超短編小説「彼女」
生まれて初めて一目惚れをした。
彼女と出会ったのはピンク色に染まる桜の花が散り始めた頃だった。
大学を卒業してやりたくもない職に就いたばかりの僕は、社会の醜さと知らない土地での一人暮らしに苦戦していた。
仕事場と家を行き来するだけの毎日で、趣味も無く仲のいい友人も恋人もいない。
何の生産性も退屈な毎日に急に彼女が現れた。
彼女は当たり前のように僕の家に入り浸るようになり、口数は少なくとも一緒に居て心が落ち着く、良い意味で空気のような存在だった。
けれどどこかで分かっていた。幸せな日々はそう長く続かないと。
彼女は別れの言葉も何も残さす急に姿を消した。
どれだけ長い間探しただろう。いくら探しても、いくら待っても彼女は存在しなかったのではないかと思わせられるほど忽然と消えた。
幸せを、生きる希望を失い僕は以前の僕へと戻っていった。
そして季節はいつのまにか春から夏へと移ろい、安アパートの一室の夜はじめじめとしていて古びた扇風機はカタカタと音をたてていた。
こんな日はビールでも飲みたくなる。そう思って冷蔵庫を開けるが、冷蔵庫には何も入っていなかった。
深いため息を吐き、迷ったがビールの口になった僕はコンビニへ向かう途中、ふと一瞬視界に何かが写った。
「あれ、こんな道あったっけ?」
街灯はなく、地面は生い茂り人1人通れるかどうかだった。
不思議と恐怖心はなくなんの躊躇いもなく、その道を行き五分ほど歩くと、地面にうずくまる懐かしいような見慣れた姿があった。
一瞬時が止まったあと僕は走り出し、彼女を抱きしめた。
すると彼女の足が血で染まっていることに気付いた。
足を怪我してずっとここにいたのだろう。
僕は彼女を抱えて「もう離れないからな」と言うと彼女は嬉しそうな顔をしてこう言った。
「ニャー」
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