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鏡の中の音楽室 (5)

第一部 さくら と まゆ


第四章 突然の別れ ➀


あれから1か月後、さくらとまゆは小学4年生になった。二人はクラス替えによってまた別々のクラスになってしまった。小学4年生になった時に祖父の勇より驚くべきことが告げられた。
 
「二人とも小学4年生になったということで、伝えたいことがある。今日から人前でピアノを弾くことを解禁する。しかし、連弾はまだ禁止だ。今までよく我慢してきたな」
 
勇の柔らかな表情から悪くないことが告げられたことは理解したが、わからない言葉が喜びの障壁となっていた。
 
「先生!     解禁って何ですか?」
「おじいちゃん! 解禁って何?   」
 
言葉が同時に口から出た。俗にいうハモった形となった。二人はお互いの顔を見合わせた後、勇の顔を真剣な表情で見つめた。
 
「フフフ、解禁とは『弾いてもいいぞ』という意味だ」
 
「やったー!みんなの前でピアノを弾いてもいいんだー!」
「やったー!みんなの前でピアノが弾けるー!」
 
二人はまた声をハモらせながら抱き合った。それを勇はにこやかな表情で見つめていたが、すぐに真剣な顔をして厳しめの声で言った。
 
「みんなの前でピアノを弾いてもいいが、調子に乗って何でもかんでも弾くのはダメだ!演奏の安売りはするな!『ここぞっという時』にしっかり演奏をするんだ!たぶん、二人とも演奏をすると、かなり褒められたり、ちやほやされると思うが、人には妬みという感情も生まれる。回数が多いほど賞賛の数、妬みの数も同時に増えていく。しかし、今言ったここぞっという時だけであれば、賞賛の数で妬みは消え、時間とともに両方の声は聞こえなくなる。けれど思い出は『すごい』という感動のまま残る。だからと言って、それで二人が満足してしまうのはダメだ!それは成長を止めてしまう。わかったな!自分たちの演奏を安売りするなよ」
 
「はい、わかりました」
 
「喜ぶのはそこまで!さぁ、今日のレッスンをはじめるぞ!」
 
今まで我慢していた『人前でのピアノ演奏』が解禁された二人の演奏はいつもより、嬉しさの気持ちがこもっていた。
 
「だめだ!二人とも!これは自分の大切な人が亡くなって、失意の中にいる情景が織り込まれている曲なのだから、そんな感情を込めると全く違う曲になってしまう。お前たちはその曲その曲にあった感情をしっかりと込める練習するんだ。いいか、感情をコントロールするんだ」
 
この日を皮切りに、勇は二人に経験を積ませるために、いろいろなシチュエーションで技術以上のことを伝え始めた。そして、二人は何の制限もなくピアノの演奏をできるとあり、ストリートピアノが設置されているショッピングモールなどに行き、列に並んで交互に演奏したりもした。連弾は禁止されていたので、連弾する人をうらやましく見ていることもあった。 友達の前でも披露したり、教えたりもした。人に教えることによりいろんなことに気づくこともあった。二人にとっては、やることなすことが初めて体験することで、そのすべてが良い経験となった。実はその全てが勇の計算されたものかもしれないと思うようになっていった。
 
そして、さくらとまゆは小学5年生になった。しかし、二人はまた別々のクラスになってしまった。それでも、二人は今までのようにレッスンに行く時の下校や休みの日に話したり遊んだりした。
 
