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⑫母のいない結納

父、どうする??


母が速達で義両親に宛てて「結納欠席する!」と手紙を出したと聞き、父に慌てて電話した。

父は
「そうか、、お母さんが出ないと言ってるなら仕方ないか」
と言った。

えっ、止めないの?🙄

私「結納の人数変更するなら明日までだけどどうする?」

父「じゃあ連絡しといて」

説得する気はないのか?!😂


あのあと父は母と話したのか?
よくわからない・・
細かいところは忘れてしまいました。

↓当時のメモが見つかったのでおいておきます。

3/8 速達で義実家あてに手紙
内容は、
・順序に納得できない
・住む予定の土地は被差別部落である(全くそんなことない)
・二人で決めたことを立場上、認めることができない
・母の願望が書かれている
・結納(3/12)には出ない宣言

→これに対し義実家の反応は、
・二人が理由あって決めたなら了承する
・もし失敗して助けが必要な時は助ける
・二人のことを考えていないし、文面通りに受け取ってはいない
・手紙への返信はしない
・お父さんだけでも出席するなら義実家も出席する

見つかったメモより


しかし母は、本当に結納を欠席するつもりなんてなかったに違いない。

義両親や父や私が血相変えて何かアクションをしてくると踏んでいたはずだ。

「そんなに心配されているなら、お母様の言う通りにしましょう」
「そんなこと言わずに結納出てくれ」
「お母さんの言う通りにするから」
とか言って、皆がすがってくれると思っていたんだと思う。


それが一向にないわけです。


「本当に欠席していいのね?もうホテルに欠席の電話するわよ?」と父に聞いていたらしい・・

いや、自分で欠席する言うたんやん?




義両親の言葉


結納の前日、遠方から前泊するために大阪に来た義両親と食事をした。
「お母さん、来てくれるといいわね」と義母が言ってくれたが、もう人数変更もしているのだ。
絶対に来ることはないのに、そんな風に言われ申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


あの時は私も周りが見えてなくて、立ち回り方が下手だったなあとつくづく思う。

だって、義両親が「なにもアクションしてくれなかった非常識?な人達」として母にレッテル貼られてしまったわけです。

義両親としても、自分達が動くべきだったんじゃないかとか責任を感じたはずですし。


でも、もし私がうまく立ち回って、頭を下げて母に出席をお願いしたところで、結納が円満に進んだかと言われると違う気もします。。

恐らく、私が全ての意見を飲まねば出席してくれなかったでしょう。

そしてその上で出席したら、いかに母が正しいか、私がポンコツかをプレゼンされるだけの食事会になったかもしれない。

手紙を送りつけるような事をしたのだから、自分を正当化しなくてはならない。
そのために手段を選ばない人なのだ。

ちょっと考えたら寒気してきました(笑)

一度頭を下げたら、下げ続けなくてはならない。

そうなるくらいなら、欠席します!をそのまま受け入れて正解だったかもしれない。

さて、実際の食事会はというと?


地獄の空気


結納当日、母は家に残り、私と父だけが出発しました。

ホテルでの結納プラン。
専属のホテルマンがほどよく進行をしてくれる。

が、緊張なのか、母が居ない異常さ故か、両家とも全く会話が弾まない。

シーンとした中で黙々と食事するという地獄のような顔合わせ🤣

ホテルマンがちょいちょい話題を振ってくれたりもするが、すぐに沈黙が訪れる。

私の超苦手な空気だった。
ほんとうに生きた心地がしなかった。

そうして、本当に顔を合わせて結納品を交換しただけの、何も実りのない結納が終わった(笑)

そもそも、結納は絶対だと言ったのも母だった🙄
奇しくも、ただの顔合わせでもいいと思っていたメンバーでの食事会となってしまったのである。



自ら、自分の大一番を潰してしまった母。
でもそんな事実、プライドが許さなかっただろう。

その恨みは雪のように降り積もってゆく。




母との大喧嘩


結納後のある日、母と盛大な喧嘩をした。
いつも母がメールに逃げるけど、私も面と向かって言いたいこと言ったんだと思う。

何と言われたか覚えてませんが、「ご飯作って養ってもらってる身分で」みたいなことを言われたかで、「じゃあもういらないよ!」と返した。

次の日から本当に私のご飯はなくなった。

でもあの頃は仕事が忙しくて、残業終わりに彼氏とご飯食べながら結婚後の段取りや、母の悩みを話したりしてたし、飲み会に誘われても即オッケーできるし、別に苦ではなかった。

とあるひな祭りの日。
私はたまたま晩御飯を食べ損ねた。

最寄り駅からの帰り道はコンビニも何も無い。


冷蔵庫を開けたら、母特製のちらし寿司が何皿もあった。
母は毎年、桃の節句には手の込んだちらし寿司を作っていたのだ。

妹や弟の分を考えても多かった。
こんなにあるなら一皿もらおう。

私は空腹に耐えきれず、ちらし寿司をいただいた。


それが逆鱗に触れるとはつゆ知らず・・・


つづく!
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大阪市住吉区で、骨格から身体を整えるボディメイクのセラピストをしているYUKAです。


幼少期からの自分の身体への違和感や不調の歴史をnoteに綴っています。

この不調の歴史なくして、ただの会社員からボディメイクセラピストに転身する道は考えられません!


人一倍健康に憧れ続けた私だからこそ、骨格から身体を立て直す事の大切さを今実感しています。


普段はInstagramにて更新しています。

















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