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マンデラ小説「M.e」EPISODE3 第2話・3話 「フランスとバチカン」・「ヒッグス粒子と地球滅亡」

【前回のあらすじ】
ミッシェル・フォーリーはフランス国立宇宙研究センター/CNESの広報部からCERNのCNES支部に希望異動した。しかしCERNは彼女が憧れ知る場所では無く異質な場所に変質していた。彼女は困惑。希望のCNES支部も撤退し異動先が消滅していた。そしてCERN加速器が2台となり実験未来都市として面積や人口が増え、まるで別で世界に飛び込んだようだ。そして前任者のヘレンがシヴァ神像の前で不審な死を遂げていた。


【登場人物】
■ミッシェル︰29歳。大学生時代、宇宙専門誌にレポート掲載が評価されCNESに就職。天文学者の父の影響で宇宙が好きになり「月」が大好き。正義感が強く負けず嫌い好奇心旺盛で頭の回転が早い。セーラームーン好き。

■ジャン部長︰50代。愛妻家。ピンク眼鏡のミッシェルの元上司。本店(フランス)の広報部長。パーテーションが汚くビニールハウス部長とも言われていた。ミッシェルの異動を辞めて欲しかった。

■ガブリエル︰ピンク眼鏡の40代。CNESがCERNから撤退し唯一残った部署「GEIPAN」の部長。ミッシェルの上司。ゲイパンは未確認大気宇宙現象研究グループの通称で「UFO調査」を行うフランス政府公認の部署。

■ヘレン︰ミッシェルの前任者。CERN玄関前のシヴァ神像の前で変死で見つかった。

■ドミニク︰CERNSmartCityの警察官。主にフランス政府建物棟のF棟を担当する。ガブリエルと仲が良い。お洒落眼鏡。プレタポルテスーツの伊達者。40代。




■201☓年5月 CERN Smart City■

【CERN初日pm13:00】

「すみません、お時間を頂いて…。」

ミッシェルは恐縮して小さくお辞儀をした。

「ドミニク・ジルベール」

CSC(CERNSmartCity)警察の職員。

上司のガブリエルに頼んで紹介して貰ったヘレンの事件の担当者だ。

この別世界のような異質な国際機構CERN。

フランスとスイスの両国の国境に即しているが世界初の「スマートシティ実験都市」として独立と言う特別な形を取っていた。国家ではなく、独立都市と言う複雑な実験都市である。

実験で必要な材料、資材、または研究内容によって国毎に規制されるモノも管轄管理者の許可があれば問題ない。

特別司法国家として、何故かアメリカの法律に准じていて管轄管理は「WHO世界保健機構」が主導し行政警察では、これ又何故かインターポールが出張所の形で介入していた。

インターポールは名前だけで実際は参加国の特別警察が職員として派遣され構成されている。

警察署所長も何故かWHOの人間だ。

それは殆ど監視が目的であり「技術流失」を加盟国以外の他国や他企業へのスパイ防止が粗方の仕事であった。

紹介されたドミニクはフランスの対外治安総局/DGSEから出向してきた人間だった。

主な担当は「フランス棟/F棟」でありミッシェルが務める場所でもある。

「それで…。ガブリエルから聞きましたが前任の方を…知りたいと?」

ミッシェルの前任者のヘレン

彼女か不審死を遂げた担当者がこの刑事だった…。

CSP(CERNSmartPolice)警察署の中のフロア。受け付けフロアは警察署らしくなく、広く明るく清潔感があり、企業のカフェテリアと変わらなかった。

スマートシティとは良く言ったものだ。

珈琲を頂きながらミッシェルは頷いた。

「ちょっと気になっちゃって…像の前で亡くなったなんて…事件か何かですか?噂や憶測ではなくキチンとした情報をしりたくて…。」

ドミニクは40代。フランスの警察官にありがちな中年太りはなく健康的でスマートな体型であった。洒落者らしく紺色のスーツスタイルも痩身でプレタポルテの流行りの物だ。白のシャツにノーネクタイだ。
また伊達メガネと分かるお洒落なメガネも装着していた。

警察官と言うより刑事ではないのか?

珈琲を飲む所作は洗礼されているが、手の甲のゴツさは現場にで出いる者の証だった。

「ま…、事件性はないのですよ。ガブリエルに言われて書類を再度見ましたが…心不全ってヤツですか?歩いていて突然苦しくなって像にもたれ掛かっていたようです。で…そのままお亡くなりになったと書いてありました。一応、変死扱いなので監察医が入りましたが心不全との事ですね。」

ドミニクはミネラルウォーターを飲み干した。

「ところで貴女は3年前かな?取材か何かで、うち(DGSE)に来てましたよね?その時は俺も本店にいたんでよく覚えてますよ。テレビが来るからって聞いて、殆どのヤツが格好を付けて仕事をしているフリをしてましたね。」

彼は厳しい表情から温和な笑顔に切り替わった。ニコニコと笑いながらコップの残りのミネラルウォーターを覗いた。

「あの時は、テレビか入っていてウチ(CNES/クネス)とソチラ(DGSE)の広報の方と活動を見せる…って番組で伺ってたんですよ。覚えていらっしゃるなんて光栄です。」

「それで職場であのクネスの彼女は誰だ?って話題になって皆で調べ初めたんですよ…。あ!機関のデーターベースは使ってないから安心して!普通に検索しただけだから!」

ミッシェルは微笑んだ。

「そういえば、貴女は「CNES」の看板なのに何故こんな所に?」

「ここに来るのが夢だったんですよ。
…でも何か思っていた場所と違うと言うか…。」

珈琲カップを持ってくるくると回しながらミッシェルは答えた。

ドミニクは慌てて

「あーそうですよね…。前任の方が亡くなられたから来られた訳ですから印象が悪くなりますよね。」

「ま、彼女は不審死と扱われてますが私達としては事件性は無く不幸な事故として扱っていますから…貴方もあまりお気にせずに。」

ドミニクは「では失礼します」と挨拶をして立ち上がった。

カップをダストボックスに入れて仕事に戻って行った。

ミッシェルも、1つ溜息をついて自分の珈琲カップを持ってカウンダーに返し警察署を出た。



その警察署の2階の窓辺からミッシェルを見下ろしていたドミニク。

そして隣に並んだ長身の男。

「彼女は何しに来たんだ?あの変な踊りの女。」

男は50代。目立たない黒色のスーツスタイル。白色のシャツにノーネクタイ。髪型はグレーの短髪だ。サングラスの下の鋭い眼光と同じで口元はへの字で寡黙そうだった。立ち姿には隙がない。清潔感があるが神経質な性格が分かる出で立ちだった。

そして、かなりの長身だ。182センチのドミニクより頭一つ分背が高い。190センチは軽く超えていた。

「「シヴァ神の女」の後任ですね。今日来たばかりです。死に方が変死なので事情を聞きに来たようですね。F棟のGEIPANのガブリエルの部下になるミッシェル・フォーリーと言います。ま、ちょっとした有名人ですね。」

ドミニクは肩を竦めた。

2人共ミッシェルから目を離していない。彼女はキョロキョロと周りを見回していた。

「彼女が学生時代に書いたレポートが宇宙関連雑誌に載ってビジュアルもいいもんだから界隈で有名になって…CNESが広告塔に採用した女性ですね。何故か本店の広報部からF棟の「GEIPAN/ゲイパン」に異動してきた訳なんですが…それが動機はさっぱりわからないんです。」

ミッシェルが角を曲がり見えなくなくっても2人は街を見ていた。

「わかった。今回の連続事件に関わってる様子はあるか?」

男はサングラス越しにドミニクを見た。

「今の所は無いですね。ただMother. AIで洗って見たんですが…入館前に例のシヴァ神像の前で変な踊りか?ポーズ?を取っていたのは不審ではありますね。ま、今の所様子見でいいかと思いますが…。」

「…わかった。では、これから1週間は監視レベル3でMother.AIでチェックしてくれ。何もなければ監視レベルは2に戻してくれ。逐一報告の必要はない。しかし…全く困ったもんだな。不審死事件が連続で多発しているなんてな…例の日が無事に終わるといいんだがな。私は、教皇様にいい報告をできるよう全力を尽くすのみだ。」

Mother.AIとは、CERNが開発中の考えるコンピューター。人工知能とも呼ばれ、何か問題があると膨大な情報を精査し短時間で簡単な最適化を回答してくれる未来にはスタンダードとなるコンピューターの基礎であった。監視カメラと連動し人間の未来の動きや性格まで見極めて報告する力もあった。


