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縄文旋風 第7話 月透かし

「おいおいチビ達、もっと離れてくれ。袋が開けられないぞ。こら、覗き込もうとするな。」
興奮気味の子供達が、足にしがみついたりして手に負えない。そうだ、こんな時にはとシロクンヌは閃いた。
「言う事聞けん子は、オオヤマネコが樹の上のジョロ場に咥えていくぞ。」
一瞬キョトンとした子供達が、次の瞬間、大爆笑だ。
「シロクンヌ、ジョロ場ではない。ジョリ場だ。」
ムマヂカリが笑って言う。
「シロクンヌ、ここを使いなよ。」
タマが、臨時の調理台にムシロを掛けた。物を置くには丁度いい。
「すまんな。助かるよ。ではあそこでお披露目だ。」
「よしみんな、あそこに移動だ!チビ達も、台の前では行儀よくしていろよ。」
「ヤッホのくせに、なんだか仕切ってるね。」
「いいだろ。さ、アコも行くぞ。一緒に見物しようぜ。何が出て来るのか、わくわくするよな。おれは食い物だと思うんだ。アコはどう思う?他には・・・」
こんな時、ヤッホは図抜けたお調子者っぷりを発揮する。アコは変にツッコミをしてしまったことに後悔した。

一旦、登場人物紹介 
シロクンヌ(28)タビンド ムマヂカリ(26)大男 タマ(35)料理長 ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 アコ(20)男勝り クマジイ(63)長老 ハニサ(17)シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ヌリホツマ(55)巫女 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒

「いろいろあるんだが、もし要らなければ言ってくれ。次の村への渡しにするから。では、まずはヤッホのご要望に応えて、最初はこれ、キッコと言う。食い物の部類だ。」
シロクンヌは、何やら乾燥してごわごわした皮のような物を取り出し台に載せた。茶色っぽくくすんだ色をしていて、かなりの量だ。
「沢山あるんだな。だけどキッコって何だ?それで食べる物なのか?」
「これは珍しいんだぞ。トコヨクニの四つの洲(しま)、ここは中の洲のど真ん中あたりだろう。だが四つの洲とは言うが、南の洲から先にもいくつも島があるんだ。舟で何日もかけて行く島もある。そこまでがトコヨクニだ。言葉が通じる。」
「シロクンヌはその島に行ったのか?」
シロクンヌは千切って、ヤッホとタマに手渡した。
「いや、おれが行ったことがあるのは、南の洲までだ。だからこれは、その島に行き来するウミンドからもらった物だ。その島に、酸っぱい実の生る木があるそうだ。その木の実の皮だ。」
「あ、いい匂いするよ。」
「ホントだな。なんだか油木(アブラチャン)の匂いに似てるけど、こっちの方が良い匂いだ。」
「粉に挽いて使ってくれ。鍋に入れてもいいし、魚や肉の臭み消しに振りかけてもいい。」
シロクンヌは子供達や女達にも千切って渡した。みんな鼻に当てている。
「これはいろんな料理に使えそうだよ。千切ると匂うね。使う直前に挽くんだね。」

「次はこれ。南の果てのキッコの島、その海に棲む貝だ。これも沢山あるぞ。」
シロクンヌは次々に袋から取り出して、ジャラジャラと台に山積みにしていった。
「まだ触らないでくれよ。あとでみんなで分けてくれ。」
どうもタカラガイの仲間のようだ。小さな貝殻だが色とりどりだ。どれも光を反射し、ツヤツヤに光っている。これには女衆の目の色が変わった。身を乗り出して、ムシロの上の貝を見ている。
「綺麗な貝!」
「いろんな色があるのね。」
「模様もいろいろよ。」
「シオ村の貝とは違うわね。」
女衆に交じって、ハニサも目を輝かせている。身を飾っていないから、興味を持たないかと思っていたが、そんなことはなかった。こういう物に、ハニサは普通に喜ぶのか・・・ シロクンヌは、知らず知らずのうちにハニサを気に掛けていた。
満月がのぼり、ほのかに周りの樹々を照らしている。旗塔が、夜空に白く浮かんで見える。いろり屋のかがり火は勢いを増し、広場では焚き火が燃えさかる。夜の静寂が訪れた広大な森林の中にあって、ウルシ村のそこだけは活気に満ちていた。

「では次に行くぞ。次はこれだ。エイのしっぽ。
だが、しっぽの先は無い。欲しいと言う者がいて、その者に尖端部分はあげてしまった。だから先の方を切り取ったあとの、根本の部分だ。珍しいだろう?」

