見出し画像

ジャスミン, カフェオレ, …ジャスミン?

出先でドリンクを調達するとき、何かと悩んでしまう。出勤前、脇目も振らず水を買っていた日々が長く続いていたが、今は久しい。

日々の飲料にすら逡巡しては、社会生活がままならないのではないかと気が気じゃないが、そればっかりは一度背負った十字架。仕方なくこなしている。


ことの発端は、塾の生徒との会話だ。
ある日の授業で、高一の女の子がルイボスティーを飲んでいた。
コンビニのバイト仲間などで結構飲んでる子を見かけていたので、思わず「最近よくそれ飲む子見かけるわー」と話しかけた。
すると生徒の子が「結構美味しいですよ、先生飲んでみてください」とおすすめしてくれた。

翌週、授業前に立ち寄ったコンビニエンスストア。
ふとこの前の話が思い浮かび、私は迷うことなくルイボスティーを手に取った。

授業の準備をしているときに一口。
味わったことのない、いや、薬局のような香りがして少し驚いた。
みんなこの味を携帯してるのか、と感心した。

早速授業の冒頭でそのことを報告。案の定「えぇ、美味しいじゃないですか」と一蹴された。


そこから私は、いろいろな飲みものに手を伸ばしてみようという気持ちになった。

最初は「ジャスミンティー」。
銀毫茶葉といういかつい文字を確かめながら飲んでみた。香りが自分好みで、心から気に入った。
授業に持っていって「これは美味しい」と見せると、生徒は「飲み物探検にハマってるんですね」とでも言わんばかりの表情で微笑していた。
急に大人(大学生)としての恥ずかしさを覚えた。

次に、あまり呑んだことがないブランドのカフェオレを買ってみたが、これも大成功。
新たなお気に入りドリンクの開拓は、どんどんと進んでいった。


すると、冒頭に言った「飲み物に悩む」という事案が発生したのだ。

多くの場合、現時点での一位はジャスミンティーのため、それを買うことが増えている。
しかし、そうしてしまうとまた振り出しに戻って、飲んだことあるものしか手に取らないつまらない人間になるのではと、柔らかくも尖った不安に駆られた。

好きなドリンクを見つけると、それが定番化していく。そして、そのうち「果たしてその状態はいいのか」と疑念を抱くようになる。
自分の中でせっかく確立した答えなのだから、守り抜いて然るべきだが、どうにも気持ちに賞味期限がある。

新幹線の待合の際に、スターバックスで飲み物を買おうというときもそうだった。

せっかくのスタバ。頻繁に来ないんだから、変わった種類を頼もうか。
けど、このめちゃくちゃ名前長いやつは人気なんだろうか。
注文で噛んだりしたら買い慣れていないのがバレて、終わってしまう。
かと言って、普通のやつを頼むのなら、わざわざこんなカーストの高い空間じゃなく、もっとフレンドリーな空間で嗜みたい。
男が期間限定を1人で頼むと、鼻につくのだろうか。
「ラブ&ピーチ」なんて、どんなに美味しくてもリピートアフターミーできない。
けど気になる。
カスタマイズも、もっと二郎系のように「〇〇マシマシ」くらいの難易度でいいのだ。

そうして考えあぐねていると、順番は巡り、前の人が頼んだものを選ぶことになる。


この心情は、自分で気に入ったマスクを悉く脱ぎ棄てていく指向であって、それもよろしくはない。
他人からの視線を想起して、マスクを変幻させているのだ。
実際自分からマスクは見えないのに、カメレオンのように擬態している。

自販機に並んで、前の人たちが買い求めたドリンクを見て、「これはあの人に合っているな」とか「意外だな」とか考えるのは楽しい。が、それが一周回って自分に向けられた刃ともなる。
そんなようなことだ。


仮面を被るという話は前にも投稿したが、この点については定期的に考えさせられる。

結論は「そんなみんな見てない」で最終会議が終結しているわけだが、そう易々と承服できない。
一度でも「見られて嗤われた」というシーンに直面すれば、想像がフィクションから現実に急に変わって、肉薄して、理論的な逃げ場がなくなる。

実際は、それは何十億ある邂逅のほんの一例に過ぎないわけだが、確かに記憶の1ピースでむずむず寄生し続ける感覚がする。

優しい嘘は、相手のためにつくだけではない。
自分というジェンガの塔をどうにか倒さないように、抜いた穴に一本刺すような不正でもある。
考えすぎた末に導かれる、凡庸な不正。
友達の呆れている姿に、そんな自分を「まぁいいよ」と許す自分の慈悲の幻影を映すことで、何とか保っている。


明日からまた塾で教える。
そして、その前に飲み物を調達するだろう。
明日はいつも買うジャスミンティーの10cm横のドリンクを買おう。
そうすれば、作為も何もない、純粋な挑戦にリングインできる。
推薦でも、見栄でもない、純粋な好奇心を胸に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?