男は、ドミニクの肩に手を置いて、部屋を出ていった。

ため息を付いたドミニクは眼鏡を取って目頭を押さえた。

「ふー…。本当に、面倒な事件が起こったもんだよ。GEIPANのヘレンで5人目の連続不審死事件なんて…。もしこれ以上被害者が増えたら隠すのは難しいな…。」


…………………………………………

【CERN初日am11:30】

警察官のドミニクに会う前。

本店のビニールハウス部長のジャンから携帯電話に連絡が来た。

ミッシェルがカフェテリアで、自分自身におこっている奇っ怪な出来事を前向きに整理している時だった。

二つ折りのガラケー携帯は会社からの支給品だった。

「Allô!ジャン、ちょうどよかったわ!聞きたい事があるの。」

渡りに船とはこの事だ。

Xファイルのような「不思議現象」の別世界に飛び込んだスカリーの気分だ。少しでも情報が欲しかった所だ。

いきなり笑い声のジャン

「Ha.ha.ha…。やっぱりもう戻りたいってか?言ったじゃないか…。そんな変な場所に行くなんて。何度も確認したろ?…で、問題発生か?」

「大丈夫よ!私はうまくやってるわ。ジャン。…ひとつだけ教えて頂戴。
うーん…CERNの加速器は何台ある?」

「おいおい。2台だろ?そして10年後には超大型を建設中じゃないか?いつの間にか2台目なんて作ったかは知らなかったけどな…。
なんだい?引っ掛け問題か何かかい?君がそこに異動したい、て言った時からCERNの現状は一通り予習してたよ。」

それから彼女等は短いやりとりをして携帯電話を切った。

ミッシェルは、ジャンに不可思議な事が自分の身に起こっている事を話さなかった。

確認をしたかったのだ。

このヘンテコな「平行世界/パラレルワールド」に飛び込んだ事は伝えていない。

誰も信じてはくれない与太話だからだ。

先週のビニールハウスでのジャンとの異動のやり取りは、現状のCERNの状態と一致はしていた。

つまり、先週時点ではミッシェルだけが知らなかった。

と言う事が証明された。

ジタバタしても始まらない。

ミッシェルはショルダーバッグからメモを取り出して書き込みを始めた。

「平行世界/パラレルワールド」

信じられない事だが、ミッシェルは違う知らない世界に紛れ込んだようだ。

現実的にはあり得ない現象に巻き込まれている。

それはCERNだけなのか…それとも全世界が変質しているのか…?

ミッシェルが少し笑ったのは、科学の粋を集めた「CERN」が何と非科学的なオカルトの異常世界に変質してしまっている事だった。

興味深い。

彼女の気質は「切り替えが早い」であり「本質を見極める」思考をするのが好きだ。

そして「謎」が大好きだった。

嘆き慌てるより冷静沈着に対処を考える。

苦難ほど燃えるのだ。

その為のメモ帳なのだ。

ミッシェルは思考する時は、パソコンではなくアナログのノートを使う。

関連する単語を並べ、思考を広げ、自身のやるべきルートを最短に書き上げるのだ。

その為には情報。

そして違和感はジャンが前任者の死を知らなかった事だ。欠員とだけしか聞いていなかったようだった。

今日は、この後にガブリエルと施設を回りレクチャーを受けるのだ。

月の謎を調べたいが為にCERNに来たミッシェル。

それより大きな謎に自分自身が巻き込まれている事にワクワクしだしていた。

「これは面白い事になりそうね。」

椅子から立ち上がりいつもの奇妙なポーズを取った。

鼻息が荒くなった。

大好きなセーラームーンのポーズだが彼女はテンションが上がると無意識にやってしまうようだ。



……………………………………………………
【CERN初日pm 15:30】

「CSC.Government office」

CERNSmartCityの役所である。

高級ホテルのロビーのような華やかさだ。

白を基調とした華やかさが際立つ。役所独特の殺伐とした感じではなく調度品やら絵画、観葉植物などがあり、とても公共施設とは思えなかった。

窓口も優雅なのは効率がいいからだ。

役所は乱雑で人が溢れ待ち時間との格闘だった。

それが全く見当たらない。さすが未来都市。

ほぼセルフオートマチックで住民自らが目的にコンタクト出来ていた。

ここでミッシェルは住民として本登録とCityCardを発行して貰う。

やはり担当者がいない。事前に網膜登録をしていたのでスピーディに行われた。

案内で最後の窓口は人が対応してくれた。

なんだかホッとする自分にミッシェルは笑ってしまった。

CityCardとして渡されたのは話題のスマートフォンだ。

持たされた時にApple社の「iPhone3G」かと思ったが、なんとMicrosoft社の「Windows Phone」と言うモデルだった。市販はされていないようだ。

実験都市らしさが細かいところにもあった。

このスマホはCERNSmartCity内で使う専用のモバイルだそうだ。

ここにはデジタル通貨、免許証、医療保険証、年金証、銀行口座など一括でリンクされている。

買い物も公共料金の支払いもこれ1つで全て賄える。

ミッシェルのスマホの残高は、1ヶ月分の給料がチャージされていた。

これは便利だった。しかもスマートフォンは指紋承認の他に網膜承認で鍵が掛けられるので安心だった。

そして最も驚いたのがマップ機能だった。

カーナビゲーションと同じで歩行ナビゲーションが付いていた。

新参者のミッシェルには心強い相棒だった。

そして一緒に支給されたのが「Smart Band」だった。

ブレスレットタイプで金属製とシリコン製のバンドを選べる。色もカラフルだ。

これは体調管理バンドで、脈拍から体温から血圧、さらに運動不足や睡眠の質を検出しスマートフォンに送るのだ。

さらにSmartCity全ての家のシャワールームには「Smart Weight Scale/スマート体組成計」が設置されており、体重や体脂肪から筋肉量まで検出し、これもスマートフォン経由で「Mother.AI」にデータを送って適切な指導や管理を教えてくれるそうだった。

またスマートフォンや家のテレビモニターでMother.AIによるメンタルケアも充実していた。

何よりも「健康ポイント制度」が目を引いた。

体重管理や体脂肪などMother.AIからの目標値に達成するとポイントが貰える。継続でもポイントが貰えた。
怠ってしまうとポイントを給料から引かれてしまうのも面白い。

