小此木さくらと竜殺しのおじさん

ヒスクリフの首根っこを掴んだまま、わたしはドラゴンスレイヤーの中へと落ちていった。
落ちていくなぁ・・・・
どう考えてもドラゴンスレイヤーのコックピットに落ちたとしたらおかしな距離をおかしな感覚で落ちていく。
ちょっとテレポートの感覚に似ている気がしないでもない。
「あれ、見てよ!」
と声を上げたのはヒスクリフ。
わたしより先に落ちているヒースには何か見えているらしい。
やがてそれはわたしにも見えた。
なんかこうボロボロの服を着て髪も髭も伸ばし放題のおじさんが一人で山ほどの武器を抱えて、歩いている。
いい言い方をするとマーガスさんをワイルドにした感じ。
わたしたちはそのおじさんに向かって落ちていくみたい。
不思議なことに途中にある木の幹を蹴ってスピードを落とそうとしたら足が木をすり抜けた。
うーん、ぎりぎりまで試してみるけどダメだったらおじさんにクッションになってもらうしかないなぁ。
わたしはそんなことを思い、ふと自分の手元を見た。
「えっ、さくらねえちゃん。なに、なんかしようとして――」
「えいっ!」
ヒスクリフの言葉は途中で風となった。
わたしに思いっきり投げられたヒスクリフはわたしよりずっと先にワイルドなおじさんに向かって落ちていく。
子供のヒスクリフぐらいなら大丈夫のはず・・・
いやわたしが重いとかいうわけじゃないけれど、やっぱり身長差とかあるし、先にヒスクリフに行ってもらって注意を喚起しておいた方がいいと思ったのだ。
さすがに空から降ってきた子供にぶつかったぐらいじゃ死なないでしょ?

右手には槍、腰には剣、左腕には方円の盾、あとは聖別した短剣に、妊婦の出産のときに産婆が使う丈夫な縛り紐、鍛冶屋が使う金床を叩くハンマーも持ってきている。
毒の煙を吸わないように口を覆う布も、それを湿らせる聖水も水袋に入れている。
それから背中をはじめあらゆる部分にありったけの戦闘に役立ちそうなものを抱えている。
ただし鎧の類はまとっていない。
あちらを出発するころは輝きに満ちていた馬も鎧もくたびれていたし、旅の途中で食べ物や薬に化けたのだ。
皮の裏に金輪を張り付けたくたびれた鎧の価値が今持っている武器の重さなのだ。
男は教会に認められた布教者のしるしとして賜ったペンダントと教義書を胸に進む。
それでも心細い。
強固な信仰心と誰もが驚愕する勇気を示した男でさえ「竜」が相手となると怯む。
男の信仰にとって「竜」とは許すことのできない悪である。
ロゴスによって世界を創造した父なる神に反逆し、地に叩き落された輝かしき炎の一人であり、父なる神より炎から生まれし者の三分の一を離反させた大悪だ。
反逆者でありながら天と対比される地の底に大帝国を作り上げた神に逆らいし者、大魔王サタン。
そのサタンこそが「竜」だからである。
だが信仰深き男もまさかその「サタン」がここに「いる」などとは全く思っていなかった。
まさに試練。
望むところであった。
西方世界で世界宗教となった西方教会から派遣され、東欧にもその教えを広げようと奮戦してきた男にとってこれはある意味「天の助け」であるように思えた。
この地一帯を毒で染め上げた「竜」を退治すれば神の栄光は輝き、強固なる信仰の城が生まれることだろう。
しかし実はそういう考えをするような男だからこそ、西方教会は男を嫌い東欧への信仰伝達という名目で西方教会から追い出した。
信仰とは無条件であるべきだ。
つまり「○○してもらったから、信じる」といった交換条件は不遜なのだ。
神側から「○○しろ」と言われればどんな理不尽にも従うが自ら条件は提示しない。
西方教会の信仰の基本であり、原理原則はそれだ。
たとえ実質がそうでなかったとしても・・・
最後の神の声を伝える者が地上を去ってから西方教会は迷走している。
神の教えに従い、天国を目指していた者たちの前からその指針を示す者がいなくなったのだ。
次に示されるのは指針ではなく、審判であり、その間に何をしろとも言われていない。
何もわからないのだ。
教えてくれる神が地上から消えたのだから。
そうなれば過去、神の声を伝える資格を持っていた者たちの記録を漁り、その意図を予測するしかない。
何もしなくていいということは教会と言う存在にとっては脅威でしかないのだ。
すでに皆救われているのなら信仰も、教会も必要がない。
教会はごく自然と教義を求め、それを示すことで存在を維持している。
ある意味、交換経済に似た働きをし始めたと言える。
たとえば「サタン」の誘惑を断ち切り、天国へ行くためには信仰をどうぞといった商売をしているとまで言ってはいけないだろうか?
そんな時代に信仰を得た人間として男の情熱は桁外れだった。
「信仰を伝えよ」
そんな一言で西方から遥かに遠い地へと足を延ばすのだから相当なものだ。
東欧と言うのがどこなのかをその足ではっきりと知っている者のいない時代である。
蛮勇どころか無謀であり、ある意味「石を抱いて海に飛び込め」と言われたようなものなのだ。
だが男は欣喜雀躍とその行に挑んだ。
つらい旅も神の栄光を輝かせる手伝いだと思えば、何ということはなかったとまで言っては言いすぎだが、耐えることはできた。
しかし困難なのは頑迷なる邪教崇拝を砕くことにこそあった。
西方でも悪神を崇める風習はあった。
だがそれは帝国の名のもとに否定されている。
それまでにどんなに困難があったかを教会史は語る。
男は少年のころからそれを聞いて育った。
そして思ったのだ。
いつか聖者の列に連なりたいと。
そのために自らを鍛え、困難を求めた。
西方でも東欧でも「罪なき者は石を投げよ!」と叫んで死にかけた。
西方では罰当たりと罵られ、東欧では邪教の布教者として石を持て追われた。
西方教会では常にやりすぎだと注意を受けたが、男はやめなかった。
「困難を超えずして殉教者となれるか!」
それが男の生きざまだったのだ。
だがそんな男も弱気になることはある。
東欧に一人、しかも村について教義を語ればどこでも悪神のしもべ、邪神の崇拝者として石を投げられる。
まだ石は良い。
本当につらいのは極寒の中で空腹でいることだ。
やがて男は害獣退治をして、村人にスープを恵んでもらうようになった。
悪神のしもべであれ、邪教の崇拝者であれ、害獣を駆除してくれるという有益さを示せば寒空の下で空腹のまま、ひざを抱えることはないのだ。
それをはじめてから何年たっただろうか?
男は害獣退治の専門家として名を知られるようになった。
そして今、毒竜退治と言う教義にもかなう役割を与えられている。
依頼者はこの地の王である。
この土地には生贄を捧げるという風習があった。
そこに問題はない。
問題は生贄として神が自らと似せて作りたもうた人間を捧げている点だ。
それだけは許してはならない。
単純な教義上の正義感が、複雑な人間の倫理観と合致を見た瞬間であった。
王は毒竜を鎮めるために人々に娘を生贄に出すように要求していた。
それが百を超えるころ、人々は王にも同じ行動を求めるようになった。
王も人の親である。
自らの娘を生贄に出すことを嫌った王は、害獣退治の専門家として名高い男に毒竜退治を依頼したのだ。
男は当然のこととして王に竜退治と言う難事を成し遂げた暁の回心を約束させた。
こうして男は毒竜の住む沼へと歩を進めている。
森を抜けた先には巨大な毒沼があった。
王城が五つは入るくらいの巨大な沼のつらなりの中に毒竜はいた。
山のように巨大な赤い竜である。
その頭は七つであり、九つの角を持ち、最も大きな頭に冠を被っているように見える。
まさに「サタン」ではないか!
そう思った瞬間、男の足は回転していた。
歓声を上げて、槍を叩きこむ。
王でさえ作るのを躊躇った鋼鉄の槍だ。
男が王女の命を盾に作らせた大作である。
冠を被った首は巨大であり、獅子一頭と同じ大きさをしていた。
だが男はためらいなく飛び込み、飛び込みつつ振り下ろした鋼鉄の槍の一撃でその眉間を貫いている。
ただの鋼鉄ではない。
鋼をもってしても砕けない真の鋼ともいうべきものだ。
毒竜の最も大きな頭は悲鳴を上げることもなく、その力を失う。
当たり前だ。
なぜなら男は神の使徒であり、神の似姿である善なる人間なのだ。
悪の化身になど劣るはずがない!
が、しかしその巨大な頭でさえ、毒竜の五つの首の中で大きいというだけで毒竜自身の体のほんの一部でしかない。
男の突撃で力を失った頭の上へと出た頭たちは男に向かって大きく口を開く。
「わあああああああああああ」
薙ぐように噴出された腐った息が男の立っている場所を危地から死地に変えようとしたとき、それは天から流星のごとく現れ、男に激突するとその勢いのまま、男とともに広大な沼地を滑り、流されていく。
突然の頭突きを受けて泥濘の中を滑る男の目に先ほどまでたっていた場所が黒色に弾けるのが見えた。
それはまったく不可思議な現象であり、さすがの男もその背筋を凍らせる。
あの黒の中にいたとしたら、果たして生きて使命を果たせただろうか?
そう戦慄しつつも膝立ちになって、ぶつかってきたものを掴み上げているところがこの男らしい。
男が手にしているの泥だらけの子供だった。
意識を失っているようだ。
男は子供を隠す場所を探そうと頭を巡らせ、それに気づく。
「流星ドロップキーック!」
子供に続いて天空から黒い髪を靡かせて落ちてくる奇天烈な恰好をした少女の姿を発見できたのは偶然でしかない。
正直、その少女が落ちてきたのかどうかも判然としない。
ただ直撃は避けられた。
そして男は少女を避けられたことに安堵した。
なぜなら少女の足元には粉々に砕かれた毒竜の胴体があったのだから・・・

トップロープから超滞空ジャンプの中で三回転半の回転で威力を増す本家本元の流星ドロップキックは華麗かつ豪快な超高難度技で、しかしリングを舞う空中殺法の最後の決め技へのつなぎ技の一つでしかない。
本当はここから再びロープを蹴り、倒れた相手をフォールするシャイニングプレスへと移行するわけだけど、高さがありすぎたのか、わたしのパワーが上がりすぎていたのか、それともこの首がいっぱいあるスペシャルキングギドラみたいな竜の胴体がやわだったのかはわからないけれど、流星ドロップキック一発で決まってしまった。
まあ、ノリでやったんで偶然なんだけど。
足元でばきべきぼきばきんという音が鳴ったのには「あちゃー」って感じだけど被害がなければそれでよし!
あのおじさんもちゃんとわたしを避けてくれたみたいだし。
そういえばヒスクリフどこだろ?
わたしがそう思っていると胴体の先にある首が黒い霧というか黒い光の玉を作るために開いていた口を閉じて、こっちを見た。
何かまずそう。
っていうか、胴体やられても大丈夫系の首かぁ。
わたしは一瞬で身構えて、黒い霧が晴れた場所に残された竜の頭の骨を見て、撤退を決意した。
車みたいにでっかい頭をその首ごと溶かして骨にする怪光線しかも霧状に身をさらすようなことはしたくない。
今の様子を見るに胴体消えても平気みたいだから絶対このまま撃ってくるやつ!
わたしは力強く胴体を蹴るとそのまま、泥の沼を二つ超えて着地する。
「わぁっ、限定プラレス戦士のバトルシューズが!」
たまたまなのか、どこもそうなのか、わたしが足をついた泥沼の湖の水はさっきの黒い霧と同じような効果を持っていたらしい。
お気に入りのシューズが嫌な煙を発して、歪んでいく。
おのれ、この恨みはらさでおくべきか!
わたしはすぐに湖面を蹴ると首の一つへ向かって飛翔し、その顔面についた三つの目の内の真ん中の目を蹴って、沼地の外へと飛ぼうとした。
ところが竜の顔面を蹴った瞬間に背中で風を切る音が聞こえた。
首の位置には注意していた。
ということは――
「しっぽぉ!」
一本ではなく三本のしっぽが自分の頭があるのにもかまわず振り下ろされる。
一つの体なのに仲が悪いなぁ。
三本のしっぽはわたしが蹴った頭に恨みでもあるかのような勢いでぶつかり、その頭を微塵に砕いた。
そしてわたしが飛び去った後、スペシャルキングギドラは自分喧嘩を始めた。
ちなみにスペシャルキングギドラは大ヒットした怪獣映画の敵キャラで、ワイルドハイドライトのクラッシャー万の付き人(怪獣)として登場したのでファン買いしたぬいぐるみだ。
しっぽが唸り、首が黒いブレスを吐き、翼が切り裂きといろんな意味ですごい。
自分を大事にしたらと言いたくなるとか言っちゃいそう。
つか、二つ増えた首が活躍して宿敵の主人公怪獣を苦しめていたスペシャルキングギドラを見習ってほしい。
何かイッパイ心臓があったり、脳があったりするんだろう。
そう言えばSF同好会の二人が「脳が一つだから危機管理がなってない派」と「脳がいっぱいあったら戦いにもならない派」を作って淀殿に起こられてたっけ。
もしかしたら胴体が淀殿みたいな委員長でそれをわたしがつぶしちゃったからこうなったのかもしれない。
メガネくんじゃまとまらないだろうし、あっちが淀殿の玉取られて起こってるラブやんで、何かもごもごしている手足がのどかで、深く静かにチャンスをうかがっている尻尾がえむえむといったところだろうか。
もしかしたらまだ生きているけど死んだふりをしている胴体の淀殿が司馬くんの赤い袋を開けているのかもしれない。
わたしは潔く散った最初の首かなぁ。
でもそうなると結局は団結して何としちゃう感じが・・・
何か勝ち確イベントのムービーを見ている気分がさっと冷めてしまった。
このままスペシャルキングギドラは復活して、大変なことになりそう。
学校が廃墟になるみたいな。
とか思っていると泥だらけのおじさんが雄たけびを上げながらそこら中に散らばっている武器や盾を使ってそれぞれの部位を相手にしていく。
なんで泥沼の湖に武器が落ちているのかはわからない。
ただ突き刺さっていたり、転がっていたりする武器はおじさんが走っていく方向、つまりはスペシャルキングギドラに向かって直線状に散らばっていている。
なんでだろ?
そう思いつつ、おじさんが走ってきた方向に目を向けると小さな泥の塊になったヒスクリフがいる。
ヒスクリフがそこにいるということはあの泥だらけのおじさんが隠したってことか。
わたしはとりあえず急いで泥の塊になったヒスクリフに合流する。
「ひょろいよはくらねえちゃん」
ヒスクリフは急速落下の影響のせいか何かふらふらしている。
わたしはヒスクリフを抱えるとそのまま木の枝の太いやつを蹴って、上へ上へと駆け上る。
どんどん小さくなっていく泥だらけのおじさんが大きな竜の首を剣で切り裂き、襲ってきた尻尾を盾で叩き落し、ひそかに奇襲を狙っている手指をハンマーで打ち砕く。
控えめに言ってでたらめな強さだと思う。
プロのレスラーとしてやっていけるどころか、ワールドグランプリのバリューバトライドで総合優勝できそうだ。
でもわたしの流星ドロップキックで胴体潰れるくらいだし、あのスペシャルキングギドラもどきが弱いのかもしれない。
「わー」とか「うおー」とか言っているおじさんは正和の悪役レスラーも真っ青なやり口と徹底した容赦のなさでスペシャルキングギドラもどきを叩きのめしていく。
ただ怪光線を受けても顔を真っ赤にして「ゴットゴット!」と怯まない姿にはぐっとくるものがある。
悪の美学というか、ヒールの矜持が感じられる。
「か、かっこいいかも」
わたしはスペシャルキングギドラの翼を引き千切り、首の一つに突き立て、キングコングみたいに胸を叩きまくるおじさんの姿に熱い魂を見た。
ハイランダー竜崎ふうに言えば「やつこそヒールだ!」といったところだ。
すごく熱い、熱すぎる。
「くるひぃ」
「あっ、ごめん」というほどわたしはヒスクリフに注意を向けていなかった。
最高のヒールの戦いを前によそ見などしている暇はないのだ!
「そこ、ぶん殴れ! ぶっ潰せ!」
盛り上がっているわたしはヒスクリフをぶんぶん振り回し、
「わああああああああああ」
泥だらけもとい血まみれのおじさんの方にぶん投げていた。
物を投げ込まないでください状態である。
まあ、ヒスクリフは物じゃなくて人だが・・・
「あっ」
し、しまったああああああああああああああああああああああ!
高い木の半ばまで登ってきていたので投げたヒースがおじさんに斜め上方からその延髄を襲うような形で飛んで行ってしまった。
不意のヒスクリフを受けたおじさんはヒースの体を受け止めたのと引き換えにしたようにその意識を手放し――
「危ない!」
おじさんが倒れるのを待っていたように尻尾が襲い掛かる。
物陰に隠れていたえむえむがわたしの背後から銃をぶっ放して、「もらったああああああああああああ」とか言っている姿が見えた気がした。
確かにMMO世界ではわたしはそれでゲームオーバー。
敗北を背負ってモニターから離れるしかないわけだが、ここはリアル!
銃で撃たれたのならその弾を受け止めればいい!!
わたしは獅子の咆哮をあげながら、スカイクロスアタックを仕掛ける。
空中殺法最高のい奥義にして、封印指定を受けている超々高難度技。
危険にして神聖な最強技である。
たった一度だけ使われたのはワールドレスリングに乱入してきた黒き鋼魔ショーグン・ミフネを倒したときでそれからは一度も使われていない。
ショーグン・ミフネの鎧を粉々に砕き、その生を終わらせた究極の技は彼自身の手で封じ手となったのだ。
「つまりは最強!!」
わたしの叫びとともにスペシャルキングギドラもどきの尻尾は十字に裂けてはじけ飛んだ。
そうまるで邪悪の化身であるショーグン・ミフネの鎧がそうなったように!
「しゃああらあああああああああああああああ!」
ここで爆発が起こらないのが惜しい!
わたしは右拳を天に突きあげ、勝利の歓声を上げると腕を十字にクロスしてアピールする。
派手なリングパフォーマンスは勝者のたしなみである。
何でマイクがないんだ、とか思ってはいけない。
体で魅せる。
それがプロレスリングなのだ!!

奇天烈な恰好をした少女が拳を高く振り上げ、そして腕を十字に交差させた。
「クロスだ」
投げつけられたヒスクリフに延髄頭突きをかまされ、意識を失い、再び泥に落ち、血まみれから泥だらけになった姿の男は呟いた。
あの姿、あの強さ、そして十字の輝き――
「御使いだ」
男は確信して、ひざをつき、静かに十字を切り、やっぱり派手は派手しく雄たけびを上げた。
今までの苦難がすべて報われた気がした。
神は男の信仰を良しとして御使いを下してくださったのだ。
これに歓喜を覚えずして何が真の信仰か、何が真の信者か!!
男は立ち上がり、二度三度と泥の中に倒れながらも、御使いに近づき、その手を握る。
肉がある。
翼はない。
まさに教義書の中に記された「天使」そのものである。
「名を、名をお聞かせください。御使い」
「えーっと」
「エトさまで」
「さくらだけど」
「サクラさまですな」
男はその声とその名を耳と魂に刻み、深く首を垂れる。
眼下に見えた「サタンの死体」が邪魔に思えるが、御使いの足下に這いつくばる竜は、男自らの信仰の勝利を世界が祝福してくれているようにも思える。
きっとそうに違いない。
男は確信する。
「そういばおじさんの名前は」
「おお、我が名をお尋ねくださるとは私はジョージ。きっと後世では聖ジョージと呼ばれ、聖者の列に加えられることでしょう。東欧には新たなる教会本部が設けられ、西方などとは比べ物にならぬ繁栄と厳しい修行に耐え抜く素晴らしい信者たちが切磋琢磨して、最高最強の神官戦士団が誕生し、邪悪な竜どもを完全に根絶やしにして完全なる神の国を作り上げることでしょう。何しろ、御使いの啓示を受けたわけですから・・・。どうなさった?」
「いや、うん、邪悪なドラゴンはぶっ潰していいんだけどそうじゃないドラゴンがいたら助けてあげて欲しいなぁとか思ったり」
「何とサタンたる竜を助けろと!」
男は仰天して御使いの手を離した。
もしかしたらこやつはサタンの手下かもしれない。
いやしかしサタンは復活して完全な肉体を持つことはない。
そして目の前にいる御使いは完全なる肉体を有している。
「うーん、何て言ったらいいんだろ」
御使いは首をひねり、それから軽々と宙を飛んで、小さな泥の塊を拾い上げる。
「この子もドラゴンで、そんなに悪い子じゃないの」
男は御使いが拾い上げた子供を見る。
善良かどうかはわからないが至って・・・・
男は泥のまみれた子供の頭から水筒袋に用意してきていた聖水をぶっかけて、ごしごしとぬぐう。
「・・・・・・、とても善良な人間には見えませんが?」
目を閉じていても目の端が吊り上げっており、口元には八重歯が輝き、銀色の髪に二本の角のように金色の髪が混ざっている。
角持つ者は邪悪であると教義書にも記されている。
彼らの神が対峙してきた悪神とは牛頭のそれであり、角ある者は邪悪決定というのが古くからの教えである。
「角を持つ者は悪神の縁者でありましょう」
「じゃあ、戦ってみたら」
「戦う?」
「笑ったわね。子供相手に? 楽勝、ばかばかしい。そう思ったでしょ。だったら拳で証明して見せなさい!」
「み、御使い」
「ヒース起きなさい! 戦うときが来たの! このおじさんならあんたが本気出しても死にはしないわ。思いっきり殴り合ってストレス発散するチャンスよ!」
「御使い。その子供は意識を失っています。少し休ませてからの方がいいでしょう」
「それもそっか」
御使いの腕の中で苦悶の表情を浮かべていた子供は男の腕の中に移ると穏やかな寝息を立て始めた。
「よく見たら刷り傷だらけだ。頭にこぶもできている」
男の言葉に御使いはつっと目をそらした。


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