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鏡の中の音楽室 (26)

第二部 非常識塾長

第12章 とんでもない話


「これが『カンチョ―事件』の全貌で、これが初めて安達勇先生,
『さくらちゃんのおじいさん』と関わった時のことなんだよ」

自宅兼教室の窓の外には、雲の切れ間から差し込む夕日が広がっていた。広春はその風景にあの日の校長室から見た風景を重ねながら懐かしそうに眺めていた。

「その話が本当ならおじいちゃんって最悪じゃない?なんで、今じゃ仲良くしゃべれるの?私だったら無理!」

そういうと、さくらは広春から目線をまゆに向け同意を求めた。

「私もちょっと仲良くなるのは無理かな・・・」

まゆはさくらの方を向いて少し困惑したように首をかしげながらそういうと、

「おい、おい!塾長先生の懐の深さをみくびるなよ!塾長先生の考えていることは凡人なんかにはわからないんだ。ばーろ!なぁ先生!」

壮太が二人の間に割って入りながら鬼の首を捕ったように言った。

「違う!違う!校長室の中だけの話なら俺も安達先生とは仲良くならなかったと思うんだけど、さっきも少し行ったけど校長室を出た後、理科準備室の前の廊下で窓の外を見上げながら安達先生が俺に『とんでもない話』をしてきたんだよ。そこから先生とは長い付き合いになっていったんだ」

広春がそういうと、三人が広春の方に向き直り身を乗り出してきた。

「で、そのあと塾長先生はおじいちゃんに何の話をされたの?ねっ、早く続きを教えてよ。そこから塾長先生とおじいちゃんたちの友情が芽生えて、私たちがこの塾に来る歴史が始まったの?」

さくらが椅子から立ち上がり、もっと身を乗り出しながら堰を切ったかのような勢いで広春に訊ねた。

「そうだな・・・さくら君の言う通り君たちがこの塾に来るきっかけになったのかもしれないね。じゃあ。その時の話を少しだけするからね」

そういうと広春はまた窓の外を見ながら話し始めた。

校長室を出た後、すぐに呼び止められて困惑する広春に対し勇は続けて言う。

「すまん。どうしてもお前じゃなきゃ答えられないと思う質問があるんだ。」

勇の表情はそれまでの先生というものではなく、まるで親友に悩みを打ち明けるような親しみのこもったちょっと困ったような表情で広春に話しかけた。

「先生!俺、部活に行きたいんだけど、今はまだ1年だけど部員が多いから球拾いでもなんでも少しの動きでアピールしとかないとメインの練習に入れなくなる。今度でいいだろ!今度で!」

「いや、時間はかからないんで1,2分だけ時間をくれないか、いや5分!」

今日の音楽室から校長室に至るまでの勇の言動とはほど遠い態度に広春は困惑した。

「わかった。わかった。5分だけだからな。そんで、その話には熊山先生も必要なのか?」

広春は面倒くさそうにしぶしぶ了承したうえで熊山の方を振り返る。

「いや、今日のこととは全く別の話となるから熊山先生はおられると都合が悪いというかなんというか・・・」

勇は鼻の頭を人差し指で搔きながら、言葉を選ぶようにして熊山の方を向いた。

「わかりました。では私は職員室に帰ります。そして、坪田先生に先ほどの結果と、横平君が安達主任と少し話をしてから部活に行くと伝えときます」

歯切れの悪い勇の言葉に熊山は何かを察したようだった。

「ありがとう。熊山先生。よろしくお願いします。」

勇の言葉を聴いてから、熊山は広春の方に近づいて行った。

「横平君、今日は本当にごめんなさい。これから私も頼りにされる先生を目指すからね」

そういうと熊山は踵を返して職員室の方に歩いて行った。これからやることの覚悟を決めた熊山の颯爽としたその姿は、広春の好きな知的な女性のシルエットだった。

「特に改まった場所でなくてもいいから、そうだ!あの理科準備室の前の廊下に行きながら話を進めようか?」

熊山のその姿を見送ることなく勇は広春に声をかけた。

「早くしてくれよ。今日は俺は悪いこともしていないし、普通に過ごしているだけでいろんな時間が無くなっていっているんだから」

広春の口から出たその言葉に本当にうんざりとした感覚を感じた勇は話を濁すことなくストレートに話をすることに決めた。

「わかった横平!じゃあ、率直に言うぞ。『タイムトラベル』というものは存在するのか?」

勇は真剣な眼差しで広春を見つめ、少し眉をひそめながら問いかけた。

「なっ!何を突然。先生、頭大丈夫か?今日の話と全く違うじゃないですか。」

虚をついた予想外の質問にどぎまぎする広春に対し、勇は廊下の窓にもたれリラックスした様子で話を続けた。

「そうなんだ。私は今とんでもない話を横平にしていることはわかっている。これも、小学生の時のお前の噂を聞いたからなんだ」

「小学生の時の俺の噂?」

困惑する広春と対照的に、勇はリラックスした口調で淡々と話を進めた。

「古中松北小学校の旧校舎の音楽室の件を聞いた。横平があの旧音楽室の件も心霊現象ではなく、化学現象だということを解明したことによって、古中松北小学校の新校舎がしっかり建て替えられたことは中学校の先生まで知れわたることになった。だから横平は『超常現象』に強いという認識が私の中にあり、その横平に『タイムトラベル』が可能かどうか聞きたいんだ」

勇の口から突然出てきた『タイムトラベル』という言葉に、鳩が豆鉄砲を食らった表情を浮かべている広春。しかし、野球より好きな『超常現象』の話は広春の心に火をつけた。

「確かに俺は小さいころから『月刊アトランティス』が愛読書でオカルトな情報に関しては、その辺の一般人と比べれば専門家みたいなものだと思うよ。その俺から言わせてもらうと、例えばフィラデルフィア計画というのがあって、この計画は敵のレーダーを回避するためのステルス実験をしたとき、アメリカ海軍の護衛駆逐艦エルドリッジが10秒間過去に戻ったという記事を読んだことがあるので、タイムトラベルは超常現象ではなく一種の物理現象として存在してると思うよ。だから、タイムトラベルを起こす装置はあってもおかしくない」

そういうと広春は勇の横に同じように並んで『理科準備室』の入り口を見つめた。夕日に染まっていく尾島の風景に背を向け窓にもたれた。

「じゃぁ!60年以上前にタイムトラベルすることは可能なのか?」

勇の声には期待と不安が入り混じっていた。その言葉に勇は素早く身を起こし、真剣なまなざしで広春の方に体を向けた。

「そりゃ、それを起こす物理現象が解明され、そんな装置が開発されたら不可能じゃないよ。きっと」

広春にとって、タイムトラベル自体『月刊アトランティス』の知識の受け売りでしかなかったのでそれ以上の情報が出てこなかった。

「そうか・・・なるほど・・・」

広春から出てきた言葉は勇が期待したものではなく、右手で顎を触りながら続きをどう切り出すか思案した。

「横平、笑わずに聞いてくれ。今回のことで記憶がかなりよみがえってきたんだ。実は私が小学6年生の時だったからちょうど12歳の時に、未来から来たという人に出会ったんだ。その時に私の人生の未来で起こることの大まかな筋書きを教えてもらった。今日のこの事件も校長室にいるときから記憶がよみがえってきて、これが『カンチョ―事件』だったということが分かったんだ」

窓にもたれていた広春の正面に立って真剣に語り掛けた。


第12章 とんでもない話  完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。


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第1章 とんでもなくない話

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