ポイントはデジタル通貨としてもつかえるので、自身が健康であればあるほどデジタル通貨がボーナスのように貰えるのだ。

ゲーム性を用いているので考えた人は頭が良い。

そして女性に関しては生理まで把握でき、安全で健康で計画的な人生設計を送れるSmartCityの中核だった。

また都市中央にある「有名な教会」に礼拝に訪れると重要度によって大きなボーナスポイントも貰える「礼拝ポイント」だ。

そしてその「有名な教会」の奥には多数の美術品があり週に一度は訪れるとポイントが貰えた。

その後ろにある「ウァティカヌスの丘」と呼ばれる場所にヒッチハイクで訪れるとポイントが貰える。

実験都市なので月に一度、よりよいシステムになるようアップデートしているようだった。

素晴らしいスマートシティ計画だが…何故か腑に落ちない気持ち悪さもあった。


ミッシェルはCSC GovernmentOffice/役所を出た。このSmartCity内での移動は限られていた。

自動運転バスが周回しているのだ。

市民は基本的に自家用車は使わない。市外に行くとき以外は使えないのだ。

地球温暖化の規制としてCO2排出を抑える為だそうだ。

ガソリンスタンドはあるのだがガソリンエンジン車は市内移動は規制されていた。

そしてペナルティとして、ガソリンエンジン車を使うとポイントが減るのだ。

ここは2030年に向けてのモデルCity。実験の都市でもある。

環境を考えて化石燃料を使わない世界を想定しているのだ。

ま、簡単に言えば自動車を使うと通貨ポイントが減るから誰も使わないのが現状だった。

それに自動運転バスは無料なのだから使わない手はないのだ。

後は各アパートの住民用のシェアライドだ。

電気自動車と電気自転車がシェアできるのだ。スマホで予約して借りるのだ。自分専用にしたい時はレンタカー制度もある。

先進的だった。

これらの情報は役所で得てきた。
役所の上階に図書館があったのだ。

初日の今日は引っ越しの荷物と格闘する予定だった。

だが…それどころでは無くなった。

異世界に飛び込んでしまった。まずは、少しでも情報が欲しい。

ここで生き抜く為に。そしてどんな現象に自分が巻き込まれているか。

ミッシェルは、この異世界を攻略するには情報収集が命だと考えていた。

図書館はありがたい。

デジタル書庫。

お硬い場所ではなく、例えるならお洒落なスターバックスだった。

BGMも静かに流れている。

スタバとの違いは、それぞれ席にモニターが置かれている事だ。

そこで彼女は調べるだけ調べメモに記してきたのだ。

CERNSmartCityは、すっかり日が暮れた時間帯だった…が、まだ明るいのだ。

どんなシステムか分からないが明るいのだ。

さすが24時間実験都市だ。

もう午後の10時。かなりの時間を図書館で費やしたのだ。

ミッシェルはシトロエンでここまでやって来た。

裏の駐車場にうずくまっている愛車にウインクした。

デジタルばかりで浮き世離れした施設。

愛車を見て大きな安心を感じた。

エンジン音や鼓動が心地良い。

アパートに帰る前に確認したい場所があった。

カーナビに、その場所を目的地としてセットした。

この、CERNSmartCityは信じられないくらい大きな都市になっていた。

彼女が知る世界ではここは、只の施設地区。

都市ではなく実験施設だったはず。

それが、71キロの大型加速器、そしてその外周に135キロの超大型加速器の内周を都市として作られていた。

未来都市のモデルケースとして存在していた。

緑が多く自然と調和してるかのような素敵な街であった。

山もあるし川もある…。何より市街地の設備が近代的で素晴らしかった。

住民人口約4万人、就業人口約3.7万人。普通の都市だ。人々は普通に暮らしている。

だが、彼女からすればこのCERNSmartCityは異常な世界でもあった。

何かが狂っていた。

しかし…そこに彼女は大きく惹かれてもいた。

とにかくアレの現物を確認しないと…。

ギアを1速に入れてシトロエンをスムーズに走らせた。

道は見通しが良く幅が広い。

驚く事に信号が少ないのだ。ラウンドアバウト式を採用しているので交差点がほぼなかったのだ。

だんだんと薄暗くなってきた街並み。

シトロエンのライトを点ける。

太陽の自然光線ではなく別の光源で調整されていた。

街の中心部にシトロエンは進んでいく。

この辺りまで来ると緑の芝や道路樹が増えてきた。

そして目的の場所に付いて彼女は車を降りた。

その建物はライトアップされており荘厳な趣が際立っていた。

改めて実物を見て彼女は戦慄した。

息を呑むとはこの事だ。

ミッシェルは、シトロエンから離れ自然と歩み寄っていた。

目を奪われた。

やはり、この異世界は何かが大きく狂っている。

ここにある筈が無い建物が静かに佇んていた。

そこにあったのは…


「サン・ピエトロ大聖堂」

そして

広い空間は、サン・ピエトロ広場だった。

バチカン・オベリスクも存在している。


ありえない。

図書館でチェックした時には彼女は声を上げた。

資料では、イタリアにあるサン・ピエトロ大聖堂全く同じ大きさと内容であった。そして此処は当然ながらバチカン市国が管理していた。

薄暗くなる周りとライトアップされた大聖堂は怖ろしく美しく、神秘的で綺麗であった。

そして…気味が悪かった。


……………………


サン・ピエトロ大聖堂を暫く眺めてから、ミッシェルはシトロエンに乗車した。

走りながら昼間の事を考えていた。

ビニールハウス部長からの電話を切ってから、ミッシェルはカフェテリアで大まかな方針を決めていた。

引っ越しの荷解きもあるが、それまでに出来うる情報収集をしたかった。

何より、今回の引っ越しはシンプルだ。ホテルのようにテレビから家具からベッド、ダイニング家電まで殆ど全て揃っている。

家財道具は要らなかった。持っていくのは衣類関係と枕カバーくらいだ。

SmartCityだから、専用の電気規格なのか?キッチン家電は持ち込み禁止だったのだ。

なので荷解きは時間が掛からないと判断。

午後からガブリエルについて回って簡単に施設棟を案内して貰った。

このCERNSmartCityに付いて信じられない話が多かった…。

それが逆に刺激になって笑顔が増えたミッシェルだった。

仕事面では、ガブリエル以外の所員は今日は出払っていて来週に顔合わせになったようだ。

入所退所のやり方からエレベーターの使い方、注意事項等、さすがに科学の最先端の場所である…感心させられる。

異世界感が半端なかった…。

出社は翌週の月曜日から。

それまでに引っ越しの片付けやら、これからSmartCityの役所への手続きを終えないといけなかった。

その前に前任者のヘレンの情報が欲しかったので「CSP/CERNSmartCityPolice」のドミニクと言う警察官を紹介してもらった。

そのドミニクと言う男は、悪人では無いが、何かを隠している感じがした。

ガブリエルからドミニクに連絡をして貰った時に彼は外出先だった。

そこから警察署で落ち合うのに30分後。

受け付けでドミニクに会いに来た事を告げると、ちょうど彼が帰ってきてそのまま署内のカフェテリアに一緒に寄ったのだ。

そして、ヘレンの話を上手く切り上げてコチラの事情を聞き出そうとした。警察官の習慣からかも知れないが話の持っていき方に違和感を感じた。

担当者なのに「資料を読み直した」と「突然死と書いてあった…」と他人事みたいに言った事にも違和感を感じる。

そして「出先」から直接会ったので、署内の資料を読み返す時間はない筈…。

デジタル資料かも知れないが、外部から閲覧出来るのも問題だし…言動の怪しさは拭えなかった。

何より、警察署を出た後に自分を監視するように、長身のサングラスの男と一緒に見下ろして居た事だ。

彼女は警察署を出てキョロキョロ見回す振りをしてチェックしていたのだった。

前任者の件も含め、また改めて調べようと考えた。

シトロエンのエンジンは快調だった。

ミッシェルは、サン・ピエトロ大聖堂からそのままアパートに帰っていた。

帰っていたと言っても初めて訪れたのだ。

そして、アパートと言っても一軒家のようだった。

庭付きでガレージまで付いている。

2階建てで1階は大きなワンルームダイニング。2階に寝室とトイレと風呂がある。ベットや家具は備え付けだった。1人〜2人用だ。

同じデザインの建物が一帯に沢山あり、称して「アパート」と呼ばれているようだった。

家の鍵はススマートフォンか指紋承認で革新的だった。

ホテルのドアのように、扉が閉まるとロックするタイプのようだ。

「停電する事を想定しなかったのかな?」

電力だけが頼りのSmartCityが停電なんて…クスクスと笑いが止まらない。

彼女の荷物はガレージの中に置いてくれていた。

シトロエンをガレージに仕舞い、荷物をピックアップして部屋に運んだ。

午後11時を回っていた。

疲れは全く感じられなかった。

全く別の異世界に1人、入り込んだ環境で興奮からかアドレナリンが出ているようだ。

荷解きの前に彼女が行った事は、仕事でも使う「Detector/探知機」で部屋周りのチェックだった。

盗撮器や盗聴器など仕掛けられてないかを調べるガジェットである。

フランス政府の宇宙事業と言う仕事柄、情報の取り扱い管理は徹底されていたしスパイによる漏洩はいつも注意する癖が付いていた。

フランスのアパートでも、帰宅後に行ういつものルーチン。今回は初めての部屋なのでトイレまで徹底した。

ミッシェルは手慣れた動きでアチコチを調べまくった。

「仕掛けは何にもないわね。ま、後はデジタル通話と通信くらいか…。」


夕食は、役所前にあったドーナツ専門店のセットを買って来ているので、食べながら衣類をクローゼットや靴を整理した。

家電や家具類は実家に送ってある。

大事なフィギュアは、お気に入りになりそうなダイニングの白色のカップボードに並べた。

荷解きをしながら、彼女は今日の出来事を振り返っていた。

来週の出社までどれだけ情報を集められるか?

彼女は荷詰めした段ボールを解体し平たくして壁に貼り付けた。

平行世界/パラレルワールド…真ん中に大きく書いた。

それを中心に彼女は情報を書き込んでいく。

メモでは面積が小さすぎて書き込めないのでダンボールに書き込んだ。

この不思議で変な異世界に飛び込んでしまった状況。

情報を書き込んで、2、3歩後ろに下がりを眺めてみる。

彼女は思考を巡らした。表情は反して笑顔であった。

「忙しくなるわね」

気合を入れ入れて奇妙なポーズを取る。そしてフィギュアにウインクをした。



【CERN3日目am10:20】

「マンデラエフェクト?」

彼女は、この2日間…部屋にこもりきりでノートパソコンと向き合っていた。

食料品は買い込んできた。

フランスから持ってきた自分のノートパソコンは使えない。

規格が全く特殊なのだ。

この場所…

CERNは、インターネットの「World Wide Web」…

「www.」を発明した場所なのだ。

ここで、開発者のティム・リーが所属し世界に広めたのだ。

なので、より快適な規格を試用しているらしく既存のパソコンは繋げられないそうだった。

だから初日にガブリエルから彼女用のノートパソコンを貰える段取りだったのが日にちを間違えたようだった。

緊急でガブリエルの仕事用のノートパソコンを貸してもらっている。

「仕事用だから変な検索もおかしな画像ホルダ…も無いからね。僕のメールは全部抜いてあるから安心して使っていいよ。来週に君のノートパソコンを渡すよ。あ、だからと言って変な検索はしないでおくれよ。」

ガブリエルはノーパソよりデスクトップ派だそうだ。

ミッシェルは先ずは自分が居る立ち位置を知りたかった。

この不思議な異世界?平行世界/パラレルワールドのような様々変質している場所「CERN」。

ここだけが変な場所なのか?それとも全世界がおかしな異世界であって、彼女だけが、この世界に紛れ込んでしまったのか?

