契(ちぎ)り
こんにちは。創作大賞、賑わってるみたいですね。自分も出そうかと思ったのですが、2万字という事で〆切まで日がないので次に参加する事にします。今日はこの間加筆修正した4千字程度の小説をよかったらどうぞ。千〜2千字程度の話を集めた本もAmazonさんで出版してますので、そちらもよかったらどうぞ。
『もしも僕がリンゴの木を植えなくても』
https://t.co/GsYlGhydx3
『契り』
月(つき)は、私の物心がついた時にはもういつも隣にいた。私の母と月のお母さんは、市の手芸サークルで仲良くなったらしく、しょっちゅう一緒にお茶をしたり買い物に行ったりしていた。
私は歳の近い月といるうちに親しくなり、時々私の家で彼を預かったりもしたのでよく遊ぶようになった。
年齢の近い異性が彼以外にいなかったのもあって、幼い子どもの思考で、将来は月と結婚するものだと思い込んだ。それを彼に話し
「ずっといっしょに歩いて、私とけっこんしてね」
と言った。月も、子どもの思い込みで
「わかった」
と答えてくれた。
それからは、学校も迎えに来てくれて二人で登校したり、どちらかの家へ行ってずっと話したりしていた。このままずっと彼といて、いつか結ばれるとその頃は思っていた。
時は緩やかに過ぎ、私たちは高校生になる。そして、大学に入り、卒業する目前に私はひどい事故に遭った。
気がつくと、私は病院のベッドにいた。
──ここはどこだろう? ぼんやり天井を見ていると、私が目を覚ました事に気づいた母が声を上げた。
「華(はな)⁈」
頭を動かして返事をしようとしたが、なぜか体が思うように動かない。
「今、先生を呼んでくるからね!」
そう言うと、母は部屋の外へ駆けて行った。
駆けつけた医者に診てもらったが、脳には異常はなかった。けれど、手や上半身は動くが、足に力が入らない。というか、自分に足がついている感じがしなかった。それに気づかないふりをしていたが、日が経つにつれて予感が本当になりそうな気がして恐ろしかった。
月は何度かお見舞いに来てくれたが、自分の状態が明らかになるにつれ、会うのが辛くなって
「もう面会に来ないで」
と伝えた。
必死にリハビリに励んだが、足の状態は全く絶望的だった。それでも現実を直視したくなくて、医師や看護師の言うことを素直に聞いた。
それから数ヶ月たって退院も間近の頃、突然月が病室に現れた。私は不意打ちを食らって、ただ彼を見つめていた。
「本当はもっと早く来ようと思っていたけど、ごめん」
私は顔をそらす。
「……華に伝えなければいけない事があって」
彼は言いにくそうに切り出した。思わず視線を窓の外へ逃す。病院の敷地内の木々が、美しく紅葉しているのが見えた。
「君のそばをずっと一緒に歩いて行くって約束したけど、もうそれはできない」
やめて‼︎ それ以上は聞きたくない。私は顔を伏せて続きを聞くまいとした。だから会いたくないと言ったのに……
「これからは──僕が君を抱いて歩いていくよ」
そう言って、久しぶりに私の大好きだったお日様みたいな笑顔を見せる。
思わず彼の方を向く。思いもかけない言葉をかけられ、口を開けたまま、返す言葉を見つけられなかった。
「え?」
「だから、君を一生抱いて一緒に歩いて行こう」
「……バカじゃないの? そんな事を簡単に言わないで」
私は思わずそう口走る。
「もう歩けないって分かってるのに、なんで」
「俺は、──隣にいるのが華以外は考えられないんだ」
「……帰って」
私はそう言うのがやっとだった。
月は困っていたようだったが、しばらくするとおとなしく帰っていった。
私はその夜、眠れなかった。
月は何であんなことを言うんだろう?
そう言われて喜ぶと思ったんだろうか。
──いや、嬉しい。素直に言うとそうだった。
でも、私はもう歩けない。そのことを彼はちゃんと分っているんだろうか。
結局その日はずっと思考が尽きず、眠ることが出来なかった。
3日後、また月は病院に来た。
「この前の事、考えてくれた?」
「その前に聞くけど、月は私がもう歩けないって分かってる?」
「ああ。華のお母さんから聞いたよ」
「じゃあ、なんでプロポーズみたいなことを言うの」
「みたい、じゃない。プロポーズだよ」
「だから、中途半端な気持ちでそんな事」
「そんな訳じゃない。俺はずっとずっと考えていた。
華が入院して、前みたいには戻れないって聞いてから」
「じゃあ、なんて!!」
涙がぽたぽたと零(こぼ)れる。これ以上みっともない姿を見せたくないのに。
「俺の横にいるのは、華以外考えられないんだ」
興奮した私を見て、しばらく沈黙した後にそう告げる。
私はあなたの側にいる資格なんてないのに。
けれど、みじめすぎてそんな事は言えない。ただ、涙がポロポロと零(こぼ)れていく。
「俺が真剣な気持ちだって事、分かってほしい。
返事はすぐじゃなくていいから。今日は帰るね」
お大事に、と言ってハンカチを私に押し付けると彼は帰っていった。
2日後、また月は来た。私はため息をつく。
「何度来ても同じだって」
「どうして俺の気持ちを受け取ってくれない」
「だって……」
視線を落とす。彼がこんな事を言うのは一時的な感情に過ぎない。私を哀れに思う事で、一生を棒に振らせてはいけない。
こちらをじっと見ていた彼はやがてため息をついた。
「分かった」
やっと諦めてくれたという安堵(あんど)と、彼を失ってしまう寂しさが胸に押し寄せる。
「華が信じてくれるまで、毎日ここに来るよ」
私は耳を疑った。
「そんなの無理だよ、それに私は……」
「私は、何?」
問いかけられて口をつぐむ。だめだ。これ以上何か言ったら、月から離れられなくなる。
「……」
無言で布団をかぶって横になる。
「また明日来るから」
そう言うと、静かに去っていった。
それから、彼は本当に毎日私に会いに来た。授業や卒論などで忙しかっただろうに、どんなに時間がなくても、家からバスで1時間の道のりをせっせと通い、ほんの少しだけでも顔を見せた。
どうせ1ヶ月もすれば音を上げるだろうと思ったのに、雨の日も風の日も通い続けた。母は始めは訝しげな顔をしていたが、事情を聞いて
「華、そんな事をさせてんの? すぐにやめさせなさい」
と詰め寄られた。
「私がやってって言ったんじゃない。彼が勝手にしているだけ」
「それでも、あなたのために来てくれているんでしょ? 同じ事よ」
そう言われると、何も言えなかった。けれど、私がもう来ないでといくら言っても彼は聞かなかった。ぽつぽつと自分の近況を話したり、リハビリの様子を聞くと
「じゃあ」
と笑顔で去っていく。時には、彼の家で飼っているハチという芝犬の写真を見せ、その様子を教えてくれたりした。
──そんな事をされて嬉しくない訳がない。今でも彼が好きなのだから。
けれど、負担にはなりたくない。そう思いつつも、彼が来る時を待ち遠しく感じるようになった。
秋が過ぎ、冬になった。その年は寒さが厳しく、年が明けてしばらくすると雪が降った。夜中から積もり始め、朝になって母がカーテンを開けると、雪国のように一面銀世界だった。
「ずいぶん積もったわね……」
と漏らし、チラリと私を見る。ニュースでは、電車や高速道路などの運行状況を報じ、流通が麻痺していることを知らせていた。
──もしかしたら今日は来ないかもしれない。
彼の来訪を心待ちにしている反面、心理的な負担が重くのしかかってきているのも事実だった。もしも今日現れなかったら、彼は私から解放される。
そして、私も。
不安と期待が入り混じった時間がじりじりと過ぎていった。こんなに待っても来ないのは、もしかして途中で事故にあったのかもという不安も湧いてきて、いたたまれなかった。
消灯の時間を過ぎても、彼は現れない。連絡してみようかとも思ったが、催促してるように思われるのも嫌でできなかった。
やがて、時計の針が真夜中を過ぎた。
長針が真ん中から右へずれた時、私の中で張りつめていたものがスーッと抜けていった。
──彼は来なかった。だから、あの約束は守られない。
そう思うとほっとしたのか、ため息が出た。と同時に、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
やっぱり私の事が嫌になったんだろう。何が何でも約束を守ろうという気にならなかったんだろうから。
捨て鉢な気持ちと辛い思いが胸に溢(あふ)れて、嗚咽を止められない。
しばらく感情を吐き出すと、少しずつ落ち着いてきた。
泣きすぎて、まぶたが腫れてしまったようだ。顔を洗って寝てしまおう。
そう思って、車椅子に乗るためにナースコールを押そうとした。
「華、起きてる?」
その時、ベッドの周りに引いてあるカーテンの向こうから、遠慮がちな小さい声が聞こえた。
え? 聞き間違いだろうか。もしかして幻聴……
「誰」
恐る恐る聞き返す。と、そっとカーテンの端が開いた。
「悪い、遅くなった」
そう言って姿を現した人は、雪まみれでびしょびしょだった。
「──え?」
私は驚きに目を見張る。これは夢だろうか。
「0時を過ぎちまったな。──じゃあだめか」
眉を下げて力なく笑う。
「電車もバスもタクシーも全部止まってるから歩いてきたんだけど、めちゃくちゃ雪が積もってるし、歩いても歩いても全然たどり着かなくてさあ。残念」
彼は全身がずぶ濡れなのに、軽い調子で話し続ける。ここは空調が効いているが、寒くてたまらないだろうに。
「連絡もなかったし、もう来ないのかと思った」
「充電が切れてしまってさ。悪い」
そう言って、ニッと笑う。
「……風邪、引いちゃうよ」
「ずっと動いてたからぽかぽかしてる。大丈夫だよ」
「そのままにしてたら病気になっちゃうってば」
「じゃぁ華が看病してくれよ」
「どうやって! この体でどうやってできるって言うのよ⁉︎」
私は大声を出す。その体を彼はゆっくりと抱きしめた。
「そうだな──ごめん」
月の大きな身体を感じる。けれど、この先はもう触れられないのだろう。
「でもさ、できない事は周りの人を頼ればいいんだよ。例えば」
そう言うと、ナースコールの釦(ぼたん)を押す。
「こうすれば、誰かが来てくれるだろう?」
私はぽかんとしていた。
この人は、こうやって不可能を可能にしてしまう。
「だからさ」
彼は私の目をじっと見つめる。
「2人で──俺らでできない事は、みんなに助けてもらって、一緒に生きていこうぜ」
私は彼の言うことを聞いていたが、またわっと泣き出した。
その背中を、月は優しくポンポンといつまでも叩いてくれていた。
了
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