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縄文旋風 第3話 旗塔

シロクンヌはムマヂカリと二人、旗塔のそばにいた。
村の入口に立つと旗塔が思いのほか高く見えたので、ムマヂカリに言って、荷物も置かずにそのままここに見に来たのだ。クズハとは広場で別れたが、その時、息子だと言ってハギという若者を紹介された。歳を聞けば24だと言われ、シロクンヌは思わず耳を疑った。クズハをもっと若いと思っていたのだ。それを言うと、「15の時に産んだのよ。」と顔を赤らめていたが、そんな若さで産むという話も珍しいが、それにしてもクズハは若く見える。姉弟と言われた方がすんなり来るだろう。そのハギも一緒にここに来たのだが、今はムシロを干しに行っていた。

そしてここへ来てみて、シロクンヌはさらに驚ろくことになったのだった。なんと旗塔は磐座(いわくら)に建っていたのだ。

磐座と旗塔と送り杉 ダケカンバ画

作者の絵が下手くそだから分かりにくいが、杉の木(のつもり)に渡してある縄、この下を人は、しゃがまずに通れるのだ。それだけ岩がデカいということである。こんなに巨大な岩が、重なり合うようにして不自然にいきなりポッコリある。それこそが磐座なのだが、ここには室(むろ)まであると言う。
ムマヂカリによると、杉縄の奥の暗い部分が入口で、2本の杉の間を通って人は行き来する。杉の右側を通るように見えるのは、絵が下手くそなせいだ。描き直した2枚目だから、これ以上描く気がしなかったのだろう。その程度の男だ。
それはともかく、短い通路の先にムロヤと同じくらいの空間があり、そこは真夏でもひんやりとしていて肉の保管場所となっているそうだ。入口には、立て掛け式だが戸もあるらしい。そう言えば、近くにホムラとは別の犬が2匹いる。たぶん室の番犬なのだろう。
旗塔の柱の根本はと言えば、磐座の上部に岩のすき間が3ヶ所あり、そこに一抱えの太さの杭が挿し込まれていて、その杭に塔の柱は括り付けられているらしい。それにしても、これほどの磐座がある村はシロクンヌにとっても初めてだった。この磐座に共鳴し、「月透かし」は振動したのかもしれない。
2本の杉の方は「送り杉」と呼ばれているそうだ。魂送り(たまおくり)の願いが込められている、言わば御神木だ。狩猟で射止めた動物達のたましいを、かの地に送り再びこの地に生まれ来るように祈るものだった。そして今は下方の枝から袋が一つぶら下げられている。ちょうど一抱えほどの大きさだ。一見して鹿の膀胱(ぼうこう)だと分かる。水汲み袋に使うためにふくらませて干してあるのだ。それにしてもかなりの大きさである。ムマヂカリが投げ槍で仕留めた鹿というのは、おそらく相当な大物だったのだろう。シロクンヌがそれを口にすると、ムマヂカリは得意気に狩りの顛末(てんまつ)を語り始めたのだった。