まるで「不思議のアリス」だった。

そして両親や友達にも、まだ連絡はしていない。

不安があった。

彼女だけが、この変質した世界に来ていたとしたら…家族にも変化があっても不思議ではない。誰かが亡くなっている可能性もあり、誰れかが欠けている場合も想定されるからだ。

そもそも家族は存在するのか?

しかし光明はあった。

昨日のビニールハウスのジャン部長からの電話で確認できた事。

そして

警察官のドミニクが「3年前の出来事」を覚えていた事。

元いた世界と変わっていない事だった。これは大きかった。

ガブリエルからノーパソを軽くチェックしてみた。驚いた事に「グローバルIPアドレス」がウチの本社になっていた。どうやって変更出来るのか?不思議だったが百年先の技術があるCERNSmartCityだからかな?あまり深く考えない事にした。

インターネットサーフィンで「平行世界/パラレルワールド」情報を探っていて気になるサイトにたどりついた。

「John.Book」と言うWaveSiteだった。

オカルト系とは少し違っていた。ここのBBSでは興味深い書き込みが多かったのだ。

「平行世界/パラレルワールド」で検索してみても理論的な空想話しか出なかった。しかし「記憶違い」で検索すると「マンデラエフェクト」と言うワードが出た。

南アフリカの指導者のネルソン・マンデラが「獄中死した」or「生きていた」と言う記憶違いが多発した現象の総称のようだった。

インターネットが発達するに従い個人が声を上げる事が出来た結果だが、殆がいい加減に思えた。

そこで行き着いたSiteが「John.Book」と言う不思議を扱うSiteだった。マンデラエフェクトを扱う項目をチェックしていた時だ…。

有名な絵画のマンデラエフェクトスレッドを見て驚愕したのだ。

「最後の晩餐」

レオナルド・ダ・ヴィンチが教会の壁に描いた壁画。

中学の時に祖父のミハエルに実物を見せてもらってから虜になったのだ。ポスターも持っていたし勉強もした。

だから現在の「最後の晩餐」の壁画マンデラエフェクトを見て驚愕したのだった。

細かい所も変化していたが「コップ」に驚いた。

透明のガラス製のコップに変質していた。そして数が13個に増えていた。

…あり得ない。

この時代に透明のガラス製?本来は陶器製の旧いコップ。数は4個がマストだったのに13個と増えていた…。

記憶違いどころでは無い。質の悪い悪戯だ。

JohnBookサイトを離れて、様々なサイトで「最後の晩餐」の画像を検索したが…全てが変質していのだ。

何故誰も気が付かない?

こんな驚きの異変に世間は騒がないのだろうか…。

そして、このマンデラエフェクトのスレッドで彼女と同じ様に異変を感じた人々の書き込みの中にある「ワード」に目を奪われた。

「マンデラエフェクトが起こったのはCERNの加速器の稼働が原因」

ミッシェルは鳥肌が立った。

彼女は自宅アパートに篭ってノーパソの検索で、いの一番に「CERN」を調べていた。

役所の図書館で「CERN」を粗方調べたのだが、外からの情報が気になったのだ。

ミッシェルが感じた違う記憶は大まかに6つ。



「加速器が2つある事」

「超大型加速器を建設中である事」

「CERNの敷地面積が大きくなっている事」

「SmartCityの実験都市になってる事」

「サン・ピエトロ大聖堂が都市の中心にある事」

「実験都市をWHOが管理している事」

検索をしてみて、驚いた事が彼女が知っている記憶の「CERN」がインターネット上では確認できたのだ。

これは明るい材料だった。

CERNだけが異質である。と言う確率が高くなった。

さらに6つの事柄を検索すると…小さなNET新聞の記事に見つけることが出来たり、フランス政府の広報案内に小さく見かけたりする事が出来た。

たた「サン・ピエトロ大聖堂」だけは名前が出ずに「世界的な教会に似せたレプリカ」と文字を見つけられただけだった。そしてバチカンの関与は全く見当たらなかった…。

これで彼女は仮説を立てられた。

「秘密裏に事が進められている」

これは納得できる仮説なのだ。元々CERNは基本的に秘密主義だからだ。

一般に立ち入り見せられる場所はフェイクだ。当たり障りの無い場所を見せているだけだった。

加速器の使用目的もファジーに誤魔化してある。「ヒッグス粒子」の発見だけであれ程の大きな施設の費用を誰も出すわけがない。

大きな見返りが無いものに投資はしないのだ。当たり前だ。

ミッシェルもCERNの加速器の本当の目的も知らされていないし、何より権限がなかった。

しかし…それとは別に「不思議の国のアリス」の説明がつかない。

1年前に来た時とはあまりにも変わりすぎている…。秘密裏といえども何年も掛かる建物の建設や、何より大型加速器を直ぐに作れるものではない。

違う世界に飛び込んだ感覚は拭えない。ミッシェルは直感的に強くそう思っていた。

そこで「平行世界/パラレルワールド」「記憶違い」を辿って「John.Book」のサイトに辿り着いたのだ。

彼女は意を決してスレッドを立ててみた。

……………

「CERN加速器のマンデラエフェクト」

∶Sailor Moon

Hallo、CERNの加速器は、現在2つあるのはご存知?そして10年後には超大型加速器を建設中…。

……………

応答は暫くは無いだろうと、ノーパソをそのままにした。立ち上がりペンを持って壁のダンボールに向かった。

「平行世界」に訂正線を引いて「マンデラエフェクト」と書き直した。

ミッシェルは、後ろに下がってダンボールに書き込んだ全景を首を捻って眺めていた。

置かれている状況とこれからの行動がどんどんと明確化されてきた。

知らずに笑顔になっていた。

別の検索を思いついたのでノーパソに向かう。

モニターを見て驚いた。彼女が立てたスレッドが祭りになっていたのだ。

スレには驚きの声が多かった。

……………
知らなかった!
今調べたら本当だった!
超大型加速器!
一体どういうことだ?
マンデラエフェクトだ!
CERNの面積が大きくなっている!
都市に変わっている!
人口が4万人……いつの間に?。
CERNがマンデラエフェクトでおかしな場所になっている。
…etc。
……………

彼等は、早速検索し現状のCERNを調べて報告し合いを行っていた。見比べる画像もアップされていた。

彼女が調べたかった事柄を次々とアップしてくれていた。

仕事が早い?仕事じゃないのにね。

感心した。

ミッシェルはモニターを見ながら思わず笑ってしまった。いや心から笑えた。

そして安心したのだ。

この世界は彼女だけが「不思議の国のアリス」ではなく、CERNが異常な状態に変化している。

別の世界線にあったCERNが、彼女の世界線に重なった?理屈はわからなくもないが、やはり、現実的に無理が多い…。

しかし、現実の話なのだ。建物や加速器が急に現れたなら、その線も無くはない。

ここで大きな疑問なのはCERNSmartCityに住んで働いているいる4万人の人間達は何処から来たのか?

この突発的で異常なCERNの環境をどう思っているのか?

…推測としては「分かっている状態」であると。

SmartCityとして住む環境を整えていないと移住は無理だから「異質とは思っていない」と判断した。

彼等は何処から来たのか?

人間の次元の移動はありえるのか?…。

ペンを持ってダンボールに書き込んでみた。

「John.Book」の住人のお陰で頭の交通整理が整ってきた。

再びモニターをチェックしていると、スレのある投稿に、彼女は反応して思わず書き込んでいた。

「Why?」とコメントしCERNにある教会の画像をアップしてあった。

昨日見に行った大聖堂だ。

……………

∶その教会は「サン・ピエトロ大聖堂」。広場もオベリスクもあるわ。レプリカだけど本物と変わらない迫力で規模も同じ大きさだったわ。バチカン市国が管理をしている。

……………

「ありえない!」
「なんてこった!」
「嘘だろ?」
…etc
……………

また住人が騒ぎ出した。そして彼等は検索をして記事やら画像をドンドンアップしだした。

彼女が検索しても見つからなかった情報達だ。仕事が早い…。

ミッシェルはまた笑ってしまった。

そんな時に1つのスレの呼びかけがあった…。

「Hallo!Sailor Moon。ここにも是非遊びに来てくれないか?」

サイトのアドレスリンクが、何故か私の名前ボックスに貼り付けてあった。

……………


ミッシェルは呼びかけに応じて、とあるサイトに飛んだ。

そして、チェックを終え「John.Book」サイトに戻ってきた。

まだまだ情報を得たかったからだ。

マンデラエフェクトスレッドにある

「CERNの加速器によるマンデラエフェクト現象が起こった仮説」

を読んで鳥肌が立った。

200☓年スペインの航空機エアバスが着陸予定だった空港から5500マイル離れた空港着陸した摩訶不思議な事件。200☓年と201☓年の飛行機失踪墜落事件。

そして200☓年から201年に世界各地で起った地震。

これらはCERN加速器を回した影響である。…と書き込まれていた。

この話は彼女が勤めていた本店のフランス国立宇宙研究センター「CNES/クネス」でもトップシークレット案件だ。

それを担当したの何の因果か…彼女が先日異動した「GEIPAN/ゲイパン」であった。

ここのチームは未確認大気宇宙現象研究グループ…政府公認のUFOを調査する…つまりXファイル的な部署でもある。

遡ること1950年代、米国政府公認のUFO調査部門「Project.Blue.Book/プロジェクト・ブルー・ブック」以来、世界的には国の政府公認は現在でも「GEIPAN/ゲイパン」しか存在していない貴重な部署でもある。CERNの情報を一番持っている所だ。

