な、な、な、何かがて、て手渡されるぅぅ??」うけけけけけ!!というようにショーは笑ってわらって息が出来なくなっていた。それに、妹は再びキレた。怒りで彼女の顔が赤くなり、毛が逆立って風もないのに前髪がおでこの前をうねり波打った。

(はじまるぞ)僕は身構え、ソファの上で転がっているショーに注意を呼びかける暇もなかった。

いきなりショーを乗せたままソファが部屋の中程にまで浮き、雷が部屋の中心に落とされたかのような衝撃が部屋中を走った。側に立っていた僕にもビリビリと電気が走ったような刺激を感じた。衝撃の直撃を喰らったショーはソファの上で一瞬跳ねたように見えた。僕はショーが死んだかと思った。妹が腕を組むとソファはショーを乗せたまま妹の目の前に静かに滑り進んでいった。妹が片手を上げると、ショーがエリ叔母様に貰った野球カードがマジックのように妹の手に飛び込んで来て綺麗な輪をつくり、その後、三列の束に分かれて整列すると妹と僕とショーの間に浮かんで静止した。

妹はショーに「これは、あんたの為にやってるんだけど?」と、どこかの教育ママのような話し方をした。普段のショーならば、「頼んだ覚えはないぜ」と言って妹のおせっかいをはね除けただろう。しかし、今日のショーはびびっていた。ソファの上にきちんと座り直していたショーは大人しく妹の言うことに小さく頷いた。「何か他に変わった事はなかったの?これ、大事なことなのよ?」妹は目を細めてショーに自白を促した。妹の感ではショーは何か隠していた。隠すというほど意図的でもなく、重要でないと思って見逃している何かがある、と睨んでいた。カードのコレクションはかなり近かった。けれど、これではない。理由を問われてもわからない。けれど、これではない。他に何かがあったはずなのだ。それは、物ではなく言葉や想いといった目には見えないものなのだろうか?妹はショーの頭の中を覗きたかったが、彼女にはその能力はなかった。

妹が諦めるとソファは定位置に戻り、カードもテーブルの上に戻っていった。ショーはソファが地につくやいなや、僕の所へ飛んで来た。ショーは薄らと汗をかいていた。僕はショーの肩を抱いてやった。

ショーには話していないことがあった。それは母親があの喫茶店でいきなり取り乱したことだ。あれは、驚いた。それでも、あれを話すのは母親を侮辱することのような気がして気が引けていた。母はあの後、直ぐに落ち着いていた。多分、あれは関係ないだろう。ショーは野球カードを見て、(そういえば、ママはなぜあの箱を捨てたんだろう?)と改めて不思議に思った。あの日、ショーの母親は車を停めて車道脇にあったゴミの収集場に、野球カードの入れられていた箱からカードを雑に取り出すと、箱をゴミ捨て場に捨てていた。いつもなら絶対にそんなことはしない人なのに。ポイ捨てにはならないのかもしれないけれど、ゴミの日でもないのに何かをゴミ捨て場に捨てることは禁止されていた。あの青い箱はなかなか綺麗で格好良かったのに。ママには綺麗好きな一面があった。黴びたり古くさいものを家に持ち込むのが大嫌いだったから捨てたのだろう、と少し気にはしていたけれど、それも話してはいなかった。たいした話ではないし、そもそも、、母さんはアレを投げつけていた。小さな虫でも湧いていたのかも知れない。そういうのをママはかなり嫌っているしな、、と考えるショーの目にあの箱そっくりな赤い箱が叔母さんの本棚の中段に置かれているのが目にはいった。似ている。ショーは近づいてよく見た。似ている。色も柄も違うけれど、同じ系列だ。それで、ショーは仕方なく話した。
「これの青いバージョンの箱にさ、野球カードは入っていたんだけど、母さんが途中で捨てちゃったんだよね」ショーはなんとなく話した。また関係ないことを話さないで!とか、真面目にやって!とヒステリーを起こされるのは堪らなかったが、それ位しか話すことはもうなかった。

