君に届かない音の先 #青ブラ文学部
人ほど不思議な生き物はない。
色を失ったり音を失ったとしても、笑顔を作っていられる生き物だということ。自然界ではとうてい生命をつなぐことは難しい。それでも、人は笑うという強い武器を持っているから大丈夫。
どんな権力や迫害を受けても、笑顔でいれば立ち向かえる。そのように信じている生き物なんだ。
まあ、すべての人が彼女と同じ笑いを持ち合わせているわけではない。だからと言って、彼女が特別な能力の持ち主だということでもない。
運命というものがあるのならば、僕は信じる。僕の彼女で笑子さんに出会えたことが、運命そのものだから。ばあちゃんの言葉を借りれば「奇しきゆかり」とでもいうのかな。
笑子さんとの出会いは、今日の天気のような暑い5月の土曜日だった。職場の友人3人で組んだバンドで路上ライヴを初めておこなった。歌舞伎町の一角でパフォーマンスができると知り、みんな浮足立っていた。午後いちの一組目ということだけではないのだろうが、ほとんど足を止めてくれなかった。笑子さんが、僕らのリズムに合わせて『ボディーパーカッション』なるものをやりだしてから、一人、また一人と足を止めてくれた。
笑子さんは、お尻をフリフリしながら、そのお尻をポンポンと叩きながら心地よいリズムを刻んでいく。道行く人たちにとって僕たちの刻む大音量のリズムが、笑子さんの『ボディーパーカッション』を通して楽しいリズムに変化していった。
笑子さんの周りにはたくさんの人が彼女をマネて『ボディーパーカッション』で盛り上がった。
1時間のステージが終了した。僕らは場を盛り上げてくれた笑子さんの元へ走りより、声をかけた。
「あの、盛り上げてくれて、ありがとう」
と、僕が代表して礼を告げた。
額にほんのりと汗をにじませた笑子さんは、満面の笑みの上に小指でチョンチョンとした。
「え? キスでお礼しろって?」
その時の僕は、本当に舞いあがっていた。僕が笑子さんに顔を近づけると、彼女は両手の指を『ム』のような形にして、半回転させた。
「幸太郎、彼女、手話してるんじゃない?」
バンド仲間の坂本が僕をとめてくれた。
笑子さんには、僕の歌声は届いていなかった。
「どうして、リズムが刻めたんだい?」
この時の僕は、手話なんてできなかった。だから、僕らは筆談でおしゃべりした。笑子さんは、自分のカバンから取り出した筆談用のペンでメモに書き出す。
〈あなたの口元から、色のついた音符が見えた〉
笑子さんいわく、楽しめば音のない世界にもたくさんの色づいた音符が舞ってリズムを刻むという。
僕には笑子さんがいる音のない世界はわからない。
君がいる世界は、ずっと孤独で苦しい世界だと思っていた。
だけど、ちがうんだよね。
君には届かない音だけれど、翔んでいった先にはたくさんの音が集まっていて、たくさんの色をつけている。
そして、だれかれとなくリズムを刻んでいるんだよね。
今の僕らみたいにね。
了
山根あきら様
企画に参加させていただきました。
よろしくお願いいたします。
#青ブラ文学部 #君に届かない