千葉県市原市 「ここまでわかった市原の遺跡」より
写真は出土品ではなく、現代の物。

「珍しいが、それは何に使うんじゃ?」
「それはクマジイの方で考えてくれ。」
「そう言われても思い付かんが・・・」
「分かった。ではこれは取り下げる。次は、」
「待たんか。要らんとは言うておらん。もらわせてもらう。」
「おお、もらってくれるか。助かったよ。じつは前の村では要らんと言われてな。袋の中で、このトゲが引っ掛かってかなわんのだ。」
「ははは、だがきっと使い道はあるぞ。鋭いトゲだな。」
「コノカミ、海の村には、これでイカを釣る連中もいるんだぞ。」
「ほう、どうやって?」
「そうだ、カモシカの角が余っていたら、欲しいのだが。」
「いくつも有る。やるのは構わんが、何か関係あるのか。」
「イカの大好物なんだよ。と言うのはな、まずカモシカの角を綺麗に磨く。表面のデコボコが無くなって、ピカピカになるまでな。その仕上がり具合の良し悪しで、勝負が決まると言っていた。そして磨いた角とこのトゲとを紐で縛る。そいつでイカを釣るんだ。」
「えー、イカって角を食べるの?」
「鹿の角では駄目なの?」
「鹿の角も食べる?」
「イカって、あのスルメのイカでしょう?」
「クマジイが、よくしゃぶってるよ。」
「どうして綺麗に磨くの?」
「分かった分かった。チビ達、ちょっと待ってくれ。今から話すから。」
場が盛り上がりを増して来た。見るとハニサも身を乗り出して聞いている。

「カモシカの角で釣ると聞いて、おれだって最初は不思議に思ったんだ。それで実際にやらせてもらった。ちょうど今みたいな、雲の無い満月の夜だ。満月に照らされた、穏やかな海だった。
舟の上からカモシカの角をゆっくり沈めていく。すると磨かれた角が、水の中で青黒く光るんだ。まあ光ると言っても、わずかにきらめく程度だけどな。その青くにぶい光をイカが好むそうだ。すぐにイカが絡みついて来た。すーっと泳いで来たイカが、角に抱きつくんだよ。舟の直ぐそこでだぞ。
釣り上げる時に逃げようとするんだが、その時ものを言うのがこのトゲだ。こいつに引っ掛かって舟まで上がって来る。いや、面白いように釣れたな。イカは、なまで食うと旨いんだぞ。焼いても旨い。食いきれんからスルメにするんだろうな。」
海ってどんな所だろう、イカって泳ぐの、子供達同士で話が盛り上がっている。
「食べ物をエサにしなくても釣れるのか・・・」
「そうだ。ハギは釣りはやらんのか?」
「滅多にやらない。潜って突いた方が手っ取り早いからな。」
「そうだな。渓流では突きに限る。だが海では釣りじゃないと獲れん魚も多いんだ。スワの湖ではどうやっているんだ?」
「仕掛け漁が多いと思うよ。あとは投網かな。」
「なるほど、向こうはこことは塩渡りが違うんだったな。」
「うん。だからあんまり行き来は無いよ。」

「よし、では次だ。コノカミ、シオ村からサメの何かは渡って来るのか?」
「たまにだが、サメ皮が届く。だが2年に1度くらいか。サメ皮は人気で、しかも消耗品だろう。途中の村が欲しがるのだと思う。なかなかここまでは届かんなあ。あとは、フカヒレがたまに来るくらいか。」
「ではサメの物を渡そう。まず、背骨(椎骨)。女衆が魔除けにしたりする物だ。」

「ここまでわかった市原の遺跡」西広貝塚展より
軟骨魚類であるサメの骨は腐ってしまって残らない。ただ椎骨は金属質を含み貝塚から見つかっている。

「面白い形ね。初めて見たわ。首飾りにしたりするのね。サメって大きいんでしょう?」
「ああ、大きいのになると、クズハ二人分よりも大きいぞ。あとで見せるよ。これは、そのデカいアオザメの背骨なんだ。そしてこれが、アオザメの歯。」

TRIBAL SPIRITS より
富山県の翡翠海岸を見下ろす堺A遺跡。現在は北陸自動車道の越中堺パーキングエリアとなっているが、ここは縄文の石工(いしく)村であった。この遺跡から多数のアオザメの歯が出土している。

「これも沢山ある。魔除けにする者もいれば、穴を開ける道具にする者もいる。サメというのは不思議な生き物で、歯と背骨以外の骨は腐ってしまって残らんのだ。さっきのエイもそうだ。だから骨は利用のしようが無い。」
「凄い歯だな。だがそんな大きな魚、どうやって獲るのだ?」
「ムマヂカリは帯に熊の牙を付けているが、サメの歯の腕輪をする者も多いんだぞ。獲り方だが、まずは銛を打ち込む。そして棍棒で頭をぶん殴る。」
「カモシカ狩りで使うような棍棒か?」
「いや、あれより太い。舟から身を乗り出して、そいつを振り下ろすんだ。サメはホントに変わった魚で、浮き袋が無い。だから浮き袋で浮き沈みの調節ができん。で、どうするかと言うと、馬鹿デカい肝(きも)を持っていて、それが脂ぎっているんだ。その脂で浮く。だから銛が刺さって泳ぎが鈍くなったサメは、必ず浮く。そこを棍棒でとどめだ。肝から採った油は、かなり臭うがともしび油に使える。と言う事で台を片付けて、こいつの大きさを見せるよ。この辺の物をカゴに入れて、一旦どけてくれないか。」

