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BLアワード2024お礼SS

※「狼殿下と黒猫愛妻の献身」後のノエラ(シェイン&ランフォードの義姉)の短いお話です。
※4月12日(金)~5月12日(日)正午まで公開予定。


「かーさま! おそと!」
「おそと、いく!」
「エリィも! エリィもいく!」
 真っ白な雪が降り積もった、とある朝。興奮した面持ちで訴えるスーザン、ミュリエル、エリンの顔を見回してノエラは思わず笑った。三人の目当てが外の雪遊びだけではないことは、とっくにお見通しである。
 サラとマリアに目を向ければ、しっかりとして来た上の娘たちは、心得た顔で妹たちの防寒着を取り出しにかかる。
 その中には、姉弟たち揃いの白いふわふわの手袋がある。
 まだ真新しいそれを手に付けたスーザンとミュリエルが、子犬のようにきゃーっと声を上げ、顔を見合わせながら笑って駆け出した。手袋に気を取られていたエリンがハッとした顔で二人の後を追いかけていく。
「もーっ、三人とも! ちゃんと前見て!」
「転ばないの!」
 大人ぶった口調で言って後を駆け出すサラとマリアの手も、ふわふわの真っ白な毛糸の手袋で包まれていた。
 そんな子どもたちを追って、慌てて追いかける侍女も、ふわふわの白い毛糸の手袋を着けている。乳母は微笑みながら、自分に贈られた膝掛けをたぐり寄せて、末娘のナターシャを膝の上であやしている。
 まだ一人で外遊びをするのが危ういナターシャに贈られたのは真っ白で、もふもふの白い帽子だ。ぴょこんと突き出した銀色の耳が可愛らしい。そしてナターシャは帽子はもちろんだが、乳母に贈られた膝掛けの方がお気に入りのようだ。膝掛けを小さな手で手繰り寄せて、それに顔を埋めては、何度も乳母の膝から転がり落ちそうになっている。
 そんな末娘の様子に微笑む王妃の手元にも、真っ白な毛糸で編まれた手袋があった。

 冬の大騒ぎが終わって――しばらく。

 お騒がせしたお詫びとお礼、という名目でシェインが一生懸命に編んだ品々を持って王城の居住区にやって来たのは先日のことだ。
 その時、義弟であるランフォードの首には、凝った編み目の真っ白な襟巻きがあった。
 王族の証である、銀色の髪によく似合う純白。
 真っ白で暖かそうな襟巻きは、絶対に義弟が結んだ筈が無い可愛らしい蝶結びで首元を飾っていて、それにサラとマリアが目を輝かせていた。
 そして、贈られたのが、この手袋たちである。
 本当に、義弟嫁のシェインは手先が器用で勤勉だ。
 少し前に子どもたちの間で風邪が流行ったことを気にして、わざわざ防寒着を作ってくれたのだ。
 その気持ちが嬉しい。
 シェインとしてはランフォードに贈った襟巻きと同じものをそれぞれに作ろうとしていたようだ。しかし、それはランフォードの反対に遭ってしまい、結果として作られたのが、この手袋たちだそうだ。
 どうしてランフォードが襟巻きを作るのに反対をしたのか。さっぱり分からない。
 そんなことを黒板に綴る白墨の言葉で伝えてくれるシェインと、素知らぬ顔で伴侶を膝の上に載せているランフォードの姿の対比に、思わず王妃は笑ってしまった。
 本当に。うちの義弟夫妻ときたら、可愛らしくて堪らない。
 シェインが襟巻きを作ることにランフォードが反対した理由は、ノエラには簡単に分かった。
 一つ一つ手作業で編まれたシェインの作品には、上の娘たちが抗議するほど大人げないランフォードの匂いで覆い隠されているシェイン本人の匂いが染み込んでいるのだろう。
 とはいえ、そんなものを嗅ぎ分けることが出来るものは、まずいない。
 それこそ汗一滴で他人の感情を読み取る義弟ならばともかく、普通の狼獣人に物についた残り香まで嗅ぎ分けるのは不可能だ。
 ランフォードは、そんなこと分かり切っているだろうし、贈り先は年端もいかない子どもたちを含んだ家族だというのに――それでも誰かの鼻の近くにシェインの匂いがあることを嫌がるのだから、義弟の独占欲に呆れるべきか笑うべきか判断が付かない。
 心底、不思議そうな顔のシェインに対してそんな説明をしてやれば、きょとんとした顔をシェインは、確かめるようにランフォードの顔を見上げた。ややバツの悪そうな顔をしたランフォードは、それでもノエラの指摘を認めて頷いた。
 意味を理解して、しばらく。
 シェインが真っ赤な顔をして、抗議をするようにランフォードの胸元に、ぐりぐりと額を押しつけた。ランフォードが新緑色の瞳を甘く甘く溶けそうなほどに細めながら、シェインの体を抱き込んで、ぶんぶんと銀色の尻尾を振っていた。
 本当に、可愛らしいったらない。
 シェインは以前よりランフォードに対しての遠慮が無くなったし、ランフォードは以前に比べて伴侶に対する愛情が更に増したようだ。冬の騒動を経て、シェインとランフォードの仲は一層に深まったらしい。「勘弁してくれ」「いつになったら新婚時代が終わるんだ」「まさか、これ以上の溺愛なんて無いよな?」と、関係各所からは不安めいた囁きが交わされているが、ノエラにして見れば微笑ましいばかりである。
 義弟夫妻の様子を思い出しながら、ふわふわの手袋に顔を埋めて、ノエラは微笑んだ。
 律儀なシェインからきちんと手袋を贈られたノエラの夫レンフォードといえば、お礼にシェインを抱き締めようとして、それを阻むランフォードと軽い兄弟喧嘩を勃発させていた。
 実兄相手とは思えないぐらい、鉄壁の防御を見せるランフォードに、レンフォードは歯噛みしながら抗議したものだ。
「ノエラはシェインを抱き締めたらしいぞ!? 子どもたちだって! それなら、私だってシェインを抱き締めても良いだろ!? 私は義理だがシェインのお兄ちゃんなんだから!!」
「断る。兄上は義姉上を抱き締めれば良いだろう。シェインは私が抱き締める」
「安心しろ! 言われなくてもノエラのことは毎日、抱き締めている! ……そうか、分かった。シェインを抱き締めるお前を抱き締めれば良いのか!? それで良いんだな!? よし来た!」
「来るな……良い訳あるか! どんな理屈だ!?」
「あの、二人とも……落ち着いて……」
 贈られた手袋を大事に胸に抱いて、とっくにシェインにお礼の言葉を言った長兄のカークランドが、大人げない父親と叔父の攻防を諫める様は、何とも言えずに面白い。

