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[短編]園世#1 クールマン 

川に足を浸してこう思った。

「どんなに静かなやつでも、皆、群れるとうるさくなる」

ハシビロコウの橋本さんは、いつも黙って哲学的なことを考えるのが趣味だった。

例えば、誰も傷つけない生き方をするには黙った方がいいとか、愛を本気で成就させるには、想いを貫かずに遠い何処かへ放り投げて、一緒になった時にそれを取り出せばいい、などと思っている。

橋本さんはあまりにも静かなので、よく嫌われることがあった。

「なんで黙ってんだよ。気持ち悪いな」

と、鹿の子供や虎の子供に言われる。そして、いつもひとりぼっち。

ただ、池を眺めていると、「そんな自分でもいいや」

なんて思う。


夏はセミを食べることにしていた。

セミは橋本さんに反してうるさいからだ。

そのため、夏にはデブになる。

橋本さんは静かに泳ぐ川魚はあまり食べたくなかったが、そう思っても結局、生存本能には勝てない。


いつも黙っているだけの橋本さんではなかった。

時折、翼をハタハタと二回くらい動かす。

これには鹿の子、虎の子、大満足である。

拍手喝采だ。

これが橋本さんの生きがいだった。

いつも静かだけど、拍手は受ける。


そんな橋本さんだったが、最近、欲求不満になってきた。

池を見ていると、うっすらと自分の顔が写る。

「なんで、こんなにかっこいいのにモテないんだろう。黙るしかないか」

今の、橋本さんはモテたいがために黙るのだ。勝手なことをせずにずっと待っていたいのだ。


いつものように、拍手喝采を受けていると、遠くに白い羊の女の子がじっとこちらを見ていた。

橋本さんはさっそく黙り、決め顔を30度の角度で見せつけた

動いているのは心臓だけだ。くちばしはミリ単位も動かしていない

「どや顔ばっかりで、つまらない」

羊の女の子は、そう言って森の中に消えていった


橋本さんはショックを受けた。今まで感じたことがない種類の傷みだった。

黙ることもままならない。

クラァ、クラァと泣いた。

これは誰もいないからできることだった。

誰かがいたら、感情をおくびにも出さないだろう。

池を見ると、月と橋本さんが写っていた。

誰かが、月とすっぽんと言って、漫談をしていたが

そのすっぽんが自分になってみると案外、笑えないものだ。

「おい、橋本」

橋本さんはヒヤッとした。一瞬で押し黙った。

「おい、聞いているのか橋本」

橋本さんは、泣いて取り乱していたことを皆に知れ渡らないよう願いながら、そちらを見た。

そいつはここらへんで誰とも関わりを持とうともしない、ナマケモノの二ートンさんだった。

「お前がそんなに、泣きわめく姿を見たことねぇぞ。まるで、犬のようだ」

「ニートンさん、私ってそんなにつまらない動物でしょうか」

「まぁな。でも、俺もつまらない動物だ。だけど、自分が面白いと感じるならそれが一番いいんじゃねぇか」

ニートンさんは、森の奥へ消えていった。

「自分が面白いと感じるかなのか・・・」

橋本さんは、現状を少しも面白いと思ってなかった。

何処か周りに遠慮するために、黙っていたのかな。

そんなことに気づけた夜でもあった。

橋本さんは久しぶりに大空を飛んでみることにした。

すると、空から、開けた牧場のようなところを見つけた。

そこに例の羊の女の子が寝そべっていた。

この羊の女の子にプライドを傷つけられたという怒りがあった。

橋本さんは、いたずらを試みることにした。

そうだ、驚かせてやろう。橋本さんは翼をハタハタと広げて仰いだ。

「クスクスクスクス」

羊の女の子は笑っていた。

橋本さんは嬉しくなった。たった一人の子を自分が笑顔にしていることに。

橋本さんはまた仰いだ。

すると、羊の女の子の目が覚めた。

橋本さんは背中がぞくっとするような寒気を覚えた。

夜中に、寝床に忍び込んで、俺は何をやっているんだろう。そう思った。

「橋本さん。何でこんなところにいるの」

橋本さんは、冷や汗が止まらなかった。ただ、今の橋本さんは黙るという選択肢はなかった。

「僕、黙るのはもうやめることにしたんだ。昼、君に言われて気づいたんだ。その、お礼をしたくてさ」

少し不器用な説明だったが、羊の女の子は笑って答えてくれた。

「でもね、橋本さんの気持ちは分からなくもないの。他人に、遠慮したり、おじけづいたりして喋れなくなることってたくさんあるもの。だから、橋本さんってある意味強いなって思った。だから、橋本さんにはもっと楽に生きてほしかった。橋本さんのこと、ずっと前から好きだったもの」

橋本さんは広角をあげた。

羊の女の子の気持ちが嬉しかった。

橋本さんは自分を変えるためにも、この街を離れることを決意した。

決して逃げるためではない。

「また、いつでも戻ってきてね。ずっと好きだから」

橋本さんは、翌朝、青空へと旅立った。






二年後、橋本さんは羊の女の子の元に戻ってきた。

虎の子や、鹿の子が大きな声を上げていた。

羊の女の子も大きな声を上げていた。

その大きな声を嬉しく思ったことを橋本さん自身が一番驚いていた。




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