おやじがガンになりまして

8月に夏休みで帰省をしてからしばらく経って父から連絡があった。
どうやらガンっぽいものが見つかったとのこと。
詳しいことは検査をしないとわからないので
精密検査をしましょうという流れになった。
自分の周りの親世代でガンに罹ったケースは今まで何件かあったが
そのときはあまり気に留めていなかった。
しかし、自分の父親がそうなって初めて
あぁ皆こんな気持ちだったのかと理解が出来た。
経験していないことに感情移入することは難しい。
何事も経験ということは大事なことなんだと改めて理解した。
検査の結果が出たのが9月半ば。
結果としてはガンは確定したものの手術で治るとのことだった。
こちらとしては安堵したが本人は気が気ではなく
精神的に参ってしまっていた。
それもそのはずそもそも入院したことがない上に大病もしたことがない。
おまけに定年後は遊んでいるので家でジッとしていることは殆どない。
それがいきなり動かなくなれば余計なことを考える時間が増える。
身体能力も落ちる。悪循環。
検査結果が出るまでの間はこちらも気が気ではなかったが
他にも色々トラブルが重なっていたのでよくわからないまま日が過ぎた。
自分は他県に居るため、手術当日は家族の誰かが行くだろうと思っていたが
指名を頂き行くことになった。
手術日より前に事前説明もあり長めに帰省をする運びとなったが
休みを取らなければならないので仕事関係の方へ事情を話したところ
皆2つ返事でOKしてくれた。本当にありがたかった。
帰省前日あまりの憂鬱さに具合が悪くなってしまった。
こんなに楽しくない帰省は初めてだ。
それでも皆の好意で行かせてもらえるのだから役目は果たそうと思った。
帰省の翌日に説明があり、父と対面したがよそよそしい感じだった。
先生の話を聞いているときもどこか上の空といった様子。
あぁこれは手術が終わるまでこのままだと思った。
少し先に嫌なことがあるともう何をしても楽しくない状態。
これは自分もよくわかる。世界が灰色になった気分だ。
手術はそれから5日後だったので、もうしばらくはこのままだ。
そしていよいよ手術当日。
開始は9時で予定は5~7時間とのこと。
8時45分集合とのことだったので、車の混雑を考えて早く出たが
全く混雑していなかったため、かなり早く到着してしまった。
車で待機中に到着している旨、父に連絡したところ電話がかかってきた。
車の足元のマットを探ってみろとのこと。
「一体何を言ってるんだろう?」と思いつつ探ってみたところ
現金の入った封筒が出てきた。
そこから今回の旅費を取ってくれとのこと。
もし早く到着していなかったら自腹だったのか?という疑問はあったが
一旦、旅費分は取らせてもらった。退院祝いに返す予定で。
時間になり受付に行くと同じように立会の方が自分以外にも数名居た。
日常的に病院では医療行為が行われており、日頃特に気にすることはないが
目にするとインフラや店が開いているのは当たり前ではないと感じた。
見えてないだけでどこかで誰かがやっているのだ。
ジグソウの言っていることは正しい。
待合室に案内され、父と一緒に途中まで移動したが通常通りの感じだった。
手術室に運ばれる父には以前、一緒に生活していたときのように
「いってらっしゃい」と声をかけた。
待合室では本を読んで過ごしていたが、内容が全然頭に入って来なかった。
文字を眺めているだけの状態。しばらくして読むのをやめた。
テレビでは「徹子の部屋」が流れている。
家にテレビがないため真面目にテレビを見るのは久しぶりだ。
何も考えずに流れている映像を見るのは悪くないと思った。
自分で調べる情報はどうしても偏ってしまう。
6時間程経過したところで名前が呼ばれた。
先生からの説明があるとのことで部屋に通された。
手術は無事終了とのことだった。ひとまずは安心。
その後、少しだけなら面会可能とのことだったので会いに行った。
麻酔がまだ効いており朦朧をしていたが、返事は出来る状態だったので
無事に終わったこと、次の日も来ることを伝え病院を後にした。
駐車場から家族と親戚に連絡をしてとりあえずミッション終了。
翌日は病院のロッカーに預けていた荷物を病棟に届けた。
面会は出来なかったが部屋の外出てきて立っている父の姿が見えた。
「回復早っ」と心の中でつぶやいた。
「電話する」との声を受け手を振り返した。
術後の経過が心配だが、戻らなければいけないので
退院までのことは近くにメンツに頼んで最終の新幹線に乗って帰還した。
帰りは行きと比べて疲れてはいたがかなり心は軽かった。
数日後、父から電話があり元の父に戻っていた。
身体的よりも精神的に安定していたのでひと安心した。
その後の経過は順調でそろそろ退院日が決まるとのことだ。
父は本当に運がよかったと思う。
本人と本人以外が動いた部分がスムーズだったので助かったと思う。
自分も今回の件で色々な人に迷惑をかけてしまったので
その分は返さなければいけない。
父とは年3回1ターンのメッセージのやり取りしかしていなかったが
今はメッセージか電話が2日に1回ぐらいの頻度である。
普段何もないことが本当はとても幸せなことだと感じる出来事だった。
瞬間的ではあるが欲しいものもなくなった。今はもう戻ったけど。
何かが欲しいと思うのはまだ心に余裕がある状態ということですね。
日常的に感情的になったりすることもありますが心を乱すことなく
他者への感謝を忘れずに日々過ごしていきたいものです。

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