そうやってムマヂカリの説明を聞いているとハギが戻って来た。そこでシロクンヌは気になっていたことを聞いた。
「今、この村では何人が住んでいるんだ。」
この旗塔を村人だけで立てたと言っていた。それも、横にして組んでおいて、綱で曳いて引き上げたのだと言う。
「ちょうど50人だな。」
「子供も入れてか?」
「ああそうだ。」
ムマヂカリの口振りは、狩りの武勇伝を語る時とは打って変わって淡々としたものだ。しかしどう見ても、あれを子供込みの50人で立てるのは、普通は無理だ。いや人数だけの問題ではなく、あの場所にあれを立てること自体、不可能なのではないか。間違いなく、使い手がいるはずだ。その者が不思議な力を発揮するのだろうが、そういう不思議な村で生まれ育った者は、別段それを不思議とは捉えず、当然だと思っていることが多いのだ。シロクンヌはそんな自身の見立てを確認せずにはいられなかった。
「立ち上げの儀だが、誰か取り仕切る者がいるんだろう。」
「そういうのは、ヌリホツマがやるよ。」
ハギが言うヌリホツマなる人物が、おそらく使い手なのだろう。
「そのヌリホツマだが、不思議な力を持ってはいないか。」
「祈りと祓いはいつもやってもらってる。おれの妹が体が弱かったんだけど、何度も寝ずの祈りをやってもらったよ。」
そんなハギの返答を尻目に、ムマヂカリは少し考え込む素振りを見せていた。
「いやハギ、不思議な力かと言えば、確かにその通りだぞ。ハギはここの生まれだが、おれは隣のシカ村の生まれだ。シカ村には、ヌリホツマみたいな者はおらんぞ。」
間違いない。その者がナカイマの使い手なのだろう。シロクンヌのイエでは、不思議な力を総称してナカイマ(中今)と呼んでいた。
「ヌリホツマは、立ち上げでは綱を引いたのか。」
「まさか、それはしない。うたいだよ。のりととも言うらしいな。」
「そうか・・・ おれもこの村に来て以来、慣れてきておって・・・ 言われてみれば、シカ村の連中では、これを立てるのは無理かもしれん。ヌリホツマのうたいの中でやるから出来るんだぞ。」
「そうなのか?」
ハギは不思議そうだ。
「あ、母さんだ。呼びに来たんだろう。戻ろうか、シロクンヌ。」
見ると手火を持ったクズハの姿があった。辺りはすっかり暗くなっている。
「おれは鹿肉をいろり屋に持って行かねばならん。シロクンヌ、遠慮はいらんからな。たっぷり食えよ。」
「ああ、お言葉に甘えて、ご自慢の大鹿を味わわせてもらうよ。」
ムマヂカリに返答しながらも、シロクンヌの意識は大いなるナカイマの持ち主の方に向かう。ヌリホツマとは一体どんな人物なのだろう。旅をしていると様々な出会いがあり、驚くべき人物もたまにいる。ちょっと見ただけだが、ここは50人の村とは思えない充実ぶりだ。ムロヤ以外に多くの建物があり、どれも造りが凝っている。シロクンヌはこの村での生活が楽しみになってきた。

「まだ旗塔を見ていたのね。もうすぐ月が昇るわ。今夜は満月よ。」
「クズハとハギは、同じムロヤなのか?」
「変な事言わないでよ。別々よ。」
「おれは男ムロヤだよ。」
「シロクンヌったら、いきなり変な事言い出すんだもの。」
「すまんな。ふと気になってな。」
「母さんはおれの妹と二人住まいさ。そうだ、ムロヤの空きが1棟あるから、シロクンヌがこっちに居る間、母さんがお世話してやれよ。そこで一緒に過ごせばいい。」
「なに言ってるの!シロクンヌに失礼よ。」
手火の明りしかないのだが、クズハが気の毒なほど真っ赤になっているのがよく分かる。
「いいじゃないか。たまには母さんにもそういうことがあったっていいさ。タビンドが来たのなんて久しぶりなんだぞ。村の男とそうなるよりいいだろう?」
「ハギ、やめなさい!シロクンヌ、聞かなかったことにしてね。お願いだから。」
クズハの表情を見ると、その真剣な眼差しは、照れ臭さを誤魔化しているだけようには見えない。何か事情がありそうだ。
「承知した。おお、綺麗だ。」
広場に戻るとあちこちに手火の花が咲いていた。日が暮れてすっかり暗いはずなのだが、広場の真ん中では焚き火が燃え盛り、ゴザの横には手火立てに挟まれた手火が灯っている。そしていろり屋ではかがり火が焚かれ、活気づいた様な明るさだ。
「いつも、こんなか?」
「そうだよ。雨が降らなきゃな。おれもこの光景は好きなんだ。」
「夕食は、いつも楽しいわよね。お腹すいたでしょう。もうすぐ鍋ができるから。」