基本的にCERNは加速器を回す日時を公開する義務はない。未公開で回す事は普通だった。

しかしフランス政府は加速器が回った日時は正確にカウントしてある。そしてゲイパンにはその日時に起こった世界中に起こった不思議な事象や出来事をカウントしてあり関連性を調べている部署でもあった。

これは極秘だが上級者アクセス権を持たない一般職員でも知っている事実だ。

ミッシェルは広報のエースの立ち位置があるので、政府高官等を案内する時に駆り出されてCERNには何度も足を運んでいたのだ。

その時に、加速器を回す日時を公開してある時に起こった事象はゲイパン担当者を通じて情報を貰っていた。

政府のエライさんは、そう言う下らない下世話な話が好きだ。また自分達は知らない事はありえない。と言うおかしな驕りもあるので、機嫌を損ねないように情報通りの本当の話をするように指示されていた。

周りからは、ご機嫌取りに近い、下らない仕事と言われたが、ミッシェルは面白い情報をかなり仕入れられるので楽しんでいた。

時には、それ以外の様々な情報をゲイパンの担当者からオフレコで聞いていたりしたのだ。

なので「John.Book」のスレッドの「CERN加速器を回すとマンデラエフェクト現象を起こす仮説」の中の飛行機事故や地震の書込みは、正確すぎて本当に驚いたのだ。

ミッシェルが知っていた世界線では「CERN」の加速器は1つで27キロの大型であった。ブラックホールが発生して危険な現象が起こり得る…ホーキング博士が警告を出したくらい、これを回すと何が起こるか分からなかった。

彼女の知る限り、それは本当の出来事だった。

しかし因果関係が確定できないのだ。

スペインの飛行機「時空変質事故」に関しても加速器が回った時間が後だったからだ。

地震も飛行機事故も加速器を回した時間と同じモノは無く、かなり前後していたので因果関係の前提が成り立たない。

CERN関係者は沈黙を守っているが、関係性は明確に否定はしていないのだ。

全周27キロの加速器でさえ大惨事を引き起こしていたのに、突然マンデラ出現した71キロの大型加速器が回れば一体何が起こるか分からない。

この71キロ級の加速器は点検が長引き、今月末にいよいよ初稼働となる予定を知って彼女は恐怖した。

ノーパソから離れペンを持って壁段ボールに書き込みし、明日から実際に情報を「目で見て調べに行く」為に順番を羅列していた。

ペンを置いて壁段ボールから離れて情報の整理を頭の中で巡らせた。

憧れのCERNへの異動で「月」に関する仕事に就けると喜び勇んできたミッシェル。

実際は別の異世界のマンデラエフェクトした「CERN」だった。

憧れの部署自体が消滅し、CERNがWHO管理の元、スマートシティ実験都市として4万人規模の管理都市となっていた。

気味が悪い事に本物と見間違う程の「サン・ピエトロ大聖堂」が建てられバチカン市国が管理していた。

異動先が、Xファイルと同じような政府の公認部署だった事。

前任者の不審死。

怪しい警察官とサングラスの男。

この知らないCERNは異質な異世界…マンデラエフェクト出現したと推測できる現象を作ったのは…CERNの加速器である。

関係は大いにありそうだ。

そして超大型加速器がマンデラ出現し今月末に初稼働をすると言う。

彼女を取り巻く状況は怪奇であり厄介である。しかし困難であれば在る程、本領を発揮するタイプだった…。

「よしっ」

やる事が決まった。

いつの間にかニヤついていたミッシェルは、例の奇妙なポーズを取って呪文を唱えた。

「“Je vais te punir au nom de la lune”」



【CERN4日目 am11:20】

ミッシェルは、CERNSmartCityの異動初日で、うれいしい名前を発見していた。

「ロバート教授」

ミッシェルが大学生の時、宇宙飛行士を諦めて宇宙関係の勉強していた。
ロバートは宇宙加速膨張の物理学の博士号を持つ先生であり、宇宙専門誌に彼女のレポートが掲載された時に推薦してくれた尊敬する人物であった。

それが決め手でフランス国立科学研究センターに入社できたのだ。

今のCERNでは、大きな建物棟はF棟とB棟の2つだった。勿論、FもBも職員達が勝手につけた愛称で正式名称ではない。

両棟とも高さは5階建てで、そんなに高くはない。しかし地下は「B6/6th basement floor」まであり、職員でも入れないフロアは数限りなくあった。

実験や研究は主に地下で行われていた。

F棟はフランスとスイス政府の管轄棟で「Fはフランスの頭文字」から取ってF棟と呼ばれていた。

もう1つ、B棟はミッシェルは存在を知らなかった。71キロの加速器と同じでマンデラエフェクトで出現した建物棟だった。だからBは何の頭文字かも知らないのだ。

そんな2つの建物棟の間にあるのが「LHC-ALICE実験コントロールルーム」である。

地下60メートに本体のALICE検出器がある。加速器の中心であり「ビッグバン」を再現をモニタリングする場所であった。

F棟、B棟ともに検出器モニタリングルームに直接は行けない。一度、地上に出て向かうしかなかった。

そのB棟と呼ばれる建物棟の研究室の代表の名前の中で「ロバート教授」…お世話になった馴染のある名前の「ロバート先生」の名前を見つけたのだ。

初日、CERNSmartCity役所に行く前にアポイントメントを取ってあった。

B棟にも興味があったので、そこのカフェテリアで待ち合わせをしていた。

アパートに2日引きこもり、調べるだけ調べていたので、太陽の下は久しぶりの感じがした。

今日は土曜日で休みなのだけれど、ロバートは雑務をするので出勤だったようだ。

ミッシェルはB棟へ行くのに、自動運転周回バスを使ってみた。

本当に運転手が居なくてもハンドルに変な機械が付いてありクルクルと回して走っているのに愛嬌を感じた。

B棟へは20分で着いた。信号機が殆無いので移動は早く便利で安全だった。

さすがSmartCityの実験都市と言ったところか。

降りる時にスマホを翳すだけで料金支払いとなるそうだった。

B棟への入館は思ったより簡単だった。

やはりSmartCity住民の本登録とCERN職員登録してあるのでスムーズさが違ったようだった。

中二階にある棟のカフェテリアに彼女は珈琲とサンドをチョイスし窓際の見晴らしの良い所に陣取った。

ここなら外の風景も見えるし、入口からやってくるロバートも見つけやすいからだ。

土曜日でお昼前なのに、そこそこ職員達が居てランチを楽しんでいた。

「Hi!ミッシェル!久しぶりだね。」

ノーネクタイのラフなスタイルでロバートが速歩で着てくれた。

「Hi!ロバート!本当にお久しぶりです!」

立ち上がって握手してハグをした。

「あ、ちょっと待ってて珈琲貰ってくる。」

3年振りくらいだろうか?イタリアでの学会で会って以来だ。

ロバートは70代で、身長は小さくてふっくらした、サスペンダーが似合う可愛らしい男性だ。
丸眼鏡はジョン・レノンタイプ。
特徴的な髭はカーネル・サンダースっぽく、少し薄くなった髪も髭も真っ白だった。

何より笑顔がとってもチャーミングで誰にも好かれる先生だった。

カフェテリアのカウンターからトレーに食べ物をてんこ盛りにしたロバートがニコニコ顔でやってきた。

「いやー、お腹空いちゃってね。」

「WoW!先生ったら相変わらずですね。」

2人でくすくすと笑った。

「いやー本当に君のレポートはユニークだったよ。講習会がある度にその話をするんだよ。」

「嫌だわ先生。恥ずかしいじゃないですか…。でもそんなにお話して下さってるなんて…そろそろギャランティを頂かないとですわね。」

ロバートは口に入れたバナナを吐き出しそうになった。

2人でまた笑い出した。

「君の「月は生きている」のレポートは本当にユニークだよ。「Astronomy and Astrophysics誌」の掲載は僕が推薦しなくても、読めば誰もが推薦するさ。」

ロバートはミッシェルのレポートが掲載された天体物理学の専門誌「Astronomy and Astrophysics誌」をテーブルに置いた。

「無機化合物の生命体なんて着眼点としては目を見張ったよ。何よりも「月のクレーターを利用したパラボラアンテナ」の発想はぶっ飛んだよ。月の鼓動を聴きたいなんてな…。本当にユニークなレポートだったよ。」

ロバートはガハハハと大きな声を上げて笑った。

「でもね…クレーターのど真ん中にロケットをぶち込んめば予算も少なくて済む…なんて子供の発想だがNASAが、それを成すべく本気でチームを組んだのは知っているかい?君のレポートが世界を変えるかもしれないね。」

ロバートはドレッシングたっぷりのサラダをむしゃむしゃと食べながら話す。子供みたいで可笑しくて彼女はずっと笑っていた。

テーブルが、先生の食べ残しやらナプキンで山のようになっていた。

彼女が知る繊細な先生が取る行動ではなかった。バイタリティが居る研究をしているのか?