それに、僕ら二人兄弟は黙りこくってしまった。ショーがまたおふざけを言い出したのかなんなのかよくわからなかったからだ。

「その『青い』ってくすんだブルー?」妹が口を開いた。「それとも、鮮やかなロイヤルブルーだった?」妹は聞いた。
「すごく綺麗なブルーだったよ」ショーは答えた。「だから」妹は苛立って問い直した。「濃いブルーだったのね?水色じゃなくて?」

くすんだペールブルーはH家における僕のカラーであり、目の覚めるような鮮やかなロイヤルブルーは僕らの母カリンのカラーだった。妹のカラーは赤である。
僕はその時点で少し怖くなっていた。

妹は考えていた。ここで母のお出ましという訳ね。この厭な不安の根にはやっぱりあの女(ひと)が関係していたんだわ。ショーの一族と我が一族に何か接点があるのだろうか?ショーのエリ叔母様とその友人のスミさんがそれをもたらす意味とは?

あたしが、あの日にショー達親子を見送った後に訪れた『警告』は強かった。気のせいなのだろうか?何かもっと大切なこと、重要なことのはじまりをしっかり捉えて置かなければならないような気がしたのだけれど。

「私、ちょっと『行って』見るわ」妹は言った。今日は調子がいい。やれるかも知れない。

僕らは何のことだかわからなかったけれど、妹が目を閉じて何か集中しだしたのがわかった。そして、次の瞬間、僕らは知らない場所にいた。目の前で男の人が黒い干からびた化け物に襲われて、額と首から血を流していた。黒い化け物は男の人の首を締め上げていた。

僕とショーは目玉が飛び出る位びっくりしたが、その場から出ることができなかった。僕らはガラス張りの内側に居た。妹はなんなくその透明な壁を通り抜けてあちら側へ殴り込んでいった。よせ、と止めることも出来なかった。僕とショーはただただそれを呆気にとられて見ているだけだった。「ウエイトレスのお兄さんだ…」ショーは言った。「お葬式の前に来た店のトイレだよ!ここは!」ショーは拳でドンドンとガラスの壁を叩いた。「その人を離せ!」僕らは内側から叫んだ。けれど、僕らの声は届いて居ないようだった。ガラスの向こう側で妹が毛を逆立てて何かを叫んで居るのが見えたけれど、妹も化け物と男の人に手出し出来ない何かに遮られているようであった。妹が叫んでいるのを確かに僕とショーは見た。けれど、気が付くと僕らは叔母の家のリビングに倒れていた。

隣の家からは叔母の弾くバイオリンとお客さんの手拍子の音がしていた。
僕らは同時に目覚めて、お互いが無事なのを確かめ合うと言葉もなくソファに座り込んで息を整えた。

「どうやら箱がポイントのようね」妹が言った。僕とショーは意味がわからなかったから答えようがなかった。妹だけが化け物が箱を探している声を聞いていたのだ。それから、妹は具合を悪くして少し吐いた。僕は隣の祖父母の家に飛び込んで叔母を連れ戻し、妹は叔母に連れられて部屋に戻り、ショーと僕もその日はかなり早く部屋に戻って寝る支度をした。僕らは布団を隣同時にひいてぼそぼそと話し合うこともなく寝てしまった。二人とも、ものすごい疲れを感じていた。

それから、暫くして、(多分、水曜日だったと思う)ショーの家に箱が届けられた。受け取ったのはショーであった。もし、彼の母親が受け取っていたならば、箱は再度捨てられていただろう。ショーは荷物が届くと封を開けないまま僕の家に見せに来た。なにやら恐ろしくてショーは自分一人の時にそれを開封するのは厭だった。それは、正解だった。箱の中には銃が一丁入っていて僕らの目の前で消えた。あとは空っぽな箱だけが残った。(銃だ…)ショーは思った。母さんは銃がどうとかいっていた。その銃だ。違いない。母さんは見たんだ。嘘や見間違いじゃなかったんだ。

