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縄文旋風 第16話 ヒゲ小噺

本文

「兄さんおはよう!  ヒゲ剃ってあげる。ヤッホも剃ってあげるよ。」
朝の広場である。ハギとヤッホがグリッコを食べていると、ハニサが来てそう言った。ハニサのムロヤがシロクンヌの宿となった翌日だ。
いきなりの出来事にハギは目を剥いて驚いたが、ヤッホは踊り上がって喜んでいる。
「やったー!  ハギ、おれが先でいいよな!  やっとシロクンヌよりおれの方が良いって気づいてくれたか。いつかおれの元に来てくれるって思ってたけど、意外に早かったな。おれ、ハニサにヒゲを剃ってもらうのが夢だったんだ。ハニサ、ひざ枕でやってくれよ。」
「いいけど、絶対動いちゃ駄目だよ!」
「動かないって。ゆっくりやってくれていいからな。」
「なんとまあ・・・  あれだけ男嫌いだったハニサが・・・」
ハギは感慨ひとしおである。

一旦、登場人物紹介

シロクンヌ(28)タビンド シロのイエのクンヌ ムマヂカリ(26)大男 タマ(35)料理長 ササヒコ(43)ウルシ村のリーダー コノカミとも呼ばれる ヤッホ(22)ササヒコの息子 お調子者 アコ(20)男勝り クマジイ(63)長老 ハニサ(17)土器作りの名人 シロクンヌの宿 ハギ(24)ハニサの兄 クズハ(39)ハギとハニサの母親 ヌリホツマ(55)巫女 タヂカリ(6)ムマヂカリの息子 タホ(4)ヤッホの息子 ホムラ(犬)ムマヂカリの相棒


その頃、シロクンヌはいろり屋に立ち寄っていた。
「おはよう。クズハ、何か食べる物はあるかな。」
「おはよう。いろいろあるわよ。鍋も沸いてるし。でもその前に、ちょっと履いてみて。」
クズハが草履を差し出した。
「履き心地が良ければ、同じ様に足半(あしなか)も編むから。あら?  シロクンヌ、ほっぺたから血が垂れてるわよ。そう言えば、ハニサは?」
そこへタマもやって来た。
「何か変だと思えば、ヒゲが剃り掛けじゃないか。左だけで、何で右が剃ってないのさ。」

場面は森の入口のシロクンヌの作業場に移る。時刻は昼。シロクンヌが一人、石斧を振るっているとハニサの声がした。
「いたー!  シロクンヌがいたー!」
小振りなカゴを持ったハニサが駆けて来る。
「どうしたハニサ、足半だろ、足元を見ないと危ないぞ。何かあったのか?」
「一緒にお弁当を食べようと思ったの。」
「よくここが分かったな。」
「ヌリホツマに大体の場所を聞いて、あとは煙が見えたから。」
「ああそうか。ここは蚊が多いから、いぶしながらやってるんだ。丁度腹が減ったところだったから助かったよ。丸太に腰掛けて食べようか。」
「燠があるから良かった。友蒸し、ここで作ってあげるよ。」
「お!いいな。あとは?」
「鮎が3尾。シロクンヌが2尾であたしがひとつね。それとムササビの骨しゃぶりとキッコグリッコの焼きたて。あと桃があるよ。」
「桃か、珍しいな。」
「近くに住むヨラヌの人が、さっき持って来てくれたの。その人の桃、酸っぱくて美味しいんだよ。」
「干し肉だけで済ますつもりだったのが、豪華な昼メシになったな。いただきます。この鮎もハギが突いたんだな。エラ刺しだ。アユはワタが旨いから、エラ刺しに限るんだ。そうだ、クズハが編んでくれた草履、もの凄く履き心地が良いぞ。」
「それなら良かった。母さん、さっそく昨日の夜に編んだんだね。あ、あとね、食べたらヒゲを剃ってあげる。練習したから上手になったよ。朝は痛い思いさせてごめんなさい。あたし、初めてだったから。血が出たりしなかった?」
「え、出て無いさ。だけどハニサ、足半だと村の外を歩くのに危ないぞ。石ころだらけだ。普通の草履も編んでもらえよ。」
「うん、そうする。時々ここに来たいし。」
「あ、今思い付いたんだが、今夜からムロヤで木彫りをしてもいいかな?  ムシロを敷いて。」
「いいよ。何か作るの?」
「髪飾りを作ってやるよ。いや、髪飾りと言うより冠か。頭に載せる飾りだ。」
「あたしに?  わーありがとう!  楽しみだー。」

その頃、飛び石の上流では、ハギとヤッホが苦戦をしていた。
「なんだよ、ハギのくせにエラからズレてるぞ。鮎はエラ刺しに限るんだ。ちゃんと水に顔を浸けろよ。」
「ヤッホこそ痛がってないで、潜ってニナ(巻貝)を獲れよ。にしてもあの貝刃ってやつ、凄い切れ味だったな。」
「おれ、薄ーく皮膚が削(そ)がれたような気がする。半端無くヒリヒリするもん。」
「先を願い出るからだよ。おれの時は、少しは上手になってたぞ。あのあとも何人か被害に遭ってただろう。」
「そりゃあ、ひざ枕の誘惑には勝てねえよ。」
その日の午前、ヌリホツマの元に、塗り薬を欲しがる男衆が押し寄せたのだった。

第16話 了

用語説明

グリッコ=どんぐりクッキー。 貝刃(かいじん)=ハマグリを研いだ刃物。
足半(あしなか)=かかと部分の無い草履。
ウルシ村=5千年前の中部高地、物語りの舞台の村。人口50人。巨大な磐座(いわくら)の上に村の目印の旗塔が建っている。 ムロヤ=竪穴住居  大ムロヤ=大型竪穴建物。集会所。 神坐=男神と女神を模したオブジェ。大ムロヤの奥にある。子宝と安産祈願にお参りする。石製の男神は石棒と呼ばれる。
月透かし=シロクンヌがウルシ村にプレゼントした翡翠の大珠。 黒切り=黒曜石。 ネフ石=ネフライト。斧の石に最適。割れにくい。
手火(たひ・てび)=小さなたいまつ。手で持つか、手火立てに挟んで固定する。 
村のカミ=村のリーダー。 コノカミ=この村のリーダー。 ヨラヌ=村に所属せずに一人(一家族)で暮らす人。 ハグレ=村から追い出された者。
トコヨクニ=日本。 クニトコタチ=初代アマカミ。ムロヤや栗の栽培の考案者。 イエ=クニトコタチの血を引く集団。八つある。 クンヌ=イエの頭領。 ナカイマ=中今。一部の縄文人が備えていた不思議な力。
御山(おやま)=ウルシ村の広場から見える、神が住むと伝わる連山。 コタチ山=御山連峰の最高峰。
タビンド=特産品の運搬者。 塩渡り=海辺の村から山部の村まで、村々でつなぐ塩街道。

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