そこへ壮年の男が近づいて来た。首が太く、アゴがしっかりしている。おそらく弓の使い手なのだろう、胸板も分厚い。麻製のゴザ目織りの前合わせ(チョッキ)を胸をはだけて着こなしていた。
「シロクンヌ、コノカミよ。」
クズハが紹介したこの男が、ウルシ村のリーダーだった。村のリーダーを「カミ」と言い、「コノカミ」とはこの村のリーダーという意味だ。
「ようおいでくださった。わしはこの村のカミのササヒコ(43歳)という。」
「おれはシロクンヌ。旅が好きで、ここ何年かタビンドとなって渡しをやっている。少しだが、この村にも持って来た。」
「それはありがたい。さ、食事をご一緒しよう。向こうにゴザを用意した。ついて来られよ。クズハがえらくほめておったが、お見受けするに、一廉(ひとかど)のお方のようだ。村には腰を落ち着けてもらえるのだろう。」
「ああ、できればお願いしたい。明り壺の祭りというのがあると聞いてやって来たんだ。」
「次の月読み始めだよ。」
いつの間にか、一人混ざっていた。月読み始めとは新月の意味だ。今夜が満月だから、半月先だ。
「息子のヤッホ(22歳)だ。どうしようもないお調子者でな。」
「ハハハ、おれはシロクンヌ。よろしくな。」
「分からないことがあれば、何でも聞いてくれ。いつでも相談にのるよ。」
「ああ、頼む。」
多分、シロクンヌがこの男に相談することは無いだろう。ヤッホと呼ばれた若者はどこかとぼけた感じで、重厚感は遺伝しなかったようだ。
そんな会話をしながら村の出口に近い辺り(いろり屋からは一番離れている)まで来て、さあここだと言ってササヒコが指をさす。そこには大ゴザが敷かれていた。個人用のゴザが座布団2枚程度の広さなのに対し、大ゴザは4畳程度の広さがあった。豪華なレジャーシートだ。
「ささ、くつろがれよ。わし達も同席させてもらおう。」
ササヒコが、草履を脱いでゴザに上がる。
「またこれは見事な織りだな。これもクズハか?」
一面に模様が織り込まれた大ゴザは、一度昼間にゆっくり鑑賞してみたいと思わせる物だった。
「違うの。私は織りはやらないわ。」
「死んだ女房が三年掛かりでな。とは言っても遠慮はいらん。みんな普段から踏みつけておる。」
なるほど、ヤッホはとっくにアグラをかいていた。
「では、遠慮なく。」
シロクンヌは荷物をゴザの外に置き、靴を脱いでゴザにあがり、あぐらをかいた。
「母さんはここに座れよ。」
シロクンヌのとなりだ。
「ああ、クズハはそこがいい。」
賛同者が出た。村のリーダーだ。クズハが顔を赤らめてそこに座ると、
「わしもお邪魔するぞい。ヤッホ、栗実酒(くりみざけ)を持って来い。」
猿っぽい感じの老人が勢いよくゴザに上がった。
「父さん?」
「ああ頼む。カメに三つだ。一つはここ。あとはみんなへの振る舞いだ。」
「さっすが父さん。気前いー。」
裸足で駆け出して行った。
「お調子者めが。」
これを言ったのは、猿っぽい爺さんだ。どうやらお調子者だと定着しているようだ。
「クマジイ(63歳)よ。」
横でクズハが言う。
「ああ、あのへ、変わった形の樹の。」
「わしの傑作じゃ。あの樹はわしに、ようなついておってのう。」
シロクンヌはへんな形と言いそうになったのだが、とっさに言い直して正解だったと安堵した。それにしてもクマジイと聞いた時は大男の爺さんを想像したのだが・・・
「クマジイは木登りが得意なのよ。」
そこは納得だ。タヌキの毛皮の前合わせを着ているのだが、腰のあたりが不自然に膨らんで見えた。あとで分かったのだが、空のヒョウタンを隠し持っていたのだ。それに栗実酒をコッソリ注いでいた。年の割には素早い動きであった。