そんなある日の朝礼で、小学5,6年生が体育館に集められ、音楽の藤原先生から驚くべき発表がされた。
 
「みんな、今年の合唱コンクールのことを知ってるよね?」
 
先生が言った。
 
「はい!」
 
みんなが答えた。
 
「そうだね。今年から小学5,6年生は特別なことがあるんだ。それは……」
 
先生はドラムロールを真似て言った。
 
「ピアノ伴奏を生徒自身がすることが決定しましたー!」
 
先生が言った。
 
「えー!」
 
みんなが驚いて言った。
 
「そうなのよ。今年からはピアノ伴奏を生徒自身がすることになったの。だから、ピアノが弾ける人は手を挙げてくださーい」
 
先生が言った。
 
「そんなにいないのねぇー!わかったわ!秋の合唱コンクールでピアノが弾きたい人は、今からでもいいので頑張って練習してください」
 
どよめきが起こった。
 
さくらとまゆは離れた位置にいたが、二人は目を合わせて、うれしそうな表情と驚いた表情を交互に浮かべ、お互い胸の前でガッツポーズをした。
 
その日の下校、二人はレッスンに向かいながら喜びを爆発させた。
 
「すごいよね!ほんとにみんなの前でさくらたちの演奏を披露できるね!じゃぁ、みんなに負けないぐらい頑張らないとだめだね」
 
「やったよね!まゆ、もっと練習頑張ってみんなに負けないぐらい張り切って練習しちゃうぞー」
 
「ダメダメまゆ!間違った感情を入れるとおじいちゃんに怒られちゃうから気を付けないとね!」
 
「なんか、いろいろ動き始めたよね!がんばるぞー!」
 
さらに、モチベーションも上がり、二人はピアノの演奏に情熱をこめて練習に練習を重ねた。
 
そして、合唱コンクールまであと1カ月となったある日。まゆのクラスの曲は「翼をください」に決まった。そして、次の週の音楽の授業から本格的な練習が始まるにあたって、ピアノの演奏者を決めることになった。そこで、担任の谷先生と音楽の藤原先生が学級会を開いて、立候補を募ることにした。
 
「ピアノが弾ける人はいないかな?」
 
谷先生が聞くと、教室の中から2人の手が挙がった。一人はまゆ、もう一人は壮太くんだった。
 
「ありがとう、まゆちゃんと壮太くん。では、クラスのみんなの前で演奏してもらって、投票で決めようか。けれど、加奈ちゃんもピアノのレッスンに通っているといってましたよね?そのほかの人たちも演奏したくないのですか?」
 
と谷先生が提案した。すると加奈が立ち上がっていった。
 
「わたしもピアノのレッスンは受けています。それはみんなも知っています。けれど、練習期間が1カ月しかないし、私の伴奏でみんなが練習するので、すでにある程度は弾くことができないとだめです。だから来週までに仕上げるのは私には自身がありません」
 
ざわつくクラス。そして、そんな不安を込めた視線を向けられるまゆと壮太。
 
壮太はさくらとまゆ二人と同じ幼稚園出身である。幼稚園のあの時、壮太もまた勇の演奏を聴いて感動した一人であった。1年生の時に、ピアニカに初めて触れ、最初は指一本でしか演奏できなかった。しかし、ことあるごとにさくらやまゆに教えを請い、独学でピアノを演奏できるようになっていた。
 
「うわ、加奈の言葉で自信が無くなっちゃたよ。まゆ。俺だってわかってるんだって、みんなのために弾ける実力が有るか、無いかってことぐらい。けれど、男には師匠と対決して、師匠に今の実力を知ってもらうっていう恩返しの仕方もあるんだ。全力で行くからな!」
 
まゆにそう言うと、壮太はピアノに向かった。二人のおかげで、楽譜は何とか読めるようになっていた。けれど、先生が弾いた一度きりのお手本。その記憶をもとに楽譜を見ながら演奏しているのだ。まゆはそのすごさを感じた。勇の演奏に心奪われ、両親にピアノのレッスンをさせてほしいと頼み、「男の子がピアノって」と軽くあしらわれて、体操教室や少年野球に通わされたことも知っていた。 さくらとまゆのピアノ演奏が解禁になったのを知って、二人に頼み込んで休み時間や放課後、下校時など時間があれば教えてくれと頭を下げてきたこともあった。 その壮太が、今こうしてまゆに挑んできているのだ。まゆはひそかに闘志を燃やした。しかし、その闘志が曲の感情の邪魔をすることも知っていた。まゆは壮太の演奏で冷静に復習し、自分のできる演奏をこころがけた。
 
それぞれの演奏が終わった。壮太は力強く情熱的なリズムを刻んだ。まゆは優しく穏やかなメロディーを奏でた。どちらも素晴らしい演奏だった。
 
「さあ、みんな、どちらがいいと思う?」
 
藤原先生が尋ねると、クラスメートはざわつき始めた。意見が分かれているようだった。谷先生は紙とペンを配って、無記名で投票することにした。
 
投票の結果は、まゆが3票差で勝った。想像以上に僅差だった。まゆは正直驚いていた。壮太の実力がこんなにもついていたことに。
 
「おめでとう、まゆ。正直まったく歯が立たなかったよ。実は俺さ、『翼をください』に決まってから、藤原先生と放課後に猛練習してたんだ。楽譜をこんなすぐに読めるなんて奇跡だろ!まゆと競えてよかったよ。さくら師匠にも見せたかったぜ。今度また二人の前で演奏させてくれな」
 
「すごいよ。壮太の実力がここまでついていたなんて想像もしてなかったよ。けど、安心したよ。もし壮太が今日初めて楽譜を見て、あれだけ弾けたのならさくらもまゆもすぐに追い越されてしまうよ」
 
