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激変!黒門市場のいま


梅雨の明けぬある夏の日、父の墓参に訪れた。ここは大阪、上町(うえまち)台地。台地の北端には大阪城、西端には寺町があり、父の寺もそこにある。墓は崖線の頂に建ち、眼下には食い倒れの街が広がっている。午前9時半。展墓を終え、次の予定まで時間をつぶすことに。とりあえず黒門市場を目指し、源聖寺坂を下っていった。

黒門市場は、全長580mのアーケードに約150店舗が並ぶ商店街である。前回来たのは10年くらい前だったろうか。そのときの記憶は「シャッター街になりつつある」という印象だった。それが起死回生し、「食べ歩き天国」に変わっていたのだ。

30分ほどで市場に着いた。朝も早よから何事か。屋台の行列に目を疑った。ハロー、ハロー。こんどは耳を疑った。売り声が英語である。何の店かと覗き込み、目を丸くした。丸椅子に腰を掛けている客の前には、ネタの厚みが1センチ以上もある特大の握り4カンが出されている。隣の客は、紙皿に載せられた、同じく巨大な刺身をつついている。聞くところによると、観光客の朝食らしい。

あらためて看板を確認した。『まぐろや黒銀』。ここは、冊を刺身・寿司・丼のいずれかで食べられる店である。冷蔵ケースには、10㎝前後の本鮪の冊がぎっしりと並ぶ。黄色い値札シールには、2,900や6,300という数字が手書きされている。インフレと円安の影響なのか、目の飛び出るような値段である。価格、売り方、そして食欲、何もかもが衝撃的だった。市場に着いて5分も経たないうちに、インバウンドパワーに圧倒された。あまりの変わりように、戸惑いながらも興味津々。「郷に入っては郷に従え」とばかりにテンションを上げて、食べ歩きに参戦することにした。

最初に足を止めたのは八百屋だった。店先にカットフルーツが並べられている。メロン1切れ200円、スイカ1切れ98円。熱中症予防にスイカに手を伸ばした。いつしか立ち食いに抵抗はなくなっていたのだが、店先はモワッと暑い。ここで気取る必要はないだろうと、躊躇なく「大阪のオバチャン」に変身した。涼しい店の奥ではお兄ちゃんがレタスの袋詰めをしている。「すんませ~ん。これお金払ろたから、ここで食べさせてぇ」と甘えた声を出してみた。「かまへんでぇ」と二つ返事で、全く気にする様子もない。冷えたスイカにほっとした。

次に足を止めたのは、漬物屋だった。目に留まったのは、透明のカップに盛られたカラフルな漬物。一口サイズにカットされていて、竹串が添えられている。白い大根、緑の胡瓜、赤い蕪に、紫紺の茄子、オレンジ色は人参だ。色とりどりで瑞々しく、まるでキャンディージャーのよう。ポップには「1cup 200yen」とある。「ひとつちょうだい」。こんどはミネラルを補給することにした。

ポリポリ、パリパリ、漬物片手にキョロキョロ進む。至る所に「KOBE BEEF 4,000 yen」と書かれた屋台がある。BBQ用の竹串に刺された神戸牛のステーキが1串4,000円で食べられる。漬物屋情報によると、コロナ前は1串1,200円くらいだったとか。インバウンドをターゲットにした異次元価格になっているのか。せっかくなので、暇そうにしている店の人に声をかけてみた。「お肉何グラムぐらい使こてはるんですか」。サンプルを指差しながら質問する。「60グラムくらいやで」と店の人。「うっそ、100グラムもないの」と返す。「せやけど、道頓堀のほうやったら、8,000円くらいするらしいで」。さらに、先日訪れたアメリカ人の話では、自国で買えば40,000円もするらしい。なるほど。浅草で、竹串にいちごを3粒刺して500円で売っているという話を聞いた。高いか安いかSNS上で議論になっていたようだが、それと同じ現象がここでも起きている。今の季節は、シャインマスカット5粒で500円。インバウンド客が、高級フルーツを小銭で楽しめて、店も儲かる。「なんも問題ないやろ」と思うのだが……。

最後に足を止めたのは、豆腐屋だった。『豆腐の匠・高橋』の店先には「創業100年」とある。ドリンクサーバーのタンクの中で、生成り色の液体が撹拌されている。「これ豆乳?おいくら?」。1杯110円。「あかん。めっちゃ財布の紐ゆるむわ」とボケると、ちゃんとウケてくれた。高橋の豆乳は、市販の調整豆乳とは違い、ポタージュスープのようにドロリと濃厚。ちびちび舐めながら歩いていくと、商店街の端までやってきた。

すっかり散財した気分になったが、ワンコインでおつりがくる。かつてシャッター街寸前だった商店街は、活気あふれる「アジアの市場」になっていた。ここなら日本人も外国人も、資金があってもなくても、それなりに楽しめる。今や、道頓堀、USJと並ぶ観光スポットとして認知されているに違いない。端から端まで歩いてみれば、元気になれること請合いだ。関西へお越しの際には、万障繰り合わせてお立ち寄りいただきたい。


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