僕はといえば、その見慣れた箱を素早く点検した。僕はこの箱のことを全て知っている訳ではないが、限定された個数には特別なナンバーが振られているはずであり、この箱にその記載は無かった。だからと言ってこれが偽物ということではないのだけれど、さらに限定された時には持ち主によって箱に印が押される。ゴムのような樹脂に持ち主の印を推して封をするのが習わしであった。その樹脂があるかないかでこの箱の価値が上がったり下がったりすることを僕は知っていた。そういった樹脂の欠片の跡もこの箱には無かった。僕は少しほっとした。そういった印があるのであれば、持ち主は調べようと思えば調べられないことはないのだ。多分。僕らの母親がかなり精神的に病んでしまった為に僕らの記念日にこの箱を配るような風習は妹が生まれた時を最後に取りやめになっていた。僕はまだ赤ん坊の妹が大人の力を借りて小さな手に判を握り、ゴムの上に印をつけていたのを覚えている。その様子を写した写真もあるはずだし、それを送られた人もいるだろう。僕らの家に親しい人達には予め番号が振られていて、その番号は固定されて動くことはほぼ無い。親しいければ親しい程、付けられる印の種類が変わった。血縁のある者には持ち主(贈り主)の印の他に一族のシンボルマークである黒く渦巻き角張ったトカゲのような印が付けられる。これをするのはいつも必ず母方の祖母の役目であり、それは母や父、僕らの仕事では無かった。叔母の家にある妹の箱にもその印が付いていた筈だが、箱の価値に興味などない叔母はナイフで綺麗にその印を削り取っていた。けれど、ナンバーは入っている。それは母方の祖父母が割り当てるものであった。

消えた銃について僕らはなんとも言えなかった。部屋の中に落ちている訳でもないし、かと言って見間違いなどではなかった。ショーも僕も銃だ!と驚いて顔を見合わせた。細身の、僕らが銃を思い浮かべる時に思っている銃よりも随分と細い銃だった。

ショーは嫌々空の箱を家に持ち帰り、母親に見つからないような場所に隠した。それは、家の中でさえなく、裏口につまれたガラクタの中に適当に押し込まれた。

ショーは数日後にまた贈り物を受け取る。それは、あの喫茶店からの謝罪の品であるらしかった。あの店で焼かれた焼き菓子の詰め合わせの入ったクッキーの空き缶をなぜかショーは気に入り、その空き缶に野球カードや宝物を詰め込むことに決め、いつも子供部屋で自分の寝る時には頭の近くに置いていた。なぜかはわからない。その缶からはいい感じがした。

三人で見た幻覚は何だったのだろう?僕とショーはあれからあの喫茶店に何度か電話をかけてみた。いつも、電話口に出る人は違っていたけれど明るい口調で何か事件が起こったような雰囲気はなかった。僕らは人が出るとすぐに電話を切っていた。確実にあのお兄さんだと分かるまではどう話しかけていいのかわからなかったのだ。

このことを暫くすると僕は考えるのをやめてしまった。他にいろいろなことが起きたからだ。ショーと僕はその週末にも叔母の家に泊まりに行く予定であったけれど、もう妹とあの日にあったことを蒸し返して話すつもりはなかった。他の話題、どうやらショーの母親があいつと別れて引っ越すらしいことを計画しているらしいこと、母親が退院してくるにあたって新しい母専用の家が敷地内に建つらしいこと、そんなことを僕らは話したかったのだ。

けれど、その週末に叔母の家に行った僕らは叔母の様子がいつもと違うことに気が付いた。妹は珍しく困ったようなべそをかく寸前の顔をしてソファに座らされていた。

僕らを送ってくれたお手伝いさんにお礼を述べてドアを閉め、振り返った叔母も妹に負けないくらい困った顔をしていた。

「まあ、いいわ。まずはお茶にしましょう」叔母は言った。




続く⇨





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