「先生は、今何をしていらっしゃいますか?」

優雅に珈琲を飲みながら聞いてみた。

しかしロバートは、問には答えず、むしゃむしゃと勢い良くアチコチの食材に手を付けながら…何とミッシェルのサンドに手を出したのだ。

突然の事に驚いたミッシェル。こんな無礼をする人ではないからだ。

「ミッシェル、食べないなら私に1つ食べさせてくれ。」

と、笑顔でテーブルに身を乗り出してミッシェルに近づいた時…。

「私は勝手に話すが、君は質問せずに聞いてるだけにしてくれ。」

彼女の顔の近くで、笑顔のまま小声でロバートは話した。

まるで腹話術師のようだった。

そしてミッシェルのサンドをひとつ取って笑顔で

「いやー悪いね。頂くよ。これは本当に美味しそうだ。」

彼女は瞬時に察して、動じずに珈琲を優雅に飲んだ。

そしてニッコリとロバートに微笑みを向けた。

ロバートは、むしゃむしゃ口に頬張り食べながら、テーブルの上に乱雑に置かれていた食べ物やナプキンを乱暴に隅に追いやる。

そして、雑誌の下に重ねてあった地図をテーブルいっぱいに広げだした。

CERNSmartCityの簡易地図だ。

アナログの紙の地図。

役所でも発効してあるがスマートフォンに地図が入っていているから貰っていなかった。

ロバートはペンを取り出し、身を乗り出して地図に書き込みをし「ミッシェルに都市を案内をしている体」を装っていた。

何処かの場所に丸印をつけた。

「信じられない話だが私達の世界は2000年から201☓年を数え切れないほどリピートしているんだ。何度も繰り返して未来に進めないんだ。」

地図に道順のように線を引いていく。

「世界の時間が進めなくなったのは、ここCERNの加速器を回したのが原因なんだ。」

ロバートは笑顔でとんでもない事を話してきた。

ミッシェルは笑顔で頷いくだけで精一杯。背中に冷や汗がでた。

「ところが、何度目かのリピートでCERNがパラレルワールド移動なのか、別の世界のCCERNと繋がって別物の空間になってしまったんだ。君も驚いているだろう?」

彼女は目を丸くして大きく何度も頷。いた。

「今のCERNは加速器が2台になってしまって米国とバチカンが何かを企んでいるんだよ。」

米国?バチカン?何故?

ミッシェルは笑顔を崩さない。

ロバートはまた別の場所に丸印を付けて案内をする体をした。

「驚くべき事に、この異世界のCERNではヒッグス粒子の固定化に成功しているんだ。

そしてヒッグス粒子を利用して、様々な計画と研究がこのB棟で行われているんだ。」

ヒッグス粒子の固定化!?

ミッシェルは驚きのあまり声を出しそうになったが、言われたように静かに聞いていた。

そして地図をみて笑顔でフンフンと頷いた。

ヒッグス粒子の取り出しは世界的に見てもソレに成功している筈が無いからだ。

机上の空論だからだった。

まだ確認出来るかとうかの段階だったし、ヒッグス粒子は直ぐに消えて無くなる性質の筈だったからだ。

質問攻めししたかったが、彼女は言われた通り微笑みで頷いた。

ロバートはまた線を引いて道取りを示し何処かに丸印を描いた。笑顔で本当に都市のお勧めを説明しているようだ。

「ヒッグス粒子の活用は様々な分野で革新的な物達を作り上げているんだよ。

現在、僕ががやらされている研究は、ヒッグス粒子を利用した「meditation .bed/メドベッド」と呼ばれる夢の治療装置だよ。

どんな疾患でも治るんだ。ヒッグス粒子と他の粒子をMixして患者が寝ているカプセルベッド内に巡らせるんだ。振動数か肝なんだが最終段階まできているんだよ。

そして信じられない事に人体を改造出来るんだ。強化人間だ。恐ろしい人体実験をしているんだ。」

ロバートが人体治療器具?ヒッグス粒子を振動数でコントロール?改造人間?

驚きのワードが多すぎて理解ができない。

確かに理屈は合いそうだ…ヒッグス粒子の性質を上手く利用できそうだが…ミッシェルが知る時代の技術を遥か先の出来事のようだ。

彼女は微笑み頷きながらサンドを口にした。

味が全く感じられなかった。

ロバートが指し示す場所を興味あり気に見入るふりをするのが精一杯だった。

「ヒッグス粒子は兵器としても利用出来るんだ。人体を治療するのと反対に人間だけを消滅させる研究もしているそうだ。他の研究室だから詳しくは分からないんだ。」

ロバートは本当に腹話術師のようだった。

楽しそうな笑顔でとんでもない事を話している。

「そして驚くべき事がある。このCERNでは加速器を使ってのタイムワープを既に確立しているんだ。

そして全てバチカンが管理している。

タイムワープでは人間も物質のあるモノも移動する事は出来ない。

モノのカタチを維持する事は出来ないのが通説だ。

だけどヒッグス粒子をコーティングに使うとカタチを保てるんだ。この意味がわかるかい?」

ロバートは何処かの場所を指し示しながら笑顔で聞いた。

ミッシェルは、頭を振って笑ってみせた。

「この世界が…地球が滅びるんだよ。」

ロバートは都市中央にあるサン・ピエトロ大聖堂に大きく丸印を描いた。

「大型加速器は絶対に回してはいけない。」

丸印をした大聖堂をペンでトントンと叩いてミッシェルを見て頷いた。

ロバートは笑っていなかった。

彼女は固唾を呑んだ…その瞬間だった。

「先生!こちらにいらしたんですか?」

静かなトーンだが威圧的な声がした。

ロバートとミッシェルは驚きを隠せなかった。

いつの間にかロバートの後ろに黒服の男が2人立っていたのだ。

ミッシェルは油断した。

話に夢中になったばかりに、周りをチェックする事を怠ったてしまった。

1人は警察署でドミニクと並んで彼女を監視していた、あの長身のサングラスの男だ!

ミッシェルは冷や汗がドッと出た。

カフェテリアの雰囲気が一瞬で変わるのも分かった。

それまで何組かくつろいでいた人達が、黒服の男達が着た途端、続々と席を立ったからだ。

ロバートのとんでも無い危険な話。

そして急に現れた男達。

1人は彼女を監視していた長身のサングラスの男。

男達を見て離れた職員達。

しかしミッシェルは、表面的な表情を変えず「何が起こったか分からない体」でウェルカムの姿勢を取っていた。

彼等に笑顔を向け会釈した。

男達は、黒色のスーツスタイルでネクタイはしていない。シャツは白色で新品のようにシワがなく清潔感がある。室内なのに2人共サングラスを掛けていた。表情が読めない。

そして両手を後手に組んでいた。

確実に警戒の姿勢だ。

先程の会話を聞かれたのか?

