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ファンにも年齢制限があるとはね

ずっと好きだった、応援していたアーティストがいる。

その人は俳優業もやっていて、ある劇団に所属していた。私が彼のことを初めてきちんと認識したのは、若者たちがそれはそれはたくさん出ている青春ドラマだった。当時、私はある劇団のことがとても好きで、よくその劇団のホームページを訪れていた。だから所属劇団員の下の下の下のほうに出てくる彼のことは毎度なんとなく目にしていた。坊主頭をした少し古風な名前の一つ年上の彼。なんでだ、なんか気になる。どういうわけか、ものすごく気になる。その気になる彼が、観ているドラマのあの若者たちのなかにいるのだと気づいたときの興奮といったら、茂木先生も驚きのとびっきりのアハ体験だった。アハの瞬間、私は彼のファンになった。

現在の彼の八面六臂の活躍ぶりからはとても考えられないことなのだけれど、当時は誰に彼の話をしても良さがわかってもらえないどころかそもそも認知されておらず、写真を見せれば「何でこの人のファンになったの?」と言われるほどだった。「今はまってるドラマに一人だけ浮いてる人がいてさあ」「……それが例の彼なんですけど」と気まずくなったこともあった(すみません、ディスってるわけじゃないんです)。なんでみんな彼の素晴らしさに気づかないのと思う反面、正直言うと、少し優越感のようなものを持っていたのも事実だった。世間がまだその素晴らしさに気づいていない彼を見つけた私、やるじゃん!

その後、彼は着実にキャリアを重ねていって、認知度も好感度も上げていった。

ある時のライブ会場でのことだった。ライブ前のあの時間の形容できない特別感。一つの空間に日本各地からそれぞれのバックグラウンドを持った人たちが集まってきて、めいめいの思いを抱えながら、ステージに登場する同じ一人の人を待ちわびる。ほの暗い会場はフィルターがかかったみたいにすべてがキラキラとして見えて、自分もそのキラキラの一部になっていることが誇らしく、ボルテージが高まる。もうすぐ、照明が落とされる。そうしたら、会場には彼の歌声が響き渡る。名前も性別も年齢も出自もまったく違う人たちが、「彼」という共通の人物を中心にして共鳴し合いながら同じ時間を過ごす。なんという奇跡。なんという贅沢。

そのとき、後ろの座席の女子たちの会話が耳に入った。「〇〇さんて、下ネタとか普通に言うのがいいよね~。面白いお兄ちゃんて感じ。でも、同じくらいの年だったら好きになってないかも。年上だからいいんだよね。同年代で好きになってたらちょっと痛い感じがする」

会場のざわめきが一瞬にして消えた。キラキラしていた光景が光を失った。見渡すと、まわりはニット帽をかぶってふわっとした服装の若いお嬢さんたちや、当人と似た風貌の飄々とした若い男性たちで溢れていた。私は明らかに年上だった。そうか、キラキラ見えていたのは「まわり」の景色であって、私自身はキラキラの一部でなんかなかったのだ。キラとキラの間にある文字間程度の存在でしかなかったのだ。とたんに自分の存在が場違いに感じられて恥ずかしくなってしまった。いま思えば、そんな声なんか気にすることはなかったし、卑屈になる必要もぜんぜんなかった。実際には同年代ももっと上の世代もたくさんいたし、家族連れだってたくさんいた。私はただ、ふわふわ女子たちと同じくらいの年齢から応援してきて、一緒に、同じように年を重ねてきただけの普通のファン。みんなと同じように彼の作る音楽や、芝居、考え方に共感し、勇気をもらってきただけの普通の存在。恥じることはない。堂々と好きでいればいい。応援し続ければいい。

でも。その女性たちの言葉が妙に私の(そうして同行者の)心に刺さってしまった。そしてこんなふうに思ってしまった。いまの彼を支えているのはそういう人たちなんだ。彼が音楽を届ける「ファン」というのはそういう人たちであって、もう私たちじゃないんだ、彼はいまこういう人たちを集めているんだ、と。

一度くすんでしまった輝きが蘇ることはなかった。それが、彼のライブに行った最後となった。

思い出すことがある。
それはいつだったかの彼のライブでのこと。開演時間ギリギリに飛び込んできた隣の席のサラリーマンは、ライブが始まるや、スーツ姿のまま歌ったり踊ったり自由だった。うっすら聴こえてくる歌声は言っちゃなんだがめちゃくちゃ音痴で、手拍子は裏拍から徐々にずれて表になり、そのうちに裏に戻って来るという気持ちがいいほどに気持ちの悪い乱れっぷり。こちらまで調子を狂わされまくった。でもとにかく全身でいまを楽しんでいて、次第に私まで楽しくなってしまった。この人、きっと今日一日ライブのことを考えて仕事にならなかったんだろうな、ぎりぎり間に合ってよかったね、どこの誰かは知らないけれど、一緒に思い切り楽しもうね!(心の中でがっちり握手)

私もまわりの目なんか気にせずに、思うままに心と体を揺らすことができていたらよかった。「ファンだった」「応援していた」と過去形で書かざるを得なくなってしまったのは誰のせいでもない。自分のせいだ。年齢による制限をかけてしまっていたのは、結局自分自身だったのだ。


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