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わたしの好きなものもの・17

エピソード17
『金曜日』

なぜ金曜日はわくわくするのだろうか。
中学も高校も土曜日には部活があったし、大学生時代は土曜日に司書クラスの授業が入っていたし、塾講時代も土曜日は仕事だったし、いまは在宅フリーランスだからいつ休むかは自分次第なわけで、だから金曜日=明日は休みという生活からはずいぶんと遠ざかっているはず。それなのに金曜日となるとなんだか心がふわりと浮いて、土日のうちにやりたいことがあれやこれやと浮かんでくるのだから不思議だ。

思えば学生の頃はいまほど金曜日を心待ちにしていなかった。というより数年前までは金曜日はあくまでも金曜日だった。もちろん週末の高揚感のようなものはそれなりにあったはずだけれど、TGIF!フォォォォ!とすれ違う人すれ違う人みんなとハイタッチしたくなるような気持ちにはなっていなかった。なぜだろう。

そういえばここ数年は桜の開花も楽しみになっている。キンモクセイの香りが漂い始めたら愛犬と一緒に近所を練り歩いて人間なりのクン活に勤しむのが恒例行事だ。クリスマスも11月に入った途端にそわそわし始めるし、年末年始は1秒だって無駄にすることなくだらだらしたい。

そうか、パンデミックを経験したからか、と思い至る。

批判を恐れずに言えば、コロナで強制的にステイホームさせられたあの期間は、わたしにとっては心地の良いものだった。元々友達も少なく、頻繁に会っているわけでもなかったし、インドア派で在宅ワーカーだから、ステイホームを強制されるまえから基本的にはステイホームしていた。苦しんだ人、仕事を失くした人、命を落とした人がいることはわかっている。友達の顔もよくわからないまま学校に通った子どもがいることも、学校行事を何ひとつ経験できないまま青春時代を終えてしまった若者がいることも。わかってはいるのだけれど、普段から家にいる時間が長いことにどことなくうしろめたさを感じていたわたしにとっては、赦しを得たような、自分を肯定してもらえたような、ちゃんと息が吸えるような、そんな期間だった。そしてのびのびとしてしまったわたしは、家のなかを充実させることに楽しみを見つけた。それまで以上に季節や行事を大切にするようになった。名所でも何でもない近所の桜を見に散歩に出かけるようになったり、マスクをはずしてキンモクセイの香りを頭のてっぺんからつま先までぱんぱんになるほど吸い込んだり。混雑する寺社に初詣に行くかわりに、おせちづくりや水引細工づくりに力を注いだ。風鈴も飾った。植物の変化により気がつけるようになった。一緒に暮らしている犬や鳥ともより近くなれた。

そして、週末の始まりである金曜日も意味のあるものになった。

家で仕事をしていると、どうしたって毎日がのっぺりとしてしまってつなぎ目がわかりにくくなる。それがコロナによって完璧に伸されてしまったのだから、どこから新しい週が、新しい月が始まるのかわからなくなって当然だ。緊急事態宣言が出されるまえの週末ステイホーム期、わたしは金曜日の午前中に買い物に出かけた。必要なものを買いそろえて、本もお酒も甘いものも買って、それから外の空気を思い切り吸っておいて、週末の籠城に備えた。外に出られないことよりも、外に出ることのほうがストレスだったコロナ初期。緊急事態宣言が出されてからも週に一度の必需品調達日は金曜日で、緊急事態宣言が明けてからも土日を避けた金曜日の買い物が習慣になって、そうしたら、金曜日が待ち遠しくなった。金曜日に家から生配信をしてくれる芸能人やアーティストなんかも多くて、それも楽しみだった。遠足の前日なんていったら不謹慎かもしれなけれど、それくらい、あの頃の金曜日には意味があった。あの頃の感覚がいまもずっと残っている。そうして、わたしののっぺりとした1週間にいつの間にかめりはりがついた。

それなのに、去年の夏頃のわたしはめりはりのつけ方を忘れてしまった。日々のオンオフがつけられなくなって、何カ月もずっとオンしっぱなしになってしまったせいでメンタルをやられた。休むことへの恐怖と休んだ後の罪悪感。頭が回らなくなったせいでパフォーマンスが下がって、挽回するために余計にオフをなくして、その結果生じたさらなるパフォーマンスの低下に生きた心地がしなくて、毎日動悸がしてため息ばかりついて眠りも浅かった。食欲もなくなった。お腹も毎日壊していた。何より、楽しかった仕事が1秒も楽しめなくなった。ばかだなあと思う。でもそれだけ頑張ったんだよなあとも思う。当時は全方位から責められている気がしたし、自分でも自分を責めてしまっていた。自分くらいは自分をねぎらってあげればよかったのに。金曜日の魔法をかけてあげればよかったのに。

これを読んでいる人がどれくらいいるのかわからないけれど、どうかみなさんが心穏やかに週末を迎えられますように。いま抱えている嫌なことや不安、恐怖は来週の自分に丸投げして、金曜日を楽しめますように。自分を解放できますように。自分をねぎらってあげられますように。自分を褒めてあげられますように。そして週明けからまた頑張ることができますように。

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