マンデラ小説「M.e」 第5話 「衝撃」
慌てる自分と冷静な自分。
まるで人格が2つあるような不思議な感覚に困惑する。
あまりにも想定外過ぎて慌てたが少しずつ落ち着いてきた。
交番を出た後に、直ぐ横にある駐車場に停めたレンタカーに乗り込み考えを纏める。
レイバンを助手席に置き、冷えた車内でステアリングを両手で握り遠くを見た。
口元が歪む。
状況の打開では無いが交番に赴く事で何が動くと思った。
聞いた話では該当の警察官は存在せず貴方の思い違いではないのか?
そして言われたマンションは20年前から建っていて、周辺にはその規模の白の綺麗なマンションは存在していなかった、と。
「あー…すみません。俺の勘違いです。交番の場所を間違えたみたいです」
咄嗟に返答を返す。
慌てた素振りを見せ頭を下げて怪しまれないよう笑顔で踵を返す。
「本当にすみませんでした。寝不足でボケてたみたいで。お騒がせしました。」
情報は得られそうに無い。食い下がらず引き下る。
このまま問答をしていると此方の情報やら詳細を話さないといけないのは避けたい。
そんなやり取りの最中にも、おかしな事に警察官らと話している自分ともう一人俯瞰で思考している自分がいた。
2人の別の人間が俺の中にいる変な感覚がある。
そして1人の警察官が奥に入り連絡をしているのを目の端で捉えた。
驚いている自分と冷静な自分。
今朝から感じていた違和感。
なんだこれは。
握るステアリングに力が入る。
それより昨日のトシカズが住んでいたマンションが無くなっていた事。
思い違いではない。
自身の身体で歩いて確認しながら来た場所だから間違いでもない。
昨日からおかしな事に巻き込まれている。
ランニングしながら想定していたプランが崩れた。
ようやくステアリングから両手を放し、レイバンをかけ姿勢を正し直す。
車内はまだ、ひんやりしてる。
昨日の夕食後に、起った出来事を調べ直して驚いた。
親戚の遺産のお金をトシカズに知らせる事から発端した騒動。
しかし遺産のお金では無かったのだ。
なんの気なしに通帳を確認すると、振り込み相手が親戚の名前では無くなっていた。
振り込まれていたお金は離婚したミキからだった。
心底驚いた。
2人で住んでいたマンションを売って、経費を除いて折半したお金を振り込まれたと、記憶も朧気ながら思い出したのだ。
狐に摘まれたようだ。
と言う事はトシカズに会えない事態もあるかもしれない。
根本が違っている。
親戚にも連絡がしずらい。
予感がしたので、ポルシェの彼女に電話をし今日会う算段は取り付けていた。
彼女が指定した場所は奇しくもこの近辺。
国道沿いのファミレス。
しかし、このまま直接会いに行くのは良くないと判断した。
先程からこちらを見ている交番の警察官の視線は見逃しては居ないからだ。
警察官が3人。
彼奴等の目が能面のそれになっていた。
そちらに気付いてない振りをしながら、レンタカーを一旦降りパーキングの料金を支払い、再び乗り込む。
車内は少し暖かくなってきた。
キャップをフライトジャケットの内側に仕舞い、レイバンを掛け直し、シートベルトとシートを調整してパーキングをスルリと出た。
都内の方に車を向けてみる。
周りをミラーや目視で確認する。
おかしな挙動の車やバイクは見当たらない。
注意しながら丁寧に運転をした。
落ち合うファミレスを通過しそのまま走らせる。
昨日のマスタングの様なヤバいヤツが出ないとは限らないからだ。
先程まで渋滞する程混雑していたのに走りやすくなってきた。
警察官も交番から動く気配も無いのは確認済みだった。
心配しすぎたか?
もう少し走らせてからファミレスに戻ろう。
前方の信号が赤色に変わり、大きな交差点の前で先頭で停車する。
後方の車はいない。
不思議な事に後方の交差点にも停車する車の影も見えない。
都内方面へは車は走ってないようだった。
信号待ち。
不意に気の抜けた様な陽気。
車内への日差しが心地よい。
レンタカーのラジオからは、今日の東京は天気がよいとのんびり告げている。
と。…
背筋が凍った
瞬時に見るルームミラー
赤色灯
背後に居るはずのなかった車
物凄い速度で突っ込んでくる
息を呑む
全身が毛立つ
車内の音が消える
時間がゆっくりになる
ルームミラーで後ろのドライバーと目が合う
鼻の奥がツーンと焦げ臭くなる
身体が強張る
…そして刹那。
頭より身体が動いていた。
瞬時に脱力させ両手を後頭部を包み、両肘でステアリングを押し両足も突っ張る。
衝撃に備えられた。
瞬間、車内に轟音と途轍もない衝撃が飛び込んできた。
後ろから車にぶつけられたのだ。
凄まじい衝撃にレイバンのサングラスがぶっ飛んだ。
ぶつけられた瞬間に、フットブレーキを離し瞬時にフルブレーキをかける。
衝突の衝撃を一瞬逃がす。
平衡感覚が失われた車内。
耳が聞こえなくなる。
血流が偏るのがわかるくらい重力が襲いかかる。
右足はブレーキペダル、左足はフットスペースに力一杯押さえ付る。衝突の衝撃が、身体に大きな重力として襲い掛かるのに耐えられた。
何度かのスピン。
両手を後頭部から放しカウンターを合わせた。
さらに衝撃。
車の助手席側面から当たって停車した。
周りを確認する。
身体の具合も大事ない。
ぶつけられるのが分かっていれば対処できる。
時間と音が再び車内に戻ってきた。
きな臭い車内でカーラジオから場違いな陽気な音楽が流れる。
車外は砂埃か煙なのか立ち込めていた。
交差点の角。
停車位置を確認。
助手席側からガードレールに当たり停車していた。
運転席のドアを蹴り上げた。
そのまま転がるように外に出て目端で確認した歩道を身体を丸めながら走ろうとした。
瞬間。
背後から凄まじい衝撃音。
背中で大きな衝撃音と爆風のような風を感じて走りながら振り返る。
ぶつけに来ていた車がもう一度アタックを仕掛けていた。
運転席に目掛けて突っ込んでいた。
しつこい。
赤色灯の灯りの正体はパトカーだった。
何故だ?
考えるまもなく、煙を上げる車を背中で確認しながら走る。
走る速度を緩めず駆け抜ける。
呼吸は荒くもなく身体も軽快に動けている。
頭は冷静そのもの。
あの状態ではパトカーは挟まって動けないハズ。
転がりながら見たアノ場所へと走る。
乾いた音と共に何かが顔の横を掠める。
鳥肌が立つ。
テキサスで体験したアレだ。
構ってはいられない。
転がりながら見かけたアノ場所。
そこには此方を見て停車したナンバープレートを折り上げたバイクとライダーが居る。
直感でそこに走る。
場所は住宅街だが商店街の様相をしている。
他に人影や車が見当たらない。
ライダーの正体は見当がついた。
叔父がアメリカのダウンタウンで同じようにバイクで助けに来たのを思い出す。
こんな状況なのにニヤついた。
背中に危険を感知しながら走る。
予備のヘルメットを片手に差し出しこちらを見ている白いヘルメットのライダー。
叔父ではない。
何故、ここに居て助けてくれるのかは後で聞く。
「投げろ!」
投げられたヘルメットを空中で受け取り飛び乗りながら
「走れ!」
自分の声ではない声が出た事に驚く。
ヘルメットを被りながら機微な動作でバイクの後ろに飛び込む。
瞬時に、ライダーは商店街の方に向けてバイクを爆走させた。
蛇行しながら走るライダーは修羅場に慣れた運転を見せる。
驚いた。
それならと、邪魔にならぬように自分の重心をライダーに合わせる。
これでかなり走りやすくなる筈だ。
又、背中に殺気が走った。
乾いた音が遠くから3発。
ヘルメットが揺れる。
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