大きさを見せるとはどういう事なのか。いぶかしげな顔をして、女達が台の上の物をカゴに納めた。
「よし、ではここに広げるが、逆撫ではしないでくれよ。怪我をするかもしれん。こっちを頭に広げるぞ。」
シロクンヌは袋から黒っぽくゴワゴワした物を取り出した。袋の中身の大半はこれだったのだ。そして丸められたそれを、台の上で広げた。周りに驚きの声が広がる。
「1頭でこの大きさだ。アオザメだよ。」
それは皮だった。なめしていない、ウロコの付いたサメ皮だ。ヒレの部分が穴空きになってはいるが、巨大な物だ。何しろ4回し(280cm)の長さの台よりも大きいのだ。
今日、よくサメ皮だと言われるワサビおろし、あれは実際はエイの皮である。なめしたサメ革は靴や財布に使われるが、ウロコ付きのサメ皮を見る機会は、現代ではほとんど無いだろう。サメのウロコは歯と同様の成分でできていて、江戸の大工がヤスリ使いしたとも言われている。

「こりゃ凄い物だなあ。場所によって手触りが全然違うよ。アコ、ここなんか凄いぞ。こうやると、イテッ!」
「馬鹿だね。シロクンヌが逆撫でするなって言ったろう。あーあ、血が出てる。」
「ヤッホ、交代じゃ。場所を譲れ。怪我した者は後ろにさがれ。」
「ちぇ、なんだよ・・・」
「ほいほい、さっさとさがれ。ほー、こりゃまた見事なもんじゃな。」
「ここなんかはすり下ろしで使いたいね。」
「ここは木の削りに良さそうじゃ。」
「しかしこいつに銛を打ち込むのも命懸けの仕事だろうな。シロクンヌはやったことあるの?」
「ああ、アコの言う通り、命懸けだ。おれも何度かサメ漁には同行しているよ。」
「こんなのは初めて見た。シロクンヌ、これを全部もらっていいのか?」
「ああいいさ。コノカミ、当然だがサメには毛穴が無い。そしてもともと海の生き物だ。この皮は水漏れせんし、水には滅法強いぞ。しかも丈夫さで言えば、鹿皮よりもうんと強い。
そこにカゴが二つあるだろう。あれを重ねたとして、間にこの皮を挟めば、あっという間にオケになる。簡単に水が汲める。土の器は脆(もろ)いから、本来水汲みには向かんだろう。据え置いて使うのが土の器だ。鹿の袋(膀胱)を使うのもいいが、大きさに限りがある。川底の石で破れることもある。ところがこいつを使ったオケなら丈夫だ。それにな・・・
まず竹で大きなカゴを作るんだ。下の方は膨らまないようにタガで締める。それに合うように、この皮を裁断して漆で貼り合わせ、カゴの内側にはめ込めば、それで大きな水瓶の出来あがりだ。」
「シロクンヌ、凄いね!いろんな使い方が出来るんだ!」
ハニサが感激の声を上げた。こんな時、タビンドの喜びがあふれ出るのだ。シロクンヌの心も浮き立った。
「わしらが見て来たサメ皮は、これにくらべたらほんの小さな切れ端だ。シロクンヌ、礼を言う。良い物ばかりを頂いた。こんなに頂いて、」
「待ってくれ、コノカミ。まだ最後が残っている。ほらこれだ。ヒスイだよ。」
いつの間に握っていたのか、シロクンヌが掌を開くと、そこには翡翠の大珠があった。しずく形に加工され、真ん中より上に穴が開けてある。
サメ皮に沸いていた村人達も、ヒスイという言葉に反応しシロクンヌを見た。そしてそのあまりの美しさに言葉を失った。
「これには「月透かし」という名がついている。こうやって木っ端を使って穴をふさぎ、手で囲んで月に向ける。ほら、月の光が透けて、石が緑色に光るだろう。黒切り(黒曜石)には透ける物も多いが、ヒスイでここまで光を透す物はごくまれだ。
ヒスイもここまでの物となると、自ら居心地のいい場所を選ぶ。前の村ではおとなしかったのだが、御山を見たとたん震え出した。あるいは磐座に共鳴したのかもしれん。こいつはこのウルシ村に居座りたいようだ。村の衆と共にありたいと言っている。コノカミ、村を代表して月透かしを受け取ってもらいたい。」

              第7話 了。


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