「ところで・・・ クズハから聞いてハギが干したムシロを見に行ったのだが、シロクンヌ、おぬしは只者ではなかろう。」
ササヒコがおごそかに切り出した。
「しょい荷を高う積み上げておったしの。」
「あれ、きつく縛ってあるのかと思えば、ほどんど載ってるだけだったんだぞ。」
「ほうか。大したもんじゃ。」
クマジイとハギのやり取りを聞いて、クズハが思わず口を挟む。
「あれで飛び石を跳んだのよ!凄い速さで。普通に走っているようにしか見えなかったわ!」
叫びに近かった。
「母さん、完全に憧れの目になってるぞ。」
「クズハ、一緒になってしまえ。シロクンヌはどうじゃ。年上も良かろうが。」
クマジイも薦める。
クズハは慌ててシロクンヌの腕を取った。
「違うの、シロクンヌ。」
すがるように腕を揺さぶる。シロクンヌがわずかにたじろいでいると、そこへちょうどヤッホが甕(カメ)をかかえて帰って来た。
「二つは向こうに置いて来た。酒器と食器はアコ(20歳)に頼んだから、すぐに持って来るよ。いろり屋ではシロクンヌの噂で持ち切りだ。」
「だろうな。酒器が届けば、乾杯と行こう。お、さっそくアコが来おったぞ。」
場をとりなすように、ササヒコが言う。
「酒器と食器、ここに置くよ。クマジイ、ほい、赤ガエルのいぶし。特別に4本刺しだ。」
「おお、泣かせおる。アコは可愛いのう。」
ぶっきら棒に串をクマジイに突き出すと、アコはシロクンヌに近づき、マジマジと顔を覗き込んだ。
「んー、確かにいい男ではあるけどな・・・」
「な、なんだ?」
「いや、ハニサがさ・・・」
「ハニサがどうかしたんかい。」
口からカエルの足が見えている。
「ヒゲを気にしていたからさ。珍しい事があるもんだ。じゃあもう行くよ。」
アコは上下共にキツネの夏毛の毛皮だった。シロクンヌが気になったのは下巻き(タイトスカート)の短さだ。あれでどうやってゴザに座るのか・・・ ちなみに、縄文人に下着着用の習慣は無い。
「なんだよ思わせぶりに。ハニサがどうしたって言うんだ。」
なぜかヤッホがいら立っている。
「ハニサとは?」
「私の娘なの。17になるのだけど、男嫌いで手を焼いているのよ。」
「おれは諦めてるけどな。」
ハギだ。ハニサの兄である。
「クズハの娘だけあって、村一番の器量良しじゃがのう。」
どうやら村の心配の種のようだ。
「しかし今のアコの口振りでは、シロクンヌのヒゲを気にしておったと・・・」
ササヒコが言っているのは、ヒゲの手入れをする女性がそばにいるかを気にしていたということだ。
ムマヂカリでさえ、ヒゲはそろえられている。つまり女性がそばにいる。
シロクンヌはもちろん、伸び放題ではない。短くそろえられて、十日ほど経っていた。つまり、その時は女性がいた。
ヤッホもハギも、ヒゲは薄い方だ。極たまに、手入れしている感じだった。つまり女性はいない。自分で擦切るか摘むかしているのだろう。もちろん、絶対ではない。

その時、ホムラが駆け寄って来た。見るとムマヂカリがやって来る。
「ここに大ゴザを敷いたか。なるほど良い場所だ。おれは隣に敷かせてもらうとするか。」
「どうしてここが良い場所なんだ。」
シロクンヌは、なぜこんな外れにと思っていた。
「ほらあれだよ。さっきは夕映えに感動しておったろう。」
シロクンヌは後ろを向いた。するとさっきの山並みが、今度は昇って来た満月に照らされている。
「なるほど!」
「御山って言うの。神の住む山。月が高くなれば、浮かんでいるように見えるわよ。」
「クズハ、酒器を回してくれ。御山に向かって乾杯と行こう。」
酒器はどれも見事な漆塗りだった。
多少の波乱含みではあるが、シロクンヌはこの不思議村が気に入っていた。今まで行ったどの村とも違う。この広場のどこかに、ヌリホツマもいるはずだ。どんな出会いになるのだろう。
「月の光に浮かぶ山か・・・ いい所だな。いい村だ。」
酒器を受け取りながら、シロクンヌはクズハを見てそう言った。

              第3話 了。


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