しかし、彼女の一瞬の焦りを見た筈のロバートが冷静だった。

「Hey!ロレンツォじゃないか?」

彼は振り返えり、彼の腕をポンポンと叩き、ウェルカムの笑顔で年上の男に話しかけた。

長身の年配男はロレンツォと言うらしい。

「一緒にLaunchをどうだい!?。そうだ!彼女を紹介するよ。僕の教え子のミッシェルだ。CERNのF棟に異動する挨拶をしてきてくれたんだよ。だから先に来た先輩としてこのSmartCityの見所を教えていたんだよ。」

男2人は、決してウェルカムでは無かった。笑わない。

臨戦態勢だ。

冷静に立ち尽くす男達の様子にも意に介せず、ロバートはニコニコと彼女を招き寄せ肩を抱いて紹介した。

「存じてますよ。ミッシェル・フォーリーさんですね。今日はどういったご用件で先生に会いに来られましたか?」

若い方の男がロバートの雰囲気に流されず、まるで職務質問のようなトーンで落ち着いて聞いてきた。

ロバートとミッシェルを引き離し、ロバートを守るように前に立った。

両手は後ろ組をしたままだ。

つまりミッシェルに対して警戒態勢は解いてはいない。サングラスで表情が読めない。

彼女はロバート同様にウェルカムの姿勢を気丈に取った。強い精神力であった。

片手を胸に当てて頭を下げ笑顔で挨拶をした。

「初めまして。フランス国立宇宙研究者センター広報部からこちらに異動になりました。ミッシェルと申します。異動初日に、ロバート教授の名前を見つけて嬉しくって、今日ご挨拶させてもらっています。」

横に居る長身で年上の男の方は、彼女の話しには全く応答はせずに…

「それより先生。スタッフが呼んでいます。研究室に早くお戻りください。テーブルは、我々が片付けておきますので。」

有無を言わさぬ迫力があった。

「それと、こちらのSmartCityの地図は没収します。B棟のモノは全て持ち出し禁止ですので。先生もご存知でしょう?」

年上の男がテーブルにあった印を付けた地図を手に取った。

「OH!そうだ!そうだった…。すまんねロレンツォ。紙だからと、ついうっかりしていたよ。」

印を簡単にチェックし、裏返して何か無いかと確認していた。

折り畳んで手に持った。

そしてテーブルに散らかったナプキンを2人の男が片っ端から広げてチェックしていた。

やはり話を聞かれたか?証拠を探そうとしているのか?

終始無言で気味が悪かった。

しかしミッシェルは、彼等の作業にも笑顔を絶やさず、小首を傾げて見せた。

理解していない風体を崩さない。

先程のロバートの話が事実である事が…この2人の男達の行動で証明されたからだ。

何か大きな出来事にロバートも彼女も巻き込まれている。彼女がこのCERNにマンデラ移動した事よりも大変な事態である。

怪しまれてるのは、スパイ行為か情報漏洩の類だろう。

言葉だけで、物証になるようなモノは残ってはいない筈だった。

その点だけが彼女が強気になれる所だった。

「あの…先生…この方たちは?」

ロバートは笑顔で手を広げ、背中を向ける2人の男達を紹介した。

「あぁ…そうだった。彼等はバチカン市国の警備隊の人達だよ。B棟を主に面倒を見ていてくれてるんだ。彼等のお陰で安全は守られているんだよ。このCERNSmartCityの警察署も彼等が実質的に管理してくれるから不正もなく安心なんだよ。…それでね…」

ロバートはここぞ、とばかりに男達が困るような情報を陽気に話しだした。

年上のロレンツォは慌てた。ロバートの言葉に焦って急いでテーブルを離れた。

「では、先生。研究室までお送りしますね。」

ロバートの話を遮り、彼の背中を優しく手で押した。

若い男が、すかさずロレンツォに代わった。

その隙にロバートはミッシェルに両手を広げてハグを促した。

「シンデレラは帰る時間なんだよ。」

あくまで陽気なロバートを演じた。

ミッシェルはロバートに走り寄りハグをした。

ロバートは耳元で

「See the truth」

と小声でミッシェルに話した。

「今日は会いに来てくれて本当にありがとう!SmartCityは本当に良い所だから見学するといいよ。また宇宙を一緒に語ろう!」

ハグを解いて笑顔で握手した。

「そうだ!君のレポートが載った雑誌の件。頼まれていた私のサインを入れる約束だったよね。遅くなって済まないね。よかったら大事にしてくれないか?

ロレンツォ!この雑誌は彼女の私物だからB棟のものでは無いよ。僕のサイン入りの貴重な雑誌だよ。」

ロバートは、ガハハハと笑ってロレンツォに雑誌を手渡した。

若い男はロバートを促した。

「じゃ、またな!」とロバートとは片手を上げ明るい笑顔でカフェテリアを出ていった。若い男が後ろをついて行く。

長身のサングラスの男、ロレンツォと2人っきりになった。

さて…尋問の時間の始まりだった。

ミッシェルは笑顔のまま固唾を呑んだ。

ロレンツォは黙ったまま雑誌を丁寧にチェックしていた。

口火を切ったのミッシェルだった。

「何か問題がありましたか?私はCERNに来たばかりなので失礼があったら申し訳ありません。」

彼女はロレンツォに丁寧に謝った。

「いえ、大丈夫ですよ。お嬢さん。」

彼は雑誌を閉じた。そして初めてミッシェルの目の前に立った。

「いろいろお聞きしたいので、バチカン市国の本局まで起こし頂けますか?」

万事休すだった。バチカン市国は治外法権だ。外国人たるミッシェルには人権なんて無いに等しかった。たぶん、このCERN内でも同じだろう…。

しかも、とんでも無い秘密をロバートから聞いたばかりなのに、この教皇の警備隊が直ぐに駆けつけた…。バチカン自体が大いに怪しい。

何も知らない体で居たミッシェルだから、ここで拒否はおかしくなる。

しかしあのサン・ピエトロ大聖堂のバチカンの縄張りに行くのは危険だと直感が知らせている…。

ミッシェルは広報の仕事でテレビやメディアで、修羅場は数え切れない程の場数は踏んでいた。

「ええ、勿論ですわ。」

笑顔で即答した。

成るように成れ。

知らない体を押し通す事にした。

「では早速行きましょう。私もいろいろ知りたい事や聞きたい事がありますから。」

彼女はロレンツォに笑顔で答え、彼を促すように一緒にカフェテリアを出ようとした。

その時…

誰かがこちらに走ってきたのだ。

先に気づいたのはロレンツォ。顔を向けたのだ。

入口から入ってきたのは、警察官のドミニクだった。プレタポルテのスーツの伊達男だ。

「ミッシェルさん!此方に要らしてたんですか?探しましたよ。」

彼はロレンツォに一礼した。そして彼女に振り返り

「ミッシェルさん、貴方の上司のガブリエルが至急の用件だそうです。フランス政府関連の話なので直ぐに来てくれと…。携帯番号を彼に教えてなかったでしょう?だから私が頼まれました。」

「あら?やだ…。そうだったわ。手続きで忙しくてうっかりしてました。」

ドミニクに頭を下げて丁寧にお辞儀をした。

「玄関ホールの真ん前に我々の車を止めてあります。先に乗って待っていてください。急いでください。」

ドミニクはミッシェルの肩に手を置いて、片手を出口方向に指し示した。

そして肩を押して移動するように促した。

彼女はロレンツォに頭を下げて急ぎ足で出口に向かっていった。


「ドミニク、どういうつもりだ?」

ロレンツォはドミニクの前に立ちはだかり首を傾げた。

背が高い。ドミニクの頭1つ分大きい。見下ろすような姿勢は威圧感しかない。

「ロレンツォさんの言いたい事はわかります。ミッシェルは、あれでもフランス宇宙研究センターの宝でもあるんです。異動先が何かの手違いだったようで、一旦本店に送り返す事が上で決定したみたいです。」

ドミニクの表情を伺うロレンツォは、サングラスから鋭い視線を送っていた。

「…そうか。わかった。でも帰る前に尋問はこちらでやりたい。敬愛する教皇様の悲願達成の為に、少しでも不安は取り除きたい。」

ロレンツォは姿勢を崩さない。

「ロレンツォさん!それだけは勘弁してください。私の顔も立てて下さいよ。これからもフランス政府はソチラの意向で動きますから…。

もし、今回の件で私がここを離れて異動になれば、いろいろ面倒じゃないですか?」

ドミニクも引かなかった。

「ミッシェルは単に偶然紛れ込んだ珍客です。何も知りません。あと、シヴァ神像の前で行った変なポーズは、彼女が溺愛する日本のアニメ「セーラームーン」の主人公が取る決めポーズのようです。いい大人なのに…やはり宇宙関係の人間は少しおかしいんですかね…。」

ドミニクは横を向いて思わず苦笑いしたが、冷や汗でいっぱいのようだった。

ドミニクの話を射るような雰囲気で見ていたロレンツォ。

サングラスの奥の表情は何かを思案していた。

そしてロバートから手渡された雑誌をドミニクに掘り投げた。

慌ててドミニクはキャッチした。

「…わかった。Mother.AIの監視レベルは下げてくれて構わない。その代わりに君が全責任を持って監視をしてくれ。監視ドローンのQueenbeeを使っても構わない。日報として、明日から午前と午後の彼女の行動を私に送るように。」