「うん。これで満足。俺のピアノへの挑戦は終わりだよ。俺、小5なのに野球でレギュラーとっちゃたんだ。今、野球が本当に面白いんだ。まゆ師匠!合唱コンクール任せたぞ」
 
次の瞬間、クラスのみんなが祝福の拍手を送ってくれた。
 
「(これか・・・・これが先生が言っていた『ここぞって時』なんだ・・・・・)ありがとう。みんなの足を引っ張らないように、頑張ります。」
 
「じゃぁ、藤田さん。あなたがピアノの演奏者に決定ね」
 
と谷先生が安心したように言った。
 
その日の放課後、壮太はさくらを誘って、音楽室で『翼をください』の演奏を披露した。そこには、まゆと音楽の藤原先生もいた。
 
さくらは帰りが遅くなるということを藤原先生のスマホから自宅へ連絡をさせてもらった。
 
「もしもし、おばあちゃん?まゆです。今日は壮太がピアノを弾いてくれるんで、少し遅くなるんです。おじいちゃんにレッスンに遅れるって言ってもらえないかな?」
 
「わかったわ。今日ねおじいちゃん用事で外に出ているんだけど、遅くなるみたいなの。だから伝言で『さくらたちが帰ってきたら水曜日のタームをさせておけ』って言われたの。だから焦らずに帰ってくればいいからね」
 
時々勇がいないことがあると、自主練のような形になるそんな日だった。
 
「(最近水曜日は自主練が多いなぁ・・・月曜に新しい課題が出て、火曜日はそれを発展させ、水木はひたすら練習して、金曜日に最終チェックっていうのが流れだからしょうがないよね。おじいちゃんも用事ができれば、そりゃ水木に入れるよね。)」
 
とさくらは思いつつも、壮太の演奏がこれでゆっくりと落ち着いて聴けることに安心した。 壮太が伴奏を始めると、突然、藤原先生が歌い始めた。その声に合わせてまゆも歌いだす。さくらは課題曲ではなかったため、よくわからない部分があり歌わなかった。しかも、壮太の演奏をじっくり聞きたかったので、急遽観客ひとりの合唱コンクールとなったのである。
そして、曲が終わった。
 
「壮太!めちゃくちゃよかったよ。ものすごく練習したんでしょ。わかるよ!」
 
「ありがとう。さくら、これは今俺ができることの限界だ。これからはピアノではなく、野球で頑張っていくからね。先生もありがとうございました」
 
「壮太、まさかだけど、転校するっていう流れじゃないよね?」
 
そんな空気が流れていて、まゆが恐るおそる訊いた。
 
「いや、俺んち自営業だし、田んぼもあるから転勤なんてないよ。けど、しいて言うなら、ピアノからの卒業かな?」
 
「えぇー!なんか雰囲気そんな感じだし、さくらもドキドキしちゃったよ!」
 
一同はどっと笑いだした。
 
「じゃぁ、私たちレッスンがあるから行くね。」
 
さくらとまゆが帰ろうとしたときに壮太がきいた。
 
「さくらは合唱コンクールの伴奏するんだろ?」
 
「うん、うちは『おぉ シャンゼリゼ』って曲なの。ピアノはさくらしか立候補しなかったんで、すぐに決まっちゃった。ね!藤原先生」
 
「そうね。1組は早かったよね。楽しい曲でみんな歌いたい曲だからね。逆に指揮者に立候補する人を投票で選んだわね」
 
藤原先生がほほ笑みながら付け足してくれた。
 
「さくら、まゆ、本当に今までありがとう。お前のところのおじいさんの演奏を聴いて、俺もあんなふうになりたいって、あんなふうに弾きたいって思ったんだ。まだまだ未熟だけど、願いはかなったよ。お前たち二人のおかげだよ。じゃあ、俺はやり残したことはない。ありがとう。師匠たち、いや元師匠たち。今から俺は大谷翔平を師匠と呼ぶので、よろしく!はははは!」
 
壮太は大きな声で言ったかと思うと、二人に大きく一礼をした。
 
さくらとまゆは急いで音楽室を出るとレッスンに急いだ。

第四章 突然の別れ ➀  完

次回 第四章 突然の別れ ②

(鏡の中の音楽室 第一部 さくら と まゆ)

(タイトルの画像は「男の子 ピアノの演奏 背景音楽室 窓の外は夕焼け」というお題であBing Image Creatorが作成した作品です)


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