 本当に――暖かくて、騒がしくて、可愛らしくて、面白くて。
 
 とてもとても愛おしくて堪らない。
 ノエラが使用人として王城に上がったのは、十代の頃だ。その時、ノエラは独りぼっちだった。
 それがレンフォードに手を取られて、その手をノエラも握り返して。
 寡黙な義父と優しい義母と、気むずかしい義弟が出来たと思えば、それからあっという間に家族は増えていった。
 広がる家族の輪は、不思議な縁で黒猫獣人の青年にまで繋がった。
 これから先、この輪はどんな風になっていくのだろう。
 あの頃の自分に、誇らしい気持ちで見せてやりたい。
 ねぇ、大丈夫よ。だって。
 ふっと、そんな考えに耽っていたノエラを現実に引き戻したのは、末娘の声だった。
 乳母から膝掛けを完全に奪い取ったナターシャが、ぐるぐるとそれを体に巻き付けたままノエラの足下まで転がってきていた。末娘が茶色の瞳でノエラを見上げてスカートの裾を引っ張っている。
 上から下まで、ふわふわのもこもこに包まれている様子に、思わずノエラの相好が崩れた。この場にレンフォードがいたら可愛らしさのあまりに悶絶していたに違いない。しかし、末娘の可愛らしい様子はともかく、乳母から膝掛けを強奪したのはよろしくない。
 膝を折ったノエラは、ナターシャを抱き上げて言う。それから体に巻き付けられた膝掛けの端を摘んで、末娘に言う。
「ナターシャ? これは、ナターシャのじゃないでしょう? 返しましょうね? ないないよ?」
「やー!」
 腕の中でじたばたと暴れるナターシャに、乳母が笑いながら言った。
「ナターシャ様は本当にシェイン様がお好きですねぇ」
 どちらかというと人見知りのきらいがある末娘は、義弟嫁の腕の中では安心した顔をして見せる。それどころか相当に懐いていて、シェインの事になると大概、大人げないランフォードがしょっちゅう妬いている。
 被っている帽子も乳母の膝掛けも、柔らかく暖かな感触が気に入っているというより、シェインが作ったものだから気に入っている節が確かに見て取れていた。
 思わずノエラは末娘に言い聞かせる。
「ナターシャ? シェイン様にはランス叔父様がいるんですからね?」
 めっ、と諭す王妃に、きょとんと末娘は首を傾げるだけである。
 番だとか、恋とか愛とか。この幼子が、そんなものを理解するのは、きっとまだまだ先の話だ。それでも狼獣人にとって大切な話だから言い聞かせてはみたが、あまりにもあどけない顔をするナターシャの顔に、なんだか気が抜けた。
 ノエラは乳母と顔を見合わせて、思わず噴き出した。それから、先に外へ駆け出して行った子どもたちと侍女を追いかけることに決める。
 シェインから贈られた真新しい手袋。
 子どもたちときたら、それを身に着けてみたくて堪らないらしい。その口実のための外での雪遊びが、そろそろ本気になる頃合いだ。誰に似たのか元気の良い子どもたちの面倒を見るのは、侍女一人では荷が重い。
 心得た顔の乳母に支度を手伝って貰い、ナターシャを抱いたまま、ノエラはシェインから贈られた手袋を着けて外へ出た。
 吐き出す息が仄かに白い。清々しく澄んだ冬特有の冷たい空気。透明な日差しが降り注いで、青い空との白い雪の対比が眩しい。
 子どもたちの元気な声が響き渡っている。
 ナターシャを抱えて外に出たノエラの姿に気付いた子どもたちが、我先に駆けてくる。最近ようやくお転婆を脱出しつつあったサラもマリアも。まだまだ目が離せない四歳になったばかりのスーザンもミュリエルも。その後に続く、エリンも。
 どの顔も頬を真っ赤に上気させて、見せつけるように白い手袋を掲げている。
 それを見てノエラはそっと微笑んだ。
 独りぼっちで、王城に使用人として上がったばかりの自分へ――言ってあげたい言葉が一つある。
「あぅー?」
 腕の中のナターシャが、ノエラの様子に不思議そうな表情を浮かべて、問いかけのような声を発する。ノエラは微笑んだまま、しゃがみ込んで駆けてくる子どもたちを待った。
 
 ――ねぇ、大丈夫よ。だって、一人でいる暇なんて、すぐに無くなるんですもの。こんなに騒々しくて、温かくて、幸せなんですもの。

「母様!」
「母様、あのね!」
「かーさま、ミューが!」
「かーさま、スーがね!」
「かーさま! エリィも、だっこ!!」
「あーう!」
 元気の塊のような声が飛んでくるのに、ノエラは軽やかに笑い声を上げる。
 冬らしい寒さが満ちた外の世界。
 手袋を着けた手は、とても暖かかった。

END


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