ロレンツォはドミニクに、もう興味がないかのように踵を返した。

彼の動きは無駄がない。人間らしくないのだ。

ロレンツォは背中を向けながら

「分かっているとは思うが、バチカンとフランスの関係は対等ではないぞ。弁えろ。」

こちらを振り向くこと無く彼はカフェテリアを出ていった。

ドミニクはキャッチした雑誌でパタパタと扇いだ。

「ふー…勘弁してくれよ。ロレンツォは相変わらず人間離れしているな…。」

彼は頭を振ってカフェテリアを出た。


B棟の玄関ホール前に停めてあるCSC警察車両。

フランス政府が日本のTOYOTAに依頼して造った電気自動車で、カラーリングは宇宙的なモチーフの星が誂えてあった。

ドミニクは玄関ホールから足早に階段を降りてきた。

助手席にはミッシェルが座って彼を見ていた。

「ミッシェルさんお待たせしました。」

ドミニクは直ぐに車を出した。ロレンツォが見ている気がして、気が気でないのである。

そんなドミニクの仕草を見てミッシェルは、口元に手を当てて微笑んだ。

「なんですか?変ですか?」

ドミニクは見透かされた気がして恥ずかしかった。

「いえ、助けてくれてありがとうございます。」

ミッシェルは頭を下げた。

ドミニクは慌てた顔を隠さなかった。

「助ける?何を言ってるんですか?ガブリエルが呼んでいるのを知らせに来ただけですよ。私も一応フランス政府の役人でF棟が管轄ですから。」

ドミニクは慌てて、身振り手振りで答えるのが…ミッシェルにはそれが嘘っぽくっ見えてしまって笑ってしまった。

「ガブリエルは私の携帯番号を知ってますよ。」

彼女は声を上げて笑ってしまった。ドミニクは悪い人ではなかったからだ。

彼女も、ロレンツォの前で咄嗟にドミニクの話しに乗ったのだった。

「でも、本当に助かりました。あのロレンツォと言うターミネーターは怖かったですもん。バチカン市国なんて所に連れて行くより、地獄に行きそうな雰囲気で。」

今度はドミニクが声を上げて爆笑した。

「hahahahaha.…。ターミネーターでも、ロレンツォはターミネーター2の液体金属のT1000の方じゃないですか?」

ミッシェルも爆笑した。

「確かに!俳優のロバート・パトリックが演じたT1000ね!顔もよく似てるわ。」

ステアリングを両手を持ちながらドミニクが目を丸くした。

「WoW!ターミネーター知ってるの?驚いた!ロバート・パトリックの名前がでるなんて…WoW!ミッシェル!やるね!」

ミッシェルも、先程の緊張感から解放され、そしてドミニクとも笑いながら打ち解けられてる事が嬉しかった。

「T1000と言う単語が出るなんて、ドミニクもなかなかだわよ。
でもロレンツォが「I'll be back.」って言ったら似合いすぎて怖くない?」

「OH!勘弁してくれ!」

2人で後ろを振り返り、ゲラゲラ笑った。

車は直ぐ隣のF棟の玄関ホールに着いた。

……………

GEIPAN/ゲイパン事務所

車を停めてミッシェルがガブリエルに話をしようとすると、彼は前を向きながら「BeeQuiet」の口元に指を付けたジェスチャーを取った。

「この車にはジャミング装置が取り付けてないんだ。」

ドミニクとミッシェルは車を降りた。

ドミニクの後ろを歩きF棟に入館した。これからゲイパンの事務所に行くという。

「でも、あれね…。ロレンツォの悪口は筒抜けだったわね。」

彼女はドミニクを脅かそうと誂った。

「ふふふ…。車が動いている時はモーターが無音で歩行者に危険だから、TOYOTAは機械音をエンジン音代わりにだすんだ。その機械音の周波数がジャミング効果になるから平気なんだよ。」

ドミニクは歩きながら、ニヤついてい人差し指を軽く振った。

ゲイパン事務所の前にガブリエルが腕組みをして立って待っていた。

「おい、ドミニク。急に、ここに来いなんて…何があったんだ?」

ランチの約束を抜け出したガブリエルは憮然とした態度で話した。

しかし後ろを歩くミッシェルを見かけて困惑した。

「OH!ミッシェル?出勤は明後日だよ。何かあったのかい?」

ドミニクは笑顔でガブリエルの肩を叩いた。

「あ!もう用事は大丈夫だよ!着てくれてありがとう!ミッシェルと話があるので事務所借りるよ。」

文句を言いかけたガブリエルだが、2人を見て何かを察したように引き下がった。

「ハァ……りょーかい!ミッシェル!鍵は掛かってないから適当にやっててくれ!」

溜息をつき片手を上げて出口ホールに向かって歩いていった。

ドミニクは自分の部屋のようにゲイパンの事務所に入っていった。

ガブリエルとの関係も深そうだし、
頻繁に此処に出入りしているんだろうなとミッシェルは思った。

彼女も後に続いて入った。

「どうぞ、そこに座って。」

来客ソファを指してドミニクは事務所用の珈琲メーカーで2人分の珈琲をセットした。

彼女が来週から勤める事務所なのに、部外者のドミニクに完全にお客さん扱いされたのがおかしかった。

だが、ドミニクに気を許した訳では無い。

何故なら初めてドミニクに会いに行った時に、警察署の2階からバチカンT1000と一緒に並んで彼女を見下ろしていたからだ。

しかし、彼等の会話やら立ち居振る舞いから推測するに所属は別で、ドミニクも管理される側だと言う印象だった。

前任者のヘレンの不審死の件もあり、彼等は何かを隠している。

何故タイミングよく助けに来てくれたのか?

何故ミッシェルがあの場所に居たのを知り得たのか?

そして、何故助けが必要な状況になるのかを事前に知っていたのか?

ロバート先生の話した事を知っているのか?

ミッシェルが思案している時…

背中を見せてコーヒーメーカーを操作していたドミニクが不意に声をかけた。

「ミッシェル、いろいろ考えているだろうが俺は君の敵ではないよ。」


「君が【Sailor Moon】だったんだね。」

ドミニクは珈琲カップを2つ持ってソファテーブルに置いた。

そして彼女に視線を向けた。

「俺が、エブリィ・ワンの「ニール」だ。初めましてだね。」


ミッシェルは驚いて背筋を伸ばした。



【Epilogue/エピローグ】


明日はロバート先生と会う予定だ。

ミッシェルは、情報収集に缶詰で作業していた。

「John.Book」のサイト。

そんな時に1つのスレの呼びかけがあった…。

「Hallo!Sailor Moon。ここにも是非遊びに来てくれないか?」

サイトのアドレスリンクが、何故か私の名前ボックスに貼り付けてあった。

こんな事が出来るのはマスター管理者しかいない。

「N」と言うハンドルネームだ。

途端に他のユーザーが直ぐに反応した。

……
Hallo!N!

N、こんにちわ。

元気かい?N。

Sailor Moonやったね!一発でお呼びがかるなんて初めてみたよ。

いいなー!私もお呼ばれしたいわ。

いってらっしゃい、Sailor Moon!
……

どうやら特別な場所らしい…。ミッシェルはクリックしてみた。

「HERO/J」と言うサイトのチャットに辿り着き入室した。

こんにちわ。Sailor Moon。ようこそ。

えーっと、Nでいいのかな?Sailor Moonです。

ニールだ。ニールでいいよ。Sailor Moon。ここの「ネズミ部屋」のチャットルームは誰にも特定されない空間だから安心していいよ。

改めて…

私は「エブリィ・ワン」チームのニールと言います。

この世界には信じられない不思議な事柄や陰謀や思惑があります。全世界の人々が生命や財産など不利益を被っています。

その為に私達チームは「HERO/J」の元、世界中の同じ様な違和感を持った人達と共に本当の真実を暴いて情報を世界に発信警告を行っています。

JohnBookのユーザー達は関係ありません。

そして2000年から201☓年を世界は何度もリピートしている現象に見舞われています。 

愚かなお伽噺かと笑われますが本当に起こっている出来事です。

それは「CERN」が加速器を回した結果だと判明しています。

何度目かのリピートかは分かりませんが、現在「CERN」はおかしな状況に変質しています。加速器が2台。フランスやスイスに代わってバチカンと米国が管理しています。

そして世界的に大きな破壊行為を目論んでいるようです。

私達エブリィ・ワンチームは実働隊です。

それを阻止して元のCERN、元の世界に戻したいと行動を起こしています。

Sailor Moon、貴方の言動からは最近CERNに来られた方だと思います。

あまり派手に立ち回られると危険な事態になりかねないのでご注意下さい。

では、また。

Ciao。


ニールと言う人物は、チャットなのに一方的に用件だけを伝えて退出した。

何をしたかったのだろう?

ただ、怪しい集団である事はわかった。

陰謀論の類を本気にして活動しているとは…。

本来なら取るに足らない時間の無駄なのだが…。

しかし実際に彼女の周りで起こった事実である。

不用意な立ち回りは危険、と言うのは直感で理解した。

今のミッシェルには何故か心強かった。

そして大きな安心を感じられた。

よし、明日はロバート先生に会っていろいろ聞いてみよう!

ミッシェルはまた奇妙なポーズを取った。


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