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「私を置いて先に行ってください」と言った話 ~続「私を置いて先に行って!」と叫んだ話

前の話で、駅で「私を置いて先に行って」と勇ましく叫んだ彼女の話を書いたが、このセリフ、似たようなことを私も言ったことがある。

↓前の話

私は会社員なのだが、私の勤め先は自他ともに「ブラック企業ではないがホワイトとは確実に言えない薄汚れたグレー」と称される小中企業クラスのIT企業である。
開発系のIT業務というのは、IT土方と揶揄されるように、現場によって作業内容も仕事のつらさもまったく違い、同じ会社でも部署やチームによって全然違うことをしていることがよくある。
定時で帰れるような開発にいるときもあれば、今であればあきらかに法に触れる残業時間の仕事もあった(残業代は全額出た)。
この話のとき私は、会社ところか業界でやばい現場として伝説になっている現場のうちのひとつにいた(やばすぎてこの開発を最後に弊社は撤退)。
終電帰りは当たり前。他社には泊まり込んでいるものもいて、朝出勤したら床に人が倒れていた(寝ている)というブラック企業ジョークが現実化していた現場であった。そんな現場やめろという話なのだが、稼ぎにはなったので過酷さの割には離脱率は低かったように思う。やはり金。金は多少の無茶は解決してくれる。

そんなある日、私は先輩と上司とともに終電に向かって駅の地下道を走っていた。
その現場は郊外の工場とオフィスしかない、各駅停車しか止まらないエリアにあったため、終電前になると駅もがらんとしてしずまり帰っていた。飲み屋すらほとんどないので酔っ払いもまず見ない。
終電まではわずかで、私は疲れて弱気になっていた。
「これ、本当に間に合うんでしょうか」
走りながら泣き言を漏らすと、並走していた先輩が振り返って言った。
「馬鹿野郎!一緒に帰るって約束したじゃないか」
…我々は疲れていた。
瞬時にそれが戦場のモブ兵士あるあるな台詞と解釈した私はのった。
なお、一緒に帰る約束などいっさいしていない。
「もう走れそうにありません。あとから追いつくので私を置いて先に行ってください」
「置いていけるわけないだろう! お前にも待ってるひとがいるんだ」
「大丈夫です…すぐに追いつきますから」
「大丈夫。もう少しだ。必ず一緒に帰るぞ」
フラグを乱立させて遊ぶ、私と先輩。しかしながら、若干の理性が丁寧語を崩させてくれない。
そのとき、

『あと3分で終電が来ます! お乗りの方は急いで下さい!!』

拡声器で増幅された半ギレの駅員の声が、終電間際のがらんとした駅と駅の地下道に響き渡った。
そこまで分岐のない地下道でほかに人もいない中、普通の音量でアホなやり取りをしていたので、改札の駅員にまでばっちり聞こえていたらしい。
駅員としては、はやく改札を閉めたいのに頭の悪いやり取りをして乗り遅れそうになっている集団がいたのだから、それはイラつきもするだろう。

「「すみませんでした!!」」

私と先輩はあわてて謝って加速し、前を走っていた上司はそれ以上の加速をして、無関係の他人のふりをした。ひどい。

最後の加速が功を奏したのか、我々は呆れ顔で拡声器を持った駅員の隣を通り抜け、無事に終電に乗ることができた。
みなさん、終電には余裕をもって乗りましょう。


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