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綿あめに追いかけられたときの話

小学生のときの話だ。たぶん、五年生だったと思う。
当時仲の良かった友人たちと三人で、当時住んでいた地方都市で毎年行われていた市民祭に行った。
メインストリートには昼間から屋台が並び、付近の店舗もここぞとばかりに店先に特設販売スペースを設置して、歩行者天国となった道には食べ歩きをしている人が溢れていた。
たぶん、屋台が多すぎたのだろう。普段は屋台を出すにはむかない橋の上にまで屋台が並んでいた。風が強いため、パタパタと屋台の天幕が揺れていたが良くあることなので誰も気に求めていなかった。
そのとき、ひときわ大きい風が吹いて橋の上にあった綿あめの屋台が大きくゆらぎ――白い小さな塊がぽんぽんといくつも吐き出された。

綿あめだ。

あーあ、製造中の綿あめが飛ばされちゃったよ。
食べ歩きをしながらのんきに眺めていた子どもたちのほうに、風に吹かれて綿あめがふよふよと漂ってくる。まるで雲のようで幻想的な光景だった。
ここまでは。
前方を歩いていたサラリーマン風男性が不思議そうに飛んできた綿あめに手を伸ばした。そのとき、

べちょん

指先に触れた綿あめはくるりとサラリーマンの腕に絡みつき、一瞬で手からシャツまでをベトベトに変えた。
あ、これかすめたらアウトなやつだ。
事態に気づいた通行人がいっせいに綿あめから逃げ出した。
最初の犠牲者となったサラリーマンは悲しい顔で、しかしここで必死に逃げるのは格好悪いと思ったのか、その場で身をかがめて他の綿あめをかわしていた。しかし、身を低くするという回避行動のせいで、まるで綿あめに倒されたかのようになっていた。
綿あめ
おそろしい敵の出現である。
我々もすぐさま方向転換。しかし、追い風なので綿あめはこちらを追ってくる。祭りで変質者に追われた対処法なら知っているが、人生で綿あめに追われる予定はなかったため、とっさに距離を取ろうとして綿あめの進路を走ってしまったのだ。
幸い、空気抵抗の関係か綿あめははやくない。
「横道入ればよくない!?」
百メートルほどダッシュしたところで賢い友人が気づき、無事にビルの隙間に避難。事なきを得た。
綿菓子に追われたのは後にも先にもこのときだけである。

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