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昔のオタクと今のオタク

昨今ではオタク文化が一般化し、萌え絵という言葉が死語になるほど普及している。
しかし、15年位前はオタクは差別対象であり、フェミニスト筆頭に萌え絵を毛嫌いする者は多かった。
今では考えられないだろうが、15年で何があったのか昔語りをしてみたい。

昔のオタクは今のガチ勢や廃人と呼ばれるレベルの人たち

昔はオタクを名乗るにはガチ勢でなければならなかった。
カジュアル勢は「にわか」「キッズ」扱いされ嫌われたからだ。
当時のオタクはガチ勢で居続ける為にあらゆるものを犠牲にしていた。
ネトゲ廃人は特に分かりやすく、起きてる時間を出来るだけプレイ時間に割くために

  • 風呂を最低限シャワーのみ。猛者は数日入らないとか週ごと、月ごと、年単位で入らない者までいた

  • トイレ行く時間も惜しいためペットボトルに用を足す「ボトラー」、おむつを履く「オムツァー」。ネタで使われることも多いが実際やってる人も多い。

  • 食事はカップ麺か弁当。自炊はしない。

  • 掃除もほぼしない為汚部屋。「汚タク部屋」と呼ばれたりする。

  • 万年床でシーツも洗わない

  • 服も限界まで着る。10年以上使い続ける者も多かった。

といった限界まで切り詰めるレベルでプレイしていた。
勿論ここまでの人は少なかったものの、当時のオタクはこの傾向が強く、オタクは臭い、汚いという風潮が生まれた。
まあ実際汚いし臭かったため仕方ないが。

昔のオタクは被差別階級

上記の不衛生であることから忌み嫌われてしまい、今でも続くオタクは臭いという風潮が生まれた。
一部のオタクは今でも臭い者がいるので中々消えないのだろう。
しかし、これでもオタク差別は軽減されており、ほんの少し前まではオタク=犯罪者予備軍というとんでもない差別が平然と行われていた。
犯罪者が家でアニメグッズやゲーム機持ってたらやっぱりみたいな風潮があり、ものすごく肩身が狭かったのだ。
そのせいか自己肯定感が低すぎてセルフネグレクトしてしまうオタクが多く、上記のネトゲ廃人は典型的である。
オタクに認められるためにガチにならないといけなかったのは、俺達のようになるなという側面もあったかもしれない。

時代の変化とオタク文化の一般化

ネットの普及に伴いカジュアルなオタクが増えていき、当時のオタクは「にわか」が増えたことを嘆いていた。
今思えばこれはオタク文化が認められて一般層にも受け入れられるようになったという事であった。
認めれられるようになった要因には「テレビの陳腐化と凋落」「恋愛離脱者の増加」の2つが深くかかわっている。
ざっくりと解釈すると
テレビの陳腐化と凋落
ニュースは政権叩き、バラエティは低クオリティと芸能人の内輪ネタ、ネットの動画を芸能人と見るみたいな低予算丸出し番組、ありきたりなクイズ番組、特定のキャスト採用しか考えていないドラマ、CMだらけで水増しという酷い有様の為今ではメインターゲットの高齢者もネットに参入するレベルに酷い。
恋愛離脱者の増加
私が度々問題視している恋愛の高難度、煩雑化で自分には無理だと諦める者が増加している。
また女性のリスク化で男性が婚活しなくなって余った金を趣味にかける傾向が強くなり、オタク文化の発展に大きく貢献している。

若者は新しい文化に抵抗が無いため、当時のオタク文化は新鮮に映って参入者が増えていったのだろう。
そこからどんどん一般人にもオタク文化が広まっていったのはうれしいことである。

カジュアル化したオタク文化

カジュアルオタクが増えるごとにオタクのハードルが下がっていった。
今では一般人と差が殆ど無いためオタク叩きがフェミニストか体育会系みたいな古臭い価値観の人たちばかりとなり、若者がそれらに対して露骨に嫌悪感出すようになっている。
驚くことに陽キャラも最近ではオタク参入してきており、オタクに優しいギャルという架空であるはずの存在が今では普通に存在するのである。
同時に陰キャラへの偏見解消と陽キャラのメッキが剥がれるという現象も起きており、時代の変化が著しく早くなっていると感じている。

これからのオタク文化

今でもオタクは「チー牛」「非モテ」みたいな叩かれ方をすることがある。
しかし、これまでの差別に比べれば屁でもないし、恋愛への諦観、嫌悪感を持つものが増える中そんな罵声は鳴き声のように無視する者が増えていくだろう。
今後のオタクはどのように変わっていくのか。楽しみにしている。

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