サイレン(こんな夢を見た)

 サイレンが聞こえて目を覚ます。
何とも不安になるようなあの音。
何かをせねばならないが何をしたらいいか分からない。
 暫く布団の中でサイレンが止むのを待っていた。身の置き場が無い気がして寝返りをうったりしていると、本棚の上の時計が目に入った。
暗い部屋の中で、夜光針が僅かに光っている。1時35分だった。僕は布団から跳ね起き、部屋の電気を点けた。
間違いなく、1時35分だった。と言う事は、これは何時ものサイレンでは無い。ひょっとして、何か大変なことが起こったのかもしれない。
不安になった僕は部屋から出ると、着の身着のままで外の通りへ出た。
外は何時も通りで、特に異常はないように見えた。狂った様なサイレン音以外には空は星ひとつ見えず、ただひたすらに鈍く黒々とした雲が広がっているだけだった。
国道には他のアパートの住人達がいた。
「何があったんですか?」
 住人の一人に聞くと、彼は何処か神妙な表情で首を振った。
 サイレンはまだ鳴っていた。鳴り始めてからどれだけたったのだろうか、時間をハッキリと確認していたわけでは無いが、多分20分くらいは既になりっぱなしであったと思う。
 周りの人を見てみると、彼らもまた着の身着のまま出てきたようで、大体がサンダル履きだった。皆一様に辺りをキョロキョロと見回して所在なさげにしていた。
 誰かが声を上げた。何を言っているのか良く分からなかったけれど、その声に端を発して人々が一方向へ向かって行くのが見えたので、僕達もその後をついて行った。平生あまり通らない小道を抜け、見知らぬ民家の角を幾つか曲がると、広い通りに出た。
そこは近所のはずなのだけれど、見た事の無い場所で、妙に潮の香りがきつく、僕は思わず顔をしかめた。やたらと長い割に建物は無く、ただ荒れ果てた畑だけが見渡す限り広がっている。
標識があって、そこには「72」と言う文字が書いてあった。国道の番号だと思うのだが、僕は地理に疎いのでその番号からでは自分がどの辺にいるのか判断できない。
道にはまばらに人がいて、彼らは皆一様に一方向を向いている。その先には何も見当たらない。その方向に一切の建物が見当らない事と、この潮風のキツイ匂いから、そこは海へ通じてるのではないかと思って目を凝らしたが、沈黙する闇があるだけだった。
 唐突にサイレンは鳴りやんだ。
そしてそれが合図であるかのように、突然辺り一面が真っ青になった。雲の影に隠れていた月が、その切れ目から姿を現したのだ。道も畑も青白く輝いている。
光る長い道の先の闇で、幾つもの光がゆらゆらと揺れだした。その曖昧な形の光が月に照らされた海面である事に気づいた僕は、そのあまりの美しさに暫く声を失った。
ずっと見つめていると、その方向から、ザッ、ザッ、ザッと靴の鳴る音が聞こえた。青白い道を通って何かがやって来る。それも一つでなく大勢の靴音のようだった。決して足並みが揃っていると言うわけでは無く酷くまばらで、その中にはパタパタと言う軽い足音も聞こえる。きっと子供もいるのだろう。
その姿はさっぱり見えないが、足音だけが段々とこちらに近づいてきた。確かに大勢の人の足音が向かって来るのに、その姿が見えないのは随分奇妙な事だと思った。
僕は隣にいた男にこれが何か聞こうと思ったが、見ると男はその方向に向かって頭を下げて、手を合わせていた。
周りを見渡すと、皆も一様に足音の方向に向かって手を合わせていた。
僕も彼らの真似をして、手を合わせてお辞儀をした。

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