現象学女子〈1〉金井翔太
教室掃除の時間に不意に金井君が「井戸ってなんかいいよね」と言った。
こいつは分かっている。井戸フェチに悪い奴はいない。さすが圭ちゃんと仲良くなるだけのことはある。
「やっぱ井戸だよね」と私は言い、続けて
「金井君て音楽とか好き?」と聞いてみた。「まあ好き」というのでギターをあげるならこの人にしようかなと候補に入れる。
昨日は3時間しか音楽を聞かなかった。もうだめだな。音楽に飽きたんだろう。最近ギターもとんと弾かなくなった。弦はまだ緩めてないが、弾かないのに張ったままだとストラトキャスターがかわいそうなので今日は帰ったらまず弦を緩めねば…
私は弾かなくなったギターを捨てるのがもったいないので、いい貰い手を探すことにしていた。金井君はどうだろうか。
昨日はマドンナのマテリアルガールの3サビの「コズエブリバディ」の部分が不意に聞きたくなったのでそこから聞き始め、ヨルシカの藍二乗の最初のブリッジミュートから始まるギターソロからの流れるようにボーカルに曲が受け渡され、サビでは再びボーカルとギターソロが並走するという秀逸以外の何物でもない曲構成からのラスサビではギターソロの中にピッキングハーモニクスでのアクセントがまた心地よく完璧な構成で終わりを迎えてから、グリーンデイのバスケットケースに移って、サビでの16ビートからわずか3つのパワーコードで構成されたおそらくこの世でもっともシンプルなギターソロは無駄がなくそして疾走感に満ちている。
まあこんな感じで動画サイトのおすすめやらブックマークやらをうろうろしていたがそれでももう私の音楽への情熱は確実に枯渇しつつあったし、それに加えて楽器ならなおさらである。
私はほうきでゴミを集めながら、しゃがんで塵取りを構えている金井君に試しに
「金井君はパンクとか聞くの?」と聞いてみれば
「パンク?」と返ってきたので
「パンク」とまた返したらまた
「パンク?」と同じことが返ってきたからもう埒が明かないので
「あ、じゃあ一番好きな曲とかってある?」と聞いてみたら
「トルコ行進曲」
だそうだ